第136話 白銀の氷河と、雪脂猪のぼたん鍋
右足を置いたはずの場所から、いきなり地面が消えた。
「うわっ」
膝近くまで雪へ沈み、慌てて金剛棒を横の地面へ突いて身体を支える。
見た目には、その少し前まで歩いていた場所と何も変わらなかった。
足を抜いて雪を払うと、下には岩と岩の間にできた窪みが隠れている。
「分かりにくいな……」
第四十階層の小広間で十分に休んだ俺たちは、すでに次の区画へ入っていた。
周囲は一面の雪原。
細かな雪が強い風に乗って横から吹きつけ、少し離れただけで景色が白く霞んでしまう。
防寒具があるので寒さそのものは耐えられる。
だが、それと歩きやすさは別の話だった。
雪の下には岩や窪みが隠れ、場所によっては薄い氷まで張っている。
力があっても、見えないものには足を取られる。
「フトシ、大丈夫?」
「うん。怪我はないよ」
俺が立ち上がる横で、メイが雪へ鼻先を近づけた。
少し進んでは止まり、前脚で雪を軽く掻く。
その先を金剛棒で確かめると、表面のすぐ下に薄い氷があった。
「そこは避けよう」
「ワフッ」
メイが進路を変える。
シルクも俺の頭から雪原を見渡し、ときどき耳を動かしていた。
何度か地面へ降りたものの、柔らかい雪へ脚を取られる場所ではすぐに戻ってくる。
寒い場所だからといって、メイが何でも分かるわけではない。
俺たち全員、まずはこの足場に慣れる必要があった。
視界の悪い場所ではベルが少し先を確認し、ウンディーネは雪の下に水が流れていないかを見る。
キリコも足元を確かめながら、必要ならすぐ魔力壁を出せる位置についていた。
俺も【直感】に引っかかる場所では、一歩進む前に地面を確かめる。
そうして慎重に歩いているうちに、少しずつ雪原の進み方が分かってきた。
吹雪が弱くなったのは、それからしばらく進んだ後だった。
真っ白だった景色の中に、ぽつりと濃い色が混じっている。
「……あそこだけ雪が少ない?」
近づくにつれ、地面の一部が露出しているのが見えた。
岩の隙間からは、ごく薄い湯気も上がっている。
「暖かいね」
キリコがしゃがみ、地面へ手を近づける。
地下から熱が伝わっているらしい。
周辺だけ雪が解け、苔や背の低い植物まで生えていた。
白ばかり見ていたせいか、その僅かな緑が妙に鮮やかに感じる。
メイが地面を嗅ぎながら少し先へ進み、急に足を止めた。
そこには土と雪を大きく掘り返した跡があった。
「大きいな」
植物の根でも探したのだろうか。
跡を見ていた、その時。
横の雪が弾けた。
「ブモォッ!」
飛び出してきたのは、大きな猪だった。
厚い灰白色の毛に覆われ、肩回りは俺の胸ほどの高さがある。
太い牙を前へ向け、そのままこちらへ突っ込んできた。
全員が散る。
俺も横へ避けたが、踏み込んだ雪が沈み、いつものようには身体が動かなかった。
金剛棒で地面を支え、どうにか突進をやり過ごす。
「速い……!」
猪の方は雪上でもほとんど速度が落ちていない。
こちらの環境へ慣れているのだろう。
距離を取りながら【鑑定】する。
【雪脂猪】
詳細:神造迷宮の寒冷区画に生息する大型の猪型魔物。低温環境へ適応するため厚い毛皮と豊富な皮下脂肪を持つ。赤身には強い旨味があり、脂は加熱すると柔らかく溶けて穏やかな甘味を見せる。肉は焼き物や煮込みに適し、薄切りにして出汁や味噌と合わせることで赤身と脂の風味を特に楽しめる。
鑑定結果へ目を通した直後、雪脂猪が向きを変えた。
「また来るよ!」
正面から止める必要はない。
メイが横へ走り、雪脂猪の視線を引きつける。
猪が追おうと向きを変えたところで、シルクが雪の浅い場所を選ぶように跳びながら反対側へ回り込んだ。
「キュイッ!」
背後からの気配に雪脂猪が一瞬だけ首を振る。
その間に俺は足元を確かめ、硬い場所へ移動した。
もう一度、突進が来る。
今度は軌道が見える。
ぎりぎりまで引きつけて横へ外れ、すれ違いざまに金剛棒を振り抜いた。
雪脂猪の頭部へ一撃が入る。
巨体が雪を巻き上げながら横倒しになり、そのまま動かなくなった。
「ふぅ……」
普段ならもっと楽に対処できる相手だったかもしれない。
雪の足場一つで、随分勝手が違う。
動かなくなったことを確認してから、肉の状態も見る。
毛皮の下にはしっかりした脂の層があり、赤身との境目も綺麗だった。
指で押した脂は硬すぎず、熱を入れれば柔らかく溶けそうだ。
外の寒さも考えると、作りたいものはすぐ決まった。
(ぼたん鍋が合いそうだな)
必要な処理を済ませ、雪脂猪をアイテムボックスへ収納する。
料理は安全な場所へ着いてからだ。
地熱地帯を離れると、景色は再び白一色になった。
だが、さらに先へ進むにつれ、今度は雪原そのものが途切れる。
目の前に現れたのは、青白い巨大な氷壁だった。
「すごい……」
思わず足が止まる。
何層にも重なった氷が遠くまで続き、場所によって青の濃さが違う。
上から長い氷柱が伸び、足元には底の見えない亀裂が走っていた。
透明度の高い場所では、分厚い氷の下を水が流れているのまで見える。
光が内部で反射し、青白い氷の奥が淡く輝いていた。
雪原とは違う意味で、目を奪われる景色だ。
「綺麗だけど、怖いね」
キリコが足元を覗き込む。
「うん。ここは特に気をつけよう」
実際、歩き始めると雪原以上に厄介だった。
硬い氷は滑りやすく、表面だけでは厚さも分かりにくい。
ウンディーネに下を流れる水の様子を見てもらいながら、なるべく厚い場所を選んで進む。
氷壁に沿って歩いていた時だった。
何気なく横を見た俺は、足を止めた。
「……あれ?」
分厚い氷の奥に、真っ直ぐな線が見える。
自然の亀裂にしては形が整いすぎていた。
雪を払いながら近づいてみる。
青い氷のさらに奥。
そこには、確かに石造りの壁があった。
「部屋みたいなのがある」
ベルも氷の近くまで飛んでくる。
目を凝らすと、その石壁の内側には四角い箱まで見えた。
「宝箱?」
キリコの声に、俺も頷く。
「たぶん」
見えているのに、入口がない。
周囲を六人で調べる。
氷壁の側面。
床との境目。
少し離れた場所の亀裂。
しばらく探したところで、メイが一か所で足を止めた。
「ワフ」
鼻先を氷の表面へ近づけている。
俺もその場所を確かめた。
他より少しだけ氷の層が不自然だ。
表面の奥に、縦方向の境目らしいものも見える。
「もしかして、ここが入口だったのか」
長い時間をかけて氷が重なり、扉ごと覆ってしまったのかもしれない。
問題は、どうやって開けるかだ。
力任せに砕けば、周囲の氷壁まで割れる可能性がある。
メイが俺を見上げた。
「できそう?」
「ワフッ」
一歩前へ出たメイから、静かな冷気が広がった。
氷を溶かすのではない。
入口を覆っている部分へだけ自分の氷の力を重ね、周囲との差を作っているようだ。
表面へ細い線が走る。
俺たちは少し離れて様子を見る。
メイは急がず、亀裂が横へ広がらないよう少しずつ範囲を変えていった。
やがて、入口を覆っていた氷だけが大きな板のように浮き上がる。
「今ならいけそうだ」
金剛棒を隙間へ差し込み、ゆっくり手前へ剥がす。
厚い氷が鈍い音を立てて外れた。
その奥から、石造りの入口が姿を現す。
「メイ、上手かったね」
「ワフッ」
少し誇らしそうに尻尾が揺れた。
内部の安全を確認してから、小さな石室へ入る。
奥にあった宝箱を慎重に調べ、蓋を開けた。
中には、小さな護符が整然と並んでいた。
一つ。
二つ。
三つ。
数えていく。
六つ。
俺は少しだけ手を止めた。
「……六つあるな」
ベルが箱を覗き込む。
「ちょうどわたしたちの分?」
「そうなるね」
偶然なのか。
それとも、六つ入っていること自体に何か理由があるのか。
今のところ答えは分からない。
まずは物を確認する。
【氷雪の護符】
詳細:寒冷地での活動を補助する魔導護符。装着者の体温低下を緩やかに抑え、雪や氷から受ける冷気の影響を軽減する。また足元の氷雪へ微弱な魔力を馴染ませることで滑りにくくなる。氷属性そのものへの耐性を与えるものではなく、氷属性攻撃を防ぐことはできない。
「今の場所にぴったりだね」
キリコが護符を手に取る。
確かにそうだ。
六つとも小さく、紐を通して身につけられる形になっている。
俺とキリコ、ウンディーネは首元へ。
メイとシルクにも動きを邪魔しないよう首元へ付ける。
ベルは身体の大きさに合わせ、邪魔にならない位置へ固定した。
「どう?」
少し歩いてみる。
「……滑りにくい」
氷の上へ足を置いた時の感覚が明らかに違った。
靴が完全に固定されるわけではないが、横へ抜けるような滑り方がかなり減っている。
冷気も先ほどより身体へ入り込みにくい。
「これなら助かるな」
そこから先の氷河はさらに複雑になった。
狭い氷の谷を抜け、傾斜した氷床を横切り、底の見えない亀裂を迂回する。
護符のおかげで足元は随分楽になった。
長く歩いていても身体が冷えにくい。
それでも万能ではない。
一度、前方の氷床そのものへ亀裂が走った時は、すぐに全員で引き返した。
地面が崩れれば、滑りにくさなど関係ない。
護符に頼りきらず、今まで通り周囲を確かめながら進む。
そうして第四十九階層を越え、第五十階層へ辿り着いた。
そこは巨大な氷柱が何本も立ち並ぶ広間だった。
中央付近に、白い大きな塊が見える。
俺たちが近づくと、それがゆっくり立ち上がった。
熊だ。
しかも、かなり大きい。
白い毛に覆われた巨体の肩や前脚には、青い氷晶が鎧のように付いている。
【鑑定】する。
【氷晶巨熊】
詳細:神造迷宮の寒冷区画深部に生息する大型の熊型魔物。強靭な筋力と厚い脂肪を持ち、周囲の冷気と氷を利用して氷柱や氷壁を形成する。近距離では巨体と鋭い爪による攻撃を行う。寒冷地で蓄えた肉と脂は食用可能で、十分な下処理と加熱を行えば濃厚な旨味を楽しめる。
氷晶巨熊が唸り声を上げた。
次の瞬間、地面から何本もの氷柱が伸びる。
「散って!」
全員が別方向へ動く。
俺の前にも氷柱が突き上がってきたが、その途中で動きが止まった。
「ワフッ!」
メイだ。
伸びてきた氷へ自分の冷気を重ね、途中の形のまま完全に凍結させている。
巨熊がさらに氷壁を作る。
俺たちを分断するつもりらしい。
だが、メイがすぐにその氷壁へ力を重ねた。
表面の青みが一段濃くなり、氷壁はその場へ固く固定される。
「メイ、そのまま!」
巨熊がこちらへ回り込もうとする。
だが固定された氷壁が邪魔になり、進める方向は一つしかない。
敵が作った壁なのに、今は俺たちの盾になっていた。
「こっちへ来る!」
ベルが上から動きを伝える。
狭められた通路へ巨熊が突進してくる。
メイが氷を利用して進路を絞ったおかげで、動きは読みやすい。
それでも巨体そのものは危険だ。
大きな前脚が振り下ろされる。
キリコの魔力壁が間に入り、爪を受け止めた。
衝撃で壁が揺れる。
「キリコ!」
「大丈夫!」
その隙にシルクが横から跳び込み、巨熊の顔近くを蹴って注意を逸らした。
ベルの風が舞い上がった氷の欠片を横へ流し、ウンディーネの水が後脚へ絡む。
俺は巨熊の側面へ回った。
金剛棒を振り抜き、前脚の付け根へ打ち込む。
巨熊が大きく身体を揺らした。
怒ったように地面を叩き、再び氷柱を伸ばそうとする。
しかし、その氷にもメイの冷気が重なった。
氷柱は伸びきる前に固定され、今度は巨熊自身の横へ太い障害物として残る。
逃げる方向がさらに狭まった。
「今!」
全員の動きが重なる。
シルクが反対側から注意を引き、ウンディーネが脚を止める。
俺は正面へ踏み込み、頭部へ金剛棒を叩き込んだ。
一撃。
巨熊がよろめく。
さらにもう一撃。
大きな身体が氷床へ倒れ、そのまま動かなくなった。
しばらく警戒してから近づく。
「終わったね」
メイもゆっくり力を抜いた。
敵の氷を消すのではなく、逆に固定して利用する。
同じ氷を扱えるメイだからこそできた戦い方だった。
「メイ、かなり助かったよ」
「ワフッ」
全員にも怪我はない。
氷晶巨熊は鑑定通り、肉も脂も使えそうだった。
だが、今日はすでに雪脂猪がある。
一度に全部料理する必要はない。
血抜きと必要な下処理だけ済ませ、巨熊はアイテムボックスへ収納した。
「これはまた別の時に食べよう」
第五十階層の奥へ進むと、これまでと同じような小広間が見つかった。
周囲を確認し、安全そうだと分かったところで魔導携帯テントを展開する。
長い間、雪と氷ばかりの場所を歩いてきた。
テントの中へ入るだけでも少しほっとする。
それでも身体が欲しがっているのは、もっと直接的な温かさだった。
俺はアイテムボックスから雪脂猪を取り出す。
「今日は鍋にしよう」
黒剛鉄の万能煮込み鍋を中央へ置く。
まず使うのは、赤身と脂のバランスがいい部位だ。
筋や余分な部分を処理し、肉の繊維を見ながら鍋で食べやすい厚さへ切っていく。
薄すぎれば脂の良さが消える。
厚すぎれば火が通るまで時間が掛かり、赤身も硬くなりやすい。
何枚か切って状態を見て、厚みを揃えた。
切り分けた肉には、赤身の縁へ白い脂が綺麗に入っている。
それを大皿へ一枚ずつ並べていく。
外側から円を作り、少しずつ内側へ重ねる。
最後に中心を整えると、赤と白の肉が大きな花のようになった。
「お肉なのに花みたい」
キリコが大皿を覗き込む。
「故郷ではこうやって猪の肉を並べて、牡丹の花に見立てることがあるんだ。それで、ぼたん鍋」
「なるほどね」
ベルも近くまで飛んできて、皿を眺めている。
肉の準備ができたら、次は出汁だ。
干しジャイアント・マッシュを水で戻し、旨味の出た戻し汁を濾して黒剛鉄の万能煮込み鍋へ入れる。
戻したジャイアント・マッシュも食べやすい大きさへ切った。
大根長芋は厚さを揃えて切り、大玉葱はくし形。
黄金色の芋も火の通りを考えて大きさを揃える。
翠緑の葉球は煮崩れないよう少し大きめに切っておく。
まず出汁へ大根長芋と黄金色の芋を入れ、静かに火を通す。
少し遅れて大玉葱とジャイアント・マッシュ。
根菜へある程度火が入ったところで、手作り味噌を煮汁で溶きながら加えていく。
一度に入れず、味を見ながら少しずつ。
味噌の香りが湯気と一緒に立ち上った。
「いい匂い……」
キリコが鍋の向こうから鼻を動かす。
俺も出汁を一口確認する。
干しジャイアント・マッシュの旨味が土台にあり、味噌の塩気と香りが重なっている。
今はまだ少し軽い。
ここへ猪の脂と肉の旨味が入れば、ちょうどよくなりそうだ。
翠緑の葉球を加え、野菜が食べられる状態になったところで、大皿の肉を数枚だけ鍋へ入れる。
全部は入れない。
猪肉なので火はしっかり通す必要があるが、だからといって長く煮すぎれば赤身が硬くなる。
肉の厚みを揃えたのは、その加減を取りやすくするためでもある。
箸で返しながら色の変化を見る。
赤かった断面まで完全に火が入り、脂が透明感を帯びて柔らかくなった。
一枚取り上げて中心まで確認する。
「うん。食べ頃だよ」
それぞれの器へ肉と野菜、味噌出汁を取り分ける。
メイとシルクの分も同じ完成した鍋だ。
肉の大きさを調整し、骨や危険なものがないことを確かめ、熱すぎない温度まで少し冷ましてから出す。
俺も雪脂猪を一枚取る。
湯気の立つ肉を少し冷まして、口へ運んだ。
「……うまい」
赤身にはしっかりした旨味がある。
猪らしい力強い肉の味なのに、変な癖は感じない。
白い脂は熱で柔らかくなり、噛むと穏やかな甘味が広がった。
味噌の濃い香りともよく合っている。
大根長芋も食べてみる。
中心まで柔らかくなり、キノコ出汁と味噌をたっぷり吸っていた。
その後から、雪脂猪の脂のコクも感じる。
ベルは取り分けた肉を少し冷ましてから頬張り、すぐに次の野菜へ手を伸ばした。
キリコは自分の器を食べ終える前に、空いた鍋の場所へ新しい肉を数枚入れている。
「これくらい?」
「うん。重ならないように広げれば大丈夫」
肉が煮えるまでの間に、大玉葱やキノコを食べる。
誰かが野菜を取れば、空いた場所へ次の肉を入れる。
肉へ十分火が入るまで少し待ち、その間に別の具を食べる。
中央の鍋から湯気が上がり続け、食事が途切れない。
メイとシルクは自分の器を綺麗に空にすると、揃ってこちらを見た。
「まだあるよ」
次の肉が煮えるのを待ち、二匹にも追加する。
ウンディーネも器を空にしたまま鍋を見ていたので、その分も取り分けた。
『ありがとう』
俺も次の一杯をよそう。
さっきより、出汁の色が少し濃くなっている。
味を確かめてみる。
「……やっぱり変わったな」
最初より明らかにコクが増していた。
何度か雪脂猪を煮たことで、赤身の旨味と溶けた脂が味噌出汁へ重なっている。
大根長芋やジャイアント・マッシュにも、その出汁がさらに染み込んでいた。
食べ始めた時とは、同じ鍋なのに少し違う味になっている。
俺は新しく煮えた肉を一枚取り、大玉葱と一緒に食べる。
柔らかくなった玉葱の甘味と猪の脂が重なり、これもよく合う。
「フトシ、次のお肉入れるね」
キリコが大皿へ手を伸ばす。
「お願い」
今度はベルも鍋の上から覗き込み、肉の色が変わっていくのを見ていた。
別に特別なことを話しているわけではない。
出来上がったものを順番に皿へ並べて食べるのとは違い、みんなで一つの鍋を囲み、その場で少しずつ料理を完成させながら食べていく。
肉が煮えるまで待ったり、空いた場所へ次の具を入れたりする時間まで食事の一部になっている。
こういうのは、やっぱり楽しい。
気がつけば、牡丹の形に並べていた肉もかなり減っていた。
鍋の中の野菜もほとんど残っていない。
最後の肉を取り分けた頃には、味噌出汁にも雪脂猪の旨味が十分に溶け込んでいた。
俺は残った出汁を少し器へ注ぎ、ゆっくり飲む。
身体の内側へ、温かさがじんわり広がった。
外では、青白い氷壁の向こうを雪が流れている。
それでもテントの中には、まだ鍋の熱と味噌の香りが残っていた。
食事を終えると、みんな思い思いに身体を休め始める。
俺も椅子へ腰を下ろしたところで、胸元に下げたものが目に入った。
氷雪の護符。
指先で軽く触れる。
宝箱に入っていたのは、一つではない。
六つだった。
偶然なのだろうか。
それとも、何か意味があるのか。
今の俺には分からない。
考えても答えが出ないことを、無理に決めつける必要もないだろう。
視線を上げる。
ベルは食後の温かさが残る鍋の近くで羽を休め、キリコもすっかり力を抜いている。
ウンディーネは静かにくつろぎ、メイとシルクも満腹になったらしく、それぞれ落ち着いて休んでいた。
俺も護符から手を離す。
味噌と猪肉の香りが僅かに残る中、鍋を囲んでいた時間を思い返しながら、ゆっくり身体を休めることにした。




