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探求者の異世界美食行脚 ~異世界召喚でハズレ扱いされたゴリラ系男子、気ままなグルメ旅に出る~  作者: おまめちゃん
南の地メリディアへ

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第121話 百食限定のブリスケットと、思わぬ再会

昨日、キリコは冒険者として初めての依頼を一人でやり遂げた。


初めて受け取った報酬で、俺たちへの小さな贈り物まで買ってくれた。


その翌朝。


俺たちは、いつもの宿で朝食を取っていた。


キリコは昨日もらった冒険者カードを時々眺めながら、パンを食べている。


次も依頼をやってみたいと言っていたし、今日もギルドへ行きたがるかもしれない。


一方で、俺は昨日作ったブリスケットサンドのことを考えていた。


あれはかなり上手くいった。


久しぶりに市場で屋台をやるのもよさそうだ。


「今日は屋台をやろうと思うけど、みんなはどうする?」


「行く!」


ベルはすぐに答えた。


メイとシルクもこちらを見る。


ウンディーネは朝食を食べながら、特に反対する様子はない。


俺はキリコへ目を向けた。


「キリコは今日も依頼を見に行ってみる?」


キリコは少し考える。


それから、俺を見た。


「今日はフトシと一緒がいい」


「そっか」


少し意外だった。


冒険者になって、自分で依頼までやり遂げた。


それでも、毎日すぐ次へ進みたいわけではないらしい。


「じゃあ今日は一緒にやろうか」


「うん」


キリコが頷く。


さて、何を売るか。


答えはもう決まっている。


昨日、初依頼のお祝いに作った【紅角野牛(クリムゾン・バイソン)の金蜜てりやきスモークブリスケットサンド】だ。


ただ、普段の屋台料理と同じように安く大量に出すものではない。


肉は紅角野牛。


甘味には霊峰の金蜜。


天然醸造生醤油、本みりん、自家製日本酒、紅角野牛の牛骨出汁まで使う。


何より、燻製と低温調理には長い時間が必要だ。


(百食限定くらいにしよう)


値段は一個二千ゴールド。


看板の名前まで長くする必要はない。


【金蜜てりやきブリスケットサンド】で十分だろう。


朝食を終え、まず宿の厨房を借りる。


紅角野牛の胸側肉を取り出し、百食分に必要な量をいくつかの塊へ分けた。


巨大な魔物だけあって、同じ胸側でも肉の厚さや脂の入り方が均一ではない。


硬い表面脂を落とす。


厚すぎる脂も削る。


筋膜も包丁の先で拾って外していく。


ただし、柔らかな脂は適度に残した。


長時間火を入れる間に溶け、赤身を支えてくれる。


整え終えた肉へ、天然醸造生醤油、本みりん、日本酒、牛骨出汁、霊峰の金蜜を合わせた下味を絡める。


金蜜は甘くしすぎない量。


時間進行区画を低温に保ち、一晩相当まで加速した。


必要な時間が経過したところで止める。


肉を取り出し、余分な液を丁寧に拭いた。


粗く砕いたピリ石を少量だけ振る。


次は燻製だ。


昨日と同じように、人家や農地から離れた野営可能な場所へ移動した。


乾燥させた果樹材を燻製器へ入れ、燃え上がらない程度に熱を入れる。


【料理魔導の適性】で弱く空気を流し、煙が肉の周囲を通って抜けるよう整えた。


温度は百十度から百二十度ほど。


【絶対温度領域】で安定させ、燻製器ごと時間進行区画へ収納する。


今回は肉の量が多い。


だからといって、一度入れて終わりにはできない。


二時間ほど進めて止める。


一つ目の塊を確認する。


色はまだ浅い。


脂の厚い塊は、表面の乾きも遅かった。


隣の少し薄い塊は、もう一段濃い色になっている。


状態を見て戻し、また時間を進める。


途中で何度も止めた。


色。


表面の乾き。


脂の浮き方。


煙の香り。


中心温度。


乾きの強い塊には、南方果実酢と牛骨出汁を薄く合わせたスプリッツを霧状に吹く。


問題のないものには何もしない。


何度か繰り返すうちに、早い塊から黒褐色のバークが出来上がってきた。


十分に煙を受けたものから取り出す。


生醤油、本みりん、日本酒、牛骨出汁、金蜜、少量の果実酢を合わせた煮汁。


そこへ精製しておいた紅角野牛の牛脂も少し加え、耐熱紙で包んだ。


百二十度から百三十度ほどで、さらに時間を進める。


中心温度が九十度台へ入っても、それだけでは決めない。


細い串を刺す。


まだ押し返される塊は戻す。


すっと入るようになったものから火入れを終え、六十度台前半でホールドした。


最後の塊まで仕上げたところで、肉の準備は終わりだ。


アイアンキャベジを極細に刻む。


南方果実酢、南方柑橘、赤塩、霊峰の金蜜を少し。


さっぱりした酸味を残す。


柔らかな丸パンも百食分を用意した。


包みの底へ溜まった肉汁と煮汁はまとめ、余分な脂を少し除く。


そこへ生醤油、本みりん、金蜜を加え、弱火で煮詰めた。


刷毛へ薄くまとわりつく程度で止める。


これで金蜜てりやきグレーズも完成だ。


市場へ向かい、商人ギルドの出張窓口で今日の区画を借りる。


特注屋台を設置し、看板を出した。


『金蜜てりやきブリスケットサンド 一個2000G 本日限定100食』


通りを歩いていた人が看板を見て、何人か足を止めた。


「二千?」


「今日は高いな」


まあ、そう思うよな。


ただ、使用している肉が紅角野牛だと分かるようにも書いてある。


それに気づいた冒険者らしい男が、屋台の前へ来た。


「これ、本当に紅角野牛か?」


「はい」


男は看板と俺を見比べる。


少し迷った後、硬貨を出した。


「じゃあ一つくれ」


「ありがとうございます」


丸パンの内側へ紅角野牛の牛脂を薄く塗り、切断面だけを焼く。


酸味を効かせたアイアンキャベジを敷く。


ホールドしていたブリスケットは、筋目へ直角に厚めに切った。


黒褐色の表面から燻香が立つ。


切り口には肉汁が薄く滲んでいた。


一枚持ち上げても形は崩れない。


それでも軽く引けば、繊維がほろっとほどける。


パンへ乗せ、金蜜てりやきグレーズを刷毛で一往復だけ。


上のパンを重ねた。


「どうぞ」


男が受け取り、その場で大きく齧る。


厚い肉へ歯が沈んだ。


そのまま動きが止まる。


「……うまっ!」


思った以上に大きな声だった。


近くを歩いていた人まで振り向く。


男は手元のサンドを見た。


「なんだこれ、柔らかすぎるだろ。本当に紅角野牛か?」


答えるより先に、もう一口齧っている。


今度はアイアンキャベジも一緒だ。


「外の香りもすげえな……これ、うまいぞ」


三口目も止まらなかった。


その様子を見ていた女性が、看板の二千ゴールドという文字を眺める。


「高いけど……」


もう一度、食べている男を見る。


「一つください」


「ありがとうございます」


同じように仕上げて渡す。


女性は少し小さめに齧った。


目が丸くなる。


「……美味しい」


続けて、今度は野菜も一緒に口へ入れる。


「あ、これいいね。肉は濃いのに、酸っぱい野菜と食べると重くない」


そのまま二口目へ進んだ。


最初に買った男は、まだ半分ほど残っているのに後ろから来た仲間へ声を掛ける。


「おい、これ買っとけ!」


「二千だぞ?」


「いいから。なくなる前に買え!」


それをきっかけに、屋台の前へ人が集まり始めた。


一人が買う。


その人が食べる。


それを見て、また誰かが並ぶ。


「うまい」


「本当に柔らかいな」


「この匂いすごいぞ」


「高いと思ったけど、食えば分かる」


「もう一個食いたいな……」


難しい言葉はない。


ただ、食べた人が驚いて、次の一口へ進んでいく。


仲間へ勧める人もいる。


(気に入ってもらえたみたいだ)


二千ゴールドなら残る可能性もあると思っていた。


それでも買ってくれた人が美味しそうに食べてくれるなら、この値段で出した意味はあった。


キリコも屋台の横で手伝っている。


使う包みを俺の近くへ置いたり、商品を渡す時に少し頭を下げたり。


まだ自分から客へ声を掛けるほどではないが、できることを探して動いていた。


昼頃になると、客足が一度落ち着いた。


朝からずっと紅角野牛と照り焼きの香りに囲まれていたせいか、今は肉より魚が食べたい。


それも、酸味のあるものがいい。


アイテムボックスを確認する。


巨大アジがある。


マグロほどの大きさがあるアジで、脂もしっかり乗っている。


「昼は南蛮漬けにしよう」


「なんばんづけ?」


キリコがこちらを見る。


「揚げた魚を、酸っぱい漬け汁に馴染ませる料理だよ」


屋台の営業を少し休み、調理台を片付けて昼食の準備に使う。


巨大アジから必要な分だけ切り出した。


骨を確認し、食べやすい大きさへ切る。


薄く小麦粉をまぶし、熱した油へ入れた。


ジュワッと泡が広がる。


表面はカラッと。


厚い身は火を通しすぎず、ふっくら残す。


その間に漬け汁を作る。


昨日から使っているメリディア産の南方果実酢。


天然醸造生醤油。


手作り本みりん。


干しジャイアント・マッシュの薄い出汁。


大玉葱を薄く切って加え、南方柑橘も少しだけ搾った。


揚がった巨大アジを、熱いうちに漬け汁へ入れる。


衣が汁を吸い始め、果実酢と醤油の香りが立った。


時間進行区画へ入れ、味が馴染む分だけ時間を進める。


必要なところまで来たら止め、食べやすい温度まで落とした。


ご飯はすぐ用意できる。


キリコがウンディーネと一週間ほど訓練していた間、紅角野牛の骨や脂、端肉の仕込みと並行して、旅先ですぐ食べられる完成料理も多めに作っておいた。


炊き込みご飯もその一つだ。


フォレスト・フォウルの鶏ガラ出汁と、干しジャイアント・マッシュの出汁。


生醤油。


本みりん。


少量の野菜。


魚料理にも合わせやすいよう薄めの味で炊き、一食分ずつ小分けして時間停止区画へ入れてある。


人数分を取り出し、温めた。


「いただきます」


まず巨大アジの南蛮漬け。


漬け汁を吸った衣は少ししっとりしている。


その下から、ふっくらした身がほどけた。


巨大アジの脂は濃いが、果実酢の酸味と大玉葱の香りで後味は軽い。


「おっ、いい」


朝から肉を扱い続けた後にはちょうどいい。


続けて炊き込みご飯。


フォレスト・フォウルの鶏出汁と干しジャイアント・マッシュの穏やかな旨味が、南蛮漬けを邪魔しない。


「酸っぱいけど、お魚の味もちゃんとする!」


ベルが大玉葱と一緒に巨大アジを食べている。


キリコも南蛮漬けと炊き込みご飯を交互に口へ運んだ。


「さっきのお肉と全然違う」


「今日はずっと濃い肉の匂いだったから、昼はこっちの方が食べやすいね」


ウンディーネも一口食べて頷く。


『酸っぱいの、脂と合う』


メイとシルクにも、同じ味付けの南蛮漬けと炊き込みご飯を、それぞれ食べやすい量で出してある。


二匹ともいつも通り食べ進めていた。


昼食を終えて調理台を片付け、営業を再開する。


午後になると、午前中より最初から目的を持って来る客が増えた。


「紅角野牛のサンド、ここ?」


「まだ残ってるか?」


「知り合いに聞いて来たんだ」


どうやら話が広がっているらしい。


二千ゴールドという看板を見ても、そのまま列へ並ぶ人が増えていた。


七十食。


八十食。


九十食。


残りが少なくなっても、追加分は作らない。


今日は百食限定だ。


キリコも隣で包みを渡したり、使い終えたものをまとめたりしている。


最後の一食を仕上げる。


焼いた丸パン。


酸味を効かせたアイアンキャベジ。


厚切りのブリスケット。


薄く塗った金蜜てりやきグレーズ。


「お待たせしました」


最後の客へ渡す。


「ありがとう!」


客が嬉しそうに受け取り、その場を離れていく。


「ありがとうございました」


これで百食。


俺は用意しておいた木札を取り出した。


『本日分完売』


屋台の前へ掛ける。


「全部売れた!」


ベルが嬉しそうに飛ぶ。


「うん。二千ゴールドでも全部出たね」


値段だけなら、普段の俺の屋台料理よりかなり高い。


それでも百食すべて売れたなら、料理として納得してもらえたのだろう。


俺も少し嬉しくなった。


追加を作るつもりはないので、そのまま片付けを始める。


調理器具を洗い、残った食材をしまう。


キリコも隣で使い終えた包みや布をまとめていた。


その時、こちらへ近づいてくる二人の女性が見えた。


完売の札を見落とした客だろうか。


俺は作業を続けながら声を掛ける。


「すみません、今日はもう売り切れで……」


顔を上げる。


一人目を見て、手が止まった。


見覚えのあるショートヘア。


「……あれ、クロエさん?」


「久しぶり、フトシ君」


クロエさんが笑う。


ポルト・ラーラ以来だ。


「お久しぶりです。どうしてメリディアに?」


聞きかけて、その隣にいる少女へ視線が移った。


人族の女の子。


黒い髪。


見覚えがある。


でも、クロエさんと一緒にいる理由がまるで分からないせいか、すぐには名前が出てこなかった。


少し考える。


ロドリス王国。


召喚された教室の同級生。


王国へ残った四人のうちの一人。


記憶が繋がった。


「……清水、さん?」


少女の肩が僅かに動いた。


やっぱりそうだ。


清水カオリ。


追放された日に王城へ残った一人。


あの時のことも思い出したが、不思議と怒りが込み上げるようなことはなかった。


それよりも先に浮かんだのは別の疑問だ。


(どうしてクロエさんと清水さんが一緒にメリディアへ?)


清水さんはかなり緊張しているように見えた。


俺と目が合っても、すぐには言葉が出てこない。


何か話したいことがあるのかもしれない。


市場の真ん中で立ち話をする内容でもなさそうだ。


「ここだと落ち着かないですし、場所を変えますか?」


清水さんが少し驚いたように俺を見る。


クロエさんが頷いた。


「そうしてもらえると助かるわ」


「分かりました」


屋台の片付けを終える。


調理器具を収納し、特注屋台もアイテムボックスへ収めた。


借りた区画に物が残っていないことを確認する。


王城へ連れていくことも一瞬考えたが、やめた。


清水さんが何を話しに来たのかも分からない。


まずは普段使っている宿の方が落ち着くだろう。


「宿に戻りましょう」


ベル、メイ、シルク、キリコも一緒に歩き出す。


ウンディーネもいつも通りついてきた。


クロエさんは時々シルクやメイを見ている。


清水さんは、それよりも何か考えているようで口数が少ない。


果樹園側地区の宿へ戻る。


一階の奥には、宿泊客が少人数で静かに食事をしたり、相談事をしたりする時に使える小さな貸切室が一つある。


宿の人へ頼むと、すぐに使わせてもらえた。


豪華な部屋ではない。


テーブルと椅子があり、扉を閉めれば食堂の声もほとんど気にならない程度の部屋だ。


俺たちは中へ入った。


クロエさんと清水さんに座ってもらい、俺も向かい側へ腰を下ろす。


ベルたちも一緒だ。


まだ仲間の紹介を始めるより、先に聞いた方がよさそうだ。


俺はクロエさんと清水さんを交互に見る。


「それで……どうしてクロエさんと清水さんが一緒にメリディアへ?」


清水さんの身体が少し硬くなる。


一度ゆっくり息を吸った。


それから俺を見た。


「フトシ君に、話したいことがあって来ました」

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