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探求者の異世界美食行脚 ~異世界召喚でハズレ扱いされたゴリラ系男子、気ままなグルメ旅に出る~  作者: おまめちゃん
大聖樹の異変

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第91話 常春の街に訪れた寒さと、魔王の決断

朝、目を覚まして最初に感じたのは、いつもより少し冷たい空気だった。


布団から身体を起こし、窓へ目を向ける。


昨夜感じた肌寒さが気になって窓を開けると、朝の空気が部屋の中へ流れ込んできた。


「……朝になっても戻ってないのか。」


寒いというほどではない。


日本なら、少し冷え込んだ春の朝くらいだろう。


だが、オリエンスに来てから朝晩を含めてこんな冷たさを感じたことはなかった。


窓の外では、すでに宿の従業員たちが庭の手入れや朝の準備を始めている。


「今日は随分冷えるね。」


「こんな朝、珍しいですね。」


聞こえてきた会話に、俺は窓枠へ手を置いたまま大聖樹の方へ目を向けた。


遠くに見える巨大な枝葉は、昨日までと大きく変わったようには見えない。


街もいつも通り動き始めている。


騒ぎになっている様子もなかった。


それでも、一晩経ってなお残っている冷たさは少し気になった。


俺は窓を閉め、いつもの朝の鍛錬へ向かうため身支度を整えた。


宿の中庭にある鍛錬場所へ行くと、セバスさんはすでに来ていた。 


ただ、いつもとは格好が違う。


普段なら動きやすい服装で待っているはずだが、今日はきっちりと燕尾服を着込み、すぐに仕事へ向かえる姿をしていた。


「おはようございます、セバスさん。」


「おはようございます、フトシ様。」


いつも通り丁寧に頭を下げたあと、セバスさんは申し訳なさそうに続けた。


「申し訳ございません、フトシ様。本朝の鍛錬は自主鍛錬としていただけますでしょうか。」


「自主鍛錬ですか?」


セバスさんが自分から鍛錬を取りやめるのは珍しい。


俺が首を傾げると、セバスさんはわずかに表情を引き締めた。


「昨夜から王城へ、確認を要する報告がいくつか届いております。私も朝から対応に回らねばなりません。」


「何かあったんですか?」


俺が尋ねると、セバスさんは周囲の空気へ目を向けた。


「フトシ様も、今朝の空気にはお気づきでしょう。」


「……やっぱり、この寒さですか。」


「はい。ただ、まだ確認中のこともございます。詳しくは、後ほどお話しできるかと。」


それだけ告げると、セバスさんは一礼した。


「急なことで申し訳ございません。」


「いえ、仕事なら仕方ないです。こっちは一人でやっておきます。」


「ありがとうございます。」


セバスさんはそのまま宿を離れ、王城の方へ向かっていった。


俺はその背中を見送ってから、アイテムボックスから訓練用の木棒を取り出した。


セバスさんがいないからといって、休む理由にはならない。


むしろ教えてもらった動きを、一人でどこまで再現できるのか確認するにはちょうどいい。


まずは足運びからだ。


相手の正面へ真っ直ぐ踏み込まず、半歩ずらして位置を取る。


木棒を振り、仮想の攻撃を受けるように角度を変える。


力で止めるのではなく、受けた勢いを横へ逃がす。


セバスさんとの鍛錬では何度もやってきた動きだが、一人で繰り返してみると、自分がどこで力んでいるのか分かりやすかった。


「……ここ、まだ硬いな。」


肩の力を抜き、もう一度。


踏み込む。


受ける。


流す。


そこから相手の隙へ入る。


派手な動きではないが、何度も繰り返して身体へ覚え込ませていく。


しばらく続ける頃には、額から汗が流れていた。


呼吸を整え、木棒を下ろす。


身体は十分に熱くなっている。


それなのに、汗を拭いた頬へ触れる朝の空気は、やはり冷たかった。


(やっぱり気のせいじゃないな。)


俺は訓練用の木棒を収納し、部屋へ戻った。


軽く身体を流して着替えると、部屋で待っていたみんなと一緒に朝食へ向かう。


食堂にはすでに何人かの宿泊客がいて、それぞれ朝食を取っていた。


俺たちも空いている席へ座り、運ばれてきた朝食を食べ始める。


ベルは俺の近くで用意された分を食べ、メイとシルクにも食べられるものを取り分ける。


ウンディーネもいつものように食事をしていたが、時折窓の向こうへ視線を向けていた。


その先にあるのは、やはり大聖樹だ。


「昨日の夜から妙に冷えるね。」


少し離れた席から、宿泊客の声が聞こえてきた。


「朝になれば戻ると思ったんだけどねぇ。」


「大聖樹の加護がある街で、こんなこともあるんだな。」


周囲を見れば、他の席でも同じ話をしている人がいる。


昨夜の段階では少し肌寒い程度だった。


だが、一晩経っても続いていることで、街の人たちも気にし始めたらしい。


だからといって、慌ただしく外へ駆け出す人はいない。


庭の花も咲いているし、街の野菜が枯れたというような話も聞こえてこない。


今のところ、生活へ影響が出るほどの変化ではないようだ。


俺も朝食を食べ終え、食後のお茶を飲んでいると、食堂の入口から見覚えのある燕尾服姿が入ってきた。


セバスさんだ。


朝よりも少し急いでいる様子だったが、俺たちを見つけると真っ直ぐこちらへ歩いてきた。


「フトシ様、少々お時間をよろしいでしょうか。」


「はい。」


俺が席から立つと、セバスさんは声を少し落とした。


「現在、市街地の複数箇所で、普段より気温が低下していることが確認されております。」


やはり、この宿の周辺だけではなかったらしい。


「それと、昨日フトシ様が冒険者ギルドへ報告なさった山林の件についても、すでにこちらで内容を確認しております。」

「もう王城まで伝わっていたんですか。」


「はい。ギルドからの報告と、昨夜から市内で上がっている情報を照合いたしました。」


山で起きていた局所的な低温。


そして街で続いている寒さ。


まだ同じ原因だと決まったわけではないが、無関係とも言い切れなくなってきた。


「今朝、陛下へも報告を済ませております。」


セバスさんはそこで一度言葉を区切った。


「陛下がお話をなさりたいとのことです。」


「分かりました。行きます。」


俺は食事を終えたみんなを連れ、セバスさんの案内でオリエンスの王城へ向かった。


城内へ入ると、普段より人の動きが多い。


書類を抱えた者が廊下を行き交い、兵士や職員らしい人たちが短く言葉を交わしながら持ち場へ向かっている。


大きな騒ぎではない。


だが、すでに国として何かを確認し始めていることは分かった。


案内された一室へ入ると、イザベラさんが机の前に立っていた。


その近くには数枚の書類が広げられている。


「来たか、フトシ。」


「お呼びと聞きました。」


「ああ。座ってくれ。」


勧められた席へ座ると、イザベラさんは机の上にある一枚の書類へ目を落とした。


「報告は読ませてもらった。山で実際に見たそなた自身は、どう感じた?」


一から説明する必要はないらしい。


俺は昨日のことを思い返した。


「最初に見つけた時は、その場所だけのことだと思いました。周囲の土だけ冷たくて、笹筍もそこで成長が鈍っていましたから。」


イザベラさんは黙って続きを待っている。


「近くの沢はウンディーネが少し変だと言っていました。そのあと冷たい風が吹いて、流れてきた葉も端が少し黄色くなっていました。ただ、原因までは俺にも分かりません。」


「なるほど。」


イザベラさんは腕を組み、しばらく考え込んだ。


やがて窓の外へ視線を向ける。


そこからも、大聖樹の枝葉が見えていた。


「気候とは、本来移ろうものだ。」


静かな声だった。


「たとえ常春のオリエンスであろうと、自然そのものが変わろうとしているのならば、我々の都合だけでそれを捻じ曲げるべきではない。」


アストラーレは自然や精霊と共に暮らしている国だ。


この街が暖かいことも、当然の権利だと思っているわけではないのだろう。


イザベラさんは大聖樹から視線を戻した。


「だが、何か原因があるのなら話は別だ。」


その声が少しだけ強くなる。


「何者かが引き起こしているものなのか。それとも、取り除ける異常が起きているのか。それすら分からぬまま放置するつもりはない。」


机の上に置かれた報告書へ指先を置く。


「この街は、大聖樹の恵みと共に暮らしている。農作物や民の生活に影響が出てから調べ始めるのでは遅い。」


まだ被害は出ていない。


だからこそ、今のうちに確かめる。


「原因があるのかどうか、まずはそれを調べる。セバス、調査の手配を。」


「すでに準備を進めております。」


間を置かず返ってきた声に、イザベラさんが少しだけセバスさんを見る。


「早いな。」


「陛下であれば、そのようにご判断なさるかと。」


それだけで二人の会話は終わった。


セバスさんは手元の書類を開く。


「市街地各所の気温と魔力の変化について、記録を開始しております。農地では作物への影響が出ていないか確認し、農家の方々からも聞き取りを行います。」


さらに一枚、紙をめくる。


「湧き水、水路につきましても同様です。大聖樹周辺を巡回する者たちからも、ここ数日の変化について報告を集めます。」


冒険者ギルドへは、山林で似た現象を目撃した者がいないか確認を依頼するらしい。


魔力方面については宮廷魔術師長を中心に、街の各所で異常な魔力の流れがないか調べるという。


すでにかなり広い範囲で手が回り始めていた。


イザベラさんは俺へ向き直る。


「今のところはこちらで調べる。そなたは昨日山へ入ったばかりだ。気にせず過ごしていて構わん。」


最初から俺へ調査を任せるつもりはないらしい。


それは当然だと思う。


ここはアストラーレの街だ。


まず国が調べるのが筋だろう。


「分かりました。ただ、俺たちに何かできることがあれば言ってください。」


「ああ。その時は遠慮なく頼らせてもらおう。」


イザベラさんが頷く。


これで話は終わりかと思った時だった。


それまで俺の近くで黙っていたウンディーネが、ぽつりと口を開いた。


『……たぶん、人のやり方で調べても分からないと思う。』


部屋の空気が変わった。


イザベラさんとセバスさんの視線が、同時にウンディーネへ向く。


俺も隣を見る。


「どういうことだ?」


ウンディーネはすぐには答えなかった。


窓の向こうに見える大聖樹へ、青い瞳を向ける。


『まだ分からない。』


少し間が空く。


『でも……昨日から、あの子の気配が薄い。』


「あの子って……大聖樹にいる精霊か?」


ウンディーネが小さく頷いた。


以前、オリエンスへ向かう途中で話していた、大聖樹に棲み着いているという木の精霊。


ウンディーネとは昔からの知り合いだと言っていた相手だ。


『いつもなら、もっと分かるの。』


ウンディーネは大聖樹を見たまま続ける。


『今は……遠い感じがする。』


それ以上は言わなかった。


弱っているとも、何かに襲われているとも言わない。


ウンディーネ自身にも、まだそこまでは分からないのだろう。


イザベラさんの表情が引き締まった。


「……セバス。」


「はい。」


「先ほどの調査と並行して、大聖樹そのものも確認する。」


「承知いたしました。」


イザベラさんはすぐに続けた。


「ただし、森へ無理に入ることはするな。あの場所には迷いの結界がある。何より、精霊の住処へ大人数で押しかけるような真似はしたくない。」


セバスさんが静かに頷く。


「外側から確認いたします。大聖樹周辺、根の広がる区域、水路、そして魔力の流れを中心に調査させましょう。」


「頼む。」


イザベラさんの決定を受け、セバスさんはすぐに部屋を出ていった。


外ではすでに何人かが待っていたらしく、扉が閉まる直前に短い指示の声が聞こえる。


イザベラさんも机の上の書類を手に取った。


「私も確認しておくことがある。フトシ、呼び立てて悪かったな。」


「いえ。俺も状況が分かって良かったです。」


俺たちはイザベラさんへ頭を下げ、部屋を後にした。


廊下へ出ると、向こう側からザディスさんが数人の魔術師を連れて歩いてくるのが見えた。


手には魔導具らしいものや書類が抱えられている。


こちらへ軽く会釈すると、そのまま足早に通り過ぎていった。


王城全体が、静かに動き始めていた。


俺たちは城の外へ出る。


朝より日が高くなっているはずなのに、空気にはまだ少し冷たさが残っている。


俺は自然と大聖樹を見上げた。


巨大な幹。


空を覆うほど広がった緑の枝葉。


遠目には、昨日とそれほど変わらない。


いつも通り街を見下ろしているようにも見える。


その時、枝の間から一枚の葉が離れた。


風に揺られながら、ゆっくりとこちらへ落ちてくる。


俺は近くへ落ちた葉を拾い上げた。


緑色の葉だった。


だが、黄色く変わっている部分は、昨日見た葉より少し広い。


隣へ来たウンディーネも、その葉をじっと見つめる。


『……やっぱり、変。』


俺は返事をせず、手の中の葉からもう一度、大聖樹へ視線を上げた。

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