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探求者の異世界美食行脚 ~異世界召喚でハズレ扱いされたゴリラ系男子、気ままなグルメ旅に出る~  作者: おまめちゃん
神造迷宮

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第137話 神造迷宮の中層と、退かない熔岩獣

氷雪の護符を外したのは、第五十一階層へ向かう通路の途中だった。


最初は冷気が和らいだ程度だったが、進むにつれて空気がはっきり暖かくなり、やがて額へ汗が滲み始めた。


足元も白い氷から灰色の岩へ変わり、その先には黒い火山岩が広がっている。


岩壁の亀裂から赤い光が漏れ、地面の割れ目からは熱気が立ち上っていた。


遠くでは、ときおり低い地鳴りまで聞こえる。


「ずいぶん変わったね」


キリコが上着を少し緩める。


「さっきまで凍らないようにしてたのにね」


ベルも苦笑しながら風を動かし、俺たちの周囲へ淀んだ熱気が溜まらないようにしてくれた。


ウンディーネも必要に応じて水を出してくれる。


暑いとはいっても、動けなくなるほどではない。


ただ、足元の割れ目や熱を持った岩を避けながら進む必要があるので、雪原とはまた違う歩きにくさがあった。


第五十一、第五十二階層は無理に急がず、休憩を多めに取りながら進んだ。


ところどころで魔物の痕跡らしきものも見つけたが、大きな戦闘にはならない。


異変を感じたのは、第五十三階層へ入ってからだった。


「……静かだな」


ベルが上空から周囲を確認する。


「確かに、何もいないね」


ここまでの階層なら、小型の魔物くらいは見かけてもおかしくない。


だが、さっきから姿がない。


メイも鼻を動かしながら進んでいたが、いつもより慎重だった。


シルクも俺の頭の上で耳を立てたまま動かない。


やがて通路が広がり、黒い火山岩に囲まれた場所へ出た。


中央には、大きな岩塊がある。


周囲と同じ黒色で、最初は何の違和感もなかった。


その岩が、持ち上がるまでは。


「……動いた」


キリコの声と同時に、岩塊の下から四本の脚が現れた。


続いて長い尾。


黒い岩盤を重ねたような鱗の隙間から、赤い光が漏れている。


馬車より大きい。


頭部がゆっくりこちらを向き、低い唸り声が広場へ響いた。


俺は金剛棒を構えながら【鑑定】する。


【熔殻竜蜥(マグマ・ドレイク)】

詳細:神造迷宮の火山区画に生息する大型の爬虫類型魔物。黒い岩盤状の鱗と高い身体能力を持ち、体内に蓄えた火属性の魔力によって高温環境へ適応している。外敵に対しては巨体を活かした突進、尾撃、鋭い爪に加え、口腔から高温の炎を放つ。岩盤状の鱗は非常に硬いが、関節部や腹側には比較的柔軟な部位が存在する。肉は生食可能で、加熱していない状態でもしっとりと柔らかく、凝縮した赤身の旨味と上質なローストビーフを思わせる食感を持つ。火属性の魔力と高温環境へ適応した特殊な肉質のため、一般的な肉とは異なり加熱によって硬く締まりにくく、熱を加えるほど筋繊維がほどけて柔らかくなる。


(生でローストビーフみたいな肉……?)


気にはなる。


かなり気になるが、目の前の相手は明らかにこちらを敵として見ている。


今は肉のことを考えている場合ではない。


「来るよ!」


ベルの声が飛ぶ。


熔殻竜蜥が地面を蹴った。


巨体から想像していたより速い。


メイが正面へ冷気を放つ。


黒い鱗が白く凍りつき、動きが僅かに鈍った。


効いている。


だが、熔殻竜蜥が身体を強く振っただけで、表面の氷が砕け散った。


続けてベルの風刃が走る。


岩盤状の鱗へ線状の傷が入ったが、浅い。


ウンディーネの水流が前脚へ巻きつき、その場へ押さえ込む。


『重い……!』


それでも熔殻竜蜥は止まらなかった。


一歩。


さらに一歩。


水を引きずるように前へ出てくる。


そこへシルクが横から跳び込み、側頭部へ蹴りを叩き込んだ。


「キュイッ!」


大きな頭が横へ振れる。


今までなら、あれだけでも大型魔物の体勢を大きく崩していた。


だが倒れない。


「グルァァッ!」


長い尾が地面を薙いだ。


「キリコ!」


「うん!」


俺たちの前へ魔力壁が出る。


尾が激突した。


壁は破られなかった。


だが、鈍い衝撃音とともにキリコの身体が地面を滑る。


「っ……!」


「大丈夫!?」


「大丈夫。ちょっと腕が痺れただけ」


キリコは魔力壁を維持したまま答えた。


攻撃は通じている。


防御もできている。


それなのに、押し切れない。


俺は鱗を無理に砕くのをやめ、鑑定で見た前脚の付け根を狙う。


熔殻竜蜥がメイへ意識を向けた瞬間、一気に距離を詰めた。


金剛棒を振り抜く。


ゴッ、と重い感触が腕へ返ってきた。


「グォッ!」


前脚が沈む。


明確に効いた。


だが、その直後だった。


熔殻竜蜥が予想以上の速さで身体を反転させた。


「フトシ!」


肩口が迫る。


避けきれない。


金剛棒を間へ入れて受け流したが、それでも衝撃を殺しきれなかった。


身体ごと大きく弾かれる。


地面へ足を着き、何歩か下がってようやく止まった。


「ぐっ……」


折れてはいない。


だが、右腕が熱い。


見ると服の袖が焦げ、一部が焼け落ちていた。


露出した肌も赤くなっている。


軽い火傷程度だが、まともに受ければこれだけ持っていかれる。


そこで初めて、自分が戦闘用の防具らしい防具を持っていないことを意識した。


今までは身体能力と回避、それに仲間の支援で何とかなっていた。


だが、この先も同じとは限らない。


(防具も考えた方がいいな)


今は、それだけ覚えておく。


熔殻竜蜥の前脚は、さっきの一撃で僅かに動きが鈍っている。


だが俺たちにも疲労が出始めていた。


攻撃を続ければ倒せるかもしれない。


その前に、誰かが大きな怪我をする可能性もある。


それでは駄目だ。


「いったん離れるぞ!」


全員が俺を見る。


「撤退する!」


ベルがすぐに風を叩きつけ、熔殻竜蜥の顔を逸らす。


ウンディーネも水流を広げて前進を妨害した。


メイが足元へ冷気を重ね、黒い岩ごと凍らせる。


「ワフッ!」


熔殻竜蜥が踏み出した足を滑らせた。


その間に距離を取る。


キリコが退路側へ魔力壁を出し、俺たちを追う進路を絞った。


シルクも無理に追撃せず、すぐにこちらへ戻ってくる。


全員揃って広場から離れた。


しばらく進んでも、熔殻竜蜥は追ってこなかった。


「……縄張りから出なければ追わないのか」


近くの岩陰まで移動し、まず全員の状態を確認する。


俺の腕はウンディーネに冷やしてもらった。


軽い火傷で済んでいる。


キリコの腕も、少し休んでいるうちに痺れが引いてきたようだ。


ほかの四人にも大きな怪我はない。


「ごめん。止めきれなかった」


キリコが自分の腕を見る。


「いや、壁はちゃんと止めてたよ。あれだけ重い攻撃だったってことだ」


俺は初戦を思い返す。


「攻撃は効いてた」


メイの氷も。


ベルの風刃も。


ウンディーネの拘束も。


シルクの蹴りも。


俺の金剛棒も。


何一つ無効化されてはいない。


「ただ、狙う場所がばらばらだった」


「前脚、ちょっと引きずってたよね」


ベルが言う。


「うん。次はあそこへ集中しよう」


もう一つ気になっていたことがある。


熔殻竜蜥が口を開きかけた時、首元の鱗が強く赤く光っていた。


あの光は、体内の魔力が集まっている兆候なのかもしれない。


「たぶん炎を吐く前に首が光る。吐いた直後なら、少し隙ができると思う」


全員で役割を組み直す。


今度は削る場所を散らさない。


前脚。


そこへ集中する。


十分に休み、俺とキリコの状態をもう一度確認してから、広場へ戻った。


熔殻竜蜥は同じ場所にいた。


俺たちを見るなり、すぐに身体を起こす。


二度目だ。


今度はこちらも分かっている。


ベルが正面近くを飛び、シルクが反対側へ回る。


熔殻竜蜥の視線が左右へ動いた。


「ワフッ!」


メイの冷気が、傷んだ前脚の付け根だけを狙う。


白い霜が一気に広がる。


そこへウンディーネの水流が重なった。


『ここだね』


前脚が引かれようとする。


だが水が絡み、凍った関節の動きも鈍い。


俺も同じ場所だけを狙って金剛棒を打ち込んだ。


一撃。


熔殻竜蜥が吠える。


尾が横から飛んできた。


「キリコ!」


「任せて!」


今度の魔力壁は真正面ではない。


斜めに展開されていた。


尾が壁へ当たる。


衝撃が横へ流れ、軌道そのものが逸れていった。


「よし!」


初戦とは違う。


一度失敗した分、こちらの動きも変わっている。


熔殻竜蜥が大きく首を持ち上げた。


首元の鱗が赤く輝き始める。


「炎、来る!」


ベルの警告で全員が射線から外れる。


直後。


轟音とともに、高温の炎が一直線に吐き出された。


黒い岩肌が赤く照らされる。


熱風だけでも頬が熱い。


だが炎は長く続かなかった。


途切れる。


首元の赤い光が、僅かに弱まった。


「今!」


メイの冷気が前脚へ集中する。


ウンディーネの水がさらに強く締め付けた。


シルクが反対側の頭部へ蹴りを入れ、重心を崩す。


俺は一気に距離を詰めた。


狙う場所は一つ。


すでに何度も攻撃を重ねた前脚の付け根。


金剛棒を振り抜く。


深い手応えがあった。


熔殻竜蜥の前脚が折れるように沈み、巨体が大きく傾いた。


それでも倒れきらない。


頭を振り上げ、俺へ噛みつこうとする。


無理に一撃で決める必要はない。


ベルが横から風を当て、頭の向きを逸らす。


キリコの壁が爪を止める。


ウンディーネが残った脚へ水を絡める。


メイとシルクも左右から動きを乱した。


俺は露出した首と頭部の境目へ金剛棒を打ち込む。


一度。


まだ動く。


もう一度。


それでも脚を踏ん張ろうとする。


「……本当にしぶといな!」


三度目を振り抜いた。


今度こそ、熔殻竜蜥の巨体が地面へ落ちた。


すぐには近づかない。


全員で警戒し、完全に動かなくなったのを確認する。


「……倒したね」


キリコが息を吐く。


「うん。みんな、お疲れさま」


勝てた。


だが、最初から同じ戦い方を続けていたらどうなっていたか分からない。


一度退き、相手を見直したからこその勝利だった。


しばらく待った。


何も起こらない。


扉が開くこともない。


宝箱も出ない。


休息用の小広間も現れなかった。


「これ……階層主じゃないんだよね?」


ベルが周囲を見る。


「みたいだね」


つまり、普通に出てくる魔物だ。


その事実の方が、倒したことより重く感じた。


休息を取ってから先へ進む。


やがて岩壁に刻まれた表示を見つけた。


【第五十四階層】


「まだ第五十四階層か……」


これまでも一階層ずつ順に降りてきた。


ただ、十階層ごとの区切りまでは大きく足を止めずに進めることが多かった。


今回は第五十三階層の時点で一度退き、同じ相手への対策を考え直している。


中層から先は、今までと同じ速さで進めるとは思わない方がいい。


第五十四階層内で安全そうな岩場を見つけ、今日はそこで休むことにした。


魔導携帯テントを展開し、まずは身体を休める。


少し落ち着いたところで、討伐した熔殻竜蜥を取り出した。


岩盤のような鱗はかなり硬い。


ミスリル打ち込み特注解体ナイフを使い、隙間を探りながら丁寧に処理していく。


厚い鱗を外すと、その下から濃い赤色の肉が現れた。


脂は多くない。


試しに指で押してみる。


「……柔らかい」


生肉とは思えないほど、しっとりしている。


鑑定では生食可能と出ている。


それでも、だからといって雑に食べるつもりはない。


清潔な器具へ替え、外気や消化器官に触れていない中心部から少量だけ切り出す。


薄く切った肉は、見た目だけなら普通の赤身の生肉だ。


まずは俺が確かめる。


赤塩をほんの僅かだけ振った。


一切れ口へ入れる。


「……本当に、このままでローストビーフみたいだ」


噛んだ瞬間から柔らかい。


べたつくような生肉の食感ではなく、しっとりしていて適度な弾力がある。


噛むほど濃い赤身の旨味が広がるが、血生臭さはほとんど感じない。


上質なローストビーフの、火が浅く入った中心だけを食べているような感覚だった。


「次は焼いてみよう」


今度は同じ部位を少し厚めに切る。


味付けは同じく赤塩だけ。


黒剛鉄のフライパンを熱し、肉を置いた。


表面から水分が抜け、香ばしい匂いが立つ。


裏返しながら、今回は中心までしっかり火を通した。


普通の赤身肉なら、ここまで加熱すれば生の状態より締まってくるはずだ。


だが、焼き上がった肉へナイフを入れた瞬間、違いが分かった。


「……こっちの方が柔らかい」


生の肉より、刃へ返ってくる抵抗が少ない。


一切れ食べる。


繊維が簡単にほどけた。


熱が入ったことで肉の香りも強くなり、赤身の旨味がさらに分かりやすい。


硬く締まるどころか、確かに柔らかくなっている。


地球で知っている肉の感覚へ、無理に当てはめても仕方がなさそうだ。


「この世界には、こんな肉もあるんだな」


安全性と処理について説明してから、みんなにも少量ずつ出す。


一皿には生。


もう一皿には、しっかり焼いたもの。


ベルは両方を続けて食べ、首を傾げた。


「焼いた方が柔らかい?」


「やっぱりそう感じる?」


「うん。普通は逆じゃないの?」


「俺もそう思う。でも、この肉はこれで正しいみたいだね」


キリコも小さく食べ比べ、驚いたように焼いた肉をもう一度見る。


メイとシルクにも同じものを食べやすい大きさで出した。


メイは生を食べ終えるとすぐ焼いた方へ移り、シルクは二種類を交互に齧っている。


ウンディーネも焼いた一切れを食べ終えると、黙って次へ手を伸ばした。


どうやら気に入ったらしい。


戦闘で疲れているので、今日はこれ以上凝った料理は作らない。


残りの食事はアイテムボックスに保存してある完成料理で済ませた。


熔殻竜蜥の肉も大半は保存する。


生で食べる。


表面だけ焼く。


十分に焼く。


煮込む。


厚切りにする。


試してみたいことはいくつも浮かんでくる。


だが、今は料理研究より先へ進むための安全確保が優先だ。


食事と片付けを終え、寝る準備を整える。


焦げた袖を見ると、昼間の一撃を思い出した。


「防具も、ちゃんとしたものが欲しいな」


今すぐどうにかできる話ではない。


ひとまず頭の片隅へ置いておく。


外から、火山の低い地鳴りが響いてきた。


第五十四階層。


今日は、ここまでだ。


次に進む時も、一階層ずつ確かめながら行こう。

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