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探求者の異世界美食行脚 ~異世界召喚でハズレ扱いされたゴリラ系男子、気ままなグルメ旅に出る~  作者: おまめちゃん
常春の緑都オリエンス

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第81話 常春の緑都と、大聖樹の加護が育む野菜たち

酪農とチーズの香り漂うノース・グランの街を出発し、俺たちは次なる目的地である東の都市へと向けて旅立っていた。


俺と相棒たちが乗せてもらったのは、イザベラ陛下が各都市を巡回する際に使用する、王家専用の特別なしつらえが施された大型の馬車である。


外観は落ち着いた艶消しの黒漆で塗られ、金色の装飾が控えめに施された上品なものだが、その内部は驚くほど広々としていた。


床には毛足の長い最高級の絨毯が敷き詰められ、座席には深い赤色のビロード生地が張られたふかふかのソファが向かい合わせに設置されている。


さらに、車輪や車軸には高度な『衝撃吸収』と『防音』の魔法陣が幾重にも刻まれており、石畳や荒れた街道を走っていても、ワイングラスの水面すら揺れないほどの快適な乗り心地を実現していた。


「この馬車、本当にすごいですね。外のガタガタという音もほとんど聞こえないし、まったく揺れません。」


俺が感心して窓枠の繊細な装飾を撫でていると、向かいの席に座るセバスさんが、銀のティーポットから温かい紅茶を注ぎながら優雅に微笑んだ。


「王族が長旅の間に疲労を溜めないよう、アストラーレの魔導技術の粋を集めて作られておりますからね。」


セバスさんはティーカップをソーサーに乗せ、イザベラ陛下と俺の前の小さなテーブルへと静かに置いた。


「ノース・グランから次の目的地である東の都市までは、一般的な乗り合い馬車や商隊の足であれば、通常は二週間から三週間ほどの長い道のりとなります。」


「そんなにかかるんですか。じゃあ、しばらくはこの馬車の中で生活することに……。」


「いえ。この王家専用馬車は、特別に育成された『風竜馬(ふうりゅうば)』という魔獣が引いておりますので、およそ一週間ほどで到着する予定です。」


セバスさんの言葉に、俺は思わず目を見張った。


通常の三倍近いスピードで爆走しているというのに、車内ではこうして優雅にティータイムを楽しめているのだから、魔法技術というものは本当に規格外である。


「キュイッ!」


「ワフゥッ。」


シルクとメイも、ふかふかのソファがすっかり気に入ったようで、丸くなって気持ちよさそうに目を閉じている。


「それにしても、ノース・グランを出る時は、北風が冷たくて雪が降りそうなほどの寒さでしたが……。」


俺は窓の外の景色を眺めながら、ぽつりと疑問を口にした。


「東の都市は、気候的にはどうなんでしょうか? もし雪が積もるような場所なら、それに合わせた防寒着や屋台の寒さ対策を考えないといけないと思いまして。」


俺の問いに対し、隣で芳醇な紅茶の香りを楽しんでいたイザベラ陛下が、赤い髪を揺らしてクスリと笑った。


「その心配は無用だ、フトシ。我々が向かう東の緑都『オリエンス』には、雪はおろか、凍えるような冷たい風すら吹くことはないからな。」


「えっ、そうなんですか? 同じ国の中なのに、そんなに気候が違うんですか?」


日本でも北海道と沖縄では気候が違うが、馬車で一週間の距離でそこまで劇的に変わるものなのだろうか。


俺が首を傾げていると、イザベラ陛下は窓の向こうの空を指差して説明を続けてくれた。


「オリエンスの中心にはな、天を突くほどに巨大な『大聖樹』と呼ばれる大木がそびえ立っておるのだ。」


「大聖樹、ですか。」


「うむ。そしてその大聖樹には、古くから『木の精霊』が棲み着いており、木そのものに強力な守護の力を与えている。その精霊の加護が木の周囲に絶えず漏れ出ている影響で、オリエンスの街全体が目に見えない温かなドームで覆われているような状態になっているのだ。」


つまり、街全体が巨大なビニールハウスのような、常に一定の温かく穏やかな気候に保たれているということらしい。


「雪も降らず、冷たい風にも晒されない。オリエンスは一年を通して春のような陽気が続く、『常春の緑都』なのだよ。」


イザベラ陛下の言葉を聞き、俺はファンタジー世界ならではの神秘的な情景を想像して胸を躍らせた。


その時である。


空中に浮かべた水の枕の上で、丸まってまどろんでいたウンディーネが、パチリと青い瞳を開いた。


『……ふぁぁ。あの子、まだあの木のことを気に入って棲み着いてるんだ。』


ウンディーネは空中でゴロゴロと寝返りを打ちながら、ひどく懐かしむような、どこか呆れたような声でぽつりと呟いた。


「えっ? ウンディーネ、今の言葉って……。」


俺とセバスさんが思わず顔を見合わせ、ウンディーネに詳しい話を聞こうと身を乗り出した。


大精霊であるウンディーネの口ぶりからして、オリエンスに棲むという木の精霊と何か昔からの知り合いのような関係性を匂わせていたからだ。


『……むにゃ。水が美味しいといいな……すぅ……。』


だが、ウンディーネはそれだけ言い残すと、あっという間に目を閉じ、再び深い二度寝の世界へと旅立ってしまった。


「寝るの早っ……。」


「ふふっ……まあ、最高位の大精霊であるウンディーネ様と、大聖樹に宿る木の精霊様との繋がりなど、我々が深く詮索することでもありませんよ。」


セバスさんが苦笑いしながら紅茶を口に運んだので、俺もウンディーネの安らかな寝顔を見て、深く考えるのはやめることにした。


ベルもウンディーネのお腹のあたりに寄りかかり、小さな羽を畳んで気持ちよさそうにスースーと寝息を立てている。


「気候の話の続きになりますが、フトシ様にはお待ちかねの『グルメ』の話がございますよ。」


セバスさんが空になった俺のカップに紅茶を注ぎ足しながら、悪戯っぽく微笑んだ。


「グルメ! それはすごく気になります。」


「オリエンスは先ほど申し上げた通り、一年を通して一定の温暖な気候が保たれています。そのため、多種多様な植物や野菜が一年中、極めて良好な状態で育つのですよ。」


セバスさんの言葉に、俺の脳内に新鮮な緑色の野菜たちが次々と浮かんできた。


「ということは、オリエンスの主な特産品は……。」


「ええ。採れたてで瑞々しい、新鮮な野菜を使った料理が主流となります。」


イザベラ陛下も同意するように頷き、少しだけ口角を上げた。


「オリエンスの主食は、新鮮な小麦を焼いた素朴なパンと、昔からの名残で『蒸かし芋』が必ずついてくるのが定番だな。」


「蒸かし芋、ですか。」


「うむ。特別な味付けはせず、ただ皮ごとホクホクに蒸し上げた黄色い芋に、少しの岩塩をつけて食べるだけなのだが……これが驚くほどに甘く、素朴で癖になる味わいなのだ。」


その情景を想像しただけで、俺の口の中に唾液がじゅわりと溢れ出した。


熱々の蒸気と共に真っ二つに割れる、黄金色に輝く芋の果肉。


そこに塩をパラリと振ることで、素材の持つ究極の甘みが極限まで引き出される。


パンの香ばしさと芋のホクホクとした食感が合わされば、それだけで立派なご馳走になるはずだ。


「副菜も素晴らしいですよ。新鮮な葉野菜をただちぎって岩塩とオイルをかけただけのサラダでも、野菜本来の濃い旨味と甘みがあり、えぐみが全くありません。」


セバスさんがさらに言葉を重ねてくる。


「また、太陽の光をたっぷりと浴びて育った、甘い黄色い粒がぎっしりと詰まった『黄金の粒穂(サン・コーン)』を丁寧に裏漉しし、絞りたてのミルクと合わせた温かいポタージュスープなども絶品です。」


「なるほど……肉や魚の力強さとは違う、大地と太陽の恵みをダイレクトに味わえる料理が多いんですね。」


俺が感心して頷いていると、セバスさんが一つ思い出したように手を叩いた。


「そうそう。オリエンスで最も有名で、世界でもトップクラスの輸出量を誇る名物野菜があります。丸くて緑色の硬い皮に覆われ、中身は鮮やかなオレンジ色をした『太陽の南瓜(サン・スクワッシュ)』と呼ばれるものです。」


「あ、カボチャですね!」


俺の口から出た名前に、セバスさんが少し不思議そうな顔をした。


「カボチャ……フトシ様の故郷ではそう呼ぶのですね。確かに、他の都市や他国でも、この太陽の南瓜は広く流通していますから、フトシ様もどこかの市場で目にしたことがあるかもしれません。」


言われてみれば、ポルト・ラーラの市場やガルディア帝国の雑多な店先でも、ゴツゴツとした緑色の丸い野菜が積まれているのを何度か見かけた気がする。


あれがすべて、東の緑都オリエンスから輸出されたものだったとすれば、その農業大国としての規模は計り知れない。


「オリエンスの食材は、美味であると同時に、魔力と自然の栄養価が非常に高く、体を内側から浄化してくれるような効果があると言われています。」


イザベラ陛下が窓の外に視線を向けながら、穏やかな声で語った。


「そのため、長い年月を生きて体にガタがきた年配の魔族や、日々の激務に疲れた貴族たちが、体を労わるために保養目的で観光に訪れることが多いのだ。」


「保養地、ですか。日本の温泉街や避暑地みたいな感じですね。」


「街の中には、大聖樹の周囲を囲むようにして、緑の庭園と湧き水を楽しめる『旅館』のような宿泊施設が数多く立ち並んでいる。我々も、王城の客室ではなく、今回は最も格式の高い保養宿に滞在する予定だ。」


和風の温泉宿を思わせるような落ち着いた街並みと、新鮮な野菜をふんだんに使った滋味深い料理の数々。


ノース・グランでの濃厚なチーズや揚げ物の連戦で少し疲れ気味だった俺の胃腸にとって、それはまさに求めていた究極の癒しの空間のように思えた。


「それは……すごく楽しみになってきました。早く着かないかな。」


俺がワクワクした表情で身を乗り出すと、セバスさんとイザベラ陛下は顔を見合わせて静かに微笑んだ。


それからの道中は、驚くほど順調で平和なものだった。


ノース・グランを出発する前、カルト集団『アドヴァース』の襲撃事件があったため、今回はイザベラ陛下の馬車を取り囲む近衛兵の警備体制が大幅に増員されていたのだ。


凄腕のヴォルグ騎士団長とザディス魔術師長が同行していることもあり、道中で魔物の群れや盗賊の気配があっても、彼らが一瞬にして殲滅してくれた。


日が暮れると、街道沿いにある街や村へと立ち寄り、その土地を治める貴族が事前に手配してくれていた立派な宿屋で安全に夜を明かした。


過酷な野営をすることもなく、快適な馬車の旅を続けること、およそ一週間。


「フトシ様。見えてきましたよ。」


セバスさんの声に促され、俺は馬車の窓から顔を覗かせた。


馬車が緩やかな丘を越えた瞬間、眼下には信じられないほど美しく、そして鮮やかな『緑』の世界が広がっていた。


「うわぁ……すごい……!」


街の中心には、天を貫くように高く、とてつもなく太い幹を持つ『大聖樹』がそびえ立っている。


その巨大な枝葉は街全体を覆うように広がり、葉の隙間から降り注ぐ陽光が、街の建物をキラキラと黄金色に照らし出していた。


街並みは木造の落ち着いた建築が多く、建物の周囲には手入れの行き届いた庭園や、清らかな湧き水が流れる水路が張り巡らされている。


ノース・グランの冷たい北風の気配は完全に消え去り、窓の隙間からは、春の陽だまりのような暖かくて優しい風が吹き込んできた。


「キュイッ!」


「ワフゥ!」


シルクとメイも窓枠に前足を乗せ、新しい街の匂いと暖かい風を全身で感じて尻尾を振っている。


一年を通して雪が降らず、常に豊かな植物と大地の恵みが育まれる奇跡の場所。


アストラーレ魔王国の東に位置する常春の緑都、『オリエンス』。


俺たちを乗せた王家の馬車は、土と緑の香りが漂う穏やかな街路へと、ゆっくりとその歩みを進めていった。

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