第54話 冒険者の流儀と、崖下の黒い宝箱
東の砂浜での賑やかな海鮮バーベキューは、極上の旨味と笑顔に包まれながら大満足のうちに幕を閉じた。
持参していた食材をあらかた平らげたAランクパーティ『蒼海の牙』の三人は、すっかり満腹になったのか、砂浜に座り込んで幸せそうなため息をついている。
「いやぁ、本当に美味かった。フトシ、ご馳走になったな。」
リーダーのガレスが立ち上がり、大剣を背負い直しながらアイテムボックスの役割を果たす魔法の革袋から、金貨が数枚入った小袋を取り出した。
「これは今回の食事代と、俺たちの無知を啓蒙してくれた情報料だ。受け取ってくれ。それと、もし何かこの辺りで知りたい情報があれば教えるぞ。」
差し出された金貨を見て、俺は慌てて手を振った。
「そんな、お金なんていいですよ。俺も食材が大量に手に入って気分が良かったですし、一緒に美味しく食べられただけで十分ですから。」
俺が遠慮して辞退しようとすると、ガレスは少しだけ厳しい表情になり、俺の肩をポンと叩いた。
「フトシ、お前がいい奴なのはよく分かった。だがな、ただ善意だけで他人に施しを続けるのはやめておけ。」
「え?」
「冒険者の世界は広い。お前のように気前が良くて腕の立つ料理人がいると知れ渡れば、いずれ善意につけ込んで集る連中や、利用するだけ利用しようとする輩が必ず現れる。」
ガレスの言葉に、魔術師のエリスと盾役のドルトも深く頷いている。
「ガレスの言う通りですよ、フトシさん。もらえるものは、きちんと受け取っておくべきです。それが、自分と大切な相棒たちを守るための『冒険者の流儀』でもありますから。」
エリスが優しく微笑みながら諭してくれた。
確かに彼らの言う通りだ。
ロドリス王国で追放された時のように、俺の力や善意を都合よく利用しようとする人間はどこにでもいる。
自分と、大切な相棒であるメイやシルク、ベルを守るためには、明確な対価のやり取りをして線引きをしておくことも必要なのだ。
「……分かりました。お気遣い、ありがとうございます。ありがたくいただきますね。」
俺が金貨の小袋を受け取ると、ガレスたちはホッとしたように表情を崩した。
「よし、それでいい。それで、何か俺たちに聞きたいことはあるか?」
「それなら、この付近に他にもっと美味しい魔物の噂や、珍しい食材が手に入る場所がないか教えてもらえませんか。」
俺が【探求者】としての本能のままに尋ねると、ガレスは腕を組んで少し考え込んだ。
「美味い魔物か……。実は、この国の目の前に広がっている海の中には、未知の魔物がたくさん潜む『危険領域』があるんだ。」
「海の中、ですか。」
「ああ。とんでもなく強力な魔物がいるらしくてな、俺たちAランクでも潜ったことがない未踏の領域なんだ。だから、そこに行くのは絶対にオススメしないぞ。」
未踏の海中に潜む未知の魔物。
それは間違いなく、まだ誰も食べたことのない極上の海鮮食材の宝庫だろう。
(いつか、潜るための魔法か魔導具を手に入れて、絶対に探求しに行きたいな……。)
俺が密かに野望を燃やしていると、ドルトが思い出したようにポンと手を叩いた。
「おいガレス、魔物じゃねえが、あそこはどうだ。ここからさらに北に進んだところにある、巨大な崖の下だよ。」
「ああ、あそこか。波が荒くて足場が悪いから俺たちは近寄らないが、波が打ち付ける岩場に、デカい貝がたくさんくっついているらしいぜ。」
魔物ではない、巨大な貝。
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏にある極上の食材の姿がフラッシュバックした。
「それは素晴らしい情報です。皆さん、本当にありがとうございます。」
俺が深く頭を下げてお礼を言うと、彼らも笑顔で手を振り返してくれた。
「またどこかで会ったら、今度こそ俺たちから美味い飯を奢らせてくれよ。じゃあな、フトシ!」
『蒼海の牙』の三人を見送った俺は、すぐさま相棒たちを連れて北の崖へと向けて歩き出した。
「キュイッ?」
「ワフッ。」
「フトシ、あの人たちが言ってた崖に行くの?」
胸ポケットのベルが身を乗り出して聞いてくる。
「ああ。魔物じゃない貝がたくさんいるって聞いて、ちょっと確かめたいことがあってな。」
砂浜を抜けて海岸線沿いを北へと進むと、やがて視界を遮るようにそびえ立つ、巨大な切り立った崖が現れた。
崖の真下は砂浜ではなく、ゴツゴツとした巨大な岩が折り重なるように海へとせり出している。
ザパーンッ、ザパーンッ。
外洋から打ち寄せる荒波が岩にぶつかり、真っ白な飛沫を高く上げていた。
「確かに、ここは足場が悪いな。」
岩の表面は波と海藻で滑りやすくなっており、一歩間違えれば荒波に飲み込まれてしまいそうだ。
俺はシルクとベルを懐にしっかりと入れ、メイには俺の後ろを慎重についてくるように指示を出した。
【探求者】の身体能力を活かし、滑る岩肌を確実に見極めながら、ゆっくりと安全に波打ち際へと近づいていく。
そして、波が直接ぶつかる巨大な岩の側面に辿り着いた時、俺はそれを見つけた。
「……いたぞ。やっぱり俺の予想通りだ。」
岩の表面には、人間の顔ほどの大きさがある、ゴツゴツとした灰色の分厚い塊がびっしりと張り付いていたのだ。
ただの岩の一部のように擬態しているが、間違いない。
俺はすかさず【鑑定】を発動した。
【オーシャン・オイスター】
詳細:切り立った崖の下の岩場に自生する巨大な岩ガキ。荒波に揉まれて育つため殻が極めて分厚く、内海に溶け込んだ豊かな魔力とミネラルをたっぷりと蓄えている。「海のミルク」を濃縮したような強烈な旨味とクリーミーな食感を持つ。
「岩ガキ……! しかも、このサイズ感はたまらないな。」
日本の海でも採れる牡蠣に似ているが、異世界の豊かな魔力を吸い込んでいるためか、桁違いの大きさに成長している。
これほどのお宝が、誰にも手つかずのまま大量に群生しているのだ。
「よし、今後のためにもいっぱい持ち帰ろう。」
俺はアイテムボックスからミスリル打ち込み特注解体ナイフを取り出した。
岩に張り付いている殻の根元にナイフの刃先を滑り込ませ、岩を傷つけないように慎重に、かつ力を込めて切り離していく。
バリッ、という音と共に岩から剥がれたオーシャン・オイスターは、ずっしりとした重みを持っていた。
(この極太の岩ガキ……殻を割って生でちゅるんといくのも最高だし、炭火に乗せて醤油を少しだけ垂らし、香ばしい焼きガキにするのも絶対に美味いぞ……。)
そんなシズル感溢れる妄想を膨らませながら、俺は波のタイミングを見計らい、次々と岩ガキを剥がしてはアイテムボックスの『時間停止』空間へと放り込んでいった。
岩ガキの群生ポイントをあらかた採取し終え、さらに奥の岩場へと歩みを進めた時のことだ。
透明度の高い岩場の水溜まりの中を覗き込んだ俺は、思わず息を呑んで動きを止めた。
「……嘘だろ。」
岩の隙間や海藻の陰に、拳ほどの大きさがある、真っ黒でトゲトゲとした球体がいくつも転がっていたのだ。
波に揺られて微かに動くその棘の姿は、どう見てもあの高級食材にしか見えなかった。
逸る心を抑えきれず、俺は手を水に突っ込んでその黒い球体を拾い上げ、【鑑定】を発動した。
【アーマー・ウニ】
詳細:硬く鋭い漆黒の棘を持つウニ。外敵を寄せ付けない強固な棘の鎧を持つため、殻の中には上質な甘みと磯の香りを放つ極上の黄金色の身(生殖巣)が限界までたっぷりと詰まっている。
「ウニ……! 異世界にもウニがあるのか!!」
俺の口から、歓喜の叫びが漏れた。
岩ガキだけでも大収穫だったのに、まさか極上のウニまで自生しているとは。
しかも、見渡す限りの岩場の水溜まりに、数え切れないほどのアーマー・ウニがゴロゴロと転がっている。
「ワフッ?」
「どうしたのフトシ、そんなトゲトゲの黒い石を拾って。」
メイとベルが不思議そうに首を傾げているが、俺の耳にはもう届いていなかった。
(この黄金色のウニの身を殻から丁寧に外して、炊きたての真っ白なご飯の上に山盛りに乗せて……そこに少しだけ醤油とワサビを垂らしてかき込む……ッ!!)
想像しただけで、口の中に致死量の唾液が溢れ出してくる。
この街には小麦を使った極上の料理がたくさんあるが、やはり日本人としては、米とウニの暴力的な組み合わせはどうしても外せない。
「何が何でも、ここのウニは全部持ち帰るぞ!」
俺は目を血走らせながら、波が打ち寄せるのも構わずに岩場を這い回った。
「そりゃっ! こっちにもいたぞ! ふはははっ、お宝の山だ!!」
手当たり次第にアーマー・ウニを拾い上げ、アイテムボックスの中へと次々に放り込んでいく。
「キュイ……。」
「ワフ……。」
普段は冷静で常識人の俺が、黒いトゲトゲの球体を前にして完全に正気を失っている姿を見て、シルクとメイが少しだけ引いたような表情を見せた。
だが、極上の食材を前にして【探求者】の情熱を抑え込めるわけがない。
俺は時間を忘れて、太陽が傾き始めるまで、崖下の岩場でウニとカキの乱獲フェスティバルを繰り広げるのだった。




