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探求者の異世界美食行脚 ~異世界召喚でハズレ扱いされたゴリラ系男子、気ままなグルメ旅に出る~  作者: おまめちゃん
常春の緑都オリエンス

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第82話 大聖樹の緑都と、心身を癒す常春の野菜コース

緩やかな丘を越えた先、俺たちの目の前に現れたのは、息を呑むほどに美しく、生命力に満ち溢れた『緑』の世界だった。


アストラーレ魔王国の東に位置する都市、常春の緑都オリエンス。


街の中心には天を突くほどに巨大な『大聖樹』がそびえ立ち、その太い枝葉が街全体を優しく包み込むように広がっている。


葉の隙間から降り注ぐ陽光が、黄金色の細い糸のように街並みを照らし出し、幻想的な風景を作り出していた。


木造の落ち着いた建築が多く並び、家の壁や屋根には色鮮やかな蔦や花々が絡みついている。


足元の石畳の隙間からさえも可憐な植物が顔を覗かせており、街のあちこちに清らかな湧き水が流れる水路が張り巡らされていた。


「すごいな……。」


俺は馬車の窓から顔を出し、土と緑の爽やかな香りを胸いっぱいに吸い込みながら、独り言のようにつぶやいた。


「魔王国は、都市によってこんなにもジャンルが異なっているんですね。」


青く澄み渡る海と小麦料理が美味しい西の港湾都市イル・ソーレ。


広大な牧草地と酪農、そして温泉と職人の活気に満ちた北の都市ノース・グラン。


そして、この緑と水路が美しく、時間がゆっくりと流れているような東の緑都オリエンス。


「どこに行っても、全く違う景色と新鮮な驚きがあって、本当に衝撃を受けます。」


俺のその素直な感想を聞いた瞬間、向かいの席に座るセバスさんとイザベラ陛下が、顔を見合わせてにっこりと微笑んだ。


「それはな、フトシ。この国を統治するにあたり、各地の気候や自然が持つ『特色』を最大限に活かしたかったからなのだ。」


イザベラ陛下は窓の外の緑豊かな街並みに目を細め、どこか誇らしげな、それでいて優しい声で語り始めた。


「無理に一つの形に統一するのではなく、その土地ならではの恵みを育む。各地の貴族たちと協力し合い、長い時間をかけてこのような素敵な都市に作り上げられたことは、妾の心からの誇りだ。」


民と自然を何よりも大切にし、それぞれの土地の良さを伸ばそうとする、王としての確かな信念。


それは、俺が最初に召喚されたロドリス王国の強引なやり方とは、正反対の素晴らしい考え方だった。


「素敵な考えですね。」


俺はイザベラ陛下の真っ直ぐな黄金色の瞳を見つめ返し、深く頷いた。


「それぞれの土地の良さを引き出し、民が豊かに暮らせるようにする。心から尊敬します、イザベラ陛下。」


俺が偽りない素直な気持ちをストレートに伝えると、イザベラ陛下の白い頬が、ぽっと朱色に染まった。


「なっ……! そ、そうか……。」


イザベラ陛下は一国の王として威厳を保とうとしているが、俺のような若造から正面切って率直な称賛を受けることには慣れていないようだった。 


少し照れたように視線を泳がせ、咳払いを一つする。


「よ、よし! 長旅で少し疲れたであろう! 早く手配してある保養宿に行くぞ!」 


イザベラ陛下は慌てた様子で話題を変え、馬車の御者へと目的地を急ぐように指示を出した。


その可愛らしい反応に、セバスさんが隣で小さく肩を揺らして笑っているのを、俺は見逃さなかった。


馬車が水路に沿ってゆっくりと進む中、俺は窓から吹き込む風を浴びて、ふとあることに気がついた。


(……あれ?)


事前にセバスさんから、オリエンスは『木の精霊』がもたらす大聖樹の加護の影響で、一年を通して雪も風もない一定の温かな気候に保たれていると聞いていた。


だが、肌を撫でる風の中に、ほんのわずかだが『冷たさ』が混じっているように感じたのだ。


春の陽だまりのような暖かさの中にある、一瞬の揺らぎのような、微かな気温の差。


俺は少し気になったが、すぐに首を振って思考を打ち切った。


大聖樹から離れた街の入り口付近だから、加護が少し薄れているだけなのかもしれない。


ただの俺の気のせいだろうと思い、特に言及せずに窓の外の景色を楽しむことにした。


やがて馬車は、街の奥まった静かな場所にある、立派な門構えの建物の前で停車した。


「到着いたしましたよ、フトシ様。」


セバスさんに促されて馬車を降りた俺は、目の前に広がる光景に思わず感嘆の声を漏らした。


そこにあったのは、見事な木造建築と、手入れの行き届いた日本庭園を思わせるような美しい松の木、そして巨大な丸い石が配置された、まさに『高級旅館』と呼ぶにふさわしい素晴らしい保養宿だった。


玄関先では、着物によく似たゆったりとした和装の従業員たちが、深く頭を下げて俺たちを出迎えてくれた。


案内された客室は、畳に似た肌触りの良いイグサのような植物が敷き詰められた、広々とした和風の空間だった。


窓を開けると、美しい庭園と、錦鯉のような鮮やかな色の魚が泳ぐ水路を一望することができる。


「はあーっ……なんか、すごく落ち着く空間だな。」


俺は荷物をアイテムボックスに片付け、庭園に面した縁側のような場所に腰を下ろした。


「ワフゥ……。」


「キュイ……。」


メイとシルクも、縁側の温かい日差しが気に入ったようで、俺の左右にピタリと寄り添って丸くなった。


ウンディーネは水路のそばの空中に水の枕を作り、すでにスースーと優雅な昼寝を始めている。


ベルは庭園に咲く色とりどりの花に興味津々で、透明な羽を揺らしながら忙しなく飛び回っていた。


俺はアイテムボックスから獣毛で作られた専用のブラシを取り出し、メイとシルクの背中をゆっくりとブラッシングし始めた。


「長旅、お疲れ様。よく頑張ったな。」


俺が優しく声をかけながらブラシを通すと、二体は気持ちよさそうに目を細め、喉の奥でゴロゴロと甘えるような音を鳴らした。


美しい緑と水の音、そして相棒たちの温かい体温に癒され、俺の心身に溜まっていた修行の疲労がゆっくりと解きほぐされていく。


そうしてしばらく縁側でくつろいでいると、背後の障子のような扉が静かに開き、セバスさんが姿を現した。


「フトシ様、お寛ぎのところ申し訳ありません。」


「あ、セバスさん。どうしました?」


俺がブラシを置いて振り返ると、セバスさんは丁寧なお辞儀をしてから用件を切り出した。


「夕食の準備が整いました。もしよろしければ、特別に用意した個室で、我々と一緒にご飯をいただきませんか。」


「えっ、いいんですか?」


「ええ。イザベラ陛下も、フトシ様たちと共に食卓を囲むことを楽しみにされておりますので。」


俺は二つ返事で承諾し、メイとシルク、ベル、ウンディーネを連れて、セバスさんの案内に従い長い廊下を歩いた。


到着した個室は、美しい中庭を望むことができる素晴らしいお座敷の部屋だった。


俺たちが先に席について待っていると、少しして、ゆったりとした和風の部屋着に着替えたイザベラ陛下が部屋に入ってきた。


「待たせたな、フトシ。長旅の疲れは癒えているか?」


「はい。素晴らしいお部屋と景色で、すっかりリラックスできました。」


ヴォルグ騎士団長とザディス魔術師長は、自分たちの部下である近衛兵や魔術師たちと共に別室で宴会を開いているらしく、この部屋には俺と相棒たち、そしてイザベラ陛下とセバスさんの三人だけだった。


「さあ、オリエンスが誇る最高峰の『野菜のコース料理』だ。存分に味わってくれ。」


イザベラ陛下の言葉を合図に、宿の従業員たちが次々と美しい器に盛られた料理を運んできた。


まずは前菜として提供されたのが、色鮮やかな葉野菜と、薄くスライスされた完熟の果実を合わせたサラダ風の一皿だった。


「いただきます。」


俺は木製の箸を使い、艶やかな葉野菜を口に運んだ。


シャキッという心地よい音と共に、野菜の細胞壁が弾け、中から瑞々しい水分と驚くほど濃い甘みが溢れ出した。


「うまっ……なんだこの野菜、えぐみが全くない!」


「フフッ。オリエンスの土壌と大聖樹の魔力で育った野菜は、青臭さが極限まで抑えられているからな。」


味付けは、上質なエキストラバージンオイルと微量の岩塩、そして黄色い柑橘の果汁を絞っただけの極めてシンプルなものだった。


だが、葉野菜を茹でる際にお湯の温度を完璧に管理し、ごくわずかな塩を加えてから冷水で一気に色止めをするという、和食における『お浸し』のような下処理が施されているのが舌で分かった。


野菜の繊維を壊さず、素材の旨味だけを引き出す見事な職人技だ。


「キュイッ!」


シルクも小さな口で葉っぱをモシャモシャと咀嚼し、その甘さに目を輝かせている。


続いて運ばれてきたのは、真っ白な陶器の深皿に入った、黄金色に輝く温かいスープだった。


「こちらは、オリエンス特産の『黄金の粒穂(サン・コーン)』をふんだんに使用したポタージュです。」


セバスさんが丁寧に説明をしてくれる。


木のスプーンですくって一口飲むと、まるでスイーツのように暴力的なまでのトウモロコシの甘みが口いっぱいに広がった。


「すごい……こんなに甘いコーンスープ、初めて飲みました。」


「ただ甘いだけではありませんよ。粒だけでなく、芯の部分からもじっくりと時間をかけて出汁を取り、それを合わせているのです。」


セバスさんの言葉通り、奥底に深いコクと野菜本来の力強い旨味が隠れていた。


徹底的に裏漉しされているため、舌触りは極限までなめらかであり、絞りたての濃厚なミルクの風味が全体を優しくまとめ上げている。


ベルはスプーンの端に掴まりながら、小さな口でスープをちゅうちゅうと吸って幸せそうな顔をしていた。


そして、メインとなる主菜と主食が運ばれてきた。


大きめの平皿に美しく盛り付けられていたのは、世界中に輸出されているという名物野菜『太陽の南瓜(サン・スクワッシュ)』をはじめとする、多種多様な根菜類の蒸し煮だった。

そして竹で編まれた籠の中には、湯気を上げる焼きたての丸いパンと、皮ごと半分に割られたホクホクの『蒸かし芋』が添えられている。


「この南瓜の煮込み……すごい仕事がされてるな。」


俺は箸で太陽の南瓜をつまみ上げ、その断面の美しさに感嘆した。


煮崩れを防ぐために、角を丁寧に削り取る『面取り』という和食の技法が完璧に施されている。


口に入れると、南瓜は舌の上でホロリと崩れ、中から昆布や干し椎茸を思わせるような、植物性の深く複雑な出汁の旨味がジュワリと染み出してきた。


野菜ごとに火の通りやすさが違うため、別々の鍋で時間差をつけて火入れを行い、最後に一つの出汁の中で味を統合させるという、途方もない手間がかかっている証拠だ。


「ワフゥ……。」


普段は肉ばかりを好むメイでさえ、この旨味の塊のような野菜の煮込みには抗えなかったようで、尻尾を振りながら夢中になって南瓜を食べている。


主食のパンは、外側はパリッと香ばしく、中はモッチリとした食感で、野菜の出汁やスープを吸わせるのに最適な焼き加減だった。


そして、添えられた蒸かし芋。


黄色く輝く果肉にほんの少しの岩塩をつけて頬張ると、ホクホクとした食感と共に、栗のように上品で濃厚な甘みが口いっぱいに広がった。


「ぷはぁーっ……最高に美味しかったです。ごちそうさまでした。」


俺は最後の一口まで綺麗に平らげ、温かいお茶を飲みながら深く息をついた。


「どうだ、オリエンスの野菜料理は。」


イザベラ陛下が、空になった俺たちの皿を見て満足げに微笑んだ。


「驚きました。肉や魚を一切使っていないのに、信じられないほどの満足感があります。それでいて、胃への負担が全くなくて、体が内側から浄化されていくような気分です。」


修行と肉料理続きで疲労していた胃腸に、大聖樹の加護を受けた野菜の優しい旨味が、染み渡るように吸収されていくのが分かった。


「お気に召して何よりです。この保養宿には、他にも素晴らしい料理や、大聖樹の根から湧き出る温泉もございますからね。」


セバスさんが俺の湯呑みにお茶を注ぎ足してくれながら、穏やかな口調で言った。


「温泉まであるんですか! それは最高ですね。」


「ふふっ、明日からはこの街の視察も兼ねて、市場を回ってみるのもよいだろう。」


イザベラ陛下の提案に、俺は大きく頷いた。


「はい! オリエンスの市場には、どんな未知の食材があるのか……これからが、本当に楽しみです。」


俺がワクワクした表情でそう言うと、イザベラ陛下とセバスさん、そして相棒たちも、釣られたように楽しげな笑い声を上げた。


中庭の木々が夜風に揺れ、虫の音色が心地よく響く。


温かい常春の気候と、美味しい野菜料理に癒されながら、俺たちのオリエンスでの第一夜は、穏やかな笑顔と共に更けていった。

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