第105話 南の陽都メリディアと、果樹園の午後
南へ向かう旅も、今日で五日目になった。
最後の宿場を出た馬車は、南へ続く街道を進んでいた。
ここまで来ると、窓の外に広がる景色はオリエンス周辺とははっきり違う。
陽射しは強いが、風がよく通るため、不快な蒸し暑さは感じなかった。
街道脇には大きな葉を広げた植物や色鮮やかな花が増え、畑にも見慣れない作物が混じっている。
ここ数日かけて少しずつ変わってきた景色が、ようやく南方らしいものになってきた。
街へ近づくにつれ、左右には広い果樹園も増えていく。
枝の間には赤や黄色に色づいた果実が見え、中には見覚えのあるものもあった。
キリコが窓へ少し身を寄せる。
「あれ、前に食べたやつ?」
指さした先には、赤から黄金色へ熟した楕円形の果実がいくつも実っていた。
「うん。陽蜜果みたいだね」
商隊からもらった【陽蜜果】だ。
木箱に入ったものではなく、実際に木へなっている姿を見ると、本当にこの土地で育っている果物なのだと実感する。
キリコもしばらく果樹を眺めていたが、馬車が進むと次の景色へ視線を移した。
さらにしばらく進み、緩やかな丘を越える。
「フトシ様。見えてまいりました」
セバスさんの声に、俺は窓の外へ顔を向けた。
「……おお」
思わず声が出る。
丘の先に、明るい街並みが広がっていた。
南の陽都メリディア。
海はどこにも見えない。
それでも、街全体の雰囲気は俺が日本にいた頃に写真や映像で見た南国の観光地によく似ていた。
白や淡い黄色の石壁。
明るい色の屋根。
大きな日除けが張られた窓や店先。
開放的なテラス。
街路樹の間には赤や黄色、紫の花が咲き、水路や噴水が強い陽射しを反射している。
行き交う人たちも、オリエンスより薄手で軽そうな服装が多かった。
「すごいね!」
ベルが窓辺から街を覗き込む。
シルクも俺の頭の上で耳をぴんと立てていた。
街へ近づくほど、風に混じる匂いも増えていく。
甘い果物に、炭火で焼かれた肉。
そこへいくつもの香辛料の匂いが重なっていた。
門を抜けて市街へ入ると、その雰囲気はさらに強くなった。
通りには色鮮やかな果物を山積みにした露店が並び、その隣では袋や木箱に入った香辛料や香草が売られている。
少し先の屋台では肉が炭火で焼かれ、別の店では氷を浮かべた冷たい飲み物を客へ渡していた。
大きな日除けの下に置かれたテーブルで、食事を楽しんでいる人も多い。
(本当に雰囲気が違うな)
イル・ソーレ。
ノース・グラン。
オリエンス。
そして、メリディア。
「これで四つの街を全部回ったんですね」
俺がそう言うと、向かいにいたイザベラさんが頷いた。
「うむ。予定より随分と濃い巡回になったがな」
「そうですね」
特にオリエンスでは、普通に街を見て回るだけとはいかなかった。
それでもこうして最後の街まで無事に来られた。
俺は改めてイザベラさんを見る。
「イザベラさん。ここまで同行させていただいて、ありがとうございました」
「ん?」
「一人で旅していたら、こんなふうに四つの街を順番に回ることもなかったと思います。色々見られましたし、楽しかったです」
イザベラさんは少し意外そうにしたあと、口元を緩めた。
「なんだ、急に改まって」
「一応、巡回はここで一区切りですよね」
「まあな。もっとも、妾たちもまだメリディアに滞在する。別れの挨拶には早いぞ」
「それは分かってます」
俺も少し笑った。
それでも、イル・ソーレからずっと一緒だった旅程はここで終わる。
礼を言うなら今がちょうどいい気がした。
次にセバスさんへ顔を向ける。
「セバスさんも、今まで鍛錬をつけていただいてありがとうございました」
「お役に立てたのであれば何よりでございます」
「かなり助かりました。最初の頃とは全然違うと思います」
対人戦の基本から、間合いや受け流し、後の先。
最近では【翠樹の恩寵】で強化された身体の扱い方や、【直感】を実戦でどう使うかまで見てもらった。
「今後は、フトシ様ご自身で実戦や鍛錬の中へ落とし込んでいく段階でしょう」
セバスさんはいつもの穏やかな表情で続ける。
「もちろん、手合わせや助言が必要となりましたら、いつでもお声掛けください」
「はい。その時はお願いします」
毎朝続いていた鍛錬は、これでいったん終わりになる。
卒業したというほど大げさな話でもない。
また必要になれば、教えてもらえばいい。
馬車は街の中心へ進み、やがて大きな交差路で止まった。
丘の上には、メリディアの王城が見えている。
「妾たちはこのまま城へ向かう」
イザベラさんが言う。
「領内の報告を受け、商業や農業の状況も見ねばならん。しばらく仕事だ」
「大変ですね」
「これが巡回だからな」
そう言ったあと、イザベラさんは俺を見る。
「お主は好きに街を楽しんでこい。市場を見れば、どうせ時間を忘れるのであろう?」
「そこまででは……」
窓の外を見る。
通りの先には、果物や香辛料を並べた店がいくつも見えた。
「……たぶん」
「やはりな」
イザベラさんが笑う。
「街を出る前には、一度顔を出せ。それでよい」
「分かりました」
王家の馬車と護衛隊が、王城へ続く道へ進んでいく。
セバスさんとザディスさんもそちらへ向かった。
俺たちは交差路に残る。
俺。
ベル。
メイ。
シルク。
ウンディーネ。
キリコ。
久しぶりに、いつもの人数だけになった。
「さて」
何から始めてもいい。
そう思うと、少し肩の力が抜けた。
「まずは宿を決めようか」
「はーい!」
ベルの返事を聞きながら、俺たちは近くにあった街の案内所へ向かった。
料理が美味しい。
メイとシルクも一緒に泊まれる。
居心地がよく、できればメリディアらしい宿。
高級さにはこだわらない。
条件を伝えると、案内所の女性は少し考えたあと、一軒の宿を教えてくれた。
街の中心から少し外れた、果樹園側の地区にあるらしい。
そこへ向かうと、白っぽい石壁と木材を組み合わせた二階建ての宿が見えてきた。
門の内側には小さな中庭があり、花の間に何本か果樹が植えられている。
廊下は風が抜けるよう開放的に作られ、大きな窓とテラスもあった。
浴場と食堂もある。
受付で確認すると獣魔同伴用の広めの部屋も用意されていて、メイとシルクも問題なく泊まれる。
さらに食堂の料理は、地元でも評判がいいらしい。
「ここにします」
ほとんど迷う必要はなかった。
案内された部屋も、風通しがよくて過ごしやすい。
大きな窓の向こうには中庭の果樹が見える。
俺にはアイテムボックスがあるので、荷解きもほとんど必要ない。
部屋を一通り確認したところで、俺はみんなを見る。
「少し街を見て回ろうか」
「うん」
キリコがすぐに頷いた。
宿を出て、今度は徒歩で中心部へ戻る。
市場の近くまで行くと、馬車から見た時以上の品数に目を奪われた。
籠いっぱいの果物。
乾燥させた香辛料。
生の香草。
肉。
焼き菓子。
冷たい飲み物。
見たことのないものがいくつもある。
(これは、ちゃんと時間を取って見たいな)
今ここで気になったものへ片っ端から立ち止まれば、それだけで一日が終わりそうだ。
今日は街そのものを見て回ることにして、市場の中へ深く入るのはやめておく。
そうして通りを歩いていると、大きな緑色の実を山積みにした露店が目に入った。
店員が一つ手に取り、大きな刃物で上部を切り落とす。
そこへ細い管を差し、そのまま客へ渡していた。
(ココナッツみたいだ)
初めて見る果物なので【鑑定】する。
【椰香果】
詳細:温暖な地域に育つ大型の果実。若い実の内部には透明に近い飲用液を多く蓄え、ほのかな甘味と青々しい香りを持つ。熟すにつれて内側の白い果肉が厚くなり、果肉はそのまま食用にできるほか、細かく砕いて水分と油分を搾ることで乳白色の濃厚な汁を取ることができる。メリディア周辺では飲料や料理に広く利用され、ウォーター・パームの名で親しまれている。
「一つください」
代金を払い、よく冷やされた椰香果を受け取る。
切られた部分から管を差し、そのまま飲んでみた。
冷たい液体が喉を通る。
強烈な甘さはない。
ほんのりと自然な甘味があり、その後に少し青い植物らしい香りが残る。
後味はかなりさっぱりしていた。
陽射しの強い街を歩いたあとだと、この薄い甘味と冷たさが気持ちいい。
「こういう場所で飲むと美味しいな」
「わたしも飲みたい!」
ベルがすぐ近くまで飛んでくる。
みんなの分も追加で買った。
キリコは受け取った椰香果を両手で持ち、切り口を覗き込む。
「果物なのに、中に飲み物が入ってる」
「面白いよな」
「どうやって入るの?」
「木で育ってる間に溜まるんだろうけど、詳しくは俺も分からないな」
適当なことを教えるわけにもいかない。
キリコは「そっか」と頷き、管から果汁を飲んだ。
メイとシルクの分は店員に頼んで小さな器へ移してもらう。
二匹とも冷たい果汁を飲み、メイは満足そうに鼻を鳴らした。
ウンディーネも一口飲み、手にした実へ目を向ける。
『水とはちょっと違うね』
「果物の中に入ってたものだからね」
店員に、近くで果物を見られる場所がないか聞いてみる。
すると、市街地の外れに観光客も入れる大きな果樹園があると教えてくれた。
入園料を払えば園内を歩けて、一部の果物は自分で収穫することもできるらしい。
まだ午後になったばかりだ。
「行ってみる?」
「行く!」
ベルがすぐに答える。
キリコも頷いた。
市街地を抜けて少し歩くと、広い果樹園が見えてきた。
受付で料金を払い、中へ入る。
最初に感じたのは、果樹の木陰を抜けてくる風の気持ちよさだった。
陽射しは強いが、木の下へ入るだけで随分と過ごしやすい。
道の両側には様々な果樹や低い植物が並び、その間には鮮やかな花も咲いている。
市場で木箱へ積められた状態を見るのとは、やはり印象が違う。
少し歩いたところで、キリコが足を止めた。
「あった」
枝には赤から黄金色へ熟した実がいくつも下がっている。
「陽蜜果だね」
「うん」
前に食べた果物が木へ実っている。
キリコは少し嬉しそうにそれを見上げていた。
ここではもう既知の食材なので、改めて鑑定する必要はない。
さらに進むと、今度は木ではなく、地面近くへ広がる硬そうな葉の中央に大きな実が育っていた。
表面には細かな突起があり、上から硬い葉が伸びている。
(これはパイナップルっぽいな)
【鑑定】する。
【棘蜜果】
詳細:温暖で日当たりのよい土地に育つ果実。硬く突起の多い果皮の内側に黄色い果肉を蓄え、完熟したものは強い甘味と爽やかな酸味、多量の果汁を持つ。そのまま生食するほか、飲料や菓子にも使われる。メリディアでは太陽をよく浴びて育つことから、サン・パインの名で広く流通している。
「棘蜜果か」
見た目はかなりごつい。
それでも鑑定通りなら、中は甘くて果汁も多いらしい。
(よく冷やして食べたら美味しそうだ)
それ以上は考えず、次へ進む。
今度は俺の背丈よりずっと大きな葉が広がっている場所へ出た。
その下から、細長く曲がった果物が大きな房になって垂れ下がっている。
黄色く熟した姿は、かなり見覚えがあった。
【鑑定】する。
【月房果】
詳細:温暖な地域に育つ大きな多年草へ房状に実る果実。未熟な実は硬く渋味を持つが、熟すと果皮が黄色く変わり、白みを帯びた果肉は柔らかく濃い甘味を持つ。皮を剥くだけで食べられるため携帯食や軽食としても好まれ、三日月のように曲がった形からゴールド・クレセントと呼ばれている。
(やっぱりバナナに近いな)
果樹園の係の人が、試食用にちょうど食べ頃の一本を渡してくれた。
皮を剥くと、淡い色の柔らかな果肉が現れる。
一口食べる。
ねっとりとした柔らかさに、癖のない濃い甘味。
香りもバナナによく似ていた。
「食べてみる?」
半分をキリコへ渡す。
「うん」
キリコも皮を持って一口かじる。
「柔らかい」
「陽蜜果とはまた違うだろ?」
「うん。こっちは、ちょっとねっとりしてる」
「そうだね」
ちゃんと食感の違いも感じているらしい。
さらに奥へ進む。
今度は高く伸びた木の上に、大きな緑色の実がいくつもなっていた。
「あれが、さっき飲んだ椰香果ですよ」
近くにいた果樹園の係の人が教えてくれる。
俺は木を見上げた。
「ずいぶん高いところに実るんですね」
「ええ。若いうちは中の汁を飲むのが一番ですが、熟してくると白い果肉が厚くなります。それを細かく砕いて搾った汁は、煮込みや菓子にもよく使いますよ」
鑑定にも出ていた内容だ。
あの透明でさっぱりした果汁と、白い果肉から取る濃厚な汁。
同じ果実でも、熟し方で使い道が変わるらしい。
園内の一角では収穫体験も行われていた。
決められた範囲の果物を少量だけ採り、その場で食べたり持ち帰ったりできる。
食材を集めるために来たわけではないので、今回はみんなで少しだけ採らせてもらう。
キリコは係の人から教えてもらい、手の届く位置にある実を一つ選んだ。
実を片手で支え、教えられた通りに軸を切る。
手の中へ収まった果物を見て、キリコの目が少し大きくなった。
「取れた」
「うん。上手にできたね」
「これ、自分で取った」
「あとで一緒に食べようか」
「うん」
キリコは大事そうに実を抱えた。
ベルは果樹の間を飛び回り、メイとシルクも俺たちの近くを歩いている。
せっかくの観光だ。
大量に持ち帰るより、こうして実際に育っているところを見る方が今は楽しい。
収穫した果物の一部は、園内の休憩所でそのまま食べることにした。
木陰のテーブルを借り、水場で果実を洗う。
まずは棘蜜果。
厚い果皮を切り落として黄色い果肉を出し、食べやすい大きさへ切り分ける。
口へ運ぶ。
強い甘味のすぐあとから、爽やかな酸味が追いかけてきた。
果汁もかなり多い。
噛むたびに瑞々しい汁が広がり、歩いたあとの身体にはちょうどいい。
「おっ、美味い」
陽蜜果の濃厚な甘さとはまた違う。
こちらは酸味がはっきりしている分、後味が軽かった。
ベルたちにも切り分ける。
月房果も食べやすい大きさにし、メイとシルクにも同じものを渡した。
ウンディーネも木陰へ腰を下ろし、ゆっくり果物を食べている。
キリコは自分で採った実を食べながら、周囲の果樹を眺めていた。
「キリコ」
「なに?」
「楽しい?」
少しだけ考えてから、キリコが頷く。
「うん。知らないものがいっぱいある」
「そっか」
「街も、果物も、まだいっぱいあるんでしょう?」
「俺もまだほとんど見てないからね。きっとまだあるよ」
「じゃあ、一緒に見たい」
「もちろん。一緒に色々見て回ろう」
キリコが小さく頷く。
その表情は、少し嬉しそうに見えた。
俺にとっても、キリコにとっても、この街は知らないものばかりだ。
日差しが少し柔らかくなった頃、俺たちは果樹園を出て市街へ戻った。
夕方のメリディアは、昼とはまた違う賑わいを見せている。
テラス席には人が増え、屋台では炭火へ火が入っていた。
焼ける肉の香ばしい匂いに、香辛料や柑橘の香りが混ざっている。
果物を使った冷たい飲み物を売る店にも人が集まっていた。
市場の近くを通る。
まだ入口を覗いた程度なのに、そこから見えるだけでも知らないものが大量に並んでいる。
(これはしばらく楽しめそうだ)
宿へ戻ると、まず浴場で汗を流すことにした。
昼間は風があったとはいえ、一日かなり歩いた。
キリコとは浴場の入口で別れる。
キリコは生まれた時から言葉や一般的な生活の知識は持っている。
それに、イザベラさんたちと行動していた間に、身の回りのことは付き添いの女性たちから色々と教わっていた。
風呂の入り方もその一つだ。
一人で入ること自体に問題はないし、今日はベルも一緒に女湯へ向かっている。
ウンディーネも当然のようについていった。
俺はメイとシルクを部屋で休ませてから男湯へ入り、汗を流した。
温めすぎない湯へ身体を沈めると、歩き回った足が少し軽くなる。
さっぱりしたところで部屋へ戻り、みんなが揃ってから食堂へ向かった。
夕食時の食堂は、宿泊客や地元の客で程よく賑わっていた。
席へ着いてしばらくすると、主菜が運ばれてくる。
深い器に入った、乳白色に近い淡い色の煮込みだった。
中には鳥系魔物の肉と大玉葱、それに数種類の野菜が見える。
表面には細かく刻んだ緑の香草も散らされていた。
近づけると、香辛料の奥から少し甘い香りがする。
初めて見る料理なので【鑑定】する。
【椰香果の鳥肉スパイス煮込み】
詳細:熟した椰香果の白い果肉を細かく砕いて搾った乳白色の汁へ、鳥系魔物の肉、大玉葱、季節の野菜、数種類の香辛料を加えて煮込んだメリディアで親しまれている料理。椰香果由来のまろやかなコクとほのかな甘い香りを持ち、仕上げに南方柑橘の果汁と香草を加えることで後味を軽くしている。
「これ、昼に飲んだ椰香果か」
あの時は若い実の中に溜まった透明な果汁だった。
今度は熟した実の白い果肉を使っている。
薄焼きパンと、柑橘や香草を使って焼いた野菜も一緒に運ばれてきた。
「いただきます」
まず煮込みを一口。
最初に広がるのは、穏やかな香辛料の香りだった。
辛さは強くない。
そのあとから、椰香果のまろやかなコクと、ほんのり甘い香りが広がる。
鳥肉の旨味と大玉葱の甘味も煮汁へしっかり溶けていた。
見た目は濃厚そうなのに、最後に柑橘の軽い酸味と香草の爽やかさが残るため、思ったより重くない。
「美味しい」
薄焼きパンをちぎり、煮汁へつけて食べる。
柔らかなパンに煮汁が染み込み、香辛料と肉の旨味が一緒に口へ入ってくる。
(同じ果実なのに、全然違うな)
昼間に飲んだ若い椰香果は、透明でさっぱりしていた。
熟したものは白い果肉が増え、そこから搾った汁はこんなに濃厚になる。
熟し方や使う部分が違うだけで、食材としての役割が大きく変わっている。
キリコも煮込みを食べたあと、少し不思議そうに器を見る。
「これ、本当にさっきの果物?」
「同じだよ。昼に飲んだのは若い実の中の汁で、これは熟した実の白いところを使ってるみたい」
「全然違う」
「面白いよな」
「うん」
メイとシルクにも同じ煮込みと薄焼きパンを、食べやすい量と大きさにして出してある。
熱すぎないようにだけ調整した。
シルクは煮汁を染み込ませたパンを前足で押さえながら食べ、メイも肉と一緒に器をきれいにしていく。
ベルも自分の小さな器から煮込みを食べている。
ウンディーネは一口食べるたびに少し目を細めていた。
付け合わせの焼き野菜には、柑橘の酸味と香草の爽やかな香りが効いている。
まろやかな煮込みの合間に食べると、口の中がさっぱりする。
(この宿にして正解だったな)
街道の宿場で食べた南方料理。
俺が作った陽蜜果入りのバタースパイス煮込み。
そして今日の椰香果を使った煮込み。
どれも香辛料を使っているが、味はかなり違う。
香辛料だけで味を決めるのではなく、果物や柑橘、香草、油脂を組み合わせて、それぞれ違う料理に仕上げている。
メリディアの料理は、まだ一食目だ。
それだけでも、この土地の食文化が面白いことは十分に分かった。
食事を終えたあと、部屋で少し休んでからテラスへ出た。
夜になっても空気は暖かい。
昼間の強い陽射しがない分、風は気持ちよかった。
中庭の果樹がゆっくり揺れ、その向こうから街の賑わいがかすかに聞こえてくる。
キリコも俺の隣へ来て、手すりの向こうを眺めた。
今日は街へ着いただけなのに、色々なものを見た。
冷たい椰香果の果汁。
果物が実際に育つ果樹園。
棘蜜果。
月房果。
そして夜には、昼間飲んだものと同じ椰香果が、まったく違う料理になって出てきた。
市場はまだ入口を見た程度だ。
そこには知らない果物も、香辛料も、香草もたくさん並んでいる。
俺は夜の街の灯りを眺めながら、暖かな風を受けた。
この土地には、俺の知らない食べ方がまだいくらでもありそうだった。




