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探求者の異世界美食行脚 ~異世界召喚でハズレ扱いされたゴリラ系男子、気ままなグルメ旅に出る~  作者: おまめちゃん
神造迷宮

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第142話 天空古龍と、氷晶巨熊の味噌焼き

金剛棒を地面へ置き、両腕の力を抜く。


少し時間が経ったというのに、肩から腕にかけて重さが残っていた。


痛めているわけではない。


ただ、力を入れ続けた後の疲れが深い。


近くではキリコが壁へ背を預け、ベルも低い位置で羽を休めている。


メイとシルクは地面へ伏せ、ウンディーネもその近くへ座っていた。


全員、大きな怪我はない。


それでも、今から第八十一階層へ進もうと思う者はいないだろう。


俺も同じだった。


少し先には次の階層へ続く道が見えている。


最深部までは、あと二十階層。


気にならないわけではない。


だが、天空古龍との戦いで使った体力が戻る前に進む理由はなかった。


「今日はもう進まないよ」


誰に確認するでもなくそう言うと、キリコが小さく頷いた。


「うん。わたしも、ちょっと休みたい」


ベルも近くの石へ腰を下ろす。


俺もそのまま背中を預け、しばらく何もせず身体を休めていた。


どれくらい経っただろう。


第八十階層側の入口から、ふっと空気が動いた。


メイが頭を上げる。


シルクも耳を立て、俺は傍らに置いていた金剛棒へ手を伸ばしかけた。


だが、入口の向こうに現れた姿を見て、その手を止める。


白銀の鱗。


長い角。


大きく畳まれた翼。


天空古龍だった。


こちらへ来る途中で身体を縮めたりしたわけではないので、休息場所の奥までは入ってこない。


広くなっている入口付近で足を止め、そのまま大きな身体を伏せた。


「休んでおるのか」


「はい。さすがに今日はもう動けそうにありません」


天空古龍は俺たちを見回した。


戦いに来た様子ではない。


ただ様子を見に来ただけらしい。


そこで、ウンディーネがいつもと少し違うことに気づいた。


普段ならもっと自然に俺たちの近くへ来るのに、今日は一歩ほど後ろから天空古龍を見ている。


前にいる俺の陰へ隠れるほどではない。


それでも、明らかに少し慎重だ。


当然か。


本人が、自分一人では勝てないと認めた相手だ。


天空古龍の方も特にウンディーネへ何か言うことはなく、翼を畳んだまま動かなかった。


再び静かな時間が流れる。


そのうち、戦闘中には気にならなかった空腹を感じ始めた。


第七十九階層では保存していた料理を簡単に食べただけで、その後は天空古龍とかなり動いた。


身体を戻すためにも、温かいものを食べたい。


俺はゆっくり起き上がり、アイテムボックスの中を確認する。


そこで、一つの肉に目が止まった。


「そういえば、まだ食べてなかったな」


第五十階層で倒した氷晶巨熊(クリスタル・ベア)。


血抜きなど必要な処理を済ませて保存したものの、その時は雪脂猪のぼたん鍋を食べたので、氷晶巨熊は一度も料理していない。


鑑定では肉も脂も食用可能だった。


せっかくなら、今日試してみよう。


調理設備を出し、氷晶巨熊の肉を必要な分だけ取り出す。


まずは少量。


大きな塊から切り分けながら状態を見る。


赤身の色は濃い。


寒冷地で暮らす魔物らしく脂もしっかり付いているが、全部が赤身へ細かく入っているわけではなく、部位によって厚い脂の層になっているところもある。


包丁を入れると、肉にはかなり弾力があった。


柔らかい肉ではない。


筋も場所によって残っている。


鼻を近づけてみるが、保存前にきちんと処理してあるので嫌な臭いは感じなかった。


ただ、見ただけで味まで決めることはできない。


小さく切り出し、赤塩だけを振る。


今日は熊肉だ。


中心まできちんと火を通す。


炭火から少し離した位置でゆっくり熱を入れ、表面だけ先に焦がさないよう何度か返す。


中まで火が通ったところで取り上げ、少し休ませてから一口食べた。


「……なるほど」


噛んだ瞬間は、思ったよりしっかりしている。


だが、硬くて噛み切れないような肉ではない。


繊維には弾力があり、その中から濃い肉の旨味が出てくる。


脂も強い。


口の中で温まるとゆっくり溶け、赤身の味へ厚みを足していた。


後味には僅かに野性味のある香りが残る。


嫌な癖ではないが、赤塩だけより少し香りの強い調味料と合わせた方が、この肉には合いそうだ。


もう一切れ食べて考える。


「味噌焼きにしよう」


手作りの極上味噌を取り出す。


本みりんと自家製日本酒で味噌を伸ばし、砂糖を少しだけ加える。


甘い味噌にするつもりはない。


角を丸める程度だ。


最後に天然醸造生醤油を少量だけ混ぜる。


味を見る。


味噌の塩気と香りが中心にあり、日本酒と本みりんで固さが緩み、生醤油が後ろから輪郭を付けている。


これなら肉の味も残せそうだ。


氷晶巨熊の肉は、筋の強い場所を避けながら食べやすい厚さへ切った。


薄すぎれば焼いた時に乾きやすい。


逆に厚すぎると味噌が先に焦げるうえ、中まで火を通すのに時間が掛かる。


何枚か切って厚みを揃え、味噌床へ入れる。


そのままアイテムボックスの低温時間進行区画へ。


必要な漬け込み時間だけ、実際に経過させる。


仕込みが終われば、後は待つだけだ。


俺も再び座って身体を休める。


天空古龍は、調理設備を広げた時からこちらを見ていた。


「食事を作ってます」


「見れば分かる」


「天空古龍も食事をするんですか?」


「我に食事は不要だ」


高位の存在なら、そういうものなのかもしれない。


ウンディーネも普通の生き物とは違う。


「そうなんですね」


それ以上は勧めず、話もそこで終えた。


時間が経ち、味噌床から氷晶巨熊の肉を取り出す。


表面には味噌がしっかり付いている。


このまま焼けば味噌だけが先に黒くなる。


布で押さえるようにして、余分な味噌を軽く取り除いた。


炭を整え、まずは火から少し離した位置へ網を置く。


肉を並べる。


じゅっ、と小さな音がして、しばらくすると肉の脂が温まり始めた。


落ちた脂が炭へ触れ、一瞬だけ火が立つ。


すぐに位置をずらす。


味噌は焦げやすい。


表面の色だけではなく、肉の弾力を指先と箸で確かめながら何度も場所を変えていく。


火を通す途中から、味噌と肉の香りが周囲へ広がった。


焦げる一歩手前の味噌の香ばしさ。


そこへ氷晶巨熊の脂が混ざる。


何枚かを返していると、入口側からこちらへ向いている天空古龍の目が、炭火の上へ向いていることに気づいた。


さっきまでと変わらない姿勢だ。


ただ、明らかに肉を見ている。


ウンディーネも気づいたらしい。


ちらりと天空古龍を見る。


だが、何も言わなかった。


ベルもキリコも余計なことは言わず、それぞれ休みながら待っている。


俺は肉を一枚返した。


「食べられないわけではないんですか?」


天空古龍の視線がこちらへ戻る。


少し間があった。


「……必要がないだけだ」


「そうなんですね。よかったら少し食べますか?」


また少し間がある。


「……では、頂こう」


それだけ答えた。


俺は天空古龍の分も追加で焼くことにした。


腹を満たす量を用意する必要はない。


食事が必要ない相手に、巨体だからと大量に出すのも違うだろう。


同じ味付けの肉を少し大きめに切り、味わえる程度の量を焼く。


その時、ウンディーネが俺の横へ来た。


『……わたし、持っていこうか?』


「大丈夫だよ」


少し意外だった。


普段のウンディーネなら、俺が料理を運ぶことまで気にすることはほとんどない。


やはり天空古龍を相当意識しているらしい。


焼き上がった肉を大皿へ盛り、俺は天空古龍の前まで運ぶ。


「熱いので気をつけてください」


天空古龍が僅かに動きを止めた。


「……我にか?」


「はい」


「そうか」


何か変なことを言っただろうか。


熱い料理なのだから、熱いと言っただけだ。


俺は自分たちのところへ戻り、残りの肉を焼いていく。


最後だけ少し炭へ近づける。


味噌の表面が濃い色へ変わり、焦げる直前の香りが立ったところで引き上げる。


インディカ米も炊き上がっている。


今日はそれだけでいい。


氷晶巨熊の味噌漬け炭火焼きと、炊きたての飯。


メイとシルクにも同じ肉を、食べやすい大きさと温度へ調整して出した。


「いただきます」


俺もまず肉へ箸を伸ばす。


試し焼きの時より香りが強い。


噛むと最初に味噌の香ばしさと塩気が広がり、その後から肉の濃い旨味が出てくる。


脂の強さも味噌が受け止めていた。


少し残っていた野性味のある香りも消えてはいない。


むしろ味噌の香りと重なることで、肉らしい風味の一つとして馴染んでいる。


「うん。こっちの方が合うな」


炊きたての米を一口食べる。


味噌と脂の残った口に、粒立った米がよく合った。


キリコも肉を噛み、そのまま飯へ手を伸ばしている。


ベルも一切れ食べた後、すぐ次を取った。


メイとシルクも静かに食べ進め、ウンディーネもいつも通り同じ料理を口へ運んでいる。


ふと、天空古龍の方を見る。


大皿の上の肉へ顔を近づけ、まず匂いを確かめていた。


それから、一切れ食べる。


何も言わない。


俺も感想を聞かなかった。


しばらくして、天空古龍がもう一切れ食べた。


それで十分だった。


「……肉とは、手を加えるとこれほど変わるものなのだな」


しばらくして、低い声が聞こえた。


「味噌という調味料に漬けてから焼いてます。さっき、そのまま塩だけで焼いてみたんですけど、この肉にはこっちの方が合いそうだったので」


「味噌、か」


天空古龍はその名を確かめるように口にした。


詳しい作り方までは聞かなかった。


俺もわざわざ説明を続けるつもりはない。


天空古龍がもう一度肉を食べる。


その様子を見ていると、さっきまで全力で戦っていた相手とは思えなかった。


威圧感がなくなったわけではない。


伏せているだけでも、俺たち全員より遥かに大きい。


それでも今は、敵ではなかった。


食事の途中、天空古龍の視線がウンディーネへ向いた。


「水の大精霊が人と共に食卓を囲むとはな」


ウンディーネが僅かに姿勢を正す。


『……一緒にいたいからいるだけだよ』


普段より少し慎重な声だった。


天空古龍はそれを聞き、短く答える。


「そうか」


それ以上は何も聞かなかった。


ウンディーネも少しすると身体の力を抜き、また肉を食べ始める。


天空古龍は今度はベル、メイ、シルク、キリコへ順に視線を向けた。


メイもシルクも俺たちと同じ味付けの肉を食べている。


ベルも普通に食卓へ混ざり、キリコも飯と味噌焼きを交互に食べている。


最後に俺の方を見た。


「なるほど」


「何かありましたか?」


「そなたらが、戦う時だけ力を合わせているわけではないと分かった」


箸を止める。


天空古龍は続けた。


「互いの動きを知っておるのも当然か。普段から、こうして同じ場所で過ごしているのだな」


昨日の戦いでは、誰か一人が古龍を上回ったわけではない。


一つの動きへ次の誰かが繋がり、それを繰り返してようやく地面へ押さえ込めた。


俺たちにとっては、戦いだけ特別に合わせているつもりはなかった。


一緒に移動して、一緒に飯を食って、一緒に休む。


その延長に戦闘もある。


「たぶん、そういうことなんだと思います」


天空古龍は小さく頷いた。


食事が終わりかけた頃、前から少し気になっていたことを聞いてみる。


「俺たちより前にも、ここまで来た人はいるんですか?」


「いた」


天空古龍はすぐに答えた。


「ただし、多くはない。ここへ至る者そのものが珍しい」


「その人たちは、最深部まで行ったんでしょうか?」


「八十階層を越えた者が、その先どうなったかは我の知るところではない」


やはり天空古龍が知っているのは、ここまでらしい。


昨日聞いた以上のことを無理に聞いても仕方がない。


俺もそれ以上は質問しなかった。


食事を終え、片付けを済ませる。


氷晶巨熊はまだ十分残っている。


肉だけでなく脂も保存してあるので、次に使う時はまた状態を見ながら料理を考えればいい。


食べ終えた天空古龍も、すぐには第八十階層へ戻らなかった。


入口近くの広い場所で身体を伏せ、翼を畳む。


戦っている時には空全体を支配するように動いていた翼が、今は静かに身体の横へ収まっていた。


天空古龍ほどの存在でも、昨日の戦いで何も消耗しなかったわけではないらしい。


俺たちも再び身体を休める。


最初は少し離れていたウンディーネが、天空古龍の様子を何度か見ていた。


やがて本当に休むだけだと分かったのか、いつものように俺たちの近くへ戻ってくる。


誰も特に何も言わなかった。


ベルは横になったメイの近くへ降り、シルクはその反対側で身体を丸めている。


キリコも壁際へ寄り、目を閉じた。


俺は第八十一階層へ続く道を見る。


そこへ進めば、残りは二十階層。


何があるのかは当然気になる。


それでも、身体の重さはまだ残っている。


今日はここでいい。


俺も地面へ横になる。


少し離れたところには、昨日までなら立っているだけで武器を構えていた天空古龍が、白銀の翼を畳んで休んでいる。


その手前では、いつもの五人がそれぞれ好きな姿勢で身体を休めていた。


誰も先を急かさない。


俺も目を閉じる。


第八十一階層へ進むのは、身体が戻ってからでいい。

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