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探求者の異世界美食行脚 ~異世界召喚でハズレ扱いされたゴリラ系男子、気ままなグルメ旅に出る~  作者: おまめちゃん
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第114話 奪われた自由と、古代の隷属刻印

窓のない護送馬車は、人目の多い王都の正門へは向かわなかった。


城壁に沿って回り込み、王城の裏手にある物資搬入口へ入っていく。


カイト、トウマ、リンの三人は、まだ意識を失ったままだった。


馬車が地下へ続く坂を下りきると、待機していた王宮兵と数人の魔術師が近づいてくる。


騎士団副団長は自ら馬車の扉を開け、三人の状態を一人ずつ確認した。


「三名とも生存。重傷なし。拘束具も異常ありません」


黒い金属で作られた手枷と足枷、それに首元の拘束具には、まだ淡い魔力が流れている。


副団長の報告を聞いた王宮魔術師が頷いた。


「確かに引き受けました」


「では、私の任務はここまでですね」


「はい」


副団長は担架で運ばれていく三人を一度だけ見た。


その先に何があるのかは聞かされていない。


国王から命じられたのは、生きたまま三人を捕らえ、この場所へ届けるところまでだった。


「ガウェイン団長への報告は?」


「陛下から、まだ不要とのお言葉です」


副団長は少しだけ眉を動かしたが、それ以上は尋ねなかった。


「承知しました」


一礼して、その場を離れる。


三人を乗せた担架は、通常の地下牢へ続く通路とは別の道へ運ばれていった。


王城のさらに地下。


明かりの少ない古い石造りの区画を進み、何枚もの重い扉を越える。


その最奥に、大きな円形の部屋があった。


床一面には、複雑な魔法陣が刻まれている。


新しく描かれたものではない。


長い年月を経て石そのものへ染みついたような線の上へ、希少な魔導素材がはめ込まれていた。


部屋の周囲には、大量の魔石。


銀色の液体が入った小瓶。


乾燥した植物や鉱石のような触媒。


そして王家の禁書庫から運び出された、古びた術式書が並んでいる。


すでに複数の高位王宮魔術師が配置についていた。


その中央に立っていた責任者が、入ってきたアルベールへ深く頭を下げる。


「陛下。三名とも到着いたしました」


「始めろ」


「……その前に、もう一度だけ確認させていただきます」


アルベールが不機嫌そうに視線を向ける。


責任者は構わず続けた。


「本当に【隷属刻印】を使用なさるのですか」


部屋にいる魔術師たちも黙っている。


それだけ重い確認だった。


「何度言わせる」


「この術式は、一度大規模に起動すれば、数年間は再び使用できません」


責任者が床の魔法陣を見る。


「蓄えられた魔力のほぼ全てを使い切ります。それだけではなく、術式を構成する魔導素材そのものへ魔力を焼き付けて発動するため、単純に魔石を補充すれば再起動できるものではございません」


「知っている」


「今回は対象も通常とは違います。【勇者】、【聖戦士】、【拳聖】。三名とも非常に高い魔力と強力な職業補正を持っております」


高い魔力を持つ者ほど、外部から刻まれる術式へ強く抵抗する。


もし定着に失敗しても、使った魔石や触媒、魔法陣へ蓄積された魔力は戻らない。


数年間使えなくなったうえ、三人を支配できないという結果もあり得る。


だからこそ、三人は眠らされたまま運び込まれた。


黒金属の拘束具にも、魔力の流れを抑える術式が組み込まれている。


「三人を同時に組み込め」


アルベールは迷わなかった。


「どうせ一度使えば、数年は使えぬのであろう」


「はい」


「ならば、この三人全てへ使え。この者たち以上に今使う価値のある対象などおらん」


責任者はしばらく黙ったあと、深く頭を下げた。


「承知いたしました」


カイト。


トウマ。


リン。


三人は魔法陣の中にある三つの位置へ運ばれた。


それぞれが仰向けに寝かされ、拘束具の状態が再確認される。


魔術師たちが術式書を開いた。


「第一術式、接続」


床の一部が淡く光る。


「魔石群、解放」


部屋の周囲に並べられた魔石から、次々と魔力が流れ出した。


光が床の溝を走り、巨大な円を形作っていく。


三人の身体を囲む小さな魔法陣も順番に輝き始めた。


「触媒投入」


銀色の液体が中央の窪みへ注がれる。


乾いた音を立てながら、鉱石のような触媒が光へ溶けていった。


「【隷属刻印】、起動します」


部屋全体の光が一気に強くなる。


大量の魔力が三人へ流れ込んだ。


眠っているカイトの身体がわずかに跳ねる。


トウマの周囲では光が揺らぎ、リンの腕に刻まれた拘束具が低く震えた。


三人自身の魔力が、侵入してきた術式を押し返そうとしている。


「反発上昇」


「出力を上げろ」


「第二術式を維持。三名とも切り離すな」


魔法陣の光がさらに濃くなった。


床へ置かれていた魔石が、一つ、また一つと色を失っていく。


カイトの胸元に黒い線が浮かんだ。


鎖骨の少し下。


細い線が絡み合い、小さな紋様を作る。


続いてトウマ。


リン。


三人の胸へ、同じ形の黒い刻印が現れた。


「定着を確認」


責任者はしばらく三人の魔力を確認していた。


「……三名とも成功です」


その言葉と同時に、床の光が急速に消えていった。


最後の魔石も濁った灰色へ変わる。


巨大な魔法陣は完全に沈黙した。


「再起動可能になるまで、どれほどだ」


アルベールが尋ねる。


「正確には分かりません。少なくとも数年は必要かと」


「構わん」


アルベールは三人へ目を向けた。


「これで、二度と勝手な真似はできまい」


しばらくして。


冷たい感触で、カイトは目を覚ました。


「……っ」


頬が石の床に触れている。


身体を起こす。


薄暗い魔導灯。


鉄格子。


冷たい石壁。


そこでようやく記憶が戻った。


森を抜けた先の砦。


王国兵。


背後からの奇襲。


魔力が乱され、身体を拘束されて――。


「……ふざけやがって!」


カイトは勢いよく立ち上がった。


手首と足首に黒い拘束具が付いている。


首にも同じ金属の輪。


力を込めて引きちぎろうとするが、思ったように魔力が集まらない。


「くそっ!」


「カイト!」


隣から声がした。


鉄格子を挟んだ別の牢に、リンがいる。


そのさらに向こうにはトウマもいた。


「リン! トウマ!」


「無事か」


「私は平気。でもこれ何なの!?」


三人とも大きな怪我はない。


トウマは自分の胸元へ目を落とした。


服の襟から少し覗く場所に、見覚えのない黒い紋様がある。


「……カイト。お前にもある」


「何?」


カイトが自分の胸元を確認する。


同じものが刻まれていた。


「何だよ、これ……」


その時、牢へ続く扉が開いた。


数人の王宮兵。


王宮魔術師。


そして、その中央からアルベールが姿を現す。


カイトの表情が一変した。


「てめえ……!」


鉄格子へ歩み寄る。


「今すぐここから出せ!」


リンも怒りを露わにし、トウマは黙ったままアルベールたちを睨んでいる。


「相変わらず騒がしいな」


「誰のせいだと思ってんだ!」


カイトが鉄格子へ手を掛けた。


「こんなもんぶっ壊して――」


「動くな」


アルベールが言った。


その瞬間。


カイトの身体が止まった。


「……は?」


鉄格子を掴もうとしていた腕も。


前へ出ようとしていた脚も。


その姿勢のまま、一切動かない。


(動け)


カイトは力を込める。


(動けよ!)


身体は何ともない。


意識もはっきりしている。


魔力も感じる。


それなのに、指一本動かせなかった。


「……何しやがった」


声は出た。


アルベールは満足そうに目を細める。


王宮魔術師が一歩前へ出た。


「あなた方が眠っている間に、古代魔法【隷属刻印】を施しました」


「隷属……?」


トウマが自分の胸元を見る。


「この紋様か」


「そうです」


魔術師が頷いた。


「遥か昔、この大陸に奴隷制度が存在していた時代に使用されていた古い術式です。現在では失われた魔法とされていますが、ロドリス王家の禁書庫には術式が残されていました」


「ふざけんな!」


リンが鉄格子を叩く。


「私たちを奴隷にしたってこと!?」


「人格を奪う魔法ではありません」


王宮魔術師は淡々と答えた。


「記憶も、感情も、思想も変化しません。陛下を嫌うことも、今のように怒ることも自由です」


「じゃあ何なんだよ!」


カイトが動かない身体のまま叫ぶ。


「主契約者から受けた明確な行動命令へ、身体と魔力が逆らえなくなる。それが【隷属刻印】です」


主契約者。


今回、その立場にあるのはアルベール・ヴァン・ロドリスだった。


「命令権は基本的に陛下のみがお持ちです。必要な場合には、陛下が指定した軍指揮官へ、戦闘や移動など限定された命令権を一時的に与えることもできます」


「だったら、その軍人が好き勝手命令できるってことかよ」


トウマが低い声で聞く。


「いいえ。陛下が許可した範囲のみです。個人的な命令や、指定外の行動を強制することはできません」


カイトは歯を食いしばった。


「こんなもん……俺が本気で抵抗すれば――」


アルベールが遮る。


「跪け」


カイトの目が見開かれた。


「誰が――」


脚へ力を入れる。


絶対に曲げない。


そう思っているのに、右膝がゆっくり床へ落ちた。


「っ……!」


反対の膝も続く。


必死に立とうとしても、身体は逆にアルベールの命令を実行していく。


最後には、鉄格子の向こうにいるアルベールへ向かって両膝をついた。


「くそ……っ!」


顔だけを上げ、睨みつける。


屈服したわけではない。


頭の中では怒りが煮えたぎっている。


それなのに、身体だけが命令通りに跪いていた。


「……絶対に殺してやる」


黒い刻印は何も反応しない。


アルベールも表情を変えなかった。


「言葉だけなら自由らしいぞ」


王宮魔術師が補足する。


「【隷属刻印】は心を読む術ではありません。殺したいと思うことも、それを口にすることも、それだけなら制限されません」


アルベールがカイトを見る。


「立て」


身体が勝手に動いた。


カイトは立ち上がると同時に、鉄格子へ身体をぶつけた。


「なら、今ここで――!」


アルベールへ飛びかかろうとした瞬間。


胸の刻印が熱を持った。


「ぐっ!?」


心臓を内側から強く掴まれたような痛みが走る。


カイトが胸を押さえて膝をつく。


それでも手を伸ばそうとすると、痛みはさらに強くなった。


「ぐ、あ……!」


攻撃を止めた途端、締め付ける感覚がゆっくり弱まる。


「今のは主契約者への危害を防ぐ制約です」


王宮魔術師が説明を続ける。


「殴る、斬る、魔法を放つ。当然ですが、毒を盛る、罠へ誘導する、他者へ暗殺を依頼するといった行為も、陛下へ危害を加える明確な目的で実行へ移せば刻印が反応します」


「……考えただけでもか」


トウマが尋ねる。


「いいえ。先ほど申し上げた通り、思考は自由です」


だからこそ、カイトの怒りも殺意も消えていない。


ただ、それを実行へ移すことだけができない。


カイトは荒い呼吸を整えながら、アルベールを睨んだ。


「じゃあ……お前が俺に死ねって言ったら、死ななきゃなんねえのかよ」


「それはできません」


王宮魔術師が即答した。


「古代の術式そのものに、契約対象の生命と人格を最低限保護する制約があります」


直接的な死を目的とする命令。


自ら首を切る。


心臓を刺す。


崖から飛び降りて死ぬ。


そういった命令は成立しない。


腕を切り落とす、目を潰すといった不可逆的な重大自傷も同様だった。


「人格そのものを書き換える命令も無効です。陛下を心から敬え、忠誠心を持て、といったものですね」


リンが少しだけ息を吐いた。


だが、魔術師の説明は終わっていなかった。


「ただし、危険な場所へ行く命令や、戦闘命令は別です」


三人の表情が変わる。


「敵軍と戦え。魔物を討伐しろ。この砦を守れ。戦場へ向かえ。そうした命令は成立します」


「死ぬかもしれねえだろ!」


「危険と、死ぬことそのものを目的とする命令は別です」


戦闘の結果として負傷することもある。


死ぬ可能性もある。


それでも命令の目的が戦闘や防衛である限り、刻印は拒絶しない。


一方で、どう見ても死なせることだけが目的の命令なら成立しない。


カイトが歯を鳴らす。


「とんでもねえ魔法だな……」


トウマがもう一つ確認した。


「王が襲われたら、俺たちは勝手に助けるのか?」


「いいえ」


王宮魔術師が首を横に振る。


「命令がなければ、あなた方に主契約者を守る義務はありません」


嫌っているのなら、目の前で襲われても何もしないこともできる。


そこでアルベールが「予を守れ」と命じれば、初めて身体がその命令へ従う。


忠誠心を作り出す魔法ではない。


ただ命令だけを強制する。


そのことが、むしろ三人には重く感じられた。


アルベールが一歩前へ出る。


「貴様らは勘違いしているようだな」


「何がだよ」


「予は、最初から貴様らを地下へ閉じ込めて腐らせるつもりなどない」


アルベールは冷たい目で三人を見る。


「この国は貴様らを召喚した。衣食住を与え、装備を与え、騎士や魔術師を使って鍛え、冒険者として活動するための特例まで用意した」


カイトが鼻で笑う。


「だから一生言うこと聞けって?」


「そうは言わん」


アルベールの声が低くなる。


「だが、カオリは失踪した。残った貴様ら三人は国が示した進路を無視して北へ向かい、王国そのものを力で潰すことすら口にしていた」


カイトの眉が動く。


「王国など、俺たちがその気になれば――」


「だからだ」


アルベールが言葉を重ねた。


「王国一つを潰せると考えている者へ、その力を好き勝手に振るわせるわけにはいかん」


「俺たちが好きに生きて何が悪い!」


「好きに生きることと、気に入らぬ相手を力で潰すことは同じではない」


カイトが黙る。


アルベールが禁術を使って三人の自由を奪った事実は変わらない。


だが三人もまた、自分たちの力を止める者がいないことを理由に、王国すら潰せばいいと考えていた。


「今後も食事、衣服、住居、休養、治療、装備は用意する。訓練も続けさせる」


「何のために」


リンが警戒しながら聞く。


「決まっている」


アルベールは三人を見回した。


「戦力として使うためだ」


国境で大きな争いが起きた時。


他国との戦争。


大規模な魔物災害。


王国そのものが危機へ陥った時。


三人はロドリス王国の切り札として投入される。


「誰がやるかよ」


カイトが吐き捨てる。


アルベールは静かに答えた。


「その時になれば命じる」


カイトの顔から、一瞬だけ言葉が消えた。


先ほど自分の身体が止まり、跪いた感覚がまだ残っている。


ただの脅しではない。


トウマが鉄格子越しに王宮魔術師を見た。


「解除方法は」


「現在知られている一般的な解呪魔法では解除できません」


「絶対に外せないのか」


「そこまでは断言できません」


古代の術式だ。


現在知られていない解除手段や、失われた技術がどこかに残っている可能性までは否定できない。


だが、少なくともロドリス王国で一般的に使われている解呪術ではどうにもならない。


トウマはそれ以上聞かず、胸元の黒い刻印へ視線を落とした。


アルベールは三人を一度見渡す。


「しばらくここで頭を冷やせ。その後は地上へ戻す」


「待てよ!」


カイトが叫ぶ。


だがアルベールは振り返らなかった。


王宮魔術師と兵たちを連れ、そのまま地下牢を出ていく。


重い扉が閉じた。


同じ頃。


騎士団の訓練場では、ガウェインが一人の騎士を呼び止めていた。


「勇者殿たちの捜索はどうなっている?」


騎士は答えに詰まった。


「それが……私どもには何も」


「何も?」


そこへ王直属の使者が現れた。


「ガウェイン団長。陛下よりお言葉です」


「何でしょう」


「勇者三名の捜索は、もう必要ないとのことです」


ガウェインの眉がわずかに寄る。


「……どういう意味です?」


使者は頭を下げた。


「それ以上は、何も申し付かっておりません」


ガウェインはしばらく黙っていた。


やがて使者が去っても、その表情から違和感は消えなかった。


地下牢では、カイトが鉄格子から離れていた。


今はもう命令されていない。


腕も動く。


脚も自分の意思で動かせる。


魔力だって残っている。


それなのに、胸元には黒い刻印がある。


あれほど自由を求めて王都を出た。


誰にも命令されず、自分の力で好きに生きられると思っていた。


その力自体は何一つ奪われていない。


それでも、王の一言で身体は止まる。


跪けと言われれば、どれほど嫌でも膝が落ちる。


リンは自分の胸元へ手を当て、不安そうに刻印を見ていた。


トウマは壁へ背を預け、黙って何かを考えている。


カイトは黒い紋様を睨みつけた。


「……絶対に、こんなもん外してやる」


誰も否定しなかった。


三人の心は折れていない。


王国への怒りも、反抗心も消えていない。


ただ初めて、自分たちの力だけでは壊せない鎖を嵌められていた。

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