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探求者の異世界美食行脚 ~異世界召喚でハズレ扱いされたゴリラ系男子、気ままなグルメ旅に出る~  作者: おまめちゃん
常春の緑都オリエンス

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第90話 採れたて春山菜の天ぷらと、常春の街の小さな異変

山を下りながらも、俺の頭には先ほど吹いた冷たい風のことが残っていた。


一部分だけ妙に冷たかった土と、そこで成長が鈍っていた笹筍。


近くの沢でウンディーネが感じた、水の流れへの違和感。


そして、山の上から吹き抜けた季節外れの冷たい風。


どれも原因は分からないままだ。


俺は斜面を下りながら、後ろをついてきているウンディーネへ視線を向けた。


「さっきの、やっぱり何か変だったのか?」


水の枕に身体を預けていたウンディーネが、ゆっくりと目を開ける。


『……分からない。』


少し間を置いてから、ウンディーネは山の方へ顔を向けた。


『でも、あの辺りの水、いつもとちょっと違ったわ。』


「何が違うのかは?」


『そこまでは分からない。ほんの少しだったもの。』


やはり、ウンディーネにも原因までは分からないらしい。


俺ももう一度山を振り返ったが、木々の様子に目立った変化は見当たらなかった。


気にはなる。


だが、まずは受けた依頼をきちんと終わらせるべきだろう。


俺たちはそのまま森と草原を抜け、オリエンスの街へ戻った。


東門をくぐると、街の中は出発した時と変わらず穏やかだった。


庭園には色鮮やかな花が咲き、水路には澄んだ水が流れている。


春の陽だまりのような暖かな空気も、いつも通りだ。


さっきの冷たい風が嘘だったように思えるほどだった。


そのまま街の冒険者ギルドへ向かい、受付にいたリリアさんのところへ行く。


「あ、フトシ様。お帰りなさいませ。」


「ただいま戻りました。山菜採取の依頼が終わったので、納品をお願いします。」


「はい。こちらへどうぞ。」


リリアさんが受付横の確認台を示した。


俺はアイテムボックスの納品用に分けていた空間から、笹筍、独活草、棘木の芽を順番に取り出していく。


採取した時の状態を保った山菜が、確認台の上へ並んだ。


リリアさんは笹筍の切り口を確認し、独活草や棘木の芽も一つずつ手に取って状態を見ていく。


「傷みもありませんし、どれも食べ頃のものが揃っていますね。」


手元の依頼書と見比べながら量も確認し、最後に小さく頷いた。


「三種類とも規定量を満たしています。これで依頼達成です。お疲れ様でした。」


「ありがとうございます。」


手続きが終わり、規定の報酬を受け取る。


これで今回の仕事は無事に完了だ。


「若すぎるものは残してきたので、必要以上には採っていません。」


俺がそう付け加えると、リリアさんの表情が少し柔らかくなった。


「ありがとうございます。あの山は一年中採取できますけど、採り尽くしてしまえば次が育ちませんからね。」


自分たちが食べる分も採ってきたが、それも群生を荒らさない程度に抑えてある。


また訪れることがあれば、その時も美味しい山菜が採れた方が俺としても嬉しい。


納品された山菜が奥へ運ばれていくのを見送り、俺は山でのことを思い出した。


「それと、山で少し気になることがありまして。」


「気になること、ですか?」


リリアさんが俺へ視線を戻す。


「帰り道で、他より育ちの悪い笹筍を見つけました。その周囲の土だけ、妙に冷たかったんです。」


俺はそこで確認したことを順番に伝えた。


【鑑定】でも、一時的に低温へ晒されて成長が鈍ったと出たこと。


近くの沢では、一緒にいた仲間が水の流れを少し妙に感じたこと。


その後、山の上から肌ではっきり分かるほど冷たい風が吹いたこと。


さらに、その風に乗って流れてきた大きな緑色の葉の端が、わずかに黄色くなっていたこと。


話を聞いていたリリアさんの表情が、少しずつ真剣なものへ変わっていった。


「……冷たい風、ですか。」


「はい。一瞬でしたけど、かなり冷たく感じました。」


リリアさんは少し考えたあと、手元の紙へ俺の話を書き留め始める。


「オリエンスでそのような冷たい風が吹くこと自体、かなり珍しいんです。」


大聖樹の加護で気候が安定している以上、やはりこの街の住人にとっても普通ではないらしい。


「原因までは分かりませんが、念のためギルドでも共有しておきますね。」


「お願いします。」


俺が確認できたことは伝えた。


今のところ、それ以上にできることはない。


ギルドを出ると、外はまだ変わらず暖かかった。


俺は一度だけ遠くの大聖樹を見上げる。


見た目には、特に変わったところはない。


(まあ、今はこれでいいか。)


異変についてはギルドへ報告した。


依頼も終わった。


そうなると、次に頭へ浮かぶのはアイテムボックスに入っている採れたての山菜だ。


「よし。じゃあ、採れたてを食べよう。」


「うん! 楽しみ!」


ベルが嬉しそうに羽を動かした。


俺たちは保養宿へ戻り、別棟の貸キッチンへ入った。


広い調理台へ、自分たちで食べるために採ってきた山菜を並べる。


瑞々しい笹筍。


爽やかな香りを持つ独活草。


ふっくらとした棘木の芽。


山で見つけた時と変わらない状態だ。


献立はすでに決めている。


まずは一番時間のかかる笹筍の炊き込みご飯から作ることにした。


笹筍の硬い皮を剥き、根元と穂先の状態を確認する。


採れたばかりだからか、身にはしっかりと水分が残り、切ると淡い香りが立った。


えぐみは抜きたいが、長く茹ですぎてこの香りまで消したくはない。


鍋に湯を沸かし、笹筍を入れる。


火の入り具合を見ながら茹で、根元へ竹串がすっと入るようになったところで引き上げた。


「うん、このくらいで十分だ。」


粗熱を取った笹筍を切り分けると、淡い色をした身が綺麗な層になっていた。


炊き込みご飯に使う分を薄めに切り、研いだインディカ米と一緒に鍋へ入れる。


出汁は、干しジャイアント・マッシュから取ったものを使う。


そこへ生醤油と本みりんを加えるが、味は濃くしすぎない。


笹筍そのものの香りと食感を味わいたいからだ。


蓋をして火にかけたら、次は独活草へ取り掛かる。


茎を洗って包丁を入れると、山で嗅いだ爽やかな香りがふわっと広がった。


食べやすい長さに切り、熱湯へ入れる。


柔らかくしすぎないよう短時間で引き上げ、水気をしっかり切っておく。


手作りの味噌に本みりんと、黄色い柑橘の果汁を少しずつ加えて混ぜる。


味噌のコクは残しつつ、独活草の青い香りに合う程度の酸味へ整えた。


一口味を確認してから茎へ薄く絡める。


「よし、これなら合いそうだ。」


剥いた皮も細く切り、少量の油で炒める。


しんなりしてきたところへ生醤油と本みりんを加え、水分が飛ぶまでさっと炒めて小皿へ移した。


これで独活草は二品できた。


残るのは、今日一番楽しみにしていた天ぷらだ。


棘木の芽と独活草の穂先を綺麗に洗い、布で一つずつ水気を拭き取る。


衣は薄くしたい。


冷たい水に卵を溶き、小麦粉を加えて軽く合わせる。


滑らかになるまで混ぜず、少し粉が残るところで止めた。


鍋の油が温まったところで衣の欠片を落とし、浮き上がり方を確認する。


悪くない。


一度に入れすぎれば油の温度が下がるので、少しずつ揚げていくことにする。


最初は棘木の芽だ。


薄く衣をまとわせ、油へそっと入れる。


シュワァァッ!


細かな泡が若芽の周りを包み、白い衣がふわりと広がる。


火を入れすぎれば、せっかくの柔らかさと香りが飛んでしまう。


衣が軽く固まり、箸へ伝わる感触が変わったところで引き上げる。


網の上へ置くと、薄い衣の向こうに鮮やかな緑色が透けていた。


「おっ、いい感じだ。」


独活草の穂先も同じように揚げていく。


シュワッと軽い音が続き、揚げたての山菜が網の上へ並んでいった。


熱が入ったことで、棘木の芽と独活草それぞれの青い香りが少し強くなっている。


最初は素材の味を見たいので、岩塩を添えるだけにする。


別の器には、干しジャイアント・マッシュの出汁と生醤油、本みりんを合わせて軽く温めた天つゆも用意した。


最後に残しておいた笹筍と出汁で、薄味の澄まし汁を作る。


ちょうどその頃、炊き込みご飯の鍋から香ばしい匂いが漂ってきた。


蓋を開けると、白い湯気と一緒に笹筍と生醤油、出汁の香りが立ち上る。


底から大きく返すように混ぜれば、薄く色づいた米の中へ笹筍が均等に散った。


「できたぞ。」


テーブルへ料理を並べる。


笹筍の炊き込みご飯。


独活草の酢味噌風和えと、皮のきんぴら。


棘木の芽と独活草の穂先の天ぷら。


そして笹筍の澄まし汁。


採ってきた山菜を一通り味わえる夕食になった。


「いただきます。」


「いただきまーす!」


まずは揚げたての棘木の芽へ箸を伸ばす。


岩塩をほんの少しだけつけ、そのまま口へ運んだ。


サクッ。


薄い衣が軽く崩れ、その中から柔らかな若芽が現れる。


「……うまい。」


最初に広がったのは、青々しい香りと心地よいほろ苦さだった。


噛んでいくと若芽の淡い甘みが出てきて、最後に岩塩が味を引き締める。


衣が薄い分、油の味より棘木の芽そのものがしっかりと残っていた。


向かいでは、ベルが自分用に小さくした天ぷらを両手で持っている。


少し冷ましてから、一口かじった。


「サクッとしてる!」


ベルの顔がぱっと明るくなる。


「中はやわらかくて、おいしい!」


「気に入ったなら良かった。」


次は独活草の穂先を食べる。


こちらは棘木の芽よりも爽やかな香りが強く、ほろ苦さも少し軽い。


天つゆへ端だけ浸して食べてみると、出汁と醤油の旨味が加わり、今度は炊き込みご飯が欲しくなる味になった。


そのまま笹筍の炊き込みご飯を口へ運ぶ。


米は出汁を吸っているが、味付けは控えめだ。


そこへ笹筍の瑞々しい歯ごたえが加わる。


噛むたびに淡い甘みと香りが広がり、干しジャイアント・マッシュの出汁が後ろから支えてくれていた。


(具材を増やさなくて正解だったな。)


独活草の茎にも箸を伸ばす。


シャキッとした食感のあとに爽やかな香りとほろ苦さが広がり、味噌のコクと酸味がそれを包み込む。


天ぷらのあとに食べると、口の中がさっぱりするのもいい。


皮のきんぴらは茎より香りが強く、生醤油の香ばしさともよく合っていた。


食材をほとんど無駄にせず使えるのも嬉しいところだ。


足元では、味付けを控えて取り分けた山菜をメイが嬉しそうに食べている。


頭の上から降りてきたシルクも、笹筍を小さく齧っていた。


ウンディーネはというと、棘木の芽の天ぷらを一つ食べ終えたところだった。


『……おいしい。』


そう呟き、何事もなかったように二つ目へ手を伸ばす。


山では少し様子が違っていたが、食事中はいつものウンディーネに戻っている。


その姿を見て、俺も少しだけ肩の力が抜けた。


「フトシ、お山のお野菜っておいしいね!」


ベルが炊き込みご飯を頬張りながら笑う。


「ああ。採れたてを食べられるのは嬉しいな。」


山へ入り、自分で食べ頃を見て採り、それを料理して食べる。


俺にとっては、それだけでも十分に山へ行った甲斐があった。


俺たちは炊き込みご飯をおかわりし、天ぷらも最後まで綺麗に食べきった。


食後に温かい澄まし汁を飲むと、笹筍の淡い香りが残り、山菜尽くしの夕食を穏やかに締めてくれた。


「ごちそうさまでした。」


満腹になったベルは椅子の背もたれへ身体を預け、メイも床へ伏せている。


俺は食器を集め、使った調理器具と油を順番に片付けていった。


最後の皿を洗い終えたところで、貸キッチンの外から話し声が聞こえてくる。


「今日は少し冷えるね。」


「そうですね。こんな夜は珍しいですね。」


宿の従業員らしい二人の声だった。


俺は濡れた手を拭き、窓の外へ目を向ける。


「……冷える?」


気になって貸キッチンの外へ出てみた。


庭園には灯りがともり、静かな水路の上に淡い光が揺れている。


その中で、夜の空気が頬に触れた。


「……確かに。」


寒くて震えるほどではない。


春の夜なら、ごく普通に感じる程度の肌寒さだ。


だが、オリエンスに来てから、夜でもこんな冷たさを感じたことはなかった。


俺は庭から大聖樹を見上げる。


月明かりを受けた巨大な枝葉は、見たところいつもと変わらない。


大量に葉が落ちているわけでも、枝が枯れているわけでもなかった。


ふわりと水の気配が隣へ並ぶ。


ウンディーネも外へ出てきていた。


彼女は何も言わず、大聖樹へ青い瞳を向けている。


俺も同じ方向を見上げた。


山の中だけなら、あの場所だけのことだったのかもしれない。


だが、今は街の空気まで少し冷えている。


「山だけじゃなかったのか……?」


ウンディーネは何も答えず、大聖樹を見上げたままだった。


俺もその隣で足を止め、今までより少し冷たくなった夜の空気を感じながら、巨大な枝葉をしばらく見つめていた。

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