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探求者の異世界美食行脚 ~異世界召喚でハズレ扱いされたゴリラ系男子、気ままなグルメ旅に出る~  作者: おまめちゃん
大聖樹の異変

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第98話 生まれて初めてのお子様ランチと、小さなお願い

壊れた魔力集約中枢からは、もう魔力の光は流れていなかった。


ウンディーネが目を閉じ、大聖樹の方角へ意識を向ける。


少し待つと、ゆっくり目を開いた。


『……うん。もう取られてない』


「よかった」


すぐに元通りになるかは分からないが、少なくともこれ以上、大聖樹と木の精霊から魔力が奪われ続けることはなくなった。


その言葉を聞いてから、俺は近くに立っている少女を見る。


少女も俺を見返した。


魔神召喚の術式から生まれたばかりの魔人。


見た目は十二歳くらいだが、その身体には普通の精霊を上回るほどの魔力がある。


ウンディーネも改めて少女へ視線を向けた。


少女は何も言わず、ウンディーネを見ている。


しばらくして、ウンディーネが俺へ顔を向ける。


『この子は大丈夫だと思う』


「大丈夫?」


『うん。魔力、ちゃんと落ち着いてる』


少女がこれから何を考え、どう行動するかまで分かるわけではないだろう。


それでも大精霊であるウンディーネが見た限り、今すぐ魔力が暴走するような状態ではないらしい。


「分かった」


俺が頷くと、ウンディーネは今度こそ大聖樹の方角へ顔を向けた。


『わたし、あの子のところに行ってくる』


木の精霊の状態を直接確かめに行くつもりなのだろう。


魔力を奪われる流れは止まったが、どの程度弱っているのかまではここからでは分からない。


「頼む」


『ん』


ウンディーネは少し考えてから付け加えた。


『夜には帰る』


「分かった。気をつけて」


『うん』


その前に、ウンディーネは拘束したアドヴァースたちへ手を向けた。


透明な水の拘束具同士が細い帯のように繋がり、ばらばらには動けない形になる。


意識が戻っている者は自分で歩かせ、まだ足元がおぼつかない者も水の力で支えながら、まとめて自然洞穴の外まで運び出した。


地上へ出たところで、ウンディーネの身体が水へ溶けるように崩れる。


細い水流となった姿は森の中へ走り、そのまま大聖樹の方へ消えていった。


俺たちもオリエンスへ戻ることにする。


拘束された連中は水の鎖で繋がれたままなので、逃げようにもまともには動けない。


余計なやり取りをするつもりはないので、そのまま後ろを歩かせた。


少女は初めて見る森を眺めながら、俺たちについてくる。


葉の間から差し込む日の光。


風に揺れる草。


遠くで聞こえる鳥の声。


知識としては知っているのだろうが、実際に見るものは全部初めてだ。


時々足を止めそうになるほど周囲へ目を向けている。


「そういえば、ちゃんと名乗ってなかったな」


少女が俺を見る。


「俺はフトシ。こっちはベル、メイ、シルク」


「わたしはベル!」


ベルが少女の前まで飛んでいく。


「ワフッ」


「キュイッ」


メイとシルクも短く声を上げた。


少女は一人ずつ見たあと、最後に俺へ視線を戻す。


「フトシ」


俺の名前を確かめるように口にした。


「ああ」


それだけで紹介は終わった。


しばらく歩き続けると、遠くにオリエンスの街並みが見えてきた。


その向こうには巨大な大聖樹が枝葉を広げている。


まだ夕食には少し早い時間だったが、地下を歩き回ったせいでかなり腹が減っていた。


ベルもさっきから時々腹を擦っている。


メイとシルクも朝から一緒に動き続けているので、そろそろ何か食べさせた方がいいだろう。


そこで少女を見る。


考えてみれば、この子は生まれてからまだ何も食べていない。


「腹、減ってないか?」


少女が俺を見る。


それから自分の腹へ手を当て、しばらく身体の感覚を確かめるように黙った。


「……これがお腹が空くっていうの?」


「たぶんそうだ」


空腹という言葉は知っていても、自分で感じたことはなかったのだろう。


俺も少し笑う。


「少し早いけど、夕飯にしよう」


「ごはん?」


「ああ」


街へ入る前の草地に、道から少し外れた平らな場所があった。


そこで休むことにして、拘束した連中は少し離れた場所へまとめて座らせる。


こちらへ近づくことはできないし、メイも時々そちらへ耳を向けているので問題はなさそうだ。


俺は折りたたみのテーブルと椅子を出し、魔導コンロや鍋、フライパンを並べた。


少女はすぐ近くに立ち、次々と出てくる調理道具を興味深そうに見ている。


生まれて初めての食事か。


せっかくなら、一皿で色々な味を楽しめるものがいい。


少女の見た目も相まって、日本にいた頃の料理が頭に浮かんだ。


(お子様ランチにするか)


ハンバーグ。


ピラフ。


ナポリタン。


それにコーンスープ。


どれも少しずつ盛れば、一度の食事で違う味や香りを楽しめる。


まずは一番時間のかかるスープから始めることにした。


アイテムボックスから取り出したのは、オリエンスの直売所で買っておいた『黄金の粒穂(サン・コーン)』だ。


太い穂軸へ、艶のある黄色い粒が隙間なく並んでいる。


以前この街で食べたポタージュは、粒だけでなく芯からも出汁を取っていた。


サン・コーン自体の甘みがかなり強いので、今回もその方法が合うだろう。


包丁を入れ、粒を芯から削ぎ落としていく。


粒はボウルへ移し、残った芯も捨てない。


適当な長さに折って小鍋へ入れ、水を注いだ。


そこへ大玉葱の外側に近い部分を少しだけ加える。


強く沸騰させず、ふつふつと静かに煮ながら、芯に残った甘みと香りを水へ移していく。


その間に、別の大玉葱を薄切りにした。


黒剛鉄の鍋へ発酵バターを落とす。


溶け始めたところで大玉葱を入れ、弱めの火でじっくり炒める。


焦げ色はつけない。


白かった大玉葱が少しずつ透き通り、鼻へ抜ける辛い香りが消えて、柔らかな甘い匂いへ変わっていく。


そこでサン・コーンの粒を加えた。


ジュウゥ……。


バターを全体へ馴染ませるように木べらを動かす。


粒の表面へ熱が入り、甘いコーンの香りが立ったところで火を弱めた。


芯を煮ていた小鍋を確認する。


煮汁には薄い黄金色がつき、サン・コーンらしい甘い香りが移っている。


芯と大玉葱を取り出し、その出汁を鍋へ注いだ。


さらに、アイテムボックスへ保存してあるフォレスト・フォウルの鶏ガラ出汁も少し加える。


フォレスト・フォウルの骨やガラを熱湯へ短時間くぐらせて血や余分な脂を落とし、冷水で汚れを洗ってから、浮いてくるアクを丁寧に取りながら煮出した澄んだ出汁だ。


癖は少ないが鶏の旨味がしっかりある。


今回はサン・コーンの甘さを主役にしたいので、鶏ガラ出汁は芯の出汁よりかなり控えめにする。


「これも料理?」


少女が鍋を覗き込む。


「そうだよ。最後はスープになる」


「まだスープじゃないの?」


「今はその途中だな」


少女は少し不思議そうに鍋を見続けた。


柔らかくなったサン・コーンを指で潰してみる。


力を入れなくても簡単に崩れた。


ここまで火が入れば十分だ。


ミルクを加え、火をさらに弱める。


乳製品を入れたあとは強く煮立たせない。


『料理魔導の適性』で鍋の中へ穏やかな流れを作り、木べらも使いながらサン・コーンと大玉葱を細かく崩していく。


魔法だけに任せるのではなく、粒の残り方を見ながら撹拌の強さを調整する。


滑らかになったところで細かな濾し布を通した。


皮や粗い繊維が布へ残り、下にはとろりとした黄金色のスープが落ちていく。


もう一度鍋へ戻し、味を見る。


「……甘いな」


砂糖を入れていないのに、かなり甘い。


サン・コーンそのものの甘みと、大玉葱の甘みだ。


そこへ鶏ガラ出汁が薄く土台を作っているので、甘いだけではなく後から旨味も残る。


赤塩をほんの少し加え、最後に発酵バターを一欠片だけ溶かす。


これで十分だ。


火を落とし、温かい状態で保温しておく。


次はハンバーグ。


今回は肉もちゃんと選ぶ。


アイテムボックスから取り出したのは、以前解体したアースバッファローの赤身と、ガルディアで確保してあるオークの脂が適度に入った端肉だ。


アースバッファローは牛型の魔物で、引き締まった赤身に強い肉の旨味がある。


ただ、赤身だけでハンバーグにすると少し硬くなりやすい。


そこでオーク肉を混ぜて、脂と柔らかさを補う。


割合はアースバッファローを多めにした。


包丁で両方の肉を細かく切る。


そこから『調理の超加速』を使い、刃を正確に動かして粗めの挽肉へ仕上げていった。


完全にペーストにはしない。


細かな肉の中へ少しだけ粗い部分を残した方が、噛んだ時に肉らしい食感が出る。


別のフライパンでは、大玉葱のみじん切りを発酵バターで炒める。


生の辛みが消え、薄く色づく手前で火を止めた。


熱いまま肉へ混ぜれば脂が溶けてしまうので、広げてしっかり冷ましておく。


ボウルへ挽肉を入れる。


そこへ冷ました炒め大玉葱、特製食パンの端を乾かして細かく砕いたパン粉、ミルク、卵、赤塩、ピリ石の粉をほんの少し加えた。


初めて食べる少女もいるので、ピリ石は香りが出る程度で十分だ。


手を洗い直し、水気を拭き取ってから肉を混ぜる。


『調理の超加速』で素早く均一に混ぜるが、延々と練るわけではない。


肉に軽い粘りが出て、押した時にまとまる状態になったところで止めた。


人数分に分け、両手の間で軽く空気を抜く。


今回はお子様ランチなので、普段のハンバーグより少し小ぶりの楕円形だ。


中央を浅く窪ませておく。


ミスリル配合の黒剛鉄フライパンを熱する。


油を薄く馴染ませ、ハンバーグを並べた。


ジュウウゥッ!


肉が焼ける音と同時に、アースバッファローの力強い香りとオークの脂の甘い匂いが立ち上がる。


少女の視線がすぐフライパンへ向いた。


片面は少し強めの火で焼く。


動かさず待ち、縁の色が変わってきたところで一枚だけ持ち上げる。


しっかり茶色い焼き色がついていた。


裏返す。


再びジュッと音が広がった。


反対側にも焼き色をつけてから火を落とし、フォレスト・フォウルの鶏ガラ出汁を少量だけ注いで蓋をする。


水でも蒸し焼きにはできるが、少量の出汁なら肉の味を薄めず、むしろ底へ残った旨味も馴染ませられる。


しばらくして蓋を外す。


中央へ軽く指を当てると、最初の柔らかさから弾力のある感触へ変わっていた。


一つだけ串を中心近くまで刺し、出てくる肉汁の状態も確認する。


火は通っている。


すぐ皿へ出し、そのまま少し休ませた。


次はソースだ。


肉を焼いたフライパンには、アースバッファローとオークの脂、それに焦げつかない程度に焼き付いた旨味が残っている。


ここへ使うのは、以前たこ焼きやハンバーガー、お好み焼きにも使った『特製濃厚ソース』だ。


トマトとすりおろした根菜を煮詰め、魚醤のガルム、果実シロップを加えたものへ、クローブに似た香辛料、クグの実、ピリ石、ジンジャーで香りを重ね、さらにシロシメジの粉末とホタテの貝汁まで入れて煮詰めてある。


甘辛さの中へ、発酵調味料と魚介、キノコの旨味が何層にも入った濃いソースだ。


そのままハンバーグへかけても美味いが、生まれて初めての食事には少し味が強い。


まずフライパンへフォレスト・フォウルの鶏ガラ出汁を少量入れ、木べらで底の旨味を溶かす。


そこへ特製濃厚ソースを加えた。


さらに、アイテムボックスへ作り置きしてある特製ケチャップを少し多めに入れる。


濃厚ソースの複雑なスパイス感を残しながら、ケチャップの分かりやすい甘酸っぱさで全体を柔らかくするためだ。


弱火で軽く煮詰める。


最初は少し尖っていたトマトの酸味が落ち着き、肉の香りと濃厚ソースが馴染んでくる。


味見する。


甘み。


穏やかな酸味。


肉のコク。


その後から、特製濃厚ソースの果実やスパイスの香りが少しだけ残る。


「これならいい」


最後に発酵バターを少量溶かした。


角が取れ、艶のあるハンバーグソースになる。


休ませていたハンバーグを戻し、表面へ軽く絡めてから火を止めた。


続いてピラフ。


肉にはフォレスト・フォウルのもも肉を使う。


脚力の強い鶏型魔物なので、そのまま大きく焼くと筋を感じる部分もあるが、小さく切って米と一緒に炊けば、噛むほど旨味が出る。


皮と余分な筋を整え、一センチより少し小さな角切りにする。


大玉葱、人参に似た根菜も同じくらいの大きさへ揃えた。


キノコは干して保存してあるジャイアント・マッシュを使う。


干しジャイアント・マッシュをぬるま湯へ入れて戻す。


柔らかくなった身は細かく刻み、戻し汁は目の細かい布で濾して、底へ沈んだ細かな汚れを取り除いた。


この戻し汁には、干したことで凝縮されたキノコの旨味がしっかり出ている。


炊飯用の出汁は、フォレスト・フォウルの鶏ガラ出汁と、この干しジャイアント・マッシュの戻し汁を合わせることにした。


鶏の旨味だけでは少し真っ直ぐすぎるところへ、キノコの香りと旨味が加わる。


鍋へ発酵バターを溶かし、まずフォレスト・フォウルのもも肉を炒めた。


完全に火を通す必要はない。


表面の色が変わり、鶏の香りが立ったところで大玉葱と根菜、戻したジャイアント・マッシュを加える。


大玉葱が透き通り始めたら、洗って水気をよく切った米を入れた。


木べらで米を潰さないよう底から返す。


一粒一粒の表面へ薄くバターが回り、米の外側が少し透き通ってくる。


そこで合わせておいた鶏ガラとキノコの出汁を注いだ。


具から出る水分も考え、普通に米を炊く時より少しだけ控える。


赤塩をわずかに加え、蓋をした。


沸き始めるまでは少し強め。


そこから火を落とす。


『絶対温度領域』は鍋の中身へ直接触れるのではなく、魔導コンロと鍋の周囲の加熱がぶれないよう補助に使う。


音と湯気を確認しながら火を調整し、炊き上がったところで火を止めた。


すぐには開けない。


そのまま蒸らす。


しばらくして蓋を取ると、バターと鶏、それにキノコの香りが一度に広がった。


しゃもじを底へ入れ、米粒を潰さないよう大きく返してほぐす。


フォレスト・フォウルの肉から出た旨味も米へ入り、根菜の甘みも加わっている。


少しだけ味を見る。


「うん。これも大丈夫」


最後はナポリタンだ。


湯を沸かし、麺を入れる。


今回は歯応えを強く残すよりも、食べやすさを優先して少し柔らかめに茹でる。


その間に、大玉葱とオリエンスで買った肉厚の緑色のピーマン風野菜を切る。


肉にはアイアンボアの肩ロースを使った。


以前解体した魔猪で、脂が乗っている一方、肩は肉の旨味もしっかりしている。


ソーセージの代わりになるよう、細めの短冊へ切っていく。


フライパンへ少量の油を入れ、まずアイアンボアを炒める。


脂が少し溶け出し、表面へ軽い焼き色がついたところで大玉葱を加えた。


大玉葱が柔らかくなってから、ピーマン風野菜を入れる。


こちらは食感を残したいので、長く炒めすぎない。


具を端へ寄せ、空いた場所へ特製ケチャップを多めに入れた。


すぐ麺とは合わせない。


ケチャップだけを熱し、酸味の強い香りが柔らかくなるまで炒める。


赤い色が少し濃くなり、甘いトマトの香りへ変わったところで、具材と混ぜ合わせた。


茹で上がった麺を湯切りして加える。


茹で汁もほんの少しだけ入れ、ケチャップを麺全体へ馴染ませる。


アイアンボアから出た脂も混ざり、ソースが麺へしっかり絡んだ。


最後に発酵バターを少量。


火を止め、余熱で溶かす。


濃い赤色の麺から、甘酸っぱいトマトとバター、それに焼いたアイアンボアの香りが上がっていた。


これで全部揃った。


俺は皿を並べる。


ピラフは小さな器へ軽く詰め、皿の上で返して丸い山にした。


隣へ小ぶりのハンバーグ。


上から艶のある特製ソースをかける。


反対側には少量のナポリタン。


色が寂しくならないよう、茹でたオリエンスの野菜を少しだけ添えた。


黄金色のサン・コーンスープは、小さなカップへ注ぐ。


(うん。ちゃんとそれっぽい)


少女の前へ皿を置いた。


それまで俺の手元を追っていた少女の視線が止まる。


茶色いハンバーグには艶のあるソース。


赤いナポリタン。


黄色や橙色の具が混ざったピラフ。


その横には明るい黄金色のサン・コーンスープ。


少女は一つずつ見るように視線を動かした。


「……きれい」


味より先に、見た目へ気づいたらしい。


俺はベルの前にも小さな皿を置く。


メイとシルクにも同じ料理をそれぞれ食べやすい量で盛り、サン・コーンスープも器へ注いだ。


二匹とも魔物なので、味付けを変える必要はない。


大きさだけ食べやすいよう整えてある。


自分の皿も並べる。


少女は目の前の料理と俺を交互に見た。


「これ、わたしの?」


「そうだよ」


少し間が空いた。


「わたしも食べていいの?」


「もちろん」


特別なことをしたつもりはない。


一緒に食べるのだから、人数分作っただけだ。


少女はもう一度皿を見る。


そこで湯気と一緒に上がってくる匂いへ気づいたようだった。


小さく鼻から息を吸う。


焼いたアースバッファローとオークの肉。


甘酸っぱいソース。


バター。


トマト。


フォレスト・フォウルとキノコの出汁。


そしてサン・コーンの甘い香り。


少女の目が少し大きくなった。


「……いい匂い」


もう一度、ゆっくり息を吸う。


「これが……美味しそうっていうの?」


「そうかもしれないな」


美味しそうという言葉は知っていた。


けれど、目の前にあるものを早く食べてみたいと感じることと、その言葉が繋がったのは今が初めてなのだろう。


「じゃあ、食べよう」


「うん」


「いただきます!」


ベルの声に合わせるように、俺たちも食事を始めた。


少女はナイフとフォークを手に取る。


使い方は知識として身についているらしく、特に迷うことはなかった。


最初に選んだのはハンバーグだった。


小さく切る。


断面から温かな湯気が上がり、肉汁がじわっと滲む。


少女はそれを少し見てから、口へ運んだ。


噛む。


動きが止まった。


俺は何も聞かず、自分のハンバーグを一口食べる。


表面にはしっかり焼き目がついている。


中は柔らかい。


アースバッファローの濃い赤身の旨味を、オークの脂の甘さが包んでいる。


噛むほど肉の味が広がり、炒めた大玉葱の甘みが続いた。


そこへ特製濃厚ソースを元にしたハンバーグソース。


トマトの甘酸っぱさから始まり、後ろには魚醤やホタテ、キノコの旨味。


最後に果実とスパイスの香りが薄く残る。


元の濃厚ソースより刺激は抑えたが、肉を食べた満足感はしっかりある。


「……おいしい」


少女の声が聞こえた。


顔を向ける。


まだ口の中の味を確かめているようだった。


「これが、美味しいなんだ」


今度は自分に言い聞かせるように呟く。


すぐに二切れ目を切った。


次に手を伸ばしたのはピラフだった。


一口食べ、ゆっくり噛む。


「……これ、さっきのと全然違う」


バターの香り。


フォレスト・フォウルの鶏ガラ出汁と、干しジャイアント・マッシュの出汁を吸った米。


そこへ小さく切った鶏肉や根菜、キノコが混ざっている。


肉料理なのに、ハンバーグとは味も食感もまるで違う。


「料理だからな。まだ色々あるよ」


少女はピラフをもう一口食べてから、今度はナポリタンをフォークへ巻きつけた。


赤い麺が口へ入る。


最初に来るのは、炒めたケチャップの甘酸っぱさ。


続いて柔らかな麺。


大玉葱の甘みとピーマン風野菜の軽い青い香り。


噛むとアイアンボアの肩ロースから肉の旨味と脂が出る。


少女の表情がまた少し変わった。


「これも美味しい」


隣ではベルもナポリタンを頬張っている。


「これ好き!」


「そうか」


足元ではメイがハンバーグを食べ終え、すぐにピラフへ鼻先を寄せた。


シルクもナポリタンを器用に食べたあと、サン・コーンスープへ顔を近づけている。


「ワフゥ!」


「キュイッ!」


二匹ともいつも通り、気に入った料理から順番に食べている。


最後に少女が手を伸ばしたのは、サン・コーンスープだった。


小さなカップを両手で持つ。


一口。


温かなスープが口へ入ると、少女が少し目を細めた。


濾したことで舌触りは滑らかだ。


最初にサン・コーンの強い甘み。


その後ろから大玉葱とミルクの柔らかなコクが続く。


芯から取った出汁がコーンそのものの風味を底上げし、少量のフォレスト・フォウルの鶏ガラ出汁が甘みだけでは終わらない旨味を残していた。


「甘い……」


少女がもう一口飲む。


少し考えてから、カップを見た。


「これ、好き」


「そっか」


俺はそれだけ返し、自分のスープも飲んだ。


サン・コーンはやはりかなり甘い。


以前食べたものとは少し作り方が違うが、芯の出汁を使ったことで香りにも厚みが出ている。


少女は食べるたびに少しずつ表情を変えていた。


綺麗だと思う。


いい匂いだと思う。


食べてみたいと思う。


口へ入れれば美味しい。


次はどんな味だろうと気になる。


同じ料理というものでも、見た目も香りも味も食感も全部違う。


そして自分だけではなく、ベルもメイもシルクも俺も同じ場所で食べている。


知識として持っていた食事と、実際に経験する食事は、きっと全く別のものなのだろう。


やがてハンバーグがなくなり、ピラフもナポリタンも皿から消えた。


最後のサン・コーンスープも飲み終える。


少女は空になった皿をしばらく見ていた。


「料理って、こんなに美味しいんだ」


少しだけ間が空く。


少女は自分の胸元へ手を当てた。


「食べる前は楽しみで、食べたら嬉しくて……みんなも一緒に食べてる」


自分の中にあるものを、一つずつ確かめているようだった。


「……こういうの、幸せっていうんだね」


俺の手が少し止まった。


幸せという言葉を初めて知ったわけではない。


知識として持っていた言葉と、今自分が感じているものが初めて繋がったのだろう。


「そうだな。そういうのも幸せだと思うよ」


少女は小さく頷いた。


食事が終わったので、俺は後片付けを始める。


鍋やフライパンを洗い、使った道具を順番に片付けていく。


少しして、後ろから声がした。


「フトシ」


「ん?」


振り返る。


少女がこちらを見ていた。


さっきまで空の皿を見ていた時とは少し違う。


何かを自分で決めようとしている顔だった。


「わたし、フトシと一緒にいたい」


予想していなかった言葉に、俺は少し黙った。


少女はまっすぐ俺を見る。


「まだ知らないこと、いっぱいある」


視線が、片付け途中の皿へ向く。


「また美味しいのも食べたいし、外ももっと見たい」


そしてもう一度俺を見る。


「フトシと一緒なら、もっと色々分かりそう」


少しだけ間が空いた。


「……だめ?」


(……それは反則だろ)


ついさっきまで、一口食べるたびに初めての味へ驚いていた子だ。


そんな顔でお願いされて、簡単に断れるわけがない。


とはいえ、俺一人で全部決めてしまうこともできない。


この子は魔人という、俺も初めて知った種族だ。


しかもアドヴァースが魔神を生み出すために用意した術式から生まれている。


王城へ戻れば、イザベラさんたちにも全部説明する必要がある。


それでも、一人で放り出すという選択肢はなかった。


「分かった。この後のことは俺に任せてくれ」


少女の目が少し大きくなる。


「一緒にいられるように、俺からちゃんと話すよ」


少女の表情がほんの少しだけ緩んだ。


大きく笑ったわけではない。


それでも、さっき料理を食べていた時とも違う、小さく嬉しそうな笑顔だった。


俺も少し安心し、残っていた調理道具を片付ける。


遠くにはオリエンスの街並みがあり、その向こうには大聖樹が立っている。


空も少しずつ夕方の色へ変わり始めていた。


生まれたばかりの少女が初めて自分で選んだこれからのことを、俺はきちんと受け止めようと思った。


片付けを終えた俺たちは、夕暮れのオリエンスへ向かって再び歩き始めた。

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