第126話 月房果チップスと、賢者の魔法談義
飛竜便の発着場を見に行った翌朝。
朝食を終えて宿でゆっくりしていると、王城から使いの人が訪ねてきた。
用件はザディスさんからだった。
先日話していた魔法について、今日時間があるなら少し話さないか、という誘いらしい。
正式な呼び出しではなく、都合が悪ければ別の日でも構わないとのことだ。
「どうします?」
清水さんへ伝えると、返事は早かった。
「行ってみたい」
迷う様子はない。
「ロドリス以外の本格的な魔術師と、ちゃんと魔法の話をする機会ってなかったから」
「じゃあ、行きましょうか」
クロエさんも同行することになり、俺たちも一緒に王城へ向かうことにした。
ただ、ザディスさんと話し始めれば長くなりそうだ。
何か摘まめるものでもあった方がいいかもしれない。
「少しだけ待ってもらえますか?」
宿の厨房を借り、料理用の月房果を取り出す。
熟す前の青く硬い実で、甘味はほとんどない。
以前市場で食べた時は厚切りにして揚げてあり、芋に近いほくっとした食感だった。
今日は話しながら食べるものだ。
(薄い方がよさそうだな)
皮を処理し、均一な薄切りにする。
表面を軽く水で流してから、布でしっかり水気を取った。
温めた油へ重ならないよう少量ずつ入れていく。
細かな泡が上がり、薄い切片の縁から少しずつ色づいていった。
頃合いを見て引き上げ、油を切る。
一枚食べてみる。
パリッと軽く割れた。
厚切りの時とは違い、ほくほく感より香ばしさが前へ出ている。
「これならいい」
半分は赤塩だけ。
残りには赤塩と、細かくした涼香草の種をごく少量振った。
香辛料を強くしすぎず、月房果そのものの香ばしさを残す。
二種類を別々の容器へ入れ、準備を終えた。
王城へ着くと、今回は魔術関係の書類や小さな魔導具が置かれた会談室へ案内された。
ザディスさんがすでに待っている。
「お待ちしていました、清水さん」
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。私の方が聞きたいことは多いかもしれません」
席には冷たい果実茶と、小さな南方果実の焼き菓子が用意されていた。
俺も持ってきた月房果チップスを机の中央へ置く。
「話が長くなりそうなので、よかったらどうぞ」
「これは?」
「料理用の月房果を薄く揚げました」
ザディスさんが赤塩だけのものを一枚取る。
パリッ、と小さな音がした。
「なるほど。軽いですね」
「話しながら食べるなら、このくらいがいいかなと思って」
「ありがたくいただきます」
それだけ言うと、すぐに清水さんへ視線を戻した。
「では、まず最初に教わった魔法から聞いてもよろしいですか?」
「はい」
清水さんは少し考える。
「王宮魔術師の人たちから、基本的な属性魔法を教わりました。最初の頃に覚えたのはファイア・ボールです」
「火球ですね」
「【賢者】の適性があったからだと思うんですけど、使えるようになるまではかなり早かったです」
ザディスさんが興味深そうに頷く。
「では、その火球を作る時、何を意識しています?」
「何を……ですか?」
「魔力を集め始めるところからで構いません」
清水さんが黙った。
「火の属性を意識して、魔力を集めて……形を作って、飛ばします」
「どの程度の魔力を集めれば、いつもの大きさになります?」
「それは……」
「形を保つために、どこで出力を止めています?」
今度は答えが出てこない。
清水さんが自分の手を見る。
「そこまで考えてなかったです」
ザディスさんは楽しそうに頷いた。
「やはり面白いですね」
「私、ちゃんと分かってないってことですか?」
「逆でしょう」
ザディスさんが首を横へ振る。
「細かな部分を逐一意識しなくても、必要な形へ整えられている。それだけ魔法への適性が高いのでしょう」
「【賢者】が補ってるんですか?」
「可能性はあります。ただ、どこまでが職業による補助で、どこからが清水さん自身の感覚なのかは、まだ分かりません」
少し間を置く。
「だからこそ、普段は無意識に済ませている部分を一度分けて考えてみると面白い」
清水さんの表情が変わった。
困ったというより、興味を持った顔だ。
「アストラーレでは、最初に何を教えるんですか?」
「一律ではありません。魔力量も適性も人によって違いますから」
「詠唱はどこまで必要なんですか?」
「それも術者と魔法によります」
そこから二人の話が一気に細かくなった。
詠唱は決められた言葉を口にすれば勝手に魔法が出るものではなく、自分が起こしたい現象を整理し、形を安定させる助けになる。
同じような結果を出す魔法でも、術者がどう現象を捉えているかで組み方が変わることもあるらしい。
清水さんはロドリスにいた頃、図書館で詠唱の省略や無詠唱についても調べていたという。
「旅の途中で、こういう魔法も使いました」
清水さんが続ける。
「光よ、私の輪郭を透過し、音よ、私の足跡を奪いなさい」
姿を隠すために使っていた複合魔法だ。
光を屈折させて姿を周囲へ溶かし、同時に気配や足音も抑える。
ザディスさんがすぐに反応する。
「姿を隠す部分と音を抑える部分は、最初から一つの術式として組んでいるのですか?」
「そのつもりです」
「片方だけ解除したことは?」
「ないです」
「移動中の光の処理はどうしています? 身体の位置が変わるたびに、周囲へ合わせて組み直している感覚はありますか?」
清水さんが少し考えた。
「……そこは意識してませんでした」
「なるほど」
「使えてたから、それでいいと思ってたんです」
清水さんが少し困ったように笑う。
「必要を満たしていたなら、実用上は問題ありませんよ」
ザディスさんも笑った。
それから紙を一枚取り、簡単な線を描く。
「ただ、同じ『見えなくする』という結果でも、考え方は一つではありません」
光の進み方を変える。
見る側の認識へ働きかける。
周囲へ溶け込んで見えるよう処理する。
方法が違えば、必要な魔力の使い方も変わる。
「同じ結果なのに?」
「はい」
清水さんは紙をしばらく見ていた。
「面白い……」
そう呟きながら、月房果チップスへ手を伸ばす。
ザディスさんも一枚。
キリコも静かに取っている。
ベルは赤塩だけの方が気に入ったようだった。
話が続く間に、ザディスさんが何度目かのチップスへ手を伸ばし、自分で気づいたように皿を見る。
「……これ、先ほどから随分食べていますね」
「薄いので止まりにくいんですよね」
俺が答えると、ザディスさんが今度は香辛料入りを食べる。
「こちらは後から少し爽やかな香りが残ります」
「涼香草の種をほんの少し使ってます」
「なるほど」
そしてまた魔法の話へ戻った。
しばらくすると、魔力の出力や維持については口で話すだけでは分かりにくくなってきた。
「実際に見た方が早そうですね」
ザディスさんの提案で、王城の魔術訓練用区画へ移動する。
清水さんが安全な位置へ立った。
「まずは普段通りでお願いします」
「分かりました」
清水さんが片手を前へ出す。
「焦熱の理よ、我が手に集いて敵を穿て。ファイア・ボール」
火球が生まれた。
形はほとんど揺れず、そのまま標的へ飛んでいく。
着弾すると炎が広がった。
ザディスさんが見ていたのは、威力より清水さんの手元らしい。
「発動までが速いですね。形も安定しています」
「これはかなり慣れました」
「では次は、同じ火をもっと小さくできますか?」
「小さく?」
「指先ほどで」
清水さんがもう一度魔力を集める。
今度は小さな火が浮いた。
「できます」
「では、その半分くらいに」
火が縮む。
ただ、少し揺れた。
さらに小さくしようとすると、一瞬だけ消えそうになり、また少し大きくなる。
「……こっちの方が難しい」
「そういうこともあります」
ザディスさんが頷く。
「強い魔法を使えることと、必要な分だけ使えることは少し違います」
暖を取るだけ。
紙一枚を焦がすだけ。
細い糸だけを焼き切る。
料理の火を保つ。
どれも大きな火球は必要ない。
必要な場所へ、必要な量だけ使うことも魔力制御だという。
「小さくするの、難しいよ」
横で見ていたキリコがぽつりと言った。
清水さんが振り返る。
「キリコちゃんもやったの?」
「うん。ウンディーネに教えてもらった」
ウンディーネも静かに頷いた。
『大きく出すより、必要なだけ出す練習』
「昨日の箱を止めた時の盾も?」
「うん。あそこだけでよかったから」
飛竜便の貨物箱が落ちた時のことだ。
必要な位置へ、小さな魔力壁だけを出した。
清水さんが少し笑う。
「同じなんだね」
「うん」
持っている力も事情も違う。
それでも、強い力があるからこそ出しすぎないというところは共通しているようだ。
清水さんはもう一度、小さな火を作った。
今度は先ほどより揺れが少ない。
ザディスさんが何度か大きさを変えるよう指定し、それに合わせて調整していく。
最初からできないわけではない。
昨日も落ちる箱を壊さないよう、風で包んでゆっくり下ろしていたくらいだ。
ただ、普段無意識に行っている調整を細かく意識すると、新しく見えてくる部分があるらしい。
「フトシ様はどうです?」
突然こちらへ話が来た。
「俺ですか?」
「料理で火を扱いますよね」
「普通の魔術師みたいなことはできませんよ」
戦闘用の火球などは使えない。
ただ、料理に直接関係する火なら【料理魔導の適性】で扱える。
指先の前へ小さな火を作った。
炙りに使うよりさらに弱い。
その大きさのまま維持する。
清水さんが少し驚く。
「フトシ君、こういうの上手いね」
「料理ではよく使うから」
弱火。
表面だけを炙る時。
焼き色の微調整。
保温。
大きな火を出すより、小さい火を一定に保つ方が使う機会は多い。
「火力は清水さんと比べものにならないですよ」
「ですが、維持はかなり安定していますね」
ザディスさんが火を見る。
「これも反復の結果でしょう」
実演を終え、会談室へ戻った。
冷たい果実茶が追加されている。
月房果チップスの皿は、いつの間にか随分減っていた。
清水さんも席へ着くなり一枚取る。
「これ、本当に話してるとずっと食べちゃうね」
「まだありますよ」
「……それはそれで危ないかも」
そう言いながら食べている。
少し休んだあと、ザディスさんが別の話題を出した。
「旅の間は、戦闘以外ではどのような魔法を使っています?」
清水さんが考える。
「水を出したり、服を洗ったり。雨が強い時は身体の周りに薄い壁を作ったりしました」
「他には?」
「夜の灯りとか、小さい結界とか……あとは、荷物を入れる空間も作りました」
ザディスさんの目が少し変わった。
「収納用の空間を?」
「はい。ただ、小さいですよ」
清水さんが手を前へ出す。
空間の一部がわずかに歪み、そこへ入口のような裂け目が開いた。
中は小さな物置程度。
そこから荷物の入った袋を一つ取り出す。
「容量はこれくらいです。中でも外と同じように時間が進むので、食べ物を入れても普通に傷みます」
「開閉には?」
「魔力を使います。生き物は入れないようにしています」
ザディスさんが入口をじっと見る。
さっきまでより、少し真剣な顔になっていた。
「これは誰に教わったのです?」
「誰にも。旅に出てから自分で考えました」
「自分で?」
「荷物が増えて、全部持って歩くのが大変だったので」
清水さんは何でもないことのように答える。
「最初は拳くらいの裂け目を作っても、すぐ消えてました」
「そこから、どう安定させたのです?」
「最初は入口も中の空間も全部一緒に作ろうとしてたんです。でも、入口と、中の空間と、物を出し入れする繋がりを別々に考えたら少し安定しました」
ザディスさんがすぐに紙を引き寄せた。
「入口を閉じている間も、内部空間は残っていますか?」
「はい」
「なら、開閉のたびに空間そのものを作り直しているわけではない」
「私もそう考えてます」
「入口は、維持している内部空間との接続だけを行っている可能性がありますね」
「そこはかなり感覚なんですけど……たぶん」
今度は清水さんから尋ねる。
「こういう魔法って、アストラーレにもあるんですか?」
「あります」
ザディスさんは頷いたが、すぐに付け加えた。
「ただし、空間魔法そのものを扱える魔術師はかなり少ないですよ」
「珍しいんですね」
「ええ。適性の問題が大きい魔法です。その使い手の中には、清水さんのように空間を収納場所として利用する者もいます」
清水さんが、自分の開いた入口を見る。
「じゃあ、やってることは似てるんだ」
「結果だけ見れば、そうですね。ただし術式まで同じとは限りません」
ザディスさんは紙へ視線を落とした。
「それから、収納用に組んだ空間魔法を、袋などへ付与する者もいます」
「袋に?」
「ええ。そうして作られた物は、アイテムバッグと呼ばれています」
俺も名前は聞いたことがあるが、普段使う必要がないので詳しくは知らなかった。
「それなら、空間魔法を使えない人でも使えるんですか?」
「付与された物であれば使えます。ただ、そもそも空間魔法を扱える者が少ないうえ、道具へ安定して付与できる者となるとさらに限られます」
「だから、普通の鞄みたいには売ってない?」
「そういうことです」
どこにでもある便利道具というわけではないらしい。
清水さんが少し考える。
「アイテムボックスとは別なんですよね?」
「別です」
ザディスさんが答える。
「【アイテムボックス】はスキルです。そちらの所持者は、空間魔法の使い手ほど珍しくありません」
容量には人によって差があるが、中では外と同じように時間が進む。
長く食材を入れれば普通に傷む。
その辺りは清水さんの簡易収納空間と同じだ。
「じゃあ、私がやったのは……」
「希少な空間魔法の領域へ、自力で踏み込んで収納へ応用した、と考えるのが近いでしょうね」
清水さんが目を瞬く。
「そんな大げさなことしてたんですか?」
「少なくとも、私は簡単なことだとは思いません」
ザディスさんの声が少し弾んでいる。
「しかも既存の術式を教わったわけでも、アイテムバッグの作りを参考にしたわけでもないのでしょう?」
「はい。アイテムバッグっていう名前も今初めて聞きました」
「そこが面白いのです」
清水さんは少し照れたように視線を落とした。
「必要だったから作っただけなんですけど……」
「必要だから新しい使い方を考える。それも立派な魔術研究ですよ」
ザディスさんが紙へ線を書き足す。
「アストラーレの空間魔術師が作る収納と、清水さんの術式を比べてみたいですね」
「作り方が違う可能性もあるんですか?」
「十分にあります」
清水さんの顔に、また興味を持った時の色が浮かぶ。
「フトシ君のアイテムボックスとは、やっぱり全然違うんですよね?」
今度は俺へ視線が来た。
「俺のはかなり特殊ですよ」
一般的な【アイテムボックス】なら、容量に個人差はあっても、中では普通に時間が進む。
俺のものは容量に限界がなく、何もしなければ収納した物の時間が完全に止まる。
さらに空間を分け、指定した場所だけ時間を進めたり、魔力を使って加速させたりできる。
「昨日の煮込みを早くしたのも、それだよね?」
「そう。必要な煮込み時間そのものを中で進めた」
「味噌とか醤油も?」
「うん。発酵や熟成に必要な時間を進めてる」
清水さんが納得したように頷く。
ザディスさんは少し苦笑した。
「フトシ様のものは、一般的な【アイテムボックス】を考える時の基準にはしない方がいいでしょうね」
「やっぱり?」
「ええ」
短い答えだった。
そこから二人の話はさらに続いた。
入口を閉じた状態で、内部をどう維持しているのか。
別の位置へ入口を開いた場合、接続はどうなるのか。
内部を広げようとした時、何に魔力を使うのか。
ザディスさんが質問し、清水さんが自分の感覚を言葉にする。
分からないところでは無理に答えず、
「そこはまだ分かりません」
と止める。
逆に清水さんも、アストラーレの空間魔法ではどう考えるのか尋ねていた。
ザディスさんも、
「その術式を実際に扱う本人でなければ断言できません」
と、分からない部分は分からないままにしている。
一方的に教わる授業ではない。
二人で同じ紙を見ながら、それぞれの知っていることを持ち寄っていた。
気づけば、随分時間が経っている。
果実茶も二度目の追加が来て、月房果チップスの皿はほとんど空になっていた。
「同じ魔法でも、場所によって考え方が違うんですね」
清水さんが最後の一枚を半分に割る。
ザディスさんが頷いた。
「地域によって必要とされる魔法も変わりますから」
暮らし。
気候。
周辺にいる魔物。
手に入る素材。
精霊との距離。
そういったものでも、発達しやすい魔法や使い方は変わるらしい。
「全く別のものになるという意味ではありませんが、土地ごとの違いを見るのは面白いですよ」
「それなら……」
清水さんが少し考えてから笑った。
「旅先の魔法を見るのも面白そうですね」
市場や果樹園を見る。
知らない料理を食べる。
旅先の人と知り合う。
今度は、その土地の魔法を見る。
清水さんが旅をしてみたいと思う理由が、また一つ増えたようだ。
「また話したくなったら、いつでも来てください」
ザディスさんが言う。
「はい。また色々教えてください」
「こちらも、清水さんの魔法を聞かせていただきます」
師匠と弟子ではない。
次に会った時も、今日の続きを話す。
今はそのくらいがちょうどよさそうだ。
王城を出て宿へ戻る途中、清水さんが歩きながら口を開いた。
「魔法って、もう結構使えるつもりだったんだけど……まだ知らないこといっぱいあるね」
落ち込んでいる様子はない。
むしろ少し楽しそうだ。
クロエさんが隣で笑う。
「料理も見て、魔法も見るの?」
「うん。どっちも見たいかも」
「行きたいところが増えてきましたね」
俺が言うと、清水さんが頷いた。
「増えてきた」
メリディアへ来てから、俺たちも随分色々なものを見た。
王城への挨拶も済んだ。
気になっていた飛竜便にも行った。
新しい料理も覚えた。
清水さんも、これからの旅へ少しずつ目を向け始めている。
(そろそろ、次にどこへ行くか考えてもいいか)
まだ行き先は決まっていない。
それでも、次の旅を考えるにはちょうどいい頃かもしれなかった。




