第122話 あの日の謝罪と、今の仲間たち
「フトシ君に、話したいことがあって来ました」
清水さんはそう言ったあと、膝の上で両手を握った。
かなり緊張しているのが分かる。
俺は急かさず、その続きを待った。
ロドリスからここまで来た理由。
最初に浮かんだのは、カイトたちのことだった。
何かあったのかもしれない。
召喚された時、アルベール王からは復活した魔王を討伐するために呼んだと説明された。
俺が追い出された後、四人がどう扱われていたのかは知らない。
もしかすると戦力が足りなくなり、俺にも戻れという話なのか。
(それなら断るけど……)
今さらロドリス王家の言葉を、そのまま信用する気はない。
けれど、清水さんの口から出てきたのは予想していたものとはまるで違った。
「あの日のことを、ずっと謝りたかったの」
「あの日?」
「私たちが召喚された日。フトシ君が王城から追い出された時」
清水さんは一度視線を落とした。
「フトシ君が【探求者】で、何をする職業か分からないって言われて……王様に役に立たないって決めつけられた時、私は何も言わなかった」
あの時の光景は覚えている。
カイトたちには、見るからに強そうな職業が並んでいた。
俺だけが聞いたこともない【探求者】だった。
そのまま役に立たないと判断され、王城から出された。
「止めなかった。一緒に行くとも言わなかった。フトシ君の顔を見ることもできなかった」
清水さんの声は小さい。
それでも途中で止めることなく続いた。
「怖かったのも本当。でも、それだけじゃないの」
自分には【賢者】があった。
王国から必要な存在だと言われた。
俺だけが追い出される中、自分は残された。
「……私、自分は追い出される側じゃなくてよかったって思ったの」
清水さんの握った手に力が入る。
「自分にはちゃんと価値があるって言われて安心した。それに……自分は選ばれた側なんだって、少し嬉しくも思ってた」
隣のクロエさんは何も言わない。
以前に聞いている話なのだろう。
清水さんだけが、俺を見ていた。
「酷いことをされてるって分かってたのに、自分がそこにいないことへ安心してた」
一度息を吸う。
それから、深く頭を下げた。
「あの時、何も言わなくてごめんなさい」
部屋が静かになる。
ベルたちも黙っていた。
「謝ったからって、なかったことになるとは思ってない。許してほしくて来たわけでもない」
頭を下げたまま、清水さんが続ける。
「でも、自分が何もしなかったことを、フトシ君本人にちゃんと言って謝りたかった」
しばらくして顔を上げた。
「そのために、ずっと探してました」
俺はすぐに返事ができなかった。
怒ったからではない。
むしろ、別のところで話が飲み込めなかった。
「……そのことを言うために、ここまで来たんですか?」
「うん」
「ロドリスから?」
「うん」
清水さんは王都を出て、アクアリスへ向かったらしい。
ポルト・ラーラまで進み、そこから海を渡ってガルディアへ。
さらに陸路を何日も進んで、ようやくメリディアまで来た。
(そこまでして……)
俺に一言謝るために、国まで出てきた。
そちらの方がよほど驚いた。
少し考えてから、俺はそのまま伝える。
「俺は、清水さんのことを怒ってないですよ」
清水さんが目を瞬いた。
「あの日、追い出されたのは確かです。でも……その後ずっと旅をしてきて、早く追い出されて正解だったと思ってます」
実際そうだ。
あのまま王城へ残っていたら、カイトたちと一緒に訓練を受け、何も知らないままアルベール王の言う魔王討伐へ向かわされていたかもしれない。
旅へ出たからシルクと会った。
メイとも会った。
ベルやウンディーネ、キリコとも会えた。
他にも、たくさんの人に助けてもらった。
「あの時の清水さんの気持ちが正しかったとか、何も問題なかったって言うつもりはないです」
清水さんは黙って聞いている。
「でも、ずっと気にしてたなら、俺のことはもう気にしなくて大丈夫です」
「……うん」
返事は小さかった。
泣き出すことも、大きく表情を変えることもない。
ただ、ずっと力が入っていた肩が少しだけ下がった。
それで十分だと思った。
謝罪の話は、もういい。
ただ、ロドリスの話が出た以上、一つだけ確認しておきたい。
「ただ、一つだけ」
俺が言うと、清水さんの表情がまた少し固くなる。
「召喚された時、俺たちは復活した魔王を倒すために呼ばれたって説明されましたよね」
「うん」
「俺はアストラーレへ来て、普通に街を歩いて、人とも話しました」
魔族だからという理由だけで襲われたことはない。
むしろ、この国では何度も助けてもらっている。
イザベラ様本人とも話したし、王城の人たちにも世話になった。
「俺はイザベラ様を敵だとは思ってません」
ここは曖昧にするつもりはない。
「もしロドリスがアストラーレを攻めるなら、俺はこっちの側に立ちます」
今いる仲間。
世話になった人たち。
ここで暮らしている人たち。
俺が守るなら、そちらだ。
清水さんは少し驚いた顔をした。
それから、ほんの少し笑った。
「大丈夫」
「え?」
「私、もうロドリスの勇者一行でもなんでもないから」
少し自嘲するような笑い方だった。
「勝手に王都を出てきたし。たぶん、向こうからしたらもう味方じゃないよ」
「王都を出てきたんですか?」
てっきり正式に外へ出たのだと思っていた。
「うん。一人で抜けたの」
「どうして?」
清水さんは、王国から聞かされていたアストラーレの話へ疑問を持ったことを話した。
王城の記録は、魔族が残虐で、アストラーレは人類の敵だという内容ばかり。
けれど冒険者や商人が残した記録には、普通に他国と交易し、精霊や自然を尊重し、民を守る国として書かれていたという。
「両方が同じ国のことを書いてるとは思えなくて、自分で調べるようになったの」
俺も頷いた。
実際にこの国へ来た今なら、その違和感はよく分かる。
「それと、カイトたちとも一緒にいられなくなった」
清水さんの表情が少し曇った。
強い力を簡単に扱えるようになってから、カイト、トウマ、リンの考え方が少しずつ変わっていったらしい。
自由に生きたい。
王国の言うことを聞きたくない。
そこまでは分からなくもない。
けれど最後には、邪魔をするならロドリス王国そのものを潰しても構わないとまで口にするようになったという。
「……そこまで言ってたんですか」
「うん」
俺は少し黙った。
カイトたちと最後にまともに話したのは、召喚された日だ。
今の三人を直接見たわけではない。
だから、三人がどうなったのかを俺が決めつけることはできない。
それでも、清水さんが一人で離れるほどだったのは確かだろう。
「カイトたちは今どうしてるんですか?」
「分からない」
清水さんは首を横へ振った。
「王都を抜けてから、一度も会ってないから」
「そうですか……」
そこでようやく、クロエさんへ目を向けた。
「それで、クロエさんとはどうして一緒に?」
「ポルト・ラーラで偶然一緒に戦ったの」
クロエさんが答えた。
「カオリがフトシ君を探してるって知って、事情も聞いた。最初はガルディアまで一緒に行くつもりだったんだけどね」
少し笑う。
「途中で、フトシ君に会うまで付き合うって決めたの」
「そうだったんですか」
ポルト・ラーラからガルディア。
そこからここまで。
一人だった清水さんと一緒に来てくれたらしい。
「ありがとうございます、クロエさん」
「わたしが勝手についてきただけだから」
クロエさんはそれだけ言った。
話が一区切りしたところで、今度は清水さんへ尋ねる。
「それで、清水さんはこれからどうするんですか?」
「……」
今度は返事がすぐに出なかった。
少し考えてから、清水さんが答える。
「まだ、決めてない」
「決めてない?」
「王都を出ることと、フトシ君を探すことと……会ったら謝ることしか考えてなかったから」
そこから先までは決めていなかったらしい。
クロエさんも、俺に会うまでという目的はもう達成している。
俺たちは、まだしばらくメリディアにいる。
街を出る前には、イザベラ様たちにも一度顔を出す約束が残っている。
「急いで行くところがないなら、しばらく俺たちと一緒に行動しますか?」
「え?」
清水さんが目を丸くする。
「メリディアにいる間だけでも。俺たちもまだここに用事がありますし」
クロエさんが清水さんを見る。
「いいんじゃない?」
決めるのは本人だ。
清水さんは少し迷ったあと、俺を見る。
「……うん。もう少し、一緒にいてもいい?」
「もちろん」
断る理由はない。
そこで部屋の中を見回し、今さら一つ気づいた。
市場からここまで全員で来ているのに、ちゃんと紹介していない。
「そういえば、まだちゃんと紹介してませんでしたね」
少し重かった空気も、ここからなら変えられそうだ。
「じゃあ、改めて」
最初に清水さんが名乗った。
「清水カオリです。フトシ君と同じ日本から、ロドリス王国に召喚されました。職業は【賢者】です」
少しだけ間を置く。
「冒険者はCランク。ロドリスで特例登録されたものだけど……魔法が得意です」
勇者一行とは言わなかった。
続いてクロエさん。
「クロエ・ポルト・ラーラ。アクアリスのポルト・ラーラ出身で、Cランク冒険者。剣を使った近接戦が得意よ」
こちらは以前から知っているが、みんなに向けて改めて名乗ってくれた形だ。
俺も続く。
「改めて、フトシです。今はDランク冒険者で、料理をしながら旅してます。街によっては屋台も出してます」
「Dランク……」
清水さんが少し意外そうな顔をした。
何か思ったようだが、今はそれ以上聞かなかった。
俺は足元にいる白い兎を示す。
「この子はシルクです」
クロエさんが笑った。
「シルクは知ってる。ポルト・ラーラでも会ったもの」
シルクが長い耳を動かす。
「ただ、クロエさんが知ってるのはスノーラビットだと思います」
「え?」
「本当はフォーチュンラビットっていう幻の聖獣です」
「……え? この子、スノーラビットじゃなかったの?」
「違います」
清水さんも白いシルクを見つめた。
シルク本人は特に気にした様子もない。
「認識阻害がかなり強いので、普通はそう見えるみたいです」
次はメイだ。
黒い子犬にしか見えない姿で、俺の足元にいる。
「この子がメイです」
「メイも知ってるわよ」
「フェンリルの亜種です」
クロエさんの顔が止まった。
「……この子犬が?」
「はい」
「どう見ても子犬なんだけど」
メイが首を傾げる。
「認識阻害と鑑定偽装で、そう見えるみたいです」
清水さんも驚いたままメイを見ていた。
旅の途中では、白いウサギと黒い犬のような相棒としか聞いていなかったらしい。
次はベル。
「この子はベルです」
ベルがふわりと浮かぶ。
「ベルよ。よろしくね」
「ピクシーです。それと……妖精の女王でもあるらしいです」
クロエさんが眉を上げた。
「まだあるの?」
ベルは少し得意そうに胸を張る。
「そうよ」
それ以上は自慢を続けず、満足そうに笑っていた。
清水さんも驚きが追いついていないようだった。
「それで、この子がキリコです」
黒髪のキリコが二人を見る。
「キリコ。よろしく」
「キリコは昨日、Fランク冒険者になったばかりです。今は俺と同じパーティに入ってます」
二人の視線が、キリコの小さな角へ向く。
「種族は魔人です」
清水さんが少し姿勢を正した。
「オリエンスの地下で、アドヴァースっていう集団が不完全な魔神召喚を行った時に生まれました」
「魔神召喚……?」
清水さんの目が少し大きくなる。
「でも、キリコは誰かの持ち物でも兵器でもないです。今はキリコとして、自分でどう生きるか決めてます」
キリコが小さく頷いた。
清水さんは驚いていたが、珍しいものを見るような目ではなかった。
少し迷ったあと、キリコ本人へ尋ねる。
「……キリコちゃんって呼んでもいい?」
キリコが清水さんを見る。
「うん」
「じゃあ、よろしくね。キリコちゃん」
「よろしく」
今度はクロエさんも笑う。
「わたしもキリコちゃんって呼ぶね」
「うん」
キリコは二人を見比べて、ほんの少しだけ笑った。
最後にウンディーネだ。
「それから、ウンディーネです」
クロエさんが周囲を見回した。
「……誰?」
「え?」
俺もクロエさんを見る。
その隣で、清水さんは自然に一方向へ視線を向けていた。
そこにはウンディーネが立っている。
「この人……ですよね?」
今度は俺が清水さんを見る番だった。
「清水さん、ウンディーネが見えてたんですか?」
「うん。最初から」
「最初から?」
市場からここまで、ずっと見えていたらしい。
ウンディーネを見る。
本人も特に驚いていない。
『カオリは、自然に近いから見えるよ』
「【賢者】だから?」
『たぶん。魔力との繋がりがすごく近い』
そういうことらしい。
一方、クロエさんは完全に置いていかれている。
「ちょっと待って。そこに誰かいるの?」
ウンディーネがクロエさんを見る。
『……この人には見えてない』
「クロエさんにも姿を見せてもらえる?」
『うん』
ウンディーネが頷いた。
何もなかったように見えていた空間が、水面のように揺らぐ。
クロエさんの目が大きく開いた。
透き通るような青い長髪。
水そのものを衣にしたような女性。
「えっ……」
初めて姿を見たクロエさんが、珍しく言葉を失う。
ウンディーネはいつも通りだった。
『ウンディーネ。水の大精霊』
「……大精霊?」
クロエさんがようやく声を出した。
清水さんも驚いた顔をする。
「精霊だとは思ってたけど……大精霊だったの?」
『うん』
ウンディーネはそれだけ答えた。
清水さんが部屋の中をゆっくり見回す。
シルク。
メイ。
ベル。
キリコ。
ウンディーネ。
旅の途中で姿だけ聞いてきた仲間たちが、ここでようやく名前と繋がったらしい。
「フトシ君、本当に……色々あったんだね」
「まあ、色々ありました」
細かく話せば長くなる。
今日はそこまででいいだろう。
かなり重かった空気も、いつの間にか和らいでいた。
そこで、もう一つ気になることを思い出す。
「そういえば、二人はどこに泊まってるんですか?」
クロエさんが答える。
「街へ着いた時に、二人部屋を一つ取ったよ」
「じゃあ、今日はそこへ戻るんですね」
「そうね」
少し考える。
明日から一緒に動くなら、宿が別々なのは不便だ。
「明日から、こっちへ移りませんか?」
「え?」
清水さんがこちらを見る。
「この宿なら二人部屋を取ればいいですし、朝から一緒に動けますから」
「でも、そこまでしてもらわなくても……」
クロエさんも苦笑する。
「宿くらい自分たちで取れるよ」
「ここまで俺を探して来てくれたんです。メリディアにいる間くらい、任せてください」
まだ何か言いそうだったので、そのまま続ける。
「宿代も食事も俺が出します」
「そんな!」
「いやいや、さすがにそこまでは!」
二人がほとんど同時に声を上げた。
思わず少し笑う。
「大丈夫です。今は余裕ありますから」
旅を始めた頃なら、こんなことは言えなかった。
今は依頼や屋台で稼いだ金もあるし、王家や大聖樹の調査で受け取った報酬も十分残っている。
二人分の宿泊費と食費くらいなら問題ない。
「でも……」
清水さんはまだ遠慮している。
「ここまで来ていただいたんですから、これくらいさせてください」
個人的に欲しいものまで全部払うつもりはない。
ただ、メリディアにいる間の宿と食事くらいは俺が出せばいい。
「……フトシ君、前からこんな感じだったっけ?」
クロエさんが少し呆れたように笑った。
「そうですか?」
自分ではよく分からない。
話も終わったので、貸切室を出る。
そのまま宿の人へ声を掛けた。
「すみません。明日から二人部屋を一つお願いできますか?」
「空いてますよ。何泊の予定です?」
「まだ決めてないので、ひとまず数日でお願いします。延びる時はまた伝えます」
「分かりました」
後ろから清水さんの声がする。
「フトシ君、本当に自分たちで払えるから……」
「大丈夫ですよ」
「わたしもちゃんとお金持ってるんだけどなぁ」
クロエさんまで言う。
「知ってます。でも、今回は俺に出させてください」
宿の人へ前払いを済ませる。
クロエさんが隣で小さく息を吐いた。
「相変わらずだね、フトシ君」
「そうですか?」
「そうだよ」
クロエさんが笑う。
その横で、清水さんもようやく少し自然に笑った。
謝るために俺を追いかけてきた二人と、明日から同じ宿で過ごすことになる。
朝には想像もしていなかったが、旅をしていればこういうこともあるらしい。




