第6話 掘り出し物のアーティファクトと、新たな相棒
澄み切った青空から、心地よい朝の陽光が降り注ぐ。交易都市マルタの朝は早い。
路地裏に建つ宿屋『黄金の麦穂亭』の清潔でふかふかなベッドで目覚めた俺は、大きく背伸びをしてから一階の食堂へと降りていった。
すでに食堂は宿泊客たちで賑わい、厨房からはジュージューと肉の脂が弾ける音と、胃袋を鷲掴みにするような香ばしい匂いが漂ってきている。
恰幅の良い女将さんが、忙しそうに、だが満面の笑みで料理を運んでいた。
「あら、フトシちゃん、おはよう! 昨日はよく眠れたかい? さあ、朝ごはんができたわよ!」
「おはようございます、女将さん。すごくいい匂いですね」
俺の巨体とゴリラのような風貌にもすっかり慣れた様子の女将さんは、ドンと俺の前に豪快な朝食のプレートを置いてくれた。
分厚く切られたこんがり焼き色のついたパン、湯気を立てる琥珀色のコンソメスープ。
そしてメインは、目玉焼きが添えられた、厚さ二センチはあろうかという巨大なベーコンのソテーだ。
見知らぬ動植物や新しい料理を前にすると、詳細や安全性を確認したくなるのが、俺の体に染み付いた【鑑定】の癖だ。
俺はすかさず、スキル『冒険する者』の能力を発動させ、皿の上のベーコンを凝視した。
【オーク肉の厚切りベーコン】
詳細:二足歩行する豚型の魔物、オークのバラ肉を塩漬けにし、爽やかな香りのハーブ『トルの葉』の煙でじっくりと燻製にしたもの。脂の甘みが非常に強く、深い燻香が肉の旨味を引き立てている。
「オーク肉……ファンタジーの定番だな。いただきます」
ナイフを入れると、パリッとした表面の下から、透き通った熱々の脂がじゅわりと溢れ出した。大きめに切り分けて口に運ぶ。
「……んんっ!」
噛み締めた瞬間、口の中いっぱいに豚肉とは比べ物にならないほど濃厚で野性的な脂の甘みが爆発した。
それでいて、トルの葉の清涼感ある燻香がスッと鼻に抜け、脂のくどさを完全に中和してくれる。
半熟の目玉焼きの黄身を絡め、カリカリに焼かれたパンに乗せてかぶりつけば、もう手が止まらない。
プロの料理人としての視点から見ても、素材の持ち味を完璧に活かした見事な一品だった。
「ぷはぁ、ごちそうさまでした。女将さん、最高の朝食だったよ」
「ふふっ、綺麗に食べてくれて嬉しいわ。いってらっしゃい!」
心身ともにエネルギーを満タンにした俺は、女将さんに見送られながら、朝の活気に満ちたマルタの街へと足を踏み出した。
中央広場を抜けると、色鮮やかな野菜や、見たこともない珍しい果物、そして鼻をくすぐる多種多様なスパイスを並べた露店が所狭しと並んでいる。
道行く人々の間を縫うようにして歩き、俺がまず向かったのは、マルタの冒険者ギルド支部だった。
昨日、馬車への道中で襲撃してきた三体のウルフ。それをアイテムボックスから出し、解体と買い取りを依頼するためだ。
マルタのギルドは王都のものよりさらに大きく、朝から依頼ボードの前に多くの冒険者が群がっていた。
俺は併設されている解体所の裏口へと回り、恰幅の良い解体担当の職員に声をかけた。
「おはようございます。魔物の買い取りをお願いしたいんですが」
「おう、兄ちゃん。ずいぶんガタイがいいな。見ない顔だが、獲物は何だい?」
俺が周囲の目を遮るように死角を作り、アイテムボックスからドスンドスンと三体のウルフの死体を床に出すと、職員は目を丸くして驚いた。
「こりゃあ立派なファングウルフじゃねえか。しかも三体も……おいおい、刃物で斬った傷が一つもねえぞ!? まさか、殴って倒したのか?」
「ええ、まあ。運良く急所に当たりまして」
「とんでもねえ膂力だ……。毛皮が無傷だから、かなりの高値がつくぞ」
職員が手際よくナイフを振るい、ウルフを解体していく。その見事な手捌きを感心しながら眺めつつ、俺はここでも解体された素材に向かって【鑑定】を使用した。
【ファングウルフの毛皮】
詳細:保温性と耐久性に優れており、防寒着や革鎧の内張りに最適。傷がないものは特級品として扱われる。
【ファングウルフの肉】
詳細:筋肉質で非常に硬く、そのまま焼くとゴムのような食感になる。しかし、強いスパイスと赤ワインで半日ほど煮込むことで、ホロホロに崩れる極上のシチュー肉へと変化する。
「……シチュー肉」
鑑定結果を読んだ瞬間、俺の食い道楽としての本能が激しく反応した。硬い肉ほど、手間暇をかけて煮込んだ時の旨味は深くなるものだ。
「すいません、その肉の部分、少しだけ俺に売ってくれませんか?」
「ん? ウルフの肉なんて硬くて食えたもんじゃねえぞ。まあ、兄ちゃんが欲しいなら買い取り額から少し引いて渡してやるが」
結果として、良質な毛皮と魔石の買い取り額から肉の代金を差し引き、合計で四五〇〇ゴールドの臨時収入を得ることができた。
そして何より、新たな未知の食材をアイテムボックスに確保できたことが最大の収穫だ。
ギルドを出た俺は、懐の金貨の重みを感じながら、次の目的地へと向かった。
マルタで最も品揃えが良いと評判の武器屋『鋼の金床』である。
今のところ、俺のユニークスキル『探求者』による常識外れの身体能力補正のおかげで、素手でも魔物を瞬殺できている。
しかし、これからさらに強力な魔物や、未知の危険な領域へ足を踏み入れることを考えれば、素手ではリーチの面で不利になる場面も出てくるだろう。
何より、美味しい肉を傷つけずに狩るためには、適切な武器があった方が絶対に良い。
カランコロンと重い扉を開けると、油と鉄の匂いが充満する薄暗い店内に、様々な武具が所狭しと並べられていた。
カウンターの奥では、筋骨隆々のいかつい店主が腕を組んでこちらを見据えている。
俺のゴリラのような体格を見ても一切動じない、肝の据わった男だった。
「へえ、いい体してやがる。どんな武器をお探しで?」
「俺の力に耐えられる、頑丈で取り回しのいい武器を探しています」
「なら、適当に見てみな。手にとって振ってみて構わねえからよ」
俺は頷き、壁に掛けられた武器を順番に物色し始めた。ここでも当然、俺の【鑑定】の癖が猛威を振るう。
【鋼鉄の長剣】
詳細:マルタ産の良質な鉄で鍛えられたオーソドックスな剣。切れ味はそこそこだが、使用者の筋力(極大)が乗ると、数回の戦闘で刀身が折れる可能性が高い。
【ミスリル混じりの戦斧】
詳細:微量の魔法金属ミスリルが配合された斧。魔法伝導率は高いが、重心のバランスが悪く、素人が扱うには手首への負担が大きい。
「うーん……どれもしっくりこないな」
俺の現在の異常な膂力に耐えうる耐久性があり、かつ料理人の腕の延長として繊細に扱える武器。
そんな都合の良いものなど、そう簡単に見つかるはずもない。
半ば諦めかけて店内をうろついていると、店の最奥、薄暗い隅っこに、木箱が無造作に置かれているのが目に入った。
中には錆びた剣や、刃こぼれしたナイフ、用途の分からない金属片など、いわゆる「ガラクタ」や「掘り出し物」が無造作に突っ込まれている。
何気なくその木箱の中を覗き込んだ俺の目に、一本の奇妙な棒が留まった。
長さは一メートル半ほど。装飾は一切なく、全体が煤けたように黒ずんでいるただの金属の棒だ。
「なんだこれ……?」
手に取ってみると、見た目からは想像もつかないほどのずっしりとした重みがあった。
普通の人間なら持ち上げるのも一苦労だろうが、今の俺にとっては心地よい手応えだ。
未知のアイテムとの遭遇。
俺は息を呑み、すかさず【鑑定】を深く、詳細に発動させた。
【如意の金剛棒(休眠状態)】
詳細:地球と呼ばれる世界の神話、あるいは過去の転移者の軌跡に由来するアーティファクト。長期間放置されたことで表面が黒ずんでいるが、神聖化しており絶対の『破壊不能』属性を持つ。所有者の魔力や意思に応じて、長さや重量をある程度自在に変化させる特性を持つ。現在は主がおらず休眠状態。
「なっ……!?」
俺は思わず目を見開いた。
地球の神話……如意棒だと?
過去の転移者が残した私物が神聖化して強力なアイテムになるという話は、ファンタジーの裏設定としては聞いたことがある。
まさか、そんな伝説級のアーティファクトが、こんな街角の武器屋のガラクタ箱に眠っているなんて。
ポンコツな魔法具や、一般的な鑑定スキルでは、表面的な情報しか読み取れない。
俺の持つ万能ユニークスキル『冒険する者』による、対象の深層まで読み取る【詳細な鑑定】だからこそ、この薄汚れた棒の真価を見抜くことができたのだ。
興奮でバクバクと高鳴る心臓を落ち着かせ、俺は何食わぬ顔でその棒を片手に持ち、カウンターの店主の元へ向かった。
「親父さん、この隅にあった棒、いくらですか?」
店主は俺が持ってきた棒を一瞥すると、呆れたように鼻を鳴らした。
「あー、それか。どこの遺跡から出たのか知らねえが、ただのひん曲がらねえ重いだけの鉄の棒だ。刃も付いてねえし、重すぎて誰も振れねえから、ずっと箱の底で埃を被ってたんだよ。物好きだな、兄ちゃん」
「ええ、ちょうどいい重さなので。これにします」
「そうかい。なら、一〇〇〇ゴールドで持ってけ。邪魔だったからちょうどいい」
「一〇〇〇ゴールドですね。買います」
俺は平静を装いながら、アイテムボックスから金貨を一〇枚取り出してカウンターに置いた。
破格も破格、タダ同然の値段で神話クラスのアーティファクトを手に入れてしまったのだ。
店主から棒を受け取り、足早に店を出る。
マルタの賑やかな大通りから一本外れた、人通りの少ない路地裏に入った俺は、誰にも見られていないことを確認して、右手の中の棒に少しだけ魔力を流し込んでみた。
「……少し、伸びろ」
意思を込めると、黒ずんでいた表面からわずかに淡い光が漏れ、手の中の棒がスルスルと二メートルほどの長さまで自然に伸長した。
重さも、俺が「一番振り抜きやすい」とイメージした重量へとピタリと調整されている。
「すげえ……本当に如意棒だ」
破壊不能の特性があれば、俺の規格外の怪力でどれだけ乱暴に扱っても折れる心配はない。
突く、払う、叩き潰す。リーチも自在に変えられるこの武器は、俺の戦闘スタイルにとってこれ以上ない最高の相棒となるはずだ。
「よし。新しい武器も手に入ったし、美味い肉も確保した」
頼もしい相棒をアイテムボックスへと収納し、俺はニヤリと笑みを深めた。
いかつい風貌のせいで、路地裏を通りかかった猫がビクッと全身の毛を逆立てて逃げていったが、今の俺はそんなこと気にも留めない。
さあ、次はこの相棒で、どんな未知の食材を狩りに行こうか。
美食と未知を求める俺の探求は、まだ始まったばかりだ。




