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探求者の異世界美食行脚 ~異世界召喚でハズレ扱いされたゴリラ系男子、気ままなグルメ旅に出る~  作者: おまめちゃん
神造迷宮

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第144話 神庭の審判と、六つの守護具

第八十五階層へ入っても、白い石の道と穏やかな庭園は続いていた。


ただ、第八十四階層までとは少し様子が違う。


道沿いの低木には、陽の光を透かすような大粒の果実がいくつも実っている。


別の木には金属のような光沢を持つ実が付き、草地の中には離れていても分かるほど強い魔力を帯びた花が咲いていた。


岩場には宝石のような結晶まで露出している。


「急に増えたね」


ベルが周囲を見ながら言う。


「うん」


どれも珍しい。


特に透明な果実からは、熟した果物らしい甘い香りが風に乗ってきた。


その近くでは、小さな獣が枝へ前脚を掛け、同じ果実を齧っている。


食べ残された欠片が地面へ落ちると、それを今度は小さな虫が囲んでいた。


少し先では、鳥が別の木の実を啄み、そのままどこかへ飛んでいく。


第八十一階層から見てきたものと同じだ。


ここにある植物は、ただ生えているだけではない。


この場所に暮らす生き物たちの食べ物になり、その生き物もまた別の何かと関わりながら暮らしている。


俺たちが知らないだけで、この庭園の中にはちゃんとした繋がりがあるらしい。


そう考えると、珍しいからというだけで持っていく気にはならなかった。


六人で白い道を進む。


第八十六階層では、小さな泉の周囲に淡い銀色の葉を持つ草が群生していた。


その先には、キリコが足を止めるほど大きな結晶が岩から突き出している。


「これ、すごい魔力がある」


キリコは少し離れたところから結晶を眺めている。


「持って帰ったら、何かに使えるのかな」


「かもしれないね」


それでも、キリコは近づかなかった。


結晶の周囲には小さな苔のようなものが広がり、その間を細い虫が行き来している。


単なる石ころに見えても、この場所では何かの一部なのかもしれない。


ウンディーネは澄んだ泉へ目を向けていた。


泉から流れ出した水は細い水路となり、その下流では大きな獣が水を飲んでいる。


さらに先では鳥が水浴びをしていた。


『きれいな水だね』


「そうだね」


それだけで、ウンディーネも先へ進んだ。


途中、熟しきった果実が枝から落ちる。


ころころと転がり、白い道の中央で止まった。


そのまま踏むのも嫌だったので拾い上げ、道脇の木の根元へ置く。


すぐ近くにいた小さな獣がこちらを見ていたが、俺たちが離れると果実へ近づいていった。


こうして見ていると、やはり一つ一つが庭園の中で無駄なく使われている。


何かを一つ持ち出しただけで壊れるほど単純ではないだろう。


それでも、事情も分からない俺たちが積極的に入り込む必要はなかった。


第八十七階層へ入ると、さすがに足を止めた。


「……ずいぶん露骨だな」


白い石道の両側へ、今まで以上に目を引くものが並んでいる。


赤く輝く大きな果実。


強い魔力を帯びた香草。


透き通った青い結晶。


少し離れた場所には、小さな宝箱にも見える石造りの箱まで置かれていた。


ここまで来ると、自然にそこへあるというより、見せるために並べられているようにも感じる。


ベルが石箱の近くまで飛び、少し離れたところから眺める。


「開ける?」


「いや、そのままでいいよ」


罠だと決めつけるつもりはない。


本当に持っていっていい物なのかもしれない。


ただ、ここまで歩いてきて分かったことがある。


見つけたものを全部、自分たちが使えるかどうかだけで考える必要はない。


この庭園には、この庭園なりの流れがある。


それを知らないまま崩したくなかった。


六人で石箱の横を通り過ぎる。


何も起こらない。


振り返っても、果実も結晶も石箱も同じ場所に残っていた。


第八十八階層、第八十九階層と進むにつれ、庭園はさらに広く、美しくなっていった。


水路には透き通った魚が泳ぎ、実のなる木の周囲には獣や鳥が集まっている。


花には虫が寄り、その虫を狙って小型の鳥が枝から枝へ移っていた。


そのさらに奥には、こちらを気にも留めず草を食む大型の獣がいる。


強そうな生き物も多い。


だが、最後までこちらへ襲い掛かってくるものはいなかった。


俺たちも白い道を進むだけだ。


それで庭園の中の何かが乱れることもなく、第九十階層へ続く道へ辿り着いた。


通路を抜けた途端、それまで続いていた庭園が途切れる。


広い白石の広間。


高い天井。


中央の床には、大きな円形の紋様が刻まれていた。


植物も、水路も、生き物の姿もない。


「ここが九十階層だよね?」


ベルが声を落とす。


「たぶん」


十階層ごとの区切りだ。


俺は金剛棒を取り出し、キリコたちも周囲へ意識を向ける。


しばらくすると、中央の紋様へ白い光が走った。


円をなぞるように広がった光が、その中央へ集まっていく。


全員がいつでも動ける位置へ移った。


だが、現れたものはこれまでの階層主とは大きく違っていた。


白を基調とした衣を纏う、人に近い姿。


背には大きな翼がある。


人間でも、妖精でも、精霊でもない。


静かな魔力が広間全体へ満ちていた。


相手はこちらへ攻撃を向けることなく、穏やかな声で告げる。


「武器を収めてください」


すぐには動かなかった。


「あなた方に、ここでの戦闘は必要ありません」


「戦わなくていいんですか?」


「はい。あなた方の試練は、すでに終わっています」


何のことだろう。


俺たちの反応を見て、翼を持つ存在が続けた。


「私は神庭守護天使(セラフィム・ガーディアン)。第八十一階層より、あなた方の歩みを見届けていました」


「俺たちを?」


「はい。必要であれば、あなたの力で私の役目を確かめても構いません」


了承を得て、俺は【鑑定】を使う。


【神庭守護天使(セラフィム・ガーディアン)】

詳細:神造迷宮の第八十一階層から第九十階層までを管理し、挑戦者の行動を見届ける神使。庭園で積み重ねられた行動に応じて異なる役割と姿を取り、先へ進む者へ審判を下す。


異なる役割と姿。


その部分が気になった。


俺が金剛棒を下ろすと、みんなも少しずつ警戒を緩めた。


「庭園そのものが試練だったんですか?」


「そうです」


神庭守護天使が答える。


「あの庭は、ただ通り抜けるための場所でも、挑戦者へ自由に財を与えるための場所でもありません」


第八十一階層から見てきた景色が頭に浮かぶ。


果実。


花。


泉。


結晶。


敵意を見せなかった生き物たち。


「庭園で見届けているのは、そこにある価値へ挑戦者がどう向き合うかです」


「何も取っちゃ駄目だったってこと?」


ベルが聞く。


天使は首を横に振った。


「いいえ」


「必要な恵みを受けることは禁じられていません。喉が渇けば水を飲み、食料が必要なら実を取ることもできます。怪我を治すために必要な植物があれば、利用しても構いません」


単純に何も触らなければいい場所ではなかったらしい。


「見届けていたのは、その必要を越えた行いです」


天使の声は変わらず穏やかだった。


「必要以上に採り尽くすこと。価値があるという理由だけで独占すること。素材や利益を求め、敵意のない生き物を不必要に殺すこと。泉や植物を壊し、その場所で続いていた営みそのものを損なうこと」


第八十五階層から見てきたものが繋がった。


果実を食べる獣。


実を啄む鳥。


花へ集まる虫。


泉を利用する生き物たち。


やはり、あの庭園は俺たちだけのために用意された場所ではなかった。


「そうした行いも、必要なだけ庭園の恵みを利用した行いも、すべてここへ至るまでに記録されています」


「もし俺たちが、あそこにあったものを大量に持ってきていたらどうなっていたんですか?」


俺が聞くと、神庭守護天使は中央の紋様へ視線を落とした。


「その場合、ここへ現れたのは私ではありません」


「違う人が出てくるの?」


「人、とは呼べないでしょう」


天使は再び俺たちを見る。


「庭を荒らし、不必要な殺傷や収奪を重ねた者の前には、それに応じた悪魔が現れます」


キリコの表情が少し固くなる。


「強いんですか?」


「奪ったものが多いほど」


短い答えだった。


「庭園から多くを奪い、己の利益とした者ほど、ここで対峙する守護者も強くなります」


なるほど。


価値のあるものを集めれば集めるほど、最後に待つ相手も強くなる。


しかも、その仕組みは挑戦者には知らされていない。


「罰なんですか?」


「いいえ」


神庭守護天使は静かに答えた。


「自ら選んだ結果です」


俺たちが庭園をそのまま通ってきたのも、罰を恐れたからではない。


あそこで暮らしている生き物を見て、俺たちが勝手に崩すものではないと思っただけだ。


神庭守護天使はこちらを見ながら続ける。


「あなた方は、庭園の中にある営みを認め、そこへ不必要に介入しませんでした。敵意のない生き物を利益のために傷つけることも、環境を壊すこともありませんでした」


「そこまで大したことをしたつもりはないんですけど」


見れば、あの場所で生きているもの同士が関わり合っていることくらいは分かった。


知らない場所だからこそ、下手に触らない方がいいと思っただけだ。


「それで十分です」


天使はそれ以上持ち上げることなく、話を終えた。


そして翼を僅かに開く。


「では、試練を終えた六名へ褒賞を授けます」


六名。


その言葉に引っ掛かった。


「ちょっと待ってください」


「何でしょう」


「六人って、最初から分かってるんですか?」


神庭守護天使は当然のように頷いた。


「もちろんです。この神造迷宮は、あなた方六名を一つの挑戦者集団として認識しています」


俺はベル、メイ、シルク、ウンディーネ、キリコを見る。


天空古龍が話していたことが、ここで初めてはっきりした。


俺一人に仲間が付いてきた、という扱いではない。


迷宮そのものが六人を一組として見ている。


「じゃあ……氷河で見つけた護符が六個あったのも?」


「人数に合わせて用意されたものです」


やはりそうだったのか。


第五十階層へ向かう途中で見つけた六個の氷雪の護符。


偶然人数分あったわけではなかった。


「どうして俺たち六人が選ばれたのかも分かりますか?」


天使は首を横に振る。


「それをお答えする役目は、私にはありません」


肝心なところはまだ残るらしい。


中央の紋様が再び光った。


今度は天使の前へ光が集まり、六つの装具が現れる。


細身の首飾りだった。


形はよく似ているが、よく見ると大きさや細かな意匠が少しずつ違う。


「これは、六名それぞれへ与えられる専用の守護具です」


「専用?」


「はい。手に取った者へ適合し、その者だけの装具となります。適合後は、他者が身に着けても本来の守護を発揮しません」


六個同じものを渡されるのではなく、一人ずつに割り当てられているらしい。


「【鑑定】してもいいですか?」


「どうぞ」


一番手前の首飾りを見る。


【神護の環(ディヴァイン・ヴェール)】

詳細:神域の守護を宿した専用装身具。授与された装着者へ適合し、以後その者専用の守護具となる。装着者の全身を極薄い魔力膜で覆い、斬撃、打撃、熱、冷気、魔力など外部から受ける力を軽減する。防護膜は装着者自身の動作や感覚を妨げない。強い攻撃や連続した負荷を受けるほど一時的に防護力が低下し、時間経過によって徐々に回復する。装着者の体格に合わせて大きさを自動調整する。


全身を守る装備。


第五十三階層で熔殻竜蜥の攻撃を受けてから、ちゃんとした防具は必要だと考えていた。


ただ、普段の移動や料理まで考えると、重い鎧を常に着るのも使いにくい。


これなら、その問題がほとんどない。


「一人ずつ取ってください」


俺が一つ手に取る。


首へ掛けた瞬間、肌の表面を柔らかな何かが通り過ぎた。


首から肩。


腕。


胴体。


脚。


最後に頭まで包まれる。


目にはほとんど見えない。


腕を動かしても引っ掛かりはなく、視界も変わらなかった。


「これなら料理する時も邪魔にならないな」


「そこ?」


キリコが少しだけ笑う。


「大事だからね」


ベルも自分の一つへ触れる。


すると首飾りはするすると小さくなり、小さな身体にちょうどいい大きさへ変わった。


「ぴったり」


メイとシルクの分も同じだった。


それぞれの身体へ合わせて形を変え、毛並みや動きを邪魔しない位置へ収まる。


ウンディーネとキリコも自分の神護の環を身に着けた。


全員が同じ守護を受ける。


そして一つ一つが、その本人だけの装備になる。


「かなり強い防具ですね」


俺が言うと、天使は首を横に振った。


「守護具です。無傷を保証するものではありません」


「強い攻撃なら抜かれるんですね」


「はい。大きな力を受ければ守護は弱まり、連続して負荷を受け続ければ、やがて十分な防護を保てなくなります」


当然だ。


天空古龍の攻撃をまともに受けても平気になるようなものではない。


これがあるから攻撃を受けてもいいとは思わない。


避けられるなら避ける。


金剛棒で受け流せるならそうする。


キリコたちの力も今まで通り頼る。


それでも、避けきれなかった一撃を軽減してくれるなら十分すぎる。


防具について考えていた問題が、ようやく一つ片付いた。


六人が装着を終えると、中央の紋様から光が消えた。


「これで第九十階層の審判は終了です」


「この先も、こういう試練が続くんですか?」


俺が尋ねる。


神庭守護天使は、はっきり首を横に振った。


「いいえ。第九十階層までで、挑戦者を試す迷宮としての領域は終わります」


百階層まであるなら、まだ十階層残っている。


「じゃあ、九十一階層からは?」


「この迷宮を造られた御方の住まう領域へ続いています」


キリコが目を見開く。


ウンディーネも天使を真っ直ぐ見ていた。


「造った御方って……女神様なんですか?」


「はい」


神造迷宮を造った神格存在。


天空古龍が直接頼まれた相手。


それが女神だと、ここで初めてはっきりした。


「どんな女神様なんですか?」


「お会いになれば分かります」


名前も。


何を司る神なのかも。


なぜこの迷宮を造ったのかも、ここでは教えるつもりがないらしい。


「俺たちをここへ呼んだ理由も?」


「それも、私がお答えすることではありません」


やはり本人に聞くしかないようだ。


神庭守護天使が広間の奥へ手を向ける。


白い壁に細い線が走った。


音もなく左右へ開いていく。


その向こうにあったのは、今までの迷宮とは明らかに違う景色だった。


白い石で作られた長い回廊。


その両側には整えられた庭が続き、細い水路が静かに流れている。


ずっと奥には、大きな建物が見えた。


神殿のようにも見える。


だが、今までの階層で感じていた魔物の気配はない。


ウンディーネが静かに前を見る。


『……ここから、全然違うね』


「うん」


ここからは、迷宮を攻略するための場所ではない。


女神が住む神域だ。


俺は首元の神護の環へ軽く触れた。


六人全員がここまで来た証でもあり、迷宮が俺たちを六人で一組と認めている証でもある。


百階層まで、あと十。


その先にいる相手だけは分かった。


この迷宮を造った女神。


なぜ俺たちをここへ呼んだのか。


どうすれば外へ帰れるのか。


答えを知っているとすれば、きっとあの先だ。


「行こうか」


みんなを見る。


ベルが頷き、メイとシルクも並ぶ。


ウンディーネとキリコも俺の横へ来た。


六人で白い境目を越える。


第九十一階層。


静かな回廊の先に見える建物へ向かって、俺たちは歩き始めた。

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