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探求者の異世界美食行脚 ~異世界召喚でハズレ扱いされたゴリラ系男子、気ままなグルメ旅に出る~  作者: おまめちゃん
北の酪農都市ノース・グラン

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第72話 王城の配慮と、あまじょっぱい至高のチーズいももち

ノース・グラン広場のテラス席で、熱々の鉄兜焼きを心ゆくまで堪能した俺たちは、お腹を満たして王城へと帰還した。


冷たい北風の吹く街路から城内へと足を踏み入れると、魔石ヒーターの心地よい暖かさが冷えた頬を包み込んでくれる。


だが、広々とした白亜の廊下を進んでいると、なぜか城の使用人たちが、こちらをチラチラと見てはコソコソと言葉を交わしている様子が目についた。


すれ違うたびに鼻元へ手をやる者や、どこかそわそわとした視線を向けてくる者までいる。


なんの用だろうかと気になりつつ客室へ向かっていると、向こうの曲がり角から執事長のセバスさんが歩いてきた。


「おかえりなさいませ、フトシ様。ちょうどお探ししていたところです。どうぞ、まずは私の控室へこちらへお越しください。」


セバスさんは穏やかな表情で軽く一礼すると、近くの小さな応接室へと俺たちを案内してくれた。


重厚な扉を閉めて人目がなくなったところで、俺は道中で感じた疑問を口にした。


「セバスさん、なんだかさっきから城の人たちにすごく見られるんですよね。何か悪いことでもしてしまったでしょうか。」


俺が尋ねると、セバスさんは困ったような、それでいてどこか微笑ましいものを見るような温かい眼差しを向けた。


「いいえ、決して悪いことなどではございません。ただ……フトシ様、まずはこちらをお使いください。」


セバスさんが小さな銀の小箱を取り出して蓋を開けると、中には薄荷の香草を思わせる清涼な香りをまとった、美しい半透明の飴粒のようなものが並んでいた。


「これは、どういったものでしょうか。」


「口内に残った強い香りを中和し、息を清らかにする魔導タブレットでございます。どうぞ、一粒お口に含んでみてください。」


言われた通りにタブレットを一粒舌の上に載せると、さわやかなミント系の清涼感が口いっぱいに広がり、胃の奥から上ってきていた独特の脂のにおいが見事に消え去っていった。


現実の日本でいう、ブレスケアのタブレットと同じ効果だ。


さらにセバスさんは、装飾の施された小さなガラスの噴霧器を差し出してきた。


「そして、こちらの消臭液も衣服や頭髪に噴きかけてお使いください。植物系魔物の葉を精製した成分が、布や毛に吸着した脂の煙の臭いを綺麗に落としてくれますので。」


「…………あ。」


その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に、かつて日本にいた頃、旅行で北海道を訪れてジンギスカンを食べた夜の記憶が鮮明に蘇った。


ビール園の広大なロースターで焼き肉を楽しんだ後は、コートから下着、髪の毛の先端に至るまで、ヒツジ肉の脂肪と醤油ダレの焦げた強烈な匂いがこびりついて離れなかったのだ。


どうやら俺と相棒たちは、魚醤と香草、そして濃密なヒツジの脂煙を限界まで浴びた結果、人間型の歩く芳香弾のようになってしまっていたらしい。


「もしかして俺たち、ものすごく臭かったでしょうか……。」


俺が情けなさから肩を落として悲しそうに呟くと、セバスさんは優しく首を振った。


「ノース・グラン名物の鉄兜焼きをお召し上がりになれば、誰であってもその香りをまとうことになります。初めての方であれば誰もが同じ経験をされますので、どうぞご心配なさらないでください。」


セバスさんのその温かい配慮と紳士的なフォローのおかげで、俺の落ち込みはいくらか和らいだ。


「お気遣いありがとうございます。客室に戻ったら、すぐにお風呂で綺麗に洗ってきますね。」


応接室を後にした俺たちは、あてがわれた豪華な客室へと戻り、すぐさま部屋に備え付けられた広い浴室へと移動した。


王城の浴室は白い大理石で構成されており、温かい湯気と清潔な石鹸の香りに包まれている。


まずは、動物系の毛並みを持つ相棒たちをしっかりと洗うことにした。


「ほらメイ、じっとしててな。肉球の間もしっかり洗うぞ。」


「ワフッ。」


メイは温かいお湯を怖がることなくおとなしくお座りをしており、俺が香草のソープを泡立てて全身の漆黒の毛並みを優しくマッサージするように洗っていく。


続いて、頭の上が定位置のシルクを小さな桶の中に入れ、柔らかいスポンジで丁寧に洗った。


「キュイッ、キュイイッ。」


気持ちがいいのか、シルクは長い耳を寝かせて目を細め、喉をぐるぐると鳴らしている。


なお、胸ポケットのベルや、空中で水の枕に乗っているウンディーネに関しては、体が魔力や自然の魔素そのものに近い性質で構成されているため、服や体毛に物理的な脂や煙が残留することは全くないらしい。


それでも二人は、温かいお湯に興味があったのか、浴槽の端でパシャパシャとお湯を跳ね上げて遊んでいた。


フワフワに乾いた毛並みを取り戻し、さっぱりと洗練されたいい匂いになった俺たちは、客室の暖炉の前でくつろいでいた。


「はあ……やっぱりさっぱりした後は気持ちがいいな。せっかくこのノース・グランには最高の素材があるんだし、何か新しい料理の構想を練りたいところだ。」


「賛成! わたし、あのおいしいチーズをもっといろいろ食べてみたいわ!」


ベルが膝の上で飛び跳ね、足元のメイと肩のシルクも同意するように小さな声を上げる。


この客室には、簡単な軽食を作ったり温めたりできるよう、魔石ヒーターを備えた清潔な簡易キッチンが併設されている。


直売所で手に入れた膨大な量の極上チーズや発酵バターを使って、手軽で美味しい料理を試作するには最高の環境だ。


「よし。それじゃあ、この地域の特産品を使った、屋台でも売り出せるような絶品おやつを作ってみようか。」


俺が提案したのは、日本の寒冷地で愛される郷土料理の進化版、『チーズいももち』だった。


まずは食材の仕込みだ。


アイテムボックスから取り出したのは、加熱することで魔力が反応し、強烈な甘みとホクホクとした質感になる『火炎芋』だ。


皮を丁寧に剥き、均一な厚さの小口切りにした芋を、ヒマラヤの岩塩に似た南方大陸産の赤塩を少量加えた熱湯の中でじっくりと茹で上げていく。


竹串が抵抗なくスッと通るほどに軟らかくなったことを確認し、お湯を切ってボウルへ移した。


ここからの工程はスピードと温度が命になる。


芋の熱が冷めてしまうとデンプンの粘りが出にくくなるため、熱々の状態のまま木製のマッシャーを握り締めた。


「『調理の超加速』。」


自身の純粋な調理動作のスピードと精度を常人の二倍に跳ね上げるスキルを発動させ、一瞬の隙も与えずに芋を均一で滑らかなペースト状になるまで完璧に潰していく。


そこに、デンプン質を補強してモチモチとした弾力を生み出すため、適量のデンプン粉と少量の小麦粉を少しずつ加えた。


熱によって粉のデンプンがアルファ化を始め、芋の繊維と隙間なく結合していくように、手のひらの付け根を使ってしっかりと力を込めながら練り上げていく。


ほどなくしてボウルの中の生地は、耳たぶのように柔らかく、それでいて強い弾力を秘めた滑らかなお餅のような質感に変化した。


「次は中のチーズだ。」


具材として使うのは、今日工房の直売所で大量に購入した、ノース・グラン自慢のフレッシュチーズと、マイルドな乳のコクを持つセミハードチーズの二種だ。


水分量の多いフレッシュチーズの爽やかな酸味に、加熱することでよく伸びるセミハードチーズの重厚な旨味をブレンドすることで、単調にならない極上のチーズフィリングを作り出す。


いももちの生地を小さめのボール状にちぎり、手のひらで平らな円盤状に広げ、中央にブレンドしたチーズをたっぷりと置く。


中のチーズが揚げ焼きの最中に外へと漏れ出してこないよう、生地の縁を中央に集めてしっかりと閉じ、さらに手のひらで優しく押さえて程よい厚みの小判型へと成形した。


「よし、これを香ばしく揚げ焼きにするぞ。」


加熱したドワ―フ製の黒剛鉄フライパンに、発酵バターと少量のオリーブ・スライムのオイルを多めに引く。


煙が出る直前の絶妙な温度に調整し、成形したいももちを静かに並べていった。


ジューッという小気味の良い焼き音が静かな客室に響き、発酵バターの芳醇な甘い香りが鍋底から立ち昇る。


鍋を軽く揺らしながら、底面の生地に火が通り、美しいきつね色の層が形成されるのを見極めてから慎重にひっくり返した。


両面ともにサクサクとした薄い焼き皮が付き、中央のチーズに熱が伝わって生地がわずかにぷっくりと膨らみ始めたら、最高の揚げ焼きが完了した合図だ。


さらに、このチーズいももちの味の決定打となる『みたらし餡』を作る。


別の小鍋に、無添加で半年分の発酵を完了させた手作りの天然醸造生醤油、果実シロップの優しい甘み、そして旨味を底上げするためのフォレスト・フォウルの澄んだ出汁と少量の水を合わせた。


中火にかけながら調味液の香りを引き出し、少しずつ水溶きのデンプン粉を垂らして手早く攪拌していく。


醤油のキリッとした塩気と芳ばしさに、シロップの深い甘みが見事に乳化し、艶やかで美しい黄金色のトロリとした餡が完成した。


焼き立てのチーズいももちの上から、おたまを使ってこの特製みたらし餡をたっぷりと回しかける。


熱い焼き皮にタレが触れた瞬間、ジュワッという音と共に、醤油が焦げる悪魔的なまでに香ばしいにおいが爆発した。


「匂いがこもると良くないから、少し窓を開けておこう。」


俺がキッチンの窓を少し開けると、涼しい風が室内へと流れ込み、あまじょっぱいタレと発酵バターの香りを城の吹き抜けへと運んでいった。


「さあ、みんな出来たぞ。熱いから気をつけて食べてくれ。」


「いっただっきまーす!」


小皿に取り分けたチーズいももちに向けて、ベルが両手でフォークを握り締めて切りかかった。


サクッ。


表面の揚げ焼きにされた皮が軽やかな音を立て、続いて内部の芋生地がモッチリとした粘りのある手ごたえを返す。


そのままフォークを引き上げると、中から熱でトロトロに溶け出した濃厚なチーズが、白い糸を引いてどこまでも長く伸びていった。


「うわぁっ……! チーズがすっごく伸びるわ!」


ベルが目を輝かせ、あまじょっぱいタレが絡んだ塊にふーふーと息を吹きかけてから口へ運ぶ。


「…………んんんーっ!! おいしいっ!! 外側はカリカリなのに、お芋がすっごくモッチモチよ!」


ベルは小さな足を踏み鳴らし、頬を落とさんばかりの笑顔を見せた。


「それに、お醤油とシロップの甘辛いタレの味が、チーズの濃厚なコクと塩気にとってもよく合うわ! 何個でも食べられそう!」


「ワフッ、ワッフ!」


メイもフーフーと冷ましたいももちを丁寧に咀嚼し、芋の優しい甘みとチーズの旨味の相乗効果に大興奮で尻尾を揺らしている。


「キュイッ。」


シルクもモチモチとした食感が気に入った様子で、前足で器用に皿を押さえながら、お腹いっぱいになるまで頬張っていた。


俺も一枚、お箸で切り分けて口に運ぶ。


噛み締めるたびに、火炎芋のふくよかな香りとデンプンのもっちり感が歯を包み込む。


続いてあふれ出すフレッシュチーズの爽やかな酸味とセミハードチーズの深い旨味が、天然醸造醤油を使った甘からい餡と完璧に絡み合い、決して飽きのこない至高のあまじょっぱさを生み出していた。


食べ終わった直後から、すでに次の一個へと手が伸びてしまうほどの強烈な中毒性だ。


そんな幸せな実食タイムを楽しんでいると、客室の扉がトントンと控えめにノックされた。


「フトシ様。少しお邪魔してもよろしいでしょうか。」


扉の外から聞こえてきたのは、セバスさんの声だった。


「はい、どうぞ。開いていますよ。」


扉が開くと、そこには少し落ち着かない様子のセバスさんと、その後ろから顔を覗かせている赤髪の魔王イザベラ陛下の姿があった。


「おお、フトシよ。なんだか廊下まで、お腹が鳴るようなとびきり良い香りが漂ってきたものだからな。我慢できずに来てしまったぞ。」


イザベラ陛下が照れ隠しのように豪快な笑いを浮かべ、テーブルの上に並んだ黄金色のチーズいももちを見つめて喉を鳴らした。


セバスさんも、その完璧な執事の仮面の奥で、明らかに興味津々といった目を皿に向けている。


「ちょうど今できたところなんです。街のチーズ工房で買った素材を活かした料理なんですが、よければ陛下もセバスさんもお一ついかがですか?」


「うむ! 喜んでごちそうになるぞ!」


俺の誘いを待っていましたとばかりに、イザベラ陛下は小皿を受け取ると、我慢しきれない様子でフォークを刺してぱくっと一口で頬張った。


サクッ、モチッ、ジュワァァァッ。


噛んだ瞬間に奏でられる三重奏の音の直後、イザベラ陛下の黄金色の瞳が驚きで大きく見開かれた。


「…………ッ!? なんだこれは……! 外の皮の絶妙な香ばしさと、この舌に絡みつくような柔らかくてモチモチとした食感は……!」


彼女は咀嚼を続けながら、うっとりとした表情で感動の息を漏らした。


「それに、我が国の誇る濃厚なチーズが、この黒いタレの甘辛さと合わさることで、ここまで奥深い味わいになるとは……! この味と食感の均衡は、まさに至高の逸品ではないか!」


イザベラ陛下は一口で一つを平らげてしまうと、すでに二つ目の皿へと熱い視線を送っていた。


隣で上品に切り分けて試食していたセバスさんも、深く感じ入った様子で静かに目を細めていた。


「素晴らしい……。ノース・グランの素材を知り尽くしたこの城の料理人たちであっても、芋とチーズをこのように組み合わせ、この香ばしいタレでまとめ上げる発想は出てこなかったでしょう。」


「ありがとうございます。実はこれ、次の機会にうちの屋台の新メニューとして出そうかと考えているんです。」


俺が今後の展望を明かすと、イザベラ陛下が真面目な顔つきで即座に反応した。


「フトシよ、この料理を屋台で売る予定なのか? ならば、間違いなく街中で早朝から買い占めと行列が起きるぞ……。妾も毎朝買いに行きたいくらいだ。」


一国の君主をして買い占めを懸念させるほどの評価を得られ、料理人として胸が熱くなる。


その会話を聞いていたセバスさんが、どこか鋭い商人の視線を交えて俺に質問を投げかけた。


「フトシ様。ちなみにですが、この『チーズいももち』を屋台ではおいくらほどで販売する予定ですか?」


「そうですね……材料の芋や小麦粉の原価はそこまで高くありませんから、銅貨3枚から4枚くらいにしようかと考えています。」


一つで十分に小腹が満たせるボリュームとおやつ感覚を考えれば、日本の感覚で三百円から四百円程度が妥当なところだろう。


だが、俺の想定した価格を聞いた瞬間、セバスさんは静かだが力強い調子で首を横に振った。


「いいえ、フトシ様。そのご価格では安すぎます。ノース・グランの上質なチーズを惜しみなく使用し、なおかつこの極上のタレと食感を提供するのですから……最低でも、銅貨5枚は取られたほうが絶対によろしいかと思います。」


「銅貨5枚、ですか。」


「はい。良いものを適正な価値で提供することは、この街で懸命に素材を作っている畜産農家や職人たちの誇りを守ることにも繋がります。価値ある料理には、それに見合った確かな対価を設定するべきです。」


セバスさんの言葉には、商業と民の労働を守る執事長としての強い確信が宿っていた。


以前、冒険者パーティ『蒼海の牙』に教わった、対価を正しく受け取ることが周りと自分を守る流儀だという考え方にも通じるものがある。


「……わかりました。セバスさんがそこまで言ってくださるなら、屋台では銅貨5枚で販売することに決めます。」


俺が納得して大きく頷くと、イザベラ陛下も「うむ、それがよいな!」と賛同の笑みを浮かべてくれた。


冷え込む北の都市の静かな夜、俺たちの部屋は絶品おやつのあまじょっぱい香りと、温かな笑い声にいつまでも包まれていた。

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