人魚⑱
いろいろと予想外のことに恵まれた沖縄旅行も本日が最終日だ。
とはいっても飛行機が昼過ぎの便のため、一行はすでにホテルを出立し那覇空港へ到着している。
途中国際通りに寄って行きでは見られなかった店を回るなどして楽しみ、現在は空港内でお土産を見ているところだ。
那覇空港は沖縄唯一の空港ということでレストランやお土産ショップも充実しており、ゆっくり見て回れば一時間程度では時間が足りない。
幸い累たちの飛行機が出るまではまだ時間があるため、累とフィズはカザリにスロージアとプラムへのお土産を見繕っていた。
「いろいろ面倒ごとを押し付けられたのにカザリにお土産を買うって納得いかないですね」
「まぁまぁ」
フィズの気持ちもわかるのだが、あの海で見た沖縄の狩人たちの反応を見るにカザリの苦労も推し量れたので、それをねぎらう意味でもお土産は買っていこうと累は思ったのだ。
ひとまず定番のお菓子ということでちんすこうにしようかと選んでいると、フィズが飾られている大瓶を指さした。
「カザリは酒が好きですしハブ酒とかどうですかね」
「ハブ酒かぁ……」
沖縄では有名な酒だが、今回の旅行では味わっていない。
というのも前回の依頼の件が頭をよぎるからなのだが。
「アタシのことは気にしないでいいんだぜ?」
「そういうわけでは」
「純粋な疑問なんですけど、ルシアンがこれ飲んだら共食いになるんですかね?」
「はぁ? なんでだよ?」
「だって髪の毛蛇じゃないですか」
「いやーまぁそうだけどさ……」
「別の蛇だから共食いにはならないんじゃないっすかね」
「そういう問題でもないような」
とにかくルシアン云々以前にハブ酒は高価だし持ち運びが大変なので却下だ。
あたりを四人で見渡した結果、沖縄の天然素材を利用したスキンケア商品があったため、カザリも一応女だしとこれに決定した。
これでうっすらと見える目元のクマをケアしてほしいところだが、根本的に考えればゆっくりと眠れる時間が必要なのだろう。
ただそう思う累はさらに根本的原因が自分たちであることに気が付いていない。
「じゃあ自分とルシアンはほかのお店見てきます」
「後で合流な。さーてじいさんに何買ってくかなぁ」
ハクは個別にカザリとギブソンに、ルシアンは夜帽にお土産を買うとのことなのでいったん別れることとなった。
累とフィズがお土産を買う相手はスロージアとプラムだ。
「あの二人って何がいいんだろ」
「ミュージアムを運営してるくらいですから、食べ物より沖縄の小物とかがいいんじゃないですかね」
「じゃあシーサーとかかな」
シーサーというと厳めしいイメージがあるものの、お土産ショップには手のひらに乗るサイズのデフォルメされた可愛らしいシーサーが多数販売されている。
種類も豊富なのでこれのどれがいいかと二人はじっくり頭を悩ませた。
「これどう? 波乗りシーサー」
「あらかわいいですね。こっちもいいですよ。アロハシーサーです」
「どっちも可愛いけど沖縄感がないじゃない。こっちのゴーヤシーサーがいいわよ」
「ああ、確かに」
言われてみれば沖縄らしい表現があったほうがいいだろう。
スロージアが指をさしたゴーヤシーサーを手に取ってみれば、なかなか味のある表情だ。
そういえばここへ来る前に寄った国際通りでゴーヤの――と考えたところで累は頭にクエスチョンマークを浮かべる。
はて、なんだかここにいるはずのない人がいなかったかと。
「ん? スロージア?」
振り返れば南国の沖縄に全くそぐわないドレス姿の双子がそこに立っていた。
「え? スロージアにプラム? なんでこんなところにいるんですか?」
「暇だったの。だからね。スロちゃんと一緒に遊びに来たの」
「ちょ、違うって! 忙しいの! 忙しいけど用があったから来たの!」
そうは言っても二人揃って手にトロピカルジュースを持っていると忙しい風にも見えない。
怪しむような累とフィズの視線を誤魔化すようにスロージアは軽く咳ばらいをして見せた。
「人魚の話が聞きたかったのよ。うちのミュージアムからいなくなったわけだし、新しい人魚を捕獲するにしても話を聞いておかないとまた失敗すると思ったから」
「ふぅん」
でもそれならバーで聞けばいいのでは、と累は思ったが言うのは止めた。
空気を読むというのは重要なことだからだ。
「それにしても私たちの場所がよくわかりましたね」
「空港はここ一つでしょ。だから朝から待ち伏せしてただけよ」
やっぱり暇だったのでは、と舌の上まで出かかったがそれも累は我慢した。
空気を読むというのは本当に重要だからだ。
「じゃあ落ち着ける場所で話す?」
いろいろと我慢してようやく言葉を口にした累は、二人から要望のあったお菓子に沖縄そばとシーサーをお土産として購入し――お土産を渡す相手の隣でお土産を買うというのが意味不明なのだが――昼食がてら寿司屋へと入ることとなった。
「上にぎり四つで」
「かしこまりました」
ドレス姿の双子を胡乱な目で見られたがそれも仕方ない。
フィズがいるだけで人目を引くのにそこへこの二人だ。
周囲の人々が気にならないわけがない。
「ずいぶん楽しそうね。そんなお揃いの服着ちゃって」
「ああ、かりゆしウェアのことですか。でもお揃いって二人だってそうじゃないですか」
「それはそうだけど。いかにも旅行を楽しんでますって感じだし」
「いいなぁ~。プラムもうらやましい」
「旅館で着る浴衣、ハワイで着るアロハシャツみたいなものですからね。旅行のテンションを上げるグッズみたいな。ずっとこれ一緒に着てましたもんね累さん」
「まぁね。そういえばその話で思い出したけど」
バックパックからごそごそと取り出したのは二人分のかりゆしウェアだ。
お揃いの柄でゴーヤが描かれたデザインになっている。
「これ二人へのお土産」
「え、いいの?」
「やったー!」
帰りに国際通りへ寄った際に買っておいたのだ。
あのミュージアムの外は海だったし、二人で着ればバカンス気分が出ていいのではと思ったからなのだが、思った以上に喜んでもらえている。
いそいそと二人が羽織ってみれば、ドレス姿にかりゆしウェアは絶望的に似合っていない。
「どう?」
「うん。似合ってない」
「ドレスの上からはちょっとですね」
「まぁそれは仕方ないわね。でも気分はいいわ」
「へへへ。お揃いだねスロちゃん」
先ほどよりも二人の機嫌がよくなった辺りで寿司が運ばれてきた。
ドレスの上からかりゆしウェアを羽織った双子を見て、一瞬店員が先ほどよりもさらに怪訝な顔をしていたが、すぐにそれを隠して接客してくれたのを見て、累はプロだなぁと内心感心していた。
もしバーでこんな状況を見たら戸惑わない自信がない。
「で、人魚の話だけどさ。結局どういう話だったの?」
「うーん」
運ばれてきた寿司を手づかみで頬張るプラムと違って、スロージアは誰に習ったんだろうと不思議になるほど綺麗に箸を使って口へと運ぶ。
対して累はその質問にどう答えたものかと頭を悩ませた。
結局のところよくわからなかったというのが累からみた今回の狩りなのだから。
「ミュージアムの人魚の子供、アウラって言うんだけど、彼女は人魚の女王として海に帰ったんだよね。でも別の人魚の女王と縄張り争いになって、依頼されて相手方の女王をフィズが狩った。私は女王のしもべのクラーケンと戦ってた……って言っていいのかな。とにかくフィズが女王を狩ったからそれで依頼は終わり」
「生きてる人魚は? いたらミュージアムに連れ帰りたいんだけど」
累はスロージアのことをいい友達だと思っているが、こういう所は少し微妙な気分になってしまう。
言葉も話せて外見も自分たちに似ている人魚が飼育されるというのはあまりいい気分ではないからだ。
とはいえこれがグールがなんかだったらなんとも思わないのだろうし、やはり外見が似ていることと話せることは感情に訴えかけてくるのだなぁと累はしみじみ感じた。
そんな自分の感情にいろいろと折り合いをつけている累を知ってか知らずかスロージアに応えたのはフィズだ。
「いませんね」
「残念。でもそのアウラって人魚は生きてるんでしょう?」
スロージアの言葉通り、彼女はほかの人魚たちと違って生きている。
というか今回の一連の事件の唯一の生存者といってもいい。
そして生き残った彼女がどうなったかということを思い浮かべながら、今度は累がスロージアに対して応えた。
「ああ、彼女なら――」
***
「人間になって……多分、幸せに暮らしていると思う……っす」
やってしまったという顔で俯きながらハクがそう答えた。
隣のルシアンもそれを見ながらどうしたものかと空港内の高い天井を見上げている。
あんな風に高いところの掃除をどうしているんだろうな、などと現実逃避しかけた自分を笑いつつ、ルシアンはどうしてこんなことになっているんだと思い返すが原因はたった一つ。
目の前の女が悪い。
「そのアウラって人魚が人間になったと」
二人の前に立っているのは銀縁の眼鏡をかけたキャリアウーマン風の女性だ。
空港内とはいえ沖縄の開放的な雰囲気とは対照的なスーツ姿で、不機嫌というか頭が痛いというかそんな顔をしている。
「ええ、まぁ」
「フィズがやったのかい?」
「多分そうっすけど……」
「アタシらも詳しいことは聞いてねぇからな。多分そうじゃないかくらいしか知らないぜ」
ハクとルシアンの言葉に目の前の女、カザリは片手を腰に当てて天井を見上げた。
仕草がさっき現実逃避していた自分とそっくりだなとルシアンは思う。
このカザリのことをルシアンは詳しくは知らないものの、どことなく疲れているというか振り回されているというか思わず現実逃避に天井の掃除について考えてしまうほど混乱しているというか、そんないろいろとかわいそうな人物に感じられた。
だがかわいそうといえばこちらも負けていないはずだ。
そもそもなんでこんなことになっているのかと考えてみるが、もともとルシアンとハクは二人でお土産を買いに空港内を散策しており、その時までは非常に楽しかった。
夜帽にはジーマーミ豆腐なんかいいかと考えながら、二人は今回の旅行についての思い出を話していただけなのだから。
「ダイビングができなかったのは残念だったなぁ。やってみたかったんだけどよ」
「店長と先輩は潜れたから満足してたけどね」
「人魚になるのは反則だろ……」
「人魚って言えばさ、アウラさんはなんで急に人間になってたのかな」
「知らね。多分先輩がどうにかしたんだろ」
「それはそうだけどさ。店長もルシアンも何も言わないし、不和さんもアウラさんも喜んでるみたいだったからなんでそうなったのか聞きにくくて。アウラさんが先輩に頼んだのかな?」
「じゃねぇの? まぁ聞きゃ教えてくれるだろうけど、じいさんとアウラが満足してんならいいんじゃねぇか」
「まぁ、そっか。でもほんと魔術ってめちゃくちゃだよね。人魚が人間になるなんてさ」
などと話しながらお土産を見ていると、ふと背後から声がかかったのだ。
「詳しく話を聞かせてくれるかい?」
と、現れたカザリを見た時のハクの表情をルシアンはきっと忘れないだろう。
そう過去に思いを馳せていたルシアンの前ではカザリがようやく立ち直ったらしい。
改めてハクとルシアンに視線を戻すと、先ほどよりも態度が柔らかくなった様子で話しかけてきた。
「つまり詳しいことはフィズに聞くしかないってことだね」
「そうなるな」
「わかった。まぁ多分フィズの独断だろうしね。しょうがないか……」
「あの、ところでカザリさんはなんでこんな場所にいるんすか? 本部の狩人っすよね?」
ハクの疑問にカザリは押しのけていた面倒ごとを思い出してしまったというような顔をして見せた。
ルシアンからすると最初はキャリアウーマンという印象だったが、今は疲れ切った社畜である。
「いやここに派遣した本部の狩人が支部の狩人と揉めててねぇ……収めるよう言ったのに何でこんなことになってんだか。借りを作ったつもりだったのに貸しになるだなんて思わないだろ。はぁ、こんなことなら最初っから自分でどうにかすればよかったよ」
最初のきりっとした雰囲気はとうに消え失せ、げんなりと肩を落として重いため息までついて見せる。
本当に沖縄の雰囲気とは合わない女だなとルシアンが思っていると、眼鏡越しに女の瞳がルシアンを捉えた。
累の無機質な感情の見えない瞳とも、ハクの表情豊かな瞳とも違う。
どちらかというと本心の見えないフィズの瞳に近い。
「こうしてまともに話すのは初めてだね、ルシアン。私はカザリだ。店じゃ何度か見たことあるだろう?」
「ああ知ってるぜ。今回の旅行もあんたの依頼で大変だった」
「それなら事前に調整しなかった累とフィズに文句を言ってほしいところだが、まぁ旅行を台無しにしてしまったのは悪かった」
「いや気にしないでいいぜ。なんとなく事情は理解してるからよ」
「そうかい。とにかく依頼に関してはよくわかったが、ハク」
名を呼ばれてびくりとハクが跳ねた。
隠し事がばれて呼び出された子供のような雰囲気である。
「アウラの件は依頼人から秘密にしてくれって言われたんじゃないのかい? だから依頼人は協会じゃなくて君らを頼ったんだろう? 私の前というか公共の場でぽろっと言っちゃだめじゃないか。今回みたいに誰が聞いてるかわからないんだからね」
「そっすよね……つい油断して……すみません」
「アタシも悪かった。こういう場所で話す話題じゃなかったよな」
「ルシアンは狩人じゃないから責められないけどね。ただグリムの存在は秘匿されるべきものだからああいう場所で大っぴらに話すのは止めなよ。まぁ漫画やアニメやらの話だと大抵の人は勝手に勘違いしてくれるけどね」
実際今話しているこの場所もカザリに連れてこられた人気のない空港の片隅だ。
グリムの存在はもちろん、アウラの存在を大っぴらに話すべきではなかったと二人は改めて反省した。
ただ思い起こせば累やフィズも水族館で普通に人魚のことを話していたような気もするが、そこを突っ込むとカザリが頭を痛めそうなのでハクもルシアンも黙っている。
「とにかくアウラのことは聞かなかったことにするよ。依頼人も望まないだろうし、大事にすれば累とフィズにも面倒がかかる。まぁそれが原因で協会と累たちでもめるようなことにはしたくないってのが本音なんだが」
「よかったぁ……」
ハクが安心したように笑うが、ルシアンとしてはカザリの行動は少し意外だった。
というのもルシアンの経験上狩人というのはグリムであれば問答無用に狩ってくるような存在だと思っていたのだが、このカザリという狩人は他とは違うらしい。
特にアウラを狩る狩らないを問題視しているのではなく、その結果累やフィズとの関係性が悪化することを気にしているような雰囲気がルシアンには気になった。
最も協会と累たちが手を組んでいるというのは知っているので、それを維持するために目の前の女が苦労しているということであれば理解できるのだが、狩人である彼女がグリムに対してそこまでする理由が不思議だった。
「この際だから二人には忠告しておくけどね。あんまりあの二人からは離れるんじゃないよ?」
カザリの言葉に脳内に沈み込んでいたルシアンの意識が浮かび上がる。
「日本は本部長の方針もあってグリムに対して友好的なんだが、そのお膝元の関東圏以外じゃグリムに対して敵対的な狩人も少なくない。協会の狩人だけでなくフリーの奴らもいるからね。もしもってこともあるから遠出した時は二人と一緒にいたほうが安全だよ。まぁこういう人目の多いところなら離れていても問題ないと思うけどさ」
「意外だな。狩人がグリムを心配してくれるなんて。まぁ忠告はありがたく受け取っとくけどよ」
「ありがとうございますカザリさん。気を付けるっす」
「礼はいいよ。君らに何かあったら私も面倒ごとに巻き込まれるってだけだからさ」
そこまで言ってカザリは思い出すようにしながら「しかしなぁ……」と呟いた。
「やっぱりアウラって人魚のことは気になるねぇ。わざわざフィズが魔術を使ったくらいなんだから、何か特別なのか……」
ルシアンがふと思い出したのはアウラが浜辺に現れた時のことだ。
白く細い足でたどたどしく立ち上がり、そして不和のもとへとゆっくり歩み寄ると本当に心の底から嬉しそうに抱き合っていた。
ルシアンが不思議だったのは不和が「思い出した」としきりに叫んでいたことだ。
何を思い出したのだろうか。
ただ一番色濃く印象に残っているのは、囁くような声量なのに不思議と耳に残るフィズの声だ。
「契約を忘れないように」
この場所からでは海が見えない。
けれどそこにいた人魚の姿は鮮明に思い浮かべることができる。
本心を隠す薄い笑みばかりの彼女が最後に見せた心からの笑顔を思い出し、せめてその笑顔が失われるようなことのない契約であればいいなとルシアンは願うのだった。
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