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探求者の異世界美食行脚 ~異世界召喚でハズレ扱いされたゴリラ系男子、気ままなグルメ旅に出る~  作者: おまめちゃん
南の地メリディアへ

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第107話 焼きたて陽冠鶏と、南国仕立てのピタサンド

目が覚めた時から、頭の中では今日の仕上げを順番に確認していた。


陽冠鶏(ソル・コック)の漬け込みは済んでいる。


ピタパンの生地も発酵を終え、アイアンキャベジは極細の千切りまで準備した。


橙柔果(パパル・メロウ)のヨーグルトソースも出来ている。


あとは、それぞれを一番いい状態で仕上げて、ちゃんと一つの料理へまとめればいい。


宿で軽く朝食を済ませた俺たちは、昨日借りたメリディア市場外縁の屋台区画へ向かった。


朝の市場はすでに動き始めている。


果物を並べる店や、香辛料の瓶を棚へ出す店の間を抜け、昨日決めた場所へ着く。


俺はアイテムボックスから特注屋台と魔導パン窯、必要な調理器具を取り出して設置した。


メイとシルクが休めるよう屋台の横に日陰も作る。


ベル、キリコ、ウンディーネもいつものように近くにいる。


今日売るのは一種類だけだ。


『陽冠鶏のスパイスピタサンド』


値段は一つ七百ゴールド。


まず、昨日のうちに極細へ切っておいたアイアンキャベジを取り出す。


最初に使う分だけボウルへ移し、赤塩をほんの少し。


そこへ南方柑橘の果汁を軽く搾る。


手で揉まず、下から持ち上げるようにふわっと混ぜた。


アイアンキャベジは歯応えが強い。


塩と柑橘で少しだけ硬さを和らげるが、しんなりさせるつもりはない。


時間が経てば水も出てくるので、一度に全部へ味をつけず、売れ行きを見ながら小分けで仕上げていく。


次はピタパンだ。


発酵を終えた生地を作業台へ出し、軽く押してガスを抜く。


均等に分けて丸め、布をかけて少し休ませた。


生地が落ち着いたところで円形へ伸ばしていく。


厚さはなるべく均一に。


薄すぎれば具を詰めた時に破れやすく、厚すぎればきれいな空洞ができにくい。


十分に熱した魔導パン窯の焼き床へ、一枚目を滑らせる。


最初は平たいまま。


しばらくすると、生地の中央近くが小さく持ち上がった。


そこから膨らみが周囲へ広がり――


ぷくっと、生地全体が風船のように丸く膨らむ。


「わあ」


キリコが作業台の向こうから覗き込む。


「丸くなった」


「中に空間ができてるんだよ」


表面に淡い焼き色がついたところで取り出す。


焼きたての小麦と天然酵母の香りがふわっと立った。


表面の一部には薄い焼き目があるが、全体は柔らかい。


指で押せば少し沈み、すぐに戻ってくる。


これなら具をたっぷり入れても食べやすい。


焼けたピタは布で包み、乾燥させないようにしておく。


何枚か焼いたところで、主役の陽冠鶏(ソル・コック)へ移る。


昨日から漬け込んでおいた腿肉を取り出した。


容器を開けると、ヨーグルトの酸味に南方柑橘と香辛料の香りが重なる。


涼香草(シル・コリア)の種。


黄金香根(サン・ルート)。


クグの実。


ごく少量の翠芳莢(カルド・ポッド)とピリ石。


陽冠鶏の表面へ厚く付いたヨーグルトだけを軽く落とし、薄く漬け床が残る程度に整える。


全部拭い取る必要はない。


天板へ並べる時も、肉同士には少し間を空けた。


一度にたくさん焼こうと詰め込めば、肉から出た蒸気が籠もり、表面へ焼き色が付きにくくなる。


今日は陽冠鶏の香ばしさも味の一部だ。


天板を魔導パン窯へ入れる。


少しすると、肉の表面へ残した漬け床が乾き始めた。


陽冠鶏から脂が滲み、皮の縁で小さな泡を作る。


最初に立ったのは、温められた香辛料の柔らかな香りだった。


そこへヨーグルトが焼ける匂いと、南方柑橘の軽い香りが重なる。


さらに少し遅れて、鶏皮と脂が焼けた香ばしさが加わった。


「……いい匂い」


キリコが小さく呟く。


屋台の前を歩いていた人も、何人かこちらへ顔を向けている。


俺も腹が減ってくる匂いだ。


窯の中を確認する。


表面には赤茶色と黄金色が混ざった焼き目。


皮の端は少し縮み、滲んだ脂が細かく泡立っている。


厚い部分まで火が入ったことを確かめ、天板を取り出した。


焼きたてにはすぐ触れない。


数分休ませ、その間に次のピタを窯へ入れる。


肉を落ち着かせてから、一枚を手に取った。


包丁で細かく刻むのではなく、肉の繊維に沿って一口で食べられる大きさへ粗くほぐす。


焼き目の付いた表面が割れると、中からしっとりした肉が現れた。


断面には肉汁が薄く滲んでいる。


天板にも、陽冠鶏から落ちた脂と肉汁、焼けた香辛料が残っていた。


余分な脂と焦げた部分は避け、旨味の濃いところだけへほぐした肉を軽く絡める。


肉を脂まみれにするためではない。


流れ出た旨味を薄く戻すだけだ。


一切れだけ味を見る。


歯を入れると、まず陽冠鶏らしい弾力が返ってきた。


そこから肉の繊維がほどけ、じわっと肉汁が広がる。


噛むほどに肉そのものの濃い旨味が増し、皮の近くでは脂のほのかな甘味も感じた。


その後ろに香辛料の香り。


ヨーグルトと南方柑橘のおかげで、脂の余韻は重すぎない。


(よし)


これなら大丈夫だ。


昨日仕込んだ橙柔果(パパル・メロウ)のヨーグルトソースも取り出す。


淡い橙色に、少し桃色を混ぜたような色をしている。


見た目だけならオーロラソースに少し似ているが、味はまったく違う。


ヨーグルトの爽やかな酸味。


橙柔果の穏やかな甘さ。


少量の特製ケチャップから出るトマトの旨味。


南方柑橘の酸味。


それを冷たいまま使う。


材料は揃った。


まずは一つ、完成させてみる。


まだ温かいピタの端へ切れ目を入れ、中を開く。


極細のアイアンキャベジをふんわりと敷く。


その上へ、温かな陽冠鶏をたっぷり。


焼き目の付いた肉が、ピタの中を埋めていく。


さらに少量のキャベジを重ね、最後に冷たい橙柔果ヨーグルトソース。


ピタの口から、赤茶色の陽冠鶏、淡い緑のアイアンキャベジ、薄橙色のソースが覗いた。


香辛料と焼けた肉の匂いに、小麦の香りが重なる。


「……これは見た目も悪くない」


最初の一個は売らない。


自分たちで完成した味を確かめる。


ベルには小さなもの。


メイとシルクにも体格に合わせた小さめのピタを用意するが、中身も味付けも同じだ。


ウンディーネとキリコにも渡し、俺も一つ手に取る。


焼きたてのピタは、手に持つとまだほんのり温かい。


肉とキャベジ、ソースが一緒に入るところまで大きくかぶりついた。


最初に歯へ触れるのは、柔らかなピタ。


薄く焼けた表面には軽い香ばしさがあり、その内側はふっくらしている。


次にアイアンキャベジがシャキッと砕けた。


細く切っているのに、瑞々しい歯触りがちゃんと残っている。


そこへ熱い陽冠鶏。


肉の弾力が一度歯を押し返し、噛み込むと繊維がほぐれる。


焼き目の香ばしさ。


濃い肉の旨味。


皮近くの脂と肉汁。


香辛料の温かな香りが一気に広がった直後、冷たいソースが舌へ触れた。


ヨーグルトと柑橘の酸味が脂を軽くし、橙柔果の柔らかな甘味が香辛料の角を丸める。


そこへまたキャベジの瑞々しさが入り、最後にピタの小麦の香りが残った。


「……美味い」


思っていたより、まとまりがいい。


もう一口かぶりつく。


今度は陽冠鶏が多く入った。


肉の旨味が強く来たあと、冷たいソースがすっと追いかける。


次はキャベジが多く入り、シャキシャキした食感と柑橘の酸味が前へ出た。


温かく柔らかいパン。


瑞々しい野菜。


香ばしく弾力のある肉。


冷たく甘酸っぱいソース。


一口ごとに少しずつ比率が変わるのに、どこを食べても重くならない。


肉をこれだけ入れているのに、食べ終わる前からもう次の一口が欲しくなる。


「これ好き!」


ベルの声が聞こえた。


小さなピタを両手で持ち、すでに半分近く食べている。


キリコも一口食べ、目を少し大きくした。


「おいしい」


そう言って、すぐにもう一度かぶりつく。


「お肉は熱いのに、ソースは冷たい」


「その方が、ここでは食べやすいと思って」


「うん。お肉いっぱいなのに、ずっと重くない」


隣ではメイが夢中で食べ、シルクも小さなピタを前足で押さえている。


ウンディーネは何も言わずに食べ切った。


そして俺を見る。


『……もう一個』


「昼の分もあるから、それまで我慢して」


『えー』


思わず少し笑った。


味は決まった。


俺は屋台の前へ、


『陽冠鶏のスパイスピタサンド 七百ゴールド』


と書いた札を出す。


営業開始だ。


最初から客が並ぶわけではない。


見慣れない丸いパンへ目を向ける人はいるが、そのまま通り過ぎていく。


それでも次の陽冠鶏を窯へ入れると、香辛料と肉の焼ける匂いに誘われ、一人の男が足を止めた。


「兄ちゃん、それ何だ?」


「陽冠鶏を香辛料とヨーグルトで下味して焼いて、野菜と一緒にパンへ詰めた料理です」


「陽冠鶏か」


男は窯の中の肉と、積んであるピタを見比べた。


「じゃあ一つもらおう」


「ありがとうございます」


ピタを開く。


キャベジ。


陽冠鶏。


もう一度少しキャベジ。


最後に冷たいソースをかける。


受け皿へ乗せ、男へ渡した。


男は屋台のすぐ横で一口かじる。


「……ん?」


何度か噛む。


目が少し見開かれた。


そのまま断面を確認するより先に、今度は大きくもう一口かぶりついた。


「うめえ!」


思わず出たような声だった。


近くを歩いていた人まで少し振り返る。


「これ、本当にいつもの陽冠鶏か?」


「はい」


「肉がうめえのは分かるんだよ。陽冠鶏だからな。でも、この香辛料の焼けた匂いが……ああ、これいいな」


男は話しながらまた食べる。


「皮の辺りは香ばしいし、中はちゃんと肉汁が残ってる。それなのに、この冷たいソースが入ると全然くどくねえ!」


今度はキャベジの多いところへ歯を立てた。


シャキッと音がする。


「おっ、この葉もいい。肉をがっつり食ってるのに、口の中が重くならん」


「ありがとうございます」


「しかもパンまでちゃんと美味いじゃねえか。これ、別々じゃ駄目だな。全部一緒に食うから美味いんだ」


男はかなり気に入ったらしい。


残ったピタを食べながら、そのまま市場の方へ歩いていった。


その様子を見ていた女性が、連れの男性と一緒に屋台へ寄ってくる。


「今の人、すごく美味しそうに食べてたわね」


「一つください」


「ありがとうございます」


渡して少しすると、女性が一口食べた。


噛んだ途端、表情が明るくなる。


「これ美味しい!」


隣の男性へピタを差し出した。


「ちょっと食べてみて」


「いや、自分の買うから」


「じゃあ買って。これ一人で食べたい」


「結局くれないのかよ」


男性も苦笑しながら一つ注文する。


その二人が並んで食べ始めると、さらに何人かが足を止めた。


「それ、陽冠鶏なの?」


「そうみたいよ。肉がすごく香ばしいの」


「ソースも美味しいぞ。冷たいんだ」


食べた人がそのまま説明してくれる。


二人。


三人。


少しずつ注文が続き始めた。


丸く膨らむピタを見て寄ってくる人。


陽冠鶏の焼ける匂いで振り向く人。


先に買った客が、美味しそうに頬張っているのを見て並ぶ人。


「お父さん、あれ食べたい」


そんな声まで聞こえてきた。


昼が近づくにつれ、屋台の前には自然と列ができていた。


「三つください!」


「はい」


「俺は二つ!」


「少しお待ちください」


陽冠鶏は一度に全部焼かない。


天板へ適度な間隔で並べ、その都度焼き上げる。


客を待たせたくない気持ちはあるが、ここで大量に焼き置きしてしまえば、陽冠鶏の一番いいところが減ってしまう。


「焼きたてなら待つよ!」


列の前から声が飛んできた。


「さっき食った奴が、焼きたてが美味いって言ってたからな」


「ありがとうございます」


焼き上がった肉は休ませる。


その間にピタを焼く。


肉を粗くほぐし、天板に残った旨味を軽く戻す。


キャベジも減ってくれば、新しい分だけ赤塩と柑橘で仕上げる。


ピタへ切れ目。


キャベジ。


陽冠鶏。


キャベジ。


冷たいソース。


【調理の超加速】で手元の作業は速く正確にできる。


それでも肉を休ませる時間や、パンと陽冠鶏が焼き上がるまでを無理に縮めることはしない。


必要なところは待つ。


それも料理のうちだ。


しばらくすると、ピタを半分ほど食べた年配の女性が屋台の前へ戻ってきた。


「これ、橙柔果(パパル・メロウ)を使ってるの?」


「はい。ヨーグルトと南方柑橘、それから少量のトマトの調味料を合わせています」


「やっぱりそうなのね」


女性はもう一口食べる。


「肉と果物を合わせる料理はここでもよくあるけど、こうして冷たいソースにするのは初めて食べたわ」


隣にいた別の客も頷く。


「陽冠鶏って香辛料を効かせて焼くと美味いけど、脂もあるから暑い日は途中で少し重くなるんだよな」


その客は残っていたピタへかぶりついた。


「でもこれは、ソースが入るたびに口がさっぱりする。橙柔果の甘さも強すぎないし……うん、また肉を食いたくなる」


「昨日、市場で橙柔果を肉料理にも使うと教えてもらって、それを参考にしたんです」


「へえ」


年配の女性が嬉しそうに笑う。


「ちゃんとメリディアの食べ方を見て作ったのね」


「はい。香辛料の使い方も色々教えてもらいました」


「それなら美味しくなるわ」


そう言って、女性は残りのピタを楽しそうに食べながら離れていった。


別の場所からも声が聞こえる。


「おい、あそこの陽冠鶏うまかったぞ」


「あの丸いパンのやつか?」


「そうそう。肉いっぱい入ってるやつ」


そんな会話が耳へ入るたび、少しだけ嬉しくなる。


俺の料理を褒められるのも嬉しい。


それ以上に、この土地で毎日のように食べられている陽冠鶏を使い、地元の人が楽しそうに食べてくれていることが嬉しかった。


昼を少し過ぎた頃。


陽冠鶏の入った容器が、とうとう最後になった。


ピタ生地も残りわずか。


「あと何個?」


ベルが屋台の奥から覗く。


「今並んでる人で最後くらいかな」


最後の天板を窯へ入れる。


赤茶色の焼き目が付くまで待ち、取り出した肉を休ませる。


その間に残りのピタを焼いた。


最後の陽冠鶏を粗くほぐし、並んでいる人数分へ分ける。


一つずつ仕上げて渡していく。


「うわ、これ最後?」


「危なかったな」


「いい匂いしてたから気になってたんだよ」


残り三つ。


二つ。


最後の一つ。


「お待たせしました」


最後の客へピタを渡す。


「ありがとう。昼飯まだだったんだ」


「こちらこそ、ありがとうございました」


男はその場で一口食べた。


「んっ……うまっ」


頬張ったまま笑う。


その顔を見てから、俺は屋台の札を下げた。


販売用に準備した分は全部なくなった。


追加で作ろうと思えば、食材そのものはまだ持っている。


でも今日はここまでだ。


朝から使っていた調理器具を洗う。


作業台を拭き、魔導パン窯もきれいにして片付ける。


屋台までアイテムボックスへ戻すと、借りていた区画には何も残らなかった。


身体には少し疲れがある。


それでも、空になった肉の容器やソースの器を見ると気分はいい。


「売り切れたね」


キリコが言う。


「うん。思ったより早かった」


「みんな、美味しいって言ってた」


「そうだね」


自分で言うより、食べた人が美味しそうにしてくれる方が何倍も嬉しい。


「お腹すいたー」


ベルの声で、俺も自分の腹が減っていることに気づいた。


「俺も。昼にしようか」


仲間用に残しておいた材料は別にある。


市場広場の端にある大きな日除けの下へ移動し、自分たちの分を仕上げた。


もう工程を考える必要はない。


焼いた陽冠鶏。


ピタ。


アイアンキャベジ。


橙柔果ヨーグルトソース。


出来上がったものをそれぞれへ渡し、俺も椅子へ腰を下ろす。


一口かぶりついた。


「……やっぱり美味い」


朝から何度も作った料理なのに、今度は急ぐ必要がない。


柔らかなピタを噛む。


アイアンキャベジが小気味よく歯へ当たり、その向こうから陽冠鶏の温かな肉汁と香辛料の香りが出てくる。


冷たいソースが混ざれば、濃かった旨味が一度軽くなり、また次の一口で肉を食べたくなる。


陽冠鶏。


香辛料。


橙柔果。


アイアンキャベジ。


焼きたてのパン。


どれか一つだけが目立つのではなく、ちゃんと全部が一つの料理になっていた。


昨日の市場で知らないものを見て、食べて、店の人から使い方を教えてもらった。


それを自分の知っている料理へ当てはめただけではない。


メリディアで覚えた味があったから、今の形になった。


そのことが素直に嬉しかった。


隣ではキリコが両手でピタを持ち、口元へ少しソースを付けながら食べている。


ベルも静かに頬張り、メイとシルクも日陰で自分たちの分を食べていた。


ウンディーネは二個目を手にしている。


暖かな風が日除けの下を抜けた。


俺は手の中のピタを持ち直す。


香ばしい陽冠鶏の匂いが、まだ少し残っている。


そして俺も、もう一口大きくかぶりついた。

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