閑話 グリムの休日①
「どんな感じよ。店決まったのか?」
「うーん。まだぁ」
自室の扉によりかかかったルシアンに、ハクは首をひねらせながらそう答える。
ルシアンがこの店に来た当初の頃はこうして部屋へ入れるなど考えもしなかったのだが、今では勝手に入ってきても特に言うことはない。
部屋に大量に置かれたぬいぐるみや妖精たちから取り戻した巨大なクマを見られたところで恥ずかしいとも思わなかった。
「今月はハクが当番だろ? さっさと決めねぇと店決めたって予約がとれなくなっちまうぞ」
「わかってるんだけどさ~。先輩がいるから個室じゃないとだめでしょ? で、店長は結構味にうるさいからさ~」
「ははは、今思い出してもちょっと笑っちまうな。前回のまずい店。店長ずーっとしょんぼりしてたぜ」
もくもくと文句も言わずに食べるのだが、運ばれてくる料理を食べるたびに悲しそうにしているのでちょっと胸が痛かったのだ。
そしてそれを見て店員に冗談じゃないくらいの殺意を向けていたフィズも記憶に新しい。
「あれはルシアンが選んだ店が悪かったよね」
「しょうがねーじゃん。あんまり店の選び方とかもよくわかってねぇんだからよ」
「だから先輩も許してくれたけど、もし私が変な店選んだら殺されちゃうよ」
不慣れなルシアンならともかく、人間として普通に暮らしてきた自分が店選びに失敗したらフィズは容赦してくれないに違いないと、ハクはぶるりと体を震わせて目の前のタブレットに集中する。
レストランの評価サイトをじっくり見比べ、店の雰囲気を見て、コースの料理を確認し、そして頭を悩ませていた。
「この会が始まって二週目か。しっかし先輩と店長はグリムのくせして毎回いい店を選ぶよなぁ」
「そうだね。あの人たちどういう生き方してきたんだろ」
この会、というのは累、フィズ、ハク、ルシアンの四人の食事会のことだ。
毎月一人ずつ持ち回りで幹事をし、自分が行きたい店やおすすめの店へみんなを連れていくという流れになる。
そして今回はこの会が始まってから二週目であり、トップバッターの累、二番目のフィズに続いて今回はハクが店を選ぶ番なのだ。
「前回のハクが選んだ店ってどこだっけか」
「ハンバーガーだよ。ほら川沿いの」
「ああ! あれは確かにうまかったなぁ!」
たまたま動画配信サイトで暇つぶしに芸人の個人配信を見ていたら、その店で食事をしながらの配信だったのだ。
芸人の配信自体はつまらなかったのだが、食べているハンバーガーがおいしそうだったので選んでみたら大正解だったというわけである。
「パンズは自家製だって言ってたよな。ふんわりしつつ切れ目の部分はトーストされてるし、肉もジューシーであれマジでうまかったぜ。また行ってもいいなぁ」
「確かに美味しかったけどさすがに二連続はね……」
同じ店に行ってはいけないというルールがあるわけではないが、新しい店を選んだほうがいいだろう。
それに累とフィズからも大好評だったので、次もいい店を選んでくれるに違いないと期待が大きいのだ。
「それにハンバーガーは沖縄でも食べたし」
「ああ、そっか。沖縄のは沖縄のでうまかったよな。あとソーキそばにゴーヤチャンプルー。郷土料理のマース煮もうまかったし、また沖縄行きてぇ」
「うん。確かに沖縄にはまた行きたいかな」
かなり強制的な旅行ではあったが楽しかったことは間違いない。
壁に飾った写真や沖縄で購入したおみやげにかりゆしウェアなど思い出がいっぱいだ。
「んで、結局店は決まったのかよ?」
ずっとベッドの上でタブレットとにらめっこしているハクに呆れたのか、ルシアンがベッドへ転がるようにしてタブレットを覗き込んだ。
寮暮らしの時ですら自分のベッドに他人が寝転がることなどなかったのだが、ルシアンが少しづつこの部屋へ入り浸るようになってからは特に違和感も無くなってしまっている。
「今の候補は焼き鳥、串カツ、生ハム専門店、サーモン専門店、パエリア、そば――」
「多い多いもっと絞れ」
「って言われてもさ」
「食べたいもんないのかよ。この会の趣旨って自分が行きたい店にみんなを連れてくんだろ?」
うーんと悩むと「優柔不断だなぁ」と隣のルシアンに呆れた目をされてしまった。
だって行きたい店はたくさんあるのだから仕方がないじゃないか、とハクは少し不貞腐れつつも店を絞ろうとタブレットに表示された各店のサイトを一つずつ選んでは今回は除外とタブを閉じていく。
「じゃあこの三つかな」
「焼き鳥、串カツ、それにそばか」
「前回の先輩の回がイタリアンだったじゃない? だから和食がいいかなと思って」
「なるほど。いいんじゃねぇの? アタシだったら串カツがいいな。ほか二つは山でも食ったことあるけど串カツはねぇんだよな」
「あ、そうなんだ。なら串カツにしようかな。ここ五反田だからすぐそこだし」
ようやく店が決まったと安堵の笑みを見せたのもつかの間、その店のサイトを見てハクが顔を曇らせる。
「だめだ。ここ半個室しかないや」
「あー。個室じゃねぇと先輩が嫌がるからなぁ」
フィズの美貌に人の視線が集まるのでこの会は個室をとることが前提になっている。
確かに自分たちだって人からじろじろ見られながらの食事は落ち着かないので賛成なのだが、個室がある店限定となってしまうのもこの会の店選びの難しいところだ。
「でもこれ写真見ると奥まった場所だから人の目はそんなにないんじゃねぇの?」
「どうだろ。実際見て見ないと何とも……」
「じゃ行ってみるか?」
「え?」
「今日店休みだし、晩飯がてら偵察だよ」
それは悪い案ではない。
店の雰囲気もわかるし料理の味もわかれば累がしょんぼりすることもそれを見たフィズが怒ることもなくなる。
ハクが乗り気になったのが分かったのか、ルシアンがにやりと笑いながらサングラスをずらした。
「決まりだな」
黄金色の瞳が楽しそうに輝いており、そんなに楽しそうにされると不思議とハクも楽しみになってくるものだ。
すぐにその日の予約を取り、夜には店の鍵を閉めてハクとルシアンは店へと向かった。
当然服装はルシアンに指定されたものであってジャージではない。
「店長と先輩いなかったな」
「休みだしどこか行ってるんだろうね。二人で消えるのはよくあることだけど」
大抵二人は休みの日になると一緒にどこかへ出かけているが、帰ってくると大量の服を持ったフィズがご機嫌で、逆に累は疲れたというか何かをやり遂げたというか戦地帰りの兵士のような雰囲気なのだ。
「多分今日も店長の服でも選んでんだろ。あの服どこにしまってんだろうなぁ」
「二階に入ったことないけどかなりの量だよね」
毎回大量に買って来るのでクローゼットに入る量を優に超えているはずだ。
とはいえ魔女なのだから不思議な力でどこか謎の空間にでも閉まっているに違いない。
「ま、五反田にはいないみたいだな」
「なんでわかるの?」
「そりゃあの二人がいたら目立つだろ? 今日はそんな雰囲気しないしどっか別の場所だろうな」
「なるほど。それは納得」
確かにあの二人は非常に目立つ。
本人たちが望んでいるわけでもないが、どうしても周囲の目を引いてしまうのだ。
「私と初めて会った時も目立ってたしなぁ……」
「お、なんだよそれ。聞かせろって」
「別にいいけど」
そうしてハクは二人と出会った時の話をしながら、今頃どこで人目を引いているんだろうと累とフィズに思いを馳せるのだった。
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