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探求者の異世界美食行脚 ~異世界召喚でハズレ扱いされたゴリラ系男子、気ままなグルメ旅に出る~  作者: おまめちゃん
神造迷宮

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第163話 王都の夜と、朝を待つ市場

ハリード王と別れた俺たちは、そのまま入城時に教えてもらった宿泊区画へ向かった。


大市場も気になっているが、まずは宿だ。


俺たちだけならどうにでもなるものの、今は大型馬車とレイがいる。


馬車を安全に置けて、レイもきちんと休ませられる場所を先に決めておきたい。


何軒か見た中で選んだのは、大きな中庭を囲むように石造りの建物が建っている旅宿だった。


門を入ると、中庭には荷馬車や旅客馬車を止める区画があり、その奥には厩舎もある。


飼料置き場だけでなく、馬具を手入れする水場や、簡単な車輪修理ができる場所まで用意されていた。


商隊や長距離の旅人が多く使う宿らしい。


「この馬車でも入れますか?」


「問題ありませんよ。そちらの区画なら余裕があります」


七人で使える広い続き部屋も空いていたので、ここへ泊まることにした。


馬車を指定された場所へ移し、レイを厩舎へ連れていく。


入城前に砂を落としたばかりなので、同じ確認を長々やる必要はない。


脚と蹄を軽く見て、通常馬具に擦れがないことだけ確かめる。


水と飼料も用意してもらった。


「今日はここでゆっくりしてください」


レイが鼻を鳴らす。


野営では見張りまでやりたがるが、今夜は宿の中だ。


さすがに少しくらい休んでもらっていいだろう。


馬車の【砂走橇輪(サンド・スキッド)】は格納したまま、俺たちは客室へ向かった。


建物へ入ったところで、外との違いに気づく。


「涼しいな」


魔導具で冷気を出している感じではない。


中庭の中央には細い水路が通り、その上を風が抜けている。


大きな布が日差しを遮り、石床の大半は日陰だ。


壁も厚い。


見上げると、屋根の上に街中でも見た細長い塔が立っていた。


「上から風が入ってきてる」


ベルが天井近くを見ながら言う。


確かに、通路の奥から弱い風が流れてくる。


外気を拾って建物の中へ通しているらしい。


ウンディーネは中庭の水路を見ていた。


『少ない水で、ここまで涼しくするんだ』


水を大量に流しているわけではない。


日陰や石、風の通り方と合わせて使っている。


この国へ入ってから何度か見てきたが、水そのものより、水をどう使うかという工夫が本当に多い。


荷物を置いて少し休んでいると、宿の主人が夕食について説明してくれた。


「日が落ちたら屋上の食事場所を開けます。よければそちらでどうぞ」


「昼は使わないんですか?」


「暑すぎますからね。上へ出るなら夕方からです」


せっかくなので、夕食は屋上で食べることにした。


日が沈む頃、俺たちは階段を上がった。


昼間とは空気がかなり違う。


まだ石には少し熱が残っているが、風はもう涼しい。


屋上には低い卓と椅子が並べられ、宿泊客が何組か食事を始めていた。


遠くには王都の灯り。


その間を細い水路が走っている。


さらに先には防砂壁があり、その向こうは暗い砂海だ。


一夜だけの夜市で見た灯りとは違う。


こちらは今夜だけではない。


明日も、その次の日も続いていく人の暮らしの灯りだ。


夕食は宿へ任せた。


運ばれてきたのは、厚手の壺で煮込まれた肉と豆の料理だった。


羊か山羊に近い肉。


豆。


大玉葱。


トマト。


何種類かの香辛料。


それに少量の乾燥果実も入っている。


平焼きパンが添えられていた。


匙を入れると、肉はほとんど抵抗なく崩れた。


豆も柔らかく、一部が煮汁へ溶けて自然なとろみを付けている。


一口食べる。


肉の脂と豆のコクがしっかりある。


香辛料は強いが、辛いというより香りの層が厚い。


乾燥果実の甘酸っぱさは時々感じる程度で、料理全体を甘くしてはいなかった。


夜市で食べた煮込みにも乾燥果実が使われていたが、こちらはもっと長く火を入れている。


果実が煮汁へ馴染み、肉との境目がかなり薄い。


「これ、ずいぶん煮込んでますよね」


近くへ料理を運んできた従業員へ聞く。


「朝から窯に入ってますよ」


「ずっと火の前で煮てるんですか?」


「いえいえ。朝の涼しいうちに仕込んで、大きな窯へ入れます。あとは溜めた熱でゆっくり火を入れるんです」


なるほど。


昼間の暑い時間に、厨房で強い火を焚き続けなくてもいい。


長時間煮込む料理そのものだけでなく、暑い土地でどう作るかまで考えられている。


「肉、すごく柔らかいね」


キリコが平焼きパンで煮汁を拭う。


「豆も合うな」


俺も同じようにパンへ煮汁を付ける。


メイとシルクにも同じ料理を、食べやすい量と温度にして分けた。


リュエラさんも壺の中を見ながら食べている。


「こういう料理も、昔よりずっと作りやすくなってそうね」


「窯とかですか?」


「それもあるわ。昔は暑い中で火を使うのが本当に大変だったもの」


食事をしているうちに、街の様子が少し変わってきた。


昼間まで人の多かった通りの店が次々と閉まり始める。


その代わり、水路沿いへ何人かの作業員が出てきた。


小さな水門。


板。


水位を見るための目盛り。


一つずつ確認して回っている。


「何かあったのかな」


ベルも気づいたらしい。


一部の水路では流れが弱くなった。


逆に、別方向へ流れる水は少し増えている。


鉄砲水の時のような慌ただしさはない。


作業員たちも落ち着いている。


宿の主人が近くを通ったので聞いてみた。


「水路、切り替えてるんですか?」


「ああ、夜の水配りですよ」


「毎日ですか?」


「ええ」


昼間は市場や工房、農地、家畜の水場、洗浄用などへ多く水を回す。


夜になれば使わなくなる場所も増える。


その分を絞って貯水槽へ戻し、夜間に必要な場所へ振り分ける。


翌日のために溜める分もあるという。


異常が起きたからではない。


これが普段の暮らしらしい。


ウンディーネは屋上の端から、水路の流れが変わっていく様子を見ていた。


何かを手伝おうとはしない。


ただ、人が毎日どう水を扱っているのかを静かに追っている。


「そういえば」


宿の主人が俺たちを見た。


「昼間、陛下と畑で飯を食ってた旅人って、あんたたちですか?」


「もう知られてるんですか?」


思わず聞き返す。


主人が笑う。


「あの辺りで畑仕事してる連中は見てますからね。陛下が外国から来た旅人を畑へ入れて、一緒に料理までしたって話なら広まりますよ」


「陛下が畑にいること自体は珍しくないんですか?」


「それは別に」


あっさりした答えだった。


「あの人、昔から土と水を見るのが好きですから。王になってから急に始めたわけじゃないですよ」


王都の人たちにとって、ハリード王が朝に畑へ出ているのはかなり普通のことらしい。


驚かれるのは、王が農作業をしていたことではなく、俺たちを自分の畑へ入れた方だった。


「ずいぶん気に入られたんじゃないですか?」


「どうなんでしょう」


俺としては水棘掌を見ていただけなのだが。


食事を終え、しばらく屋上の風に当たってから下へ戻った。


その途中、受付の方が少し慌ただしい。


王城の紋章らしいものを付けた男性が一人、宿の主人と話していた。


俺たちに気づくと、こちらへ近づいてくる。


「フトシ様でいらっしゃいますか?」


「はい」


「陛下よりお預かりしたものです」


渡されたのは短い文書だった。


内容は簡単だ。


明日の午後、都合がよければ王城へ来てほしい。


正式な謁見ではなく、ハリード王本人がもう少し話をしたいという招待だった。


朝から拘束するような書き方でもない。


「伺いますとお伝えください」


「承知しました」


使者はそれだけ確認すると帰っていった。


大勢の騎士を連れて迎えに来るようなこともない。


ハリード王らしい気がする。


文書をしまっていると、宿の主人が言った。


「午後から城なら、朝は市場を見られますね」


「大市場ですか?」


「料理人なんでしょう?」


「はい」


「なら、普通の客が増える時間より早い方が面白いかもしれませんよ」


詳しく聞く。


王都の大市場は、日中に一般客が買い物をする場所でもある。


だが、その前。


夜明け前から朝にかけては、農家や牧畜業者、商隊が品物を運び込み、料理人や宿、食堂の仕入れ人が買い付ける卸売の時間になるらしい。


採れたばかりの野菜。


水棘掌。


豆や雑穀。


果実。


乾燥果実。


香辛料。


発酵乳製品。


肉や保存食。


遠方から届いた商品も並ぶ。


一つ二つではなく、箱や袋単位で取引されることも多いという。


「……それは見てみたいですね」


「そう言うと思いました」


隣でベルが俺の顔を見る。


何も言わなかったが、たぶん分かっている。


部屋へ戻る前に、もう一度外の通路から街を見た。


夜は深くなり始めている。


昼間の店はかなり灯りを落としていた。


それでも、遠くの市場区画だけは完全に暗くなっていない。


別の入口へ荷車が一台入っていく。


少し遅れて、別の荷車も続いた。


小さな灯りの下で、人が荷を下ろしている。


騎獣を連れた者。


野菜を積んだ農家らしい荷車。


砂海から来たらしい大きな荷車も見える。


一般の客が眠る時間になっても、王都全部が眠るわけではないらしい。


遠くの市場から、車輪が石畳を転がる音と、人の声が微かに届いていた。

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