第73話 屋台区画の食べ歩きと、自信のチーズいももち
イザベラ陛下とセバスさんから大絶賛を受け、屋台での新メニュー『チーズいももち(みたらし餡かけ)』の価格を大銅貨5枚(500ゴールド)に設定した翌日の朝。
俺は相棒たちを連れて、王城の客室からノース・グランの街へと繰り出していた。
「さて、どこで屋台を開こうか。」
この街で屋台営業が許可されている場所が分からなかったため、俺はまず商人ギルドのノース・グラン支部を訪れることにした。
頑強な石造りのギルドの扉をくぐり、受付の魔族の女性に銀色の会員証を提示する。
「おはようございます。他都市から来た行商人なのですが、この街で屋台を出していい場所の規定などはありますか?」
「おはようございます、銀級会員様ですね。この街では、主要な大通り沿いと、各区画に設けられた『屋台広場』であれば、会員証をお持ちの方ならどこで営業していただいても大丈夫ですよ。」
受付の女性は丁寧に地図を広げ、人が多く集まるおすすめの場所をいくつか教えてくれた。
「ありがとうございます。助かりました。」
お礼を言ってギルドを出た俺たちは、教えられた場所の中でも一番活気がありそうな広場へと向かった。
そこは、チーズやバターを作る内周の『工場地帯』を抜けた先にあり、さらに『冒険者ギルド』からも歩いて数分という絶好の立地だった。
広場に到着すると、煤で顔を汚した恰幅の良い工場労働者の方々や、剣や杖を背負った冒険者の方々が入り乱れ、あちこちの屋台で朝から豪快に飲み食いをしている光景が広がっていた。
「すごい熱気だな……。まずはこの街の屋台飯を視察がてら、いろいろ買い食いしてみよう。」
「大賛成! わたし、あのお肉の串焼きが気になるわ!」
ベルが空中でくるりと回り、良い匂いを漂わせている屋台を指差した。
そこでは、昨日食べた『鉄兜焼き』に使われていたヒツジ肉が、大ぶりの串焼きにされて売られていた。
俺は人数分の串焼きを買い求め、相棒たちとシェアする。
味付けは、シンプルな塩胡椒のみのものと、果汁と魚醤を合わせた特製タレの二種類だ。
「うん、うまいっ! あの鉄兜焼きの強烈な旨味を、こうして手軽に歩きながら食べられるのは最高だな。」
適度な歯ごたえのある赤身から、ヒツジ特有の野性味あふれる脂がじゅわっと溢れ出す。
労働者の方や冒険者の方々が、朝からエールやワインを片手にこれを頬張っている気持ちが痛いほどよくわかった。
他にも、酸味の強い黒パンや、強烈な獣の匂いが漂う『ヤギ汁』など、少し人を選ぶような玄人向けの料理も並んでいる。
だが、この広場でひときわ長い行列を作っていたのは、大きな寸胴鍋をグツグツと煮込んでいる屋台だった。
「新鮮な牛乳を使ったクリームシチューか。これは絶対に美味しいやつだ。」
一杯買って一口飲んでみると、冷えた体が芯から温まるような、ホッとする優しい味わいだった。
牛乳とバターの濃厚なコクがありつつも、たっぷりと煮込まれた根菜の甘みが溶け出しており、とろとろのシチューが胃袋を優しく包み込んでくれる。
「これは人気が出るのも頷けるな。また買いたくなる味だ。」
一通りの買い食いを終え、この広場に来られる方々の傾向や好みの味を掴んだ俺は、広場の少し離れたところにある空きスペースに目をつけた。
「よし、今日はあそこで屋台をやろう。」
俺は周囲に人がいないのを確認してから、アイテムボックスを展開し、収納してあった『特注の屋台』を一瞬で広場に出現させた。
魔導コンロや調理台が完璧に配置された、俺たちの城だ。
「キュイッ!」
「ワフッ!」
シルクが俺の頭の上に定位置を取り、メイが足元でお座りをする。
ベルは屋台の看板の上に腰掛け、ウンディーネは屋台の奥の邪魔にならない空中に水の枕を浮かべて、スースーと二度寝を始めた。
「仕込みは昨日の夜に部屋で全部終わってるから、あとは注文が入ってから焼いて、餡をかけるだけだな。」
アイテムボックスの絶対温度領域の中には、すでにチーズを包んで成形済みのいももち生地と、完璧な温度で保温されたみたらし餡がたっぷりとストックされている。
今までの屋台営業では、肉を大量に焼いたり、大鍋でタレを煮込んだりと、準備の段階から強い匂いを発する料理を無意識に作ってしまっていた。
しかし今回は、注文が入ってからフライパンで焼き上げるスタイルだ。
まだ火もつけていない俺の屋台からは何の匂いも発せられておらず、当然、すぐには誰も寄り付かない。
「今日はあえて、事前に匂いを出さない作戦でいってみるか。」
しばらく屋台のカウンターでのんびり待っていると、一人の中年冒険者が、何も調理をしていない俺の屋台の前で足を止めた。
「おい兄ちゃん、ここは見ない顔だが、一体何を売ってるんだ? 鍋も火もついてねえみたいだが。」
「いらっしゃいませ。うちでは『チーズいももち』という料理を、一つ500ゴールドで売っています。」
「チーズいももち……? なんだそりゃ。」
冒険者の方が怪訝な顔をされたので、俺は最高の笑顔を作って商品の説明を始めた。
「茹でて潰した甘い火炎芋の生地に、この街の特産であるフレッシュチーズと熟成チーズをたっぷりと包み込み、発酵バターで外をカリカリに揚げ焼きにするんです。その上から、甘辛い特製の『みたらし餡』を絡めて食べる、うちの自信作です。」
「へえ……美味そうじゃねえか。でもよ、あそこの串焼きが200ゴールドで買えるこの広場で、おやつみたいなもんが500ゴールドってのは結構高えな。……それほど味に自信があるのかい?」
冒険者の方が試すような鋭い視線を向けてくる。
俺は迷うことなく、即答した。
「自信ありです。絶対に美味しいと保証しますよ。」
俺の揺るぎない態度を見た冒険者の方は、面白そうに口角を上げた。
「……いいだろう。その自信に免じて、試しに一つ買ってみるか。」
「ありがとうございます! すぐに焼きますね!」
注文が入った瞬間、俺は魔導コンロの火力を最大にし、ミスリル配合の黒剛鉄フライパンに発酵バターと少量のオイルを引いた。
アイテムボックスから成形済みのいももちを取り出し、熱したフライパンへと投入する。
ジューッ!!
発酵バターの芳醇な香りが弾け、両面に美しいきつね色の焼き目がつく。
焼き上がった熱々のいももちを木の小皿に乗せ、その上から黄金色に輝く特製のみたらし餡をたっぷりと回しかけた。
ジュワァァァッ……!
醤油の奥深いコクと、シロップの甘みが交じり合った特製ダレの香ばしい匂いが立ち昇る。
「お待たせしました。中に熱いチーズが入っているので、火傷に気をつけて食べてくださいね。」
「おおっ、こりゃあたまらねえ匂いだな……!」
冒険者の方は小皿を受け取ると、待ちきれない様子で備え付けの串を刺し、大きく口を開けてかぶりついた。
サクッ、モチッ。
小気味良い音と共に、中から熱でトロトロに溶け出した二種類のチーズが、びよーんと白く長く伸びていく。
「…………ッ!! むっ、ふぉおおおっ!?」
冒険者の方は目を限界まで見開き、伸びるチーズを慌てて巻き取りながら咀嚼した。
「なんだこの美味さは!? 外側の皮はサクサクで、中は驚くほどモッチモチじゃねえか! それに、この甘辛いタレと、濃厚なチーズの塩気が合わさって……最高だ!!」
大絶賛の声を上げたかと思うと、冒険者の方はどこからともなく、なみなみとエールが注がれた巨大な木製ジョッキを取り出した。
「くぅぅぅーッ!! たまらねえ! この濃い味、エールが無限に進むぜ!」
ゴキュッ、ゴキュッ、プハァーッ!!
「……確かに、それも絶対にお酒に合いますよね。」
見事な飲みっぷりに、俺も思わず感心して頷いてしまった。
「気に入ったぜ兄ちゃん! 明日もここでやってるなら、毎日仕事終わりに食いに来るからな!」
「ありがとうございます。お待ちしていますよ!」
機嫌よく笑いながらエールといももちを楽しむ冒険者の方の姿と、フライパンから漂う発酵バターと醤油ダレの香ばしい匂い。
それが自然な呼び水となり、周囲を歩いていた労働者の方々や他のお客様が「なんだなんだ?」と少しずつ屋台の前に集まり始めた。
「すまねえ、こっちにも一つくれ!」
「あたしも食べてみたいわ!」
「はい、すぐに焼きますよ!」
集まってきてくださった皆様にチーズいももちを提供していくと、どなたも一様に目を丸くしてその食感と味に驚愕し、次々と追加注文や持ち帰りを頼んでくれた。
獣人帝国の広場でハンバーガー屋台をやった時や、イル・ソーレで海鮮おでんを出した時のように、一瞬にして群衆が押し寄せるようなドカッとした波ではない。
お一人、またお一人と、美味しそうに食べる方の姿を見た別のお客様が、じわじわと列に加わっていくのだ。
「美味しいっ! これ、500ゴールドでも全然安いわ!」
「チーズのコクがすごいな。おい、エールのおかわりだ!」
皆様の純粋な口コミと満足げな表情が、この屋台の確かな信頼を形作っていくのを感じた。
(なるほど……今までは、特製スパイスラブをたっぷりと擦り込んでホロホロに煮込んだプルドポークや、香ばしい極上味噌ダレのおでん、それにバター醤油で焼いた巨大な海鮮など、もともと強烈に食欲をそそる匂いを放つ料理ばかりを大量に作っていたから、一気に人が押し寄せてパニックみたいになっていたんだな。)
何か特別な魔法を使わなくても、これまでの屋台料理が持っていた「匂いの強さと量」が凄まじかっただけなのだと、俺は今更ながらに気がついた。
今回のように、注文が入ってから一つずつ丁寧に仕上げる料理なら、こうして皆様の反応を直接見ながら、自分のペースで着実に商売を広げていくことができる。
「よし、どんどん焼いていくぞ!」
俺はフライパンの上で美しいきつね色に焼けていくいももちを見つめながら、今後の屋台の方針の幅が広がったことに、少しだけ【探求者】として、そして料理人としての確かな成長を感じていた。




