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探求者の異世界美食行脚 ~異世界召喚でハズレ扱いされたゴリラ系男子、気ままなグルメ旅に出る~  作者: おまめちゃん


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第20話 広場の熱狂と、極旨スパイシータコス

朝靄がまだ抜けきらない早朝のマルタ商業区。


街の中央広場に指定された区画で、俺は商人ギルドからレンタルした簡素な木枠と幌の屋台を組み上げていた。


魔導コンロを設置し、愛用の『ミスリル配合の黒剛鉄フライパン』と鉄板を並べる。


屋台のカウンターには、昨日仕込んでおいたフレッシュサルサの入ったボウルと、タコスミートを保温しておくための深鍋を配置した。


頭の上では、相棒のシルクが長い耳をパタパタと揺らしながら、初めての屋台の雰囲気に興味津々の様子だ。


俺の屋台の両隣には、すでに店を開けている先客がいた。


右隣は様々な日用品を並べた雑貨屋の年配の女性、左隣は豚型魔物の塊肉を吊るした精肉屋の恰幅の良い男性だ。


商売の基本は、ご近所付き合いから始まる。


俺は鉄板に火を入れ、手早く二つのタコスを仕上げると、両隣の店主に向かって深々と頭を下げた。


「おはようございます。フトシと申します。今日から一週間ほど、ここで料理の屋台を出させていただきます。新参者ですが、どうかよろしくお願いします。ご挨拶代わりに、俺の作った料理です。よろしければ食べてみてください」


「おや、丁寧な若い衆だねぇ。なんだいこれは、珍しい形の手持ち飯だね」


「おう、よろしく頼むぜフトシ。いい匂いじゃねえか。朝飯がまだだったから助かるよ」


二人は渡されたタコスを不思議そうに眺めた後、大きく口を開けてかぶりついた。

その瞬間、二人の動きがピタリと止まった。


「な、なんだいこれは……ッ!? お肉から凄い旨味と、目が覚めるようなスパイスの香りが弾けて……! それでいて、この冷たい野菜のソースがすっごくサッパリしてて、どんどん食べられちゃうよ!」


「うおおおッ、美味え!! この肉、アースバッファローの端材か!? 叩き切っただけの粗い肉が、こんなにジューシーに化けるなんて信じられねえ! トウモロコシの生地の香ばしさも最高だ!」


二人は目を見開き、あっという間にタコスを平らげてしまった。


「あんた、すごい腕前だねぇ! これは絶対に繁盛するよ!」


「ああ! うちの肉の匂いが霞んじまうくらい、強烈で最高の匂いだ。お互い頑張ろうぜ!」


幸先良く、両隣の店主たちと良い関係を築くことができた。


そうこうしているうちに、マルタの街は本格的な朝を迎え、出勤する労働者や冒険者ギルドへ向かう冒険者たちの人通りが一気に増え始めた。


俺は魔導コンロの火力を上げ、保温用の鍋に入ったタコスミートに火を入れる。


熱せられたアースバッファローの濃厚な脂と共に、クグの実の香ばしさ、赤い粉の刺激的な辛味、そして魚醤ガルムの暴力的なまでの深いコクが入り混じった、強烈なスパイスの香りが広場一帯に解き放たれた。


「んんっ……!? なんだこの、とんでもなく美味そうな匂いは……」


「あそこの屋台からだ! 見たことない料理だぞ!」


腹を空かせた人々の足が、見えない糸に引かれるように俺の屋台の前でピタリと止まる。


「いらっしゃい! アースバッファローの極上タコス、一つ五百ゴールドだよ!」


俺が声を張り上げると、人垣の中から身軽な革鎧を着込んだ、ショートヘアの活発そうな女性冒険者が進み出てきた。


胸元には、Cランクを示す冒険者カードが揺れている。


「すごい匂いね! 一つ五百ゴールドなんて、お肉が入ってる料理にしては破格じゃない! 試しに一つもらえるかしら?」


「ありがとうございます。すぐに出しますよ」


注文を受け、俺はアイテムボックスから取り出しておいたトルティーヤ生地を熱した鉄板に乗せる。


プクゥッと気泡が膨らみ、トウモロコシの甘く香ばしい匂いが立ち上った。


温まった生地に、熱々で赤褐色に照り輝く特製タコスミートをたっぷりと乗せ、その上から冷たいフレッシュサルサをドサリとかける。


生地を半月状に折りたたみ、紙で包んで手渡した。


「お待ち遠さま。熱いので気をつけてください」


女性冒険者は、熱々のタコスを両手で受け取ると、たまらないといった様子で大きな口を開け、豪快にハフッと食らいついた。


「――っ!! んんんん〜〜〜ッ!!」


彼女の目が、これ以上ないほどにカッと見開かれた。


「な、なにこれぇ!? お肉の粒がすっごくゴロゴロしてて、噛むたびにジュワッて肉汁が溢れてくる! スパイスのピリッとした辛さと、なんだか分からないけど凄く深いコクが襲ってきて……でも、この冷たいトマトと玉ねぎのソースがすっごく爽やかで、油っぽさを全部洗い流してくれるの!」


彼女は一心不乱にタコスをむさぼり食う。ポタポタと溢れ落ちそうになる肉汁を生地で受け止めながら、数十秒で一つを完食してしまった。


「お、お兄さん! 追加で二つちょうだい! いや、この際三つ……ううん、とりあえず二つで!」


「まいどあり!」


その女性冒険者が、まるで魔法の薬でもキメたかのように恍惚とした表情でタコスを貪り食い、すぐさま二回目のおかわりを注文する姿は、周囲で様子を窺っていた人々の食欲に完全に火をつけた。


「お、おい! 俺にも一つくれ!」


「こっちも二つだ! 早くしてくれ、匂いだけで胃袋が爆発しそうなんだ!」


「私も一つお願いします!」


瞬く間に、俺の屋台の前に長蛇の列が形成された。


俺は【探求者】の身体能力をフル稼働させ、凄まじいスピードで鉄板に生地を並べ、肉を乗せ、サルサをかけて提供していく。


頭の上のシルクも「キュイッ! キュイッ!」と鳴いて、客引きの手伝いをしてくれている。


原価の安いアースバッファローの端材を使い、大量に仕込むことで一つ五百ゴールドという安さを実現した。


だが、一つあたりの純利益は約二百五十ゴールドもある。安くて、早くて、強烈に美味い。労働者たちのニーズに完璧に合致していた。


「――はい、お待ちどうさま!」


無我夢中でタコスを作り続け、列がようやく途切れた頃。


俺は次のトルティーヤを取り出そうとして、手が止まった。


アイテムボックスの中にストックしておいたはずの生地とタコスミートが、綺麗に底をついていたのだ。


「えっ……嘘だろ?」


時計代わりの広場の鐘の音を確認する。


営業を開始してから、わずか二時間しか経っていない。


俺は今回、様子見として「一日に百枚、一週間で七百枚」を売る計算で、七百枚分のタコスを仕込んでいた。


それが、たったの二時間で全て売り切れてしまったのだ。


「す、すまない! 今日の分はこれで完売だ!」


俺が完売の札を出すと、後ろに並んでいた客たちから「嘘だろォォォ!」「明日も絶対に来るからな!」と悲痛な叫び声が上がった。


俺は平謝りしながら、逃げるように屋台を片付けた。


―――


宿『黄金の麦穂亭』に戻った俺は、自室のベッドに倒れ込み、大きく息を吐き出した。


革袋の中には、たった二時間の営業で得た三十五万ゴールドという凄まじい金額の売上が詰まっている。


利益だけでも十七万五千ゴールドだ。キースさんの商会で使った資金など、一瞬で回収してしまった。


だが、喜んでばかりはいられない。


タコスのあの中毒性は危険だ。


リピーターが続出することは目に見えている。明日も営業するなら、最低でも一日に五百枚は用意しなければ、暴動が起きかねない。


つまり、残り六日間のお試し期間を乗り切るためには、あと「三千枚分」のトルティーヤとタコスミートを仕込む必要がある。


「……やるしかないか」


アイテムボックスがあれば保存には困らないが、俺一人でそれだけの量を仕込むとなると、気が遠くなるような作業量だ。


俺が厨房の片隅で、山のような玉ねぎとアースバッファローの肉の塊を前に呆然としていると、背後からポンと肩を叩かれた。


「おや、フトシ。なんだいその途方もない食材の山は。広場でとんでもない匂いをさせて大行列を作ってたって、噂になってたよ」


女将のマーサさんが、腰に手を当てて笑っていた。


「マーサさん……。予想以上に売れすぎてしまって。明日からのために、大量に仕込み直さなきゃならないんです」


「フフッ、嬉しい悲鳴ってやつだね。あんたがこの街の人たちを笑顔にしてくれるなら、私も鼻が高いよ。ほら、今日は厨房を全面使っていいからね。私の方の仕込みは終わってるし、手伝えることがあったら遠慮なく言いな!」


「本当ですか!? ありがとうございます、マーサさん!」


俺はマーサさんの厚意に甘え、厨房をフルに使わせてもらうことになった。


まずは生地の仕込みだ。巨大なボウルで数十キロの粉を捏ね、休ませ、均等に切り分けていく。


同時進行で、アースバッファローの端材肉をひたすらに包丁で叩き切り、荒々しいハンドチョップ・ミンチを作っていく。


タンッ、タンッ、タンッというリズミカルな包丁の音が、厨房に絶え間なく響き続ける。


巨大な鍋を使い、スパイスと魚醤、トマトを煮詰めていく。デグラセを繰り返し、何十回と味を調整し、完璧なタコスミートを量産していく。


調理台の下では、シルクがタコスミートの切れ端や味見用のサルサをもらって、幸せそうに口をモグモグと動かしていた。


深夜。


全ての仕込みを終え、綺麗に包まれた三千枚分のトルティーヤと、巨大な寸胴鍋にたっぷりと詰まったタコスミートをアイテムボックスに収納した俺は、床に座り込んで大きく伸びをした。


腕の筋肉はパンパンに張り詰め、心地よい疲労感が全身を包んでいる。


だが、心にあるのは圧倒的な充実感だった。


自分の選んだ道具で、自らの手で仕込んだ料理が、見知らぬ人々の胃袋を満たし、笑顔を作った。


料理人として、これ以上の喜びはない。


「明日はもっと忙しくなるぞ、シルク」


「キュイッ!」


シルクが俺の膝の上に飛び乗り、労うように顔をすり寄せてくる。


明日もまた、あの広場でタコスを焼こう。スパイスの香りで街の人々を呼び寄せ、最高の一口を届けよう。


手の中の確かな手応えと、明日への素朴で温かい期待を胸に抱きながら、俺は静寂に包まれた厨房の明かりをそっと落とした。

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