第51話 魔王との謁見と、至高のフレンチトースト
王城へと向かう豪華な馬車の中で、俺は向かいの席に座る執事長のセバスに声をかけた。
「セバスさん。もうすぐ王城に着くと思いますが、魔王様のお名前や、謁見の際の正しい呼び方を教えていただけませんか。」
ただの高校生であり、冒険者として旅をしてきた俺には、一国の王に対する正しい作法というものがまるで分からなかった。
「かしこまりました。魔王様のお名前は『イザベラ』様とおっしゃいます。公式な場では『魔王陛下』、直接言葉を交わされる際は『陛下』、あるいは『イザベラ様』とお呼びするのがよろしいかと存じます。」
セバスは穏やかに微笑みながら、さらに俺が尋ねる前に言葉を続けた。
「フトシ様は他国の冒険者であり、何より精霊様の加護を受けた最上級の客人です。臣下のように跪く必要はございません。右手を左胸に当て、軽く一礼をしていただければ十分でございます。」
俺が不安に思っていた作法のことまで、完璧に見抜いてレクチャーしてくれる。
「ありがとうございます。助かりました。……あと、俺の相棒たちも一緒に謁見の間に連れて行っても問題ないでしょうか。」
「もちろん問題ございません。精霊様に愛された方と、そのお連れ様たちを拒むような者は、このアストラーレにはおりませんのでご安心を。」
「キュイッ!」
「ワフッ。」
セバスの完璧な配慮に、俺も、頭の上のシルクや足元のメイもすっかり安心することができた。
やがて馬車は王城の敷地内へと入り、荘厳なエントランスの前に静かに停車した。
「さあ、フトシ様。ご案内いたします。」
馬車から降りた俺は、ネイビーブルーの礼服の襟を軽く正し、メイたちを連れてセバスの背中について歩き出した。
王城の内部は、外観と同じく真っ白な大理石と、色鮮やかな絨毯で彩られており、どこまでも明るく開放的な雰囲気に満ちている。
案内された謁見の間は、体育館ほどもある広大な空間だった。
急な訪問だったためか、広間に居並ぶ貴族の数は少なく、数人の側近らしき魔族たちが玉座の脇に控えているだけだった。
その奥、一段高くなった玉座に腰を下ろしていたのは、燃えるような赤い髪と、額に立派な二本の角を持つ女性だった。
引き締まった体躯と、鋭くも知的な黄金色の瞳。
女傑と噂される魔王、イザベラその人だ。
俺はセバスに教わった通り、玉座の数歩手前で立ち止まると、右手を左胸に当てて丁寧にお辞儀をした。
「お初にお目にかかります、イザベラ陛下。フトシと申します。」
俺が静かに名乗ると、イザベラは興味深そうに目を細め、玉座の肘掛けに頬杖をついた。
「うむ、面を上げよ。そなたが、霊峰を越え、大地の守護熊殿から『精霊の加護』を賜ったという人間だな。」
威厳がありながらも、どこかさっぱりとした聞き心地の良い声だった。
「はい。その加護についてですが、よろしければどういった経緯でいただいたのか、お話ししてもよろしいでしょうか。」
俺がそう切り出すと、イザベラは身を乗り出して頷いた。
「是非聞かせてくれ。我が国において、大地の守護熊殿は非常に気高く、めったに人に興味を示さぬ御方。そなたがいかにして加護を得たのか、皆が気になっているのだ。」
俺は隠す必要もないと思い、山での出来事を正直に話すことにした。
「実は、山に足を踏み入れた際にクマさん……大地の守護熊様が現れまして。籠に乗せて猛スピードで山頂まで案内してくださったんです。」
「なんと、あの御方自ら運んでくださったと!?」
側近たちがどよめく中、俺は話を続けた。
「ええ。そのお礼として、俺が野営の時に色々な料理を振る舞ったところ、クマさんがその料理をとても気に入ってくれまして。その心遣いのお礼として、加護をいただいたようです。」
「料理、だと……?」
イザベラは目を丸くして、信じられないというように俺を見つめた。
「精霊様が、人間の作る料理を食べて喜ばれたというのか?」
「はい。巨大なシイタケのバター塩焼きや、特製のフレンチトーストなどをお出ししました。」
俺の言葉を聞き、イザベラは少しの間沈黙した後、黄金色の瞳を爛々と輝かせた。
「……なるほど。大精霊様を唸らせた料理。それが一体いかほどのものか、我が好奇心が抑えきれなくなってしまったぞ。」
イザベラは玉座から立ち上がり、マントを翻して俺を見下ろした。
「フトシよ。試しに、妾にもその料理を作って見せてはくれまいか?」
「俺の料理でよろしければ、喜んでお作りしますよ。」
俺が快諾すると、イザベラは豪快に笑い、俺たちを王城の奥にある巨大な調理室へと案内してくれた。
調理室には、白衣を着た料理長らしき壮年の魔族と、数人の料理人たちが待機していた。
「フトシ。材料はこちらにあるものを自由に使ってくれて構わんぞ。」
「ありがとうございます。ですが、材料は自分のアイテムボックスに揃っていますので大丈夫です。」
俺は調理台の前に立ち、料理長たちにも聞こえるようにはっきりと告げた。
「これから作る料理は、俺独自の魔法技術を使います。そのため完全に真似するのは少し難しいかもしれませんが、そちらにいらっしゃる料理人の方々の既存の魔法や技術を使えば、十分に再現は可能だと思います。手順は隠しませんので、自由に見てください。」
俺のその言葉に、料理長だけでなくイザベラまでもが驚きに目を見開いた。
「よいのか? 料理人にとって、大精霊様を喜ばせたほどの技術やレシピは、一子相伝の秘匿すべき財産ではないのか?」
イザベラの問いに対し、俺は首を横に振って微笑んだ。
「美味しいものは、たくさんの人に知ってもらいたいんです。色々な人が作ることで新しい発見が生まれ、さらに美味しい新しい料理が生まれますから。」
「……なるほど。そなたは、料理に対してどこまでも真摯なのだな。」
イザベラは深く感心したように頷き、料理長たちも真剣な眼差しで俺の手元に注目し始めた。
「では、クマさんが一番喜んでくれた『特製アイス乗せ・極厚フレンチトースト』を作ります。」
俺はアイテムボックスから、天然酵母の特製食パンと、新鮮な卵、牛乳、砂糖を取り出した。
ボウルに卵を割り入れ、白身のコシを切りながら溶きほぐし、牛乳と砂糖を加えて均一な卵液を作る。
そこに四センチほどの極厚にスライスした食パンを浸し、たっぷりと黄金色の液体を吸い込ませる。
「次に、パンを焼いている間にアイスクリームを作ります。」
俺はフライパンに発酵バターを落としてパンを極弱火で焼き始めながら、別のボウルに卵黄と砂糖を入れ、白っぽくなるまですり混ぜた。
小鍋で沸騰直前まで温めた牛乳をそこに少しずつ加え、再び小鍋に戻して極弱い火にかける。
木べらで鍋底をなぞり、液体に微かなとろみがついたところで火を止めた。
「これがアイスのベースとなる『クレーム・アングレーズ』です。ここで、一気に冷やします。……『絶対温度領域』。」
俺がユニークスキルを発動すると、鍋の中のソースは一瞬にして氷点下ギリギリの超低温へと急冷された。
その魔法のような手際に、周囲の料理人たちから感嘆の息が漏れる。
「さらに、別のボウルで生クリームを泡立てます。『調理の超加速』。」
俺は常人の二倍の速度で泡立て器を操り、あっという間に生クリームをふんわりとした八分立ての状態にした。
完全に冷え切ったアングレーズソースに泡立てた生クリームを加え、再び『絶対温度領域』で超低温に保ちながら、凄まじいスピードで攪拌し続ける。
空気をたっぷりと抱き込みながら凍っていく液体は、数分後にはふんわりとした純白の極上アイスクリームへと変化していた。
「素晴らしい……。魔力による温度管理と、職人の技術が完璧に融合している。」
料理長が震える声で呟き、食い入るようにメモを取っている。
「ちょうどパンも焼き上がりましたね。」
俺は両面を香ばしいきつね色に焼き上げた極厚のフレンチトーストを皿に乗せ、その中央に冷たい即席アイスクリームをドスンと乗せた。
「仕上げに、クマさんからいただいたこれをかけます。」
俺がアイテムボックスから『霊峰の金蜜』の壺を取り出し、木のスプーンで黄金色のハチミツをたっぷりと回しかける。
熱いパンの上でアイスがわずかに溶け出し、濃厚な花の香りが調理室いっぱいに広がった。
「お待たせしました。特製アイス乗せ・極厚フレンチトーストです。」
俺が皿を差し出すと、イザベラはゴクリと喉を鳴らした。
「では、毒見も兼ねて、料理長とセバスから食べるがよい。」
王命に従い、セバスと料理長がスプーンでフレンチトーストとアイスを一緒にすくい、口へと運んだ。
サクッ。
香ばしいパンの音の直後、二人の動きがピタリと停止した。
「……ッ!! 恐れながら申し上げます。私が今まで生きてきて食べた甘味の中で、間違いなく一番の美味しさでございます……!」
料理長が涙ぐみながら叫び、セバスも目を丸くして言葉を失っている。
「ええい、妾にも食べさせろ!」
我慢できなくなったイザベラがスプーンを奪い取り、自ら大きく切り分けて口に放り込んだ。
熱いパンから溢れる発酵バターの塩気と、濃厚なミルクアイスの冷たい滑らかさ。
そこに究極のハチミツの香りが絡み合う至福のハーモニーに、魔王であるイザベラの表情が、まるで夢の世界に行ったかのようにうっとりと緩んだ。
「んん〜っ……! これは、なんという……熱さと冷たさが同時に押し寄せ、甘みがどこまでも深く広がっていく……!」
イザベラは両手で頬を押さえ、完全に威厳を忘れて夢中で皿を空にしていった。
「ふう……素晴らしい。大精霊様が加護を与えたくなるのも納得だ。」
すっかり満足した表情で紅茶を飲んだ後、イザベラは急に真剣な眼差しで俺を見つめてきた。
「フトシ。精霊の加護を持つ最上級の客人に言うのもなんだが……妾の、いや、アストラーレ魔王国の直属の調理人になってはくれないか?」
冗談めかした口調ではあったが、その瞳にははっきりとした本気の熱が込められていた。
一国の王からの直談判という破格の待遇。
しかし、俺の答えは決まっていた。
「身に余る光栄ですが、お断りさせていただきます。」
俺が丁寧にお辞儀をしながら答えると、イザベラは残念そうに眉を下げた。
「俺は今、世界を回って未知の美味しいものを探求する旅の最中です。料理人としても、まだまだ未熟だと感じていますから。」
「そうか……。そなたほどの腕があっても、まだ探求を続けるというのだな。」
「はい。ただ、この旅が落ち着いて、俺自身が納得できる料理人になれた時には、またこの国にお邪魔するかもしれません。」
俺が含みを持たせて微笑むと、イザベラはパッと顔を輝かせ、豪快に笑い声を上げた。
「はははっ! なるほど、そういうことなら仕方あるまい! 妾たち高位魔族の寿命は長いのだ。人間のそなたが旅を終えるその日まで、気長に待つとしよう!」
こうして、俺と女傑の魔王との謁見は、極上の甘い香りと共に和やかに幕を閉じた。
未知なる食材と美食が眠るイル・ソーレでの探求は、王室からの全面的な歓迎を受け、最高のスタートを切るのだった。




