第138話 繋がる六つの力と、灼天の巨鳥
右腕を何度か曲げ伸ばししてみる。
昨日の火傷はまだ少し赤みが残っているものの、痛みはほとんどない。
キリコの腕の痺れも完全に引いていた。
出発の準備をしながら、俺は熔殻竜蜥との二度の戦いを思い返していた。
最初の戦いでも、俺たちの攻撃は通じていた。
メイの氷も、ベルの風も、ウンディーネの水も効いていた。
シルクの蹴りは巨体を揺らし、キリコの魔力壁も攻撃を防いでいる。
俺の金剛棒も前脚へ確かな傷を与えていた。
それでも一度は退いた。
逆に、二度目は同じ前脚へ攻撃を集中したことで随分戦いやすくなった。
「……俺たち、一人一人は強い。でも、まだそれぞれで戦ってるところがあるな」
片付けていたベルが振り返る。
「それぞれで?」
「連係はできてるよ。前から何度も助けてもらってるし、二人で動くのも上手くなってる。ただ、誰かが作った隙を、六人で最後まで繋げられてるかって考えると……まだできることがありそうだ」
メイが相手の脚を止めても、別の場所へ攻撃していることがある。
ウンディーネが拘束してくれても、俺がそこへ入るまでに相手が動くこともある。
シルクが体勢を崩した好機を、そのまま次の攻撃へ使えなかったこともあった。
昨日の再戦では、それが少し繋がった。
「誰かが作った隙を、次の誰かが使う。それを意識してみよう」
「分かった」
キリコが頷く。
長い話し合いをする必要はない。
実際の相手を見ながら試せばいい。
第五十五階層へ進んで間もなく、その機会はやってきた。
黒い岩場の向こうから、二つの影が駆けてくる。
大型の鳥に似ているが、翼は小さく、代わりに脚が異様なほど発達していた。
地面を蹴るたびに、赤茶けた砂が後方へ弾ける。
【火走鳥】
詳細:神造迷宮の火山区画に生息する大型の走鳥型魔物。飛行能力をほとんど持たない代わりに強靭な脚力を持ち、火山岩の上を高速で走る。外敵には鋭い嘴と強烈な蹴りで攻撃する。脚と腿を中心に食用可能な赤身肉を持ち、脂は少ないが噛むほど旨味が出る。
左右から一体ずつ来る。
「右、速い!」
上空のベルから声が飛ぶ。
キリコが小さな魔力壁を斜めに出した。
火走鳥は壁へぶつかる直前に身体を捻り、進路を変える。
だが少し位置がずれた。
「シルク!」
シルクが飛び込んだものの、蹴りが肩へ入ったため火走鳥は横ではなく斜め前へ転がった。
俺も予定していた位置から動き、追いかけるように金剛棒を振る。
一撃で仕留めたが、綺麗に繋がったとは言いにくい。
もう一体が背後から迫る。
「今度は左!」
ベルの声。
キリコの壁が今度は火走鳥の進行方向ぎりぎりへ出る。
相手が反射的に右へ避けた。
そこには、すでにシルクがいた。
「キュイッ!」
蹴りが胸元へ入り、火走鳥の身体が横倒しになる。
俺は追いかけなくていい。
倒れてくる位置へ一歩入るだけでよかった。
金剛棒を振り下ろす。
一体目より明らかに少ない動きで戦闘が終わった。
「……今のは良かった」
キリコも自分の出した壁を見ている。
「さっきより、シルクが動く場所が分かった」
シルクも短く鳴いて応えた。
完璧ではない。
それでも、昨日までとは少し違う。
第五十六階層からは、火山岩がさらに大きくなり、狭い谷間を進む場所が増えた。
そこで遭遇したのは、今度は速度より重量が厄介な相手だった。
岩塊のような皮膚を持つ巨大な犀が、低い唸り声を上げてこちらへ向く。
【熔甲犀】
詳細:神造迷宮の火山区画に生息する大型の犀型魔物。火山岩に似た厚い皮膚と強靭な筋肉を持ち、正面からの突進は岩壁を砕くほどの威力を持つ。脚の関節部は胴体より防御が薄い。肉は食用可能で、脂は少ないが濃い赤身の旨味を持つ。
熔甲犀が地面を削り、そのまま突っ込んでくる。
今回はメイが先に動いた。
広い地面を凍らせるのではなく、狙ったのは右前脚の関節だけだ。
白い霜が狭い範囲へ集中する。
ウンディーネがすぐに意図を読んだ。
細い水流が同じ関節へ巻きつく。
『ここだね』
水が動きを邪魔する。
そこへメイの冷気が重なった。
脚の周囲だけ、分厚い氷が形成される。
熔甲犀の踏み込みが止まった。
シルクが反対側へ回り込み、後脚近くへ蹴りを入れる。
巨体が傾く。
いつもなら、ここで俺もすぐに踏み込んでいただろう。
だが、一歩待った。
「ベル!」
俺が呼ぶより先に、風が横から熔甲犀へ当たった。
傾いていた巨体がさらに押され、脇腹が大きく露出する。
そこへ入る。
金剛棒を一気に振り抜いた。
重い衝撃とともに熔甲犀が倒れた。
まだ動こうとしたが、メイとウンディーネが右前脚を押さえたままなので立ち上がれない。
シルクが頭を逸らし、キリコが角の進路へ壁を置く。
二撃目を入れると、ようやく動きが止まった。
「……俺が急がない方が、やりやすい時もあるんだな」
つい口から漏れた。
自分が最初から最後まで攻撃し続ける必要はない。
誰かが次の状況を作っているなら、それを待った方がいい。
その方が、一撃を入れる場所もはっきりする。
第五十七階層を進んだところで、広めの岩陰を見つけて休憩することにした。
昼食もここで済ませる。
先ほどの火走鳥から腿肉を切り出し、赤塩だけで簡単に焼いた。
脂は少ないので火を入れすぎないよう状態を見ながら焼き、表面へ香ばしい焼き色が付いたところで仕上げる。
噛むと少し弾力があるが、その分赤身の味が濃い。
「これも美味しいね」
キリコが肉を噛みながら言う。
「うん。運動量が多いからか、かなり締まった肉だね」
メイとシルクも同じ赤塩焼きを食べている。
ウンディーネも静かに次の一切れへ手を伸ばした。
料理自体は簡単なものだ。
今はそれで十分だった。
食べながら、さっきの戦いを思い返す。
火走鳥の二体目も、熔甲犀も、最初から全員で一斉に攻撃したわけではない。
一つの動きが次の動きへ繋がったことで、結果的に手数が減っていた。
十分に休んでから探索を再開する。
第五十八階層では、崩れた火山岩が段差状に連なる場所で、再び火走鳥に遭遇した。
足場が狭く、地上を走る相手に対してシルクが跳べる場所も限られている。
火走鳥が岩を蹴り、シルクへ迫る。
シルクが横へ跳んだ。
だが、その先には足場がない。
「シルク!」
俺が声を上げるより早く、キリコが手を伸ばしていた。
シルクの前方へ、小さな魔力壁が一枚だけ現れる。
空中のシルクがそこへ後脚を着けた。
「キュイッ!」
壁を蹴る。
身体の向きが空中で変わった。
火走鳥の斜め上から蹴りが入り、頭が地面へ叩きつけられる。
俺たちも一瞬動きを止めた。
「……できた」
キリコ自身が一番驚いている。
シルクは地面へ降りるとキリコを見た。
その後の戦闘で、同じ状況がもう一度来る。
今度はキリコが何も言わず、シルクの進行方向へ壁を出した。
シルクも迷わずそこを蹴った。
今度は最初から分かっていたような動きだった。
キリコがずっと練習してきた、小さな魔力壁を必要な場所へ出す技術。
守るだけではなく、こういう使い方もできるらしい。
第五十九階層へ入る頃には、戦闘中の声も少しずつ減っていた。
ベルが「左」と言えば、誰かがそちらを見る。
メイが一点へ冷気を集めれば、ウンディーネは同じ場所へ水を回す。
ウンディーネが敵の脚を取れば、シルクは重心を崩せる側へ回る。
キリコは敵の攻撃を止めるだけでなく、進ませたくない場所へ小さな壁を置く。
俺も全部を指示しようとはしなくなった。
それぞれが周囲を見て、自分の次に誰が動きやすいかを考えている。
第五十九階層を越えた先で、空間が大きく開けた。
目の前には巨大な火口のような広間が広がっていた。
中央に黒い岩場。
その周囲を赤い溶岩がゆっくり流れている。
熱気が上へ昇り、広間の中には強い上昇気流が生まれていた。
その風へ乗るように、巨大な影が旋回している。
翼を広げれば、下にある岩場を覆い隠せそうなほど大きい。
黒い羽は先端へ行くにつれて赤くなり、一部は火をまとっているように輝いていた。
【灼天巨鳥】
詳細:神造迷宮の火山区画深部に生息する巨大な鳥型魔物。強靭な翼と火属性の魔力を持ち、火口周辺の上昇気流を利用して長時間飛行する。翼から火の粉を含む熱風を放つほか、高空からの急降下、巨大な鉤爪、火属性魔力を帯びた羽根による遠距離攻撃を行う。胸肉や腿肉は食用可能で、十分な下処理を行うことで濃い旨味を持つ鳥肉として利用できる。
灼天巨鳥がこちらへ顔を向けた。
翼が大きく振られる。
赤熱した羽根が一斉に飛んできた。
「右へ寄る!」
ベルの風が広がる。
火羽を全部吹き飛ばすのではなく、軌道を片側へ寄せた。
ウンディーネが薄く広げた水をその先へ出す。
火羽のいくつかが水へ触れて勢いを失い、蒸気を上げながら落ちる。
それでも抜けてくるものがある。
キリコの小さな魔力壁が、残った火羽の前だけへ次々と現れた。
火の粉が壁へ弾ける。
以前のように一枚の大きな壁ですべて受ける必要がない。
「来る!」
灼天巨鳥が翼を畳み、急降下してくる。
ベルが風を当てるが、速度はほとんど落ちない。
メイの氷も空を高速で動く相手には狙いが定まらない。
ウンディーネの水流が翼へ伸びるものの、触れた端から振り切られる。
俺も金剛棒を伸ばしてみたが、僅かに軌道を変えられるだけで届かない。
灼天巨鳥の鉤爪が岩を削り、そのまま再び上空へ戻った。
一人ずつでは捕まえられない。
だが、ここまでに試したことがある。
「キリコ、シルクの足場を!」
「うん!」
シルクが岩を蹴って跳ぶ。
その先へ小さな魔力壁が一枚。
シルクが蹴る。
さらに上へ二枚目。
キリコはシルクの動きを見ながら、少し前方へ出した。
「キュイッ!」
二枚目を蹴ったシルクがさらに上がる。
三枚目。
長く残す必要はない。
シルクの脚が触れる、その一瞬だけでいい。
ベルの風が下からシルクを押した。
白い身体が一気に加速する。
灼天巨鳥が気づいて翼を振ろうとした瞬間、シルクの蹴りが片翼へ叩き込まれた。
「ギャァッ!」
巨鳥の姿勢が崩れる。
今だ。
ウンディーネの水流が、蹴られた翼の付け根へ細く巻きついた。
巨鳥が強く羽ばたく。
水だけなら振りほどかれる。
だが、メイがそこへ冷気を集中させた。
「ワフッ!」
翼の付け根を包んだ水だけが凍る。
広範囲ではない。
飛ぶために動かさなければならない部分だけだ。
片翼の動きが鈍った。
高度が落ちる。
それでも灼天巨鳥は上昇気流を掴み、再び身体を持ち上げようとした。
「そっちは駄目!」
ベルが風を動かす。
火口全体の風を変えたわけではない。
巨鳥が乗ろうとした流れへ、横から一瞬だけ別の風をぶつけた。
凍った翼が上手く開かない。
シルクの蹴りで崩れた姿勢も戻っていない。
巨鳥の身体がさらに落ちた。
俺はまだ動かない。
今、無理に金剛棒を伸ばしても中途半端に当たるだけだ。
みんなが作っている流れを待つ。
灼天巨鳥が中央の岩場へ落ちてくる。
逃げるように片翼を広げた先へ、キリコの魔力壁が出た。
巨鳥が反射的に逆へ身体を向ける。
そちらにはシルクが着地していた。
翼はメイとウンディーネが押さえている。
ベルは上空。
行ける。
俺は一気に踏み込んだ。
姿勢を崩したことで露出した首元へ、如意の金剛棒を振り抜く。
鈍い衝撃。
灼天巨鳥の頭が大きく揺れた。
だが、まだ終わらない。
巨鳥が暴れ、鉤爪を振り回す。
キリコが爪の軌道だけへ壁を入れる。
その反動で身体が反対側へ傾いたところをシルクが蹴る。
メイが凍結を補強し、ウンディーネが翼を地面側へ引く。
ベルの風が頭を上げさせない。
俺は空いた首元へもう一度入った。
今度は深く手応えが返る。
それでも完全には倒れない。
三撃目。
金剛棒を振り抜く。
灼天巨鳥の巨体が岩場へ落ち、そのまま動きを止めた。
俺たちはすぐには近づかなかった。
息を整えながら警戒し、完全に力が抜けたのを確認する。
「……終わった」
キリコがその場へ座り込む。
俺も息が上がっていた。
ベルも低い位置まで降り、メイとシルクも肩で息をしている。
ウンディーネも普段より静かだった。
楽に勝てたわけではない。
灼天巨鳥は間違いなく強かった。
それでも、昨日とは違った。
誰か一人の攻撃で状況を変えたわけではない。
ベルの風で火羽を寄せ、ウンディーネの水で減らし、残りをキリコが防いだ。
キリコの壁をシルクが足場にし、ベルの風で加速した。
シルクが崩した翼をウンディーネが捕らえ、メイが凍らせた。
ベルが高度を落とし、キリコが逃げ道を塞いだ。
そして最後に、俺のところまで相手を運んできてくれた。
一つでも欠けていたら、同じ形にはならなかった。
「みんな、ありがとう」
俺がそう言うと、ベルが少し疲れた顔で笑った。
「フトシもね」
灼天巨鳥の必要な処理を済ませる。
肉は使えそうだが、今ここで料理するつもりはない。
大半をそのままアイテムボックスへ収納した。
奥の岩壁がゆっくり開く。
第六十階層を越えた先の小広間へ入り、安全を確認してからようやく腰を下ろした。
今日は全員かなり疲れている。
それでも、嫌な疲れ方ではなかった。
昨日の熔殻竜蜥戦では、六人それぞれの力をぶつけて、ようやく相手を押し切った。
今日は違う。
一つの動きの先に、次の誰かがいた。
俺も、全部自分でやろうとは思わなかった。
仲間が作っている状況を見て、最後まで待てた。
メイも、ベルも、シルクも、ウンディーネも、キリコも、それぞれ昨日までと同じ力を使っていた。
使い方と、繋がり方が変わっただけだ。
それだけで、こんなにも戦いやすくなる。
俺は金剛棒を傍らへ置き、背中を岩壁へ預けた。
少し離れたところでは、キリコとシルクが先ほどの空中の動きを確かめるように互いを見ている。
ベルはそれを眺めながら羽を休め、メイとウンディーネも近くで身体を休めていた。
誰か一人が強くなるだけじゃない。
六人で進むなら、六人の力をもっと活かせる。
火口から離れた静かな小広間で、その手応えだけがはっきり残っていた。




