第53話 砂浜の海鮮バーベキューと、未知なるカニミソの誘惑
星降る海猫亭の最高級VIPルームで迎えた朝は、どこまでも爽やかだった。
開け放たれた窓からは心地よい潮風が吹き込み、果てしなく広がるイル・ソーレの青い内海が太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
俺は相棒たちと共に朝の支度を済ませると、極上の宿屋を後にして、街の中心部にある冒険者ギルドへと向かった。
目的は当然、この街周辺の美味しい食材の情報収集だ。
白亜の石造りでできた立派なギルドに足を踏み入れると、朝早くから多くの魔族の冒険者たちで賑わっていた。
俺は受付のカウンターに向かい、対応してくれた魔族の女性職員に声をかけた。
「おはようございます。フトシと申します。この街の周辺で、何か美味しい食材になる魔物の依頼はありますか。」
俺が商人ギルドの銀色の会員証と冒険者ギルドの魔石カードを提示すると、受付の女性は少し驚きつつも丁寧に資料を広げてくれた。
「フトシ様ですね。美味しい魔物でしたら、この街の東に広がる砂浜に生息している海鮮系の魔物はいかがでしょうか。」
彼女の説明によると、その砂浜には巨大なカニの魔物と、宝箱ほどもある巨大な貝の魔物が大量に生息しているらしい。
それらはなかなかに凶暴で危険な場所とされているが、カニの硬い殻は盾や防具に、鋭いハサミは武器の素材になり、貝殻も装飾品として重宝されるため、常に需要があるという。
「ただ、その魔物の中身の身は非常に傷みやすいため、討伐した冒険者たちは素材の殻だけを剥ぎ取り、安全な場所で焚き火をして中身を焼いて食べてしまうのが定番なんですよ。」
バーベキュー程度の熱では、素材となる殻やハサミが劣化して脆くなることはないのだそうだ。
「なるほど、ご当地の定番クエストというわけですね。俺もその依頼を受けさせてください。」
「かしこまりました。大量に生息していますので、倒せるならどれだけ倒していただいても構いませんよ。」
受付の女性に礼を言い、俺はメイとシルク、そして胸ポケットのベルを連れて、東の砂浜へと向かった。
街を抜けてしばらく歩くと、真っ白な砂浜と透き通った海が広がる美しい海岸線に到着した。
【探求者】の気配察知を広げると、砂の中や浅瀬の岩場に、人間ほどの大きさがあるカニや巨大な貝がうようよと潜んでいるのが分かる。
俺はすかさず【鑑定】を発動した。
【アイアン・クラブ】
詳細:鉄のように硬い甲羅を持つ巨大なカニ型の魔物。身は非常に傷みやすいが、甲羅の中で守られた身は繊細で甘みが強く、黄金色のミソは極上の旨味を秘めている。
【トレジャー・スキャロップ】
詳細:宝箱のような巨大な殻を持つ貝型の魔物。熱に強く、火にかけても自然には開かない。漫画肉ほどの大きさがある貝柱は、圧倒的な旨味と甘みを誇る。
「よし、どちらも間違いなく美味いぞ。少し狩りすぎても問題ないな。」
俺はアイテムボックスから『如意の金剛棒』を取り出し、サクサクと魔物たちを討伐していった。
メイの氷魔法やベルの風魔法のサポートもあり、一時間もする頃には、アイテムボックスの中に大量のアイアン・クラブとトレジャー・スキャロップが収納されていた。
「よし、依頼の分は十分に集まったな。自分用のストックも確保できたし、そろそろ休憩がてら食べてみようか。」
俺は周囲に人や他の魔物がいない安全な岩陰を見つけ、アイテムボックスから鉄製のバーベキュー台と良質な木炭を取り出した。
指先に『ファイア・ヒート』の魔力を灯して素早く炭に火を熾し、分厚い金網を乗せる。
「まずは、カニからいってみよう。」
俺はアイアン・クラブを一匹取り出し、解体ナイフで素早く人間ほどの大きさがある硬い殻を割り、極太の脚の身を取り出した。
そのまま網の上にドサリと乗せると、ジリジリと殻が焦げる香ばしい匂いが立ち昇り始めた。
「仕上げは、シンプルにこれで。」
俺はアイテムボックスから取り出した小瓶の魚醤を、熱々に焼けたカニの身にタラリと垂らした。
ジュワァァァッ!!
魚醤が焦げる暴力的な匂いと、カニ特有の甘い磯の香りが混ざり合い、砂浜の空気を一瞬にして極上の海鮮居酒屋へと塗り替える。
「さあ、食べてみよう。」
俺は熱々のカニの脚を手に取り、豪快にかぶりついた。
「……ッ、美味い!」
人間ほどもある巨大なカニだから大味なのかと思いきや、その身質は驚くほど繊細だった。
まるで日本の毛ガニのように繊維が細かく、噛み締めるたびに強烈な甘みと濃厚な旨味が口の中いっぱいに溢れ出す。
「キュイッ!」
「ワフッ!」
「なにこれ、すっごく甘いわ!」
シルクとメイ、ベルも俺がほぐしてやったカニの身を夢中で頬張っている。
「身がこれだけ美味いなら、絶対にアレも美味いはずだ。」
俺はニヤリと笑い、アイアン・クラブの甲羅をパカッと開いた。
中には、異世界の人たちが「食べるところではない」と捨ててしまっていたという、黄金色に輝く濃厚な『カニミソ』がたっぷりと詰まっている。
俺は甲羅ごとバーベキュー台に乗せ、グツグツと煮立ったところにカニの身をたっぷりと絡めて口に運んだ。
「…………ッ!!」
美味すぎる。
毛ガニのミソを遥かに凌駕するほどの圧倒的なコクと、磯の風味。
脳を直接揺さぶられるような、あまりにも暴力的で濃厚な旨味の奔流に、俺は思わず天を仰いでしまった。
「次は、貝の魔物だな。」
俺は興奮冷めやらぬまま、トレジャー・スキャロップをアイテムボックスから取り出した。
文字通り宝箱ほどの大きさがあるため、大きなバーベキュー台の上に一つしか乗らない。
熱に強い魔物であるため、火にかけても自然にパカッと開くことはない。
俺は殻の隙間に解体ナイフをねじ込み、てこの原理を使って強引にこじ開けた。
現れたのは、真っ白で巨大な貝柱だ。
まるで漫画肉のような圧倒的なサイズの貝柱から、グツグツと旨味たっぷりの汁が溢れ出している。
俺はナイフでサイコロ状に切れ目を入れ、まずはそのままの一口を頬張った。
「これも……とんでもないな。」
サクッとした歯ごたえの直後、繊維がホロリと崩れ、奥深い甘みと旨味が口の中を支配する。
これほど巨大なのに全く大味ではなく、いくら食べても食べ飽きないような、純粋な旨味の塊だった。
「せっかくだから、もう一個焼こう。次は最高の味付けでな。」
俺は二つ目のトレジャー・スキャロップを網に乗せ、殻を開いてから、たっぷりの発酵バターと魚醤を落とした。
ジュワァァァァッ!!
バターの濃厚なコクと魚醤の焦げる香りが、ホタテの磯の香りと融合し、致死量に達するほどのシズル感を放ち始める。
「できたぞ、究極のバター醤油焼きだ。」
俺たちがその圧倒的な匂いに包まれながら黙々と食べていると、背後の砂浜からザクザクという足音が近づいてきた。
「……あの、すみません。あまりにも良い匂いがしたもので、つい釣られてしまって。」
振り返ると、そこには立派な装備に身を包んだ、魔族の三人組パーティが立っていた。
リーダーらしき大剣を背負った男が、申し訳なそうに頭を掻いている。
その後ろには、杖を持った知的な雰囲気の女性と、巨大な盾を構えた屈強な男が控えていた。
「驚かせてしまってすみません。俺はフトシと申します。冒険者ギルドで依頼を受けて、ここで休憩していたところです。」
俺が立ち上がって敬意を払って名乗ると、リーダーの男も慌てて姿勢を正した。
「俺はガレス。Aランクパーティ『蒼海の牙』のリーダーだ。こっちは魔術師のエリスと、盾役のドルト。いや、アイテムボックスで屋台みたいなものを出して食事をしている冒険者を初めて見たから、驚いてな。」
「初めまして、エリスです。本当に暴力的なほど美味しそうな匂いですね。」
「ドルトだ。邪魔して悪かったな、兄ちゃん。」
彼らはこの砂浜を拠点に素材集めをしているベテランらしく、俺のバーベキュー台から漂う匂いに抗えずに近づいてきたのだという。
「もしよろしければ、一緒に食べませんか。まだ食材はたくさんありますから。」
俺がそう提案すると、ガレスたちは「いいのか!?」と顔を見合わせ、目を輝かせた。
話を聞くと、彼らは普段、討伐した魔物の中身を焚き火で軽く素焼きにして食べるだけで、調味料などは一切使っていなかったらしい。
「カニミソも、いつも捨てていたんですか?」
「ああ。あんなドロドロしたもの、食べられるとは思っていなかったからな。」
俺はニヤリと笑い、甲羅でグツグツと煮立ったカニミソに、熱々のカニの身をたっぷりと絡めて彼らに差し出した。
「騙されたと思って、食べてみてください。」
ガレスは少し引き気味の表情でそれを受け取り、恐る恐る口に運んだ。
次の瞬間、彼の目が見開き、大剣を落としそうになるほど体を震わせた。
「な、なんだこれは……ッ!! 濃厚なコクと旨味が、脳味噌を直接殴ってくるみたいだぞ!」
「嘘でしょう……!? こんなに美味しいものを、私たちはずっと捨てていたんですか!?」
「う、美味すぎる! 俺の人生は半分損していた気分だ……ッ!!」
エリスとドルトもカニミソの味に触れ、あまりの美味しさに深い後悔と絶望の叫びを上げている。
「こちらもどうぞ。トレジャー・スキャロップのバター醤油焼きです。」
俺が発酵バターと魚醤で香ばしく焼き上げた巨大な貝柱を取り分けると、彼らは無我夢中でそれに食らいついた。
サクッ、ジュワァァァッ。
バターの暴力的な風味と魚醤の香ばしさが、ホタテの純粋な甘みと完璧なハーモニーを奏でる。
「……あぁ、もうダメだ。美味すぎる。俺、もうこのバーベキュー台の横に拠点を建てようかな……。」
ガレスが冗談と本気が半分ずつ混ざったような恍惚の表情で空を仰ぎ、俺は思わず吹き出してしまった。
「キュイッ!」
「ワフッ!」
「ふふん、フトシの料理は世界一なんだから!」
シルクとメイ、そしてベルも誇らしげに胸を張っている。
異世界の人々がまだ知らない、魔物の美味しい部位や最高の食べ方が、この世界にはまだまだたくさん眠っている。
俺は料理人としての探求心の炎をさらに燃やしつつ、Aランク冒険者たちと共に、美しい砂浜での賑やかで極上の海鮮パーティを心ゆくまで楽しむのだった。




