第63話 エルフの凄腕職人と、新しい遊び道具
王城の貴賓室でイザベラ陛下に味噌と醤油の奉納を約束した後、俺は相棒たちと共に、セバスの案内で城の敷地内にある職人の工房へと向かっていた。
「フトシ様。先ほどの調味料の件ですが、報酬につきましては後日、納品をしていただく前にお話し合いの場を設けさせてください。」
王城の美しい白亜の廊下を歩きながら、前を歩くセバスが静かにそう告げてきた。
「ええ、分かりました。でも、そんなに大げさに考えなくても大丈夫ですよ。所詮はただの味噌と醤油ですから。」
俺としては、アイテムボックスの魔法を使って一瞬で作り上げたものであり、原価も黄玉豆と小麦と塩の分しかかかっていない。
だからこそ、軽く考えてそう答えたのだが、セバスは足を止めて真剣な表情で振り返った。
「ただの調味料、などでは決してございません。美味しく、かつ数年間の常温保存が可能な食料というのは、兵士の士気を極限まで高め、国の産業を劇的に成長させるほどの凄まじい価値を秘めているのです。国としては、今回の件を国家の最重要事項の一つとして重く受け止めております。」
「そ、そうですか……。」
セバスのあまりにも真剣な気迫に、俺は思わずたじろいでしまった。
どうやら、異世界の食糧事情において『常温保存が可能な美味しい万能調味料』というのは、俺が想像している以上にチートじみたオーパーツだったらしい。
(これは……とんでもない額の報酬になりそうだな。)
俺が密かに冷や汗を流していると、セバスは再び柔らかな笑みを浮かべて歩き出した。
やがて俺たちは、王城の裏手にある緑豊かな庭園を抜け、石造りの立派な工房へと辿り着いた。
「エルラド殿、いらっしゃいますか。」
セバスが扉を叩くと、中から「どうぞ、開いてますよ」という涼やかな声が響いた。
王城のお抱え職人と聞いていたので、俺はてっきり筋骨隆々のドワーフが出てくるものだと勝手に想像していた。
だが、工房の中で作業台に向かっていたのは、美しい金糸の髪と長い耳を持つ、ほっそりとしたエルフの男性だったのだ。
「おお、セバス殿。本日はどのようなご用件で?」
「こちらのフトシ様が、安全に遊べる新しい道具を作りたいとおっしゃりましてね。エルラド殿のお力をお借りしたいのです。」
エルラドと呼ばれたエルフの男性は、俺と、足元にいるメイたちを見て優しく微笑んだ。
「初めまして、エルラドと申します。以前、私が魔物に襲われて瀕死だったところを、この国の方々に助けていただきまして。その恩を返すために忠誠を誓い、この工房で職人をしております。」
「初めまして、フトシです。よろしくお願いします。」
挨拶を交わした後、セバスがこっそりと俺に耳打ちをしてくれた。
「エルラド殿は手先が極めて器用なだけでなく、素材の形や性質を自在に操る独自の『加工魔法』を開発された、我が国が誇る最高の天才職人なのです。」
エルフの魔法技術と職人の技の融合。
それは間違いなく、最高の遊び道具を作ってくれるに違いない。
俺は早速、エルラドに俺の作りたい二つの道具について説明を始めた。
「一つ目は『ボール』です。手のひらより少し大きいくらいの球体で、投げたり蹴ったりして遊ぶものです。当たっても痛くないように、表面は柔らかく、ぷにぷにとした弾力のある素材で作ってほしいんです。」
「なるほど、柔らかい反発力のある球体ですね。」
「二つ目は『フリスビー』です。円盤のような形で、風の抵抗を受けて真っ直ぐ遠くまで飛んでいくような軽い素材のものが欲しいんです。これも、口でくわえたりキャッチしたりするので、怪我をしないような素材でお願いします。」
俺が身振り手振りで概念を説明すると、エルラドは目を輝かせてメモを取り始めた。
「面白いですね……。武器でも防具でもない、純粋な『遊び』に特化した道具ですか。ボールには弾力のある特殊なスライムの樹脂をなめし革で包み、フリスビーには軽量で強靭なトレントの薄板を樹脂でコーティングして作りましょう。」
エルラドは作業台の上に素材を並べると、両手をかざして微かな魔力を放ち始めた。
「……『形状変化』。」
彼の呟きと共に、スライムの樹脂が瞬く間に球体へと膨らみ、なめし革が隙間なくその表面を包み込んでいく。
隣では、トレントの木材が滑らかな円盤状へと削り出され、樹脂のコーティングが均一に施されていった。
俺の『調理の超加速』とはまた違う、魔法による精密極まりない加工技術。
その凄まじい手際に見惚れているうちに、なんとたったの三十分ほどで、完璧なボールとフリスビーが完成してしまったのだ。
「お待たせいたしました。こちらでいかがでしょうか。」
エルラドから渡されたボールは、強く握るとぷにぷにと凹み、すぐに元に戻る絶妙な弾力を持っていた。
フリスビーも非常に軽く、縁の部分が滑らかに処理されているため、これならメイが口でキャッチしても全く安全だ。
「完璧です! ありがとうございます、エルラドさん!」
俺は嬉しくなり、工房の前の広い庭園で、さっそく相棒たちと試運転をしてみることにした。
「メイ、行くぞ!」
俺が手首のスナップを利かせてフリスビーを投げると、円盤は風を切り裂きながら、美しい弧を描いて庭園の芝生の上を飛んでいった。
「ワォォォォンッ!!」
メイが弾丸のようなスピードで駆け出し、空中に大きくジャンプする。
そして、見事に空中でフリスビーを口にくわえてキャッチし、着地と同時に俺の元へと誇らしげに走って戻ってきた。
「すごいぞメイ! ばっちりだ!」
俺がメイの頭を撫でてやると、彼女は尻尾をちぎれんばかりに振って喜んだ。
「キュイッ、キュイイッ!」
シルクは俺が芝生に転がしたぷにぷにのボールを追いかけ、前足で器用にドリブルするように弾いて遊んでいる。
「わたしもわたしも! そのボール、投げてみて!」
ベルが空中で待ち構える中、俺はボールをふわりと山なりに投げ上げた。
「そりゃっ!」
ベルが小さな手足で器用にボールを受け止め、空中で回転しながら俺に投げ返してくる。
俺たちは夢中になって、庭園の芝生の上でフリスビーとボールを追いかけ回した。
「ふふっ……なんとも微笑ましい光景ですね。」
「ええ。心が洗われるようです。」
工房の入り口では、俺たちが無邪気に遊ぶ姿を見て、セバスとエルラドが温かい笑顔を浮かべて見守ってくれていた。
やがて遊び疲れた俺たちが工房に戻ると、エルラドが満足そうに頷いた。
「フトシさん。私は今まで、実用的な武器や防具ばかりを作ってきましたが……こんな風に、誰も傷つけず、ただ安全に笑顔を作るための道具というのも、素晴らしいものですね。」
エルフの職人は、完成したばかりの遊び道具の価値に深く感動しているようだった。
「また何か、新しい遊び道具のアイデアがあれば、いつでも私に言ってください。喜んで作らせていただきますよ!」
「ありがとうございます。その時はぜひお願いします。」
俺が深く頭を下げると、隣にいたセバスがスッと一歩前に出た。
「フトシ様。一つ、王城からの提案がございます。」
「提案、ですか?」
「はい。今回エルラド殿に作っていただいた『ボール』と『フリスビー』という新しい遊び道具のレシピ……その概念を、王城で買い取らせていただけないでしょうか。」
セバスの言葉に、俺は目を瞬かせた。
「我が国の子供たちや、魔物と暮らす者たちにとって、これほど安全で素晴らしい娯楽用品はありません。つきましては、この道具を我が国で量産・販売し、その売上の五十パーセントをフトシ様に永続的にお渡しする、という取引はいかがでしょう。」
「ええっ!? 五十パーセントもですか!?」
俺が考えたのはただのアイデアだけであり、実際に作ってくれたのはエルラドだ。
俺としては、自分では作れない安全な遊び道具を提供してもらえるだけで十分すぎるほどの利がある。
「俺としては全く異存はありません。むしろ、そんなにいただいてしまっていいのかと……。」
「フトシ様の素晴らしい発想に対する、正当な対価でございます。」
セバスが深く一礼し、エルラドも賛同するように頷いた。
こうして、俺の思いつきから生まれたピクニックの道具は、またしてもこの国の産業に新しい風を吹き込むことになった。
「よし、遊ぶ道具も完璧に揃ったな。これで明日のピクニックは最高のものになるぞ。」
俺が手にしたボールとフリスビーを掲げると、相棒たちは嬉しそうに飛び跳ねた。
明日は早起きをして、極上のお弁当作りが待っている。
俺は王城の人々の優しさと手厚いサポートに深く感謝しながら、明日のピクニックへの期待で胸を弾ませ、充実した足取りで宿屋へと帰路につくのだった。




