第100話 大聖樹の大精霊と、翠樹の恩寵
翌朝、保養宿の外へ出た俺は、まず空気の違いに気づいた。
ここ数日続いていた冷たさが、少しだけ和らいでいる。
以前の常春と呼ばれる暖かさへ完全に戻ったわけではないが、肌へ触れる風は昨日までより明らかに柔らかかった。
通りを歩く人たちも、厚めの上着を羽織っている者が少し減っている。
俺は街の向こうにそびえる大聖樹へ目を向けた。
一度黄色くなった葉が一晩で元通りになるわけではない。
それでも、新しく弱っている葉が増えているようには見えなかった。
隣で同じように大聖樹を見ていたウンディーネが口を開く。
『昨日よりいいよ』
「そっか」
昨夜、木の精霊本人が無事だという話は聞いている。
そこへ街の空気まで少しずつ戻り始めているのを感じると、今回の一件が本当に収束へ向かっている実感が湧いてきた。
今日は、その木の精霊本人から招かれている。
朝食を済ませた俺たちは、全員で大聖樹へ向かうことにした。
俺とベル、メイ、シルク。
ウンディーネ。
そしてキリコ。
街を抜け、大聖樹を囲む森の手前まで来る。
ここから先は、これまで国の調査隊でも無理に踏み込まなかった場所だ。
森には方向感覚を狂わせ、入った者をいつの間にか外へ戻してしまう迷いの力が働いている。
だがウンディーネは足を止めず、そのまま木々の間へ進んだ。
『大丈夫。今日は通してくれる』
「招かれてるからか?」
『うん』
俺たちもその後を追う。
森へ入った直後は、特に変わったことはなかった。
左右には木々が密集し、足元には草や低木が茂っている。
けれど少し進むと、不思議なことに気づいた。
木々の隙間や獣道らしき場所はいくつもあるのに、進むべき方向だけが妙にはっきり分かる。
枝は邪魔にならず、足元の草も自然と道の両側へ分かれていた。
迷いの結界そのものが消えたのではなく、招かれた俺たちにだけ正しい道を開いているようだった。
ベルが周囲を見回す。
「ここ、魔力がすごく濃いね」
妖精であるベルには、俺以上によく分かるのだろう。
俺も森へ入ってから、空気そのものが少し違うように感じていた。
重苦しいわけではない。
むしろ木々の間を歩いているだけで、身体の奥まで新鮮な空気が入ってくるような心地よさがある。
メイも時々鼻を動かし、シルクは頭の上で耳を立てていた。
やがて前方の木々が途切れる。
その先に現れたものを見て、俺は思わず足を止めた。
「……でかい」
遠くから何度も見ていた大聖樹。
それでも、幹のすぐ近くまで来ると印象がまるで違った。
見上げても全体が視界に収まらない。
幹だけで巨大な壁のように広がり、地面へ伸びた太い根も、人が何人も横に並べるほどの幅がある。
根と根の間には草花が生え、澄んだ水が小さな流れを作っていた。
地下で見つけた根は活力を失い始めていたが、ここでは周囲の自然から少しずつ力を取り戻しているように見える。
その時、大聖樹の根元で若葉が揺れた。
風に吹かれたというより、何枚もの葉が一か所へ集まっていく。
淡い緑色の光が重なり、その中から一人の女性が姿を現した。
長い髪は、芽吹いたばかりの若葉を思わせる淡い緑色。
柔らかな目元と穏やかな顔立ちで、木の葉や蔓を思わせる衣服をまとっている。
大人の女性らしい姿だが、威圧感のようなものはなかった。
むしろ、この森にずっと前からいるのが当然だと思えるほど周囲へ馴染んでいる。
女性は俺たちを見ると、柔らかく微笑んだ。
「いらっしゃい。待っていたわ」
「初めまして。フトシです」
俺が軽く頭を下げる。
「わたしはベル!」
ベルも名乗り、メイとシルクもそれぞれ短く声を上げた。
キリコは少し遅れて、自分の胸元へ手を置く。
「キリコ」
木の精霊は一人ずつ確かめるように見たあと、ウンディーネへ顔を向けた。
「あなたの仲間たちとは初めましてね」
『うん。みんな連れてきた』
ウンディーネが俺たちを見ながら答える。
木の精霊はその様子に少し目を細めた。
「ふふ。昔は気の向くまま一人で水辺を巡っていたのに、今はずいぶん賑やかね」
『今はこっちの方が楽しいよ』
「そう。それならよかったわ」
短いやり取りだったが、二人の付き合いの長さが何となく伝わってきた。
俺は木の精霊を改めて見る。
もちろん【鑑定】を使うつもりはない。
敵でもないし、こちらを招いてくれた相手だ。
ただ、近くにいるだけで分かることがある。
この人から感じる魔力は、普通ではない。
森全体へ広がっているせいか圧迫感はないのに、意識すると底が見えないほど大きい。
どこかウンディーネに近かった。
俺が少し不思議に思っていると、ウンディーネがあっさり言った。
『この子も大精霊だよ』
「大精霊なんですか?」
思わず聞き返してしまった。
木の精霊は少し楽しそうに笑う。
「今はね」
「今は?」
「わたしも最初から大精霊だったわけではないのよ」
木の精霊はすぐそばの大聖樹へ手を触れた。
「精霊は長い年月を生きて、自然や土地、それぞれが司るものとの繋がりを深めていくうちに、存在そのものが大きく成長することがあるの。その中でも特に大きな力と影響を持つようになった精霊が、大精霊と呼ばれるわ」
「じゃあ、普通の精霊が大精霊になることもあるんですね」
「ええ。でも、すべての精霊がそうなれるわけではないけれどね」
隣でウンディーネが頷く。
『わたしも昔は普通の精霊だったよ』
「ウンディーネも?」
『うん』
そういえば、二人はずっと昔からの知り合いだと聞いていた。
「二人とも、まだ普通の精霊だった頃から知り合いなんですか?」
「そうよ。ずっと昔から」
木の精霊が懐かしそうにウンディーネを見る。
「ウンディーネは水のある場所をあちこち巡っていて、わたしも昔はいろんな森を見て回っていたの。その頃によく一緒になったのよ」
『そのあと、この子はここを気に入って住みついた』
「ええ。この大聖樹がすっかり気に入っちゃって」
木の精霊は幹へ添えていた手で、軽く表面を撫でた。
長い年月を大聖樹や周囲の森と共に過ごし、その繋がりを深めていくうちに、彼女自身も大精霊と呼ばれる存在になったらしい。
ウンディーネも水を司る精霊として力を増し、それぞれが自分の居場所を持つようになった。
そのせいで昔ほど頻繁には会わなくなっただけで、今でも古い友人であることに変わりはないようだ。
木の大精霊が、今度は俺たち全員を見る。
「今回は、本当にありがとう」
柔らかな声だった。
「ずいぶん力を持っていかれちゃったけれど、もう大丈夫よ。少し時間はかかるけれど、この子と一緒にゆっくり戻していけるから」
そう言って、大聖樹へもう一度触れる。
「本当に無事でよかったです」
俺も素直にそう返した。
ベルやメイ、シルクも一緒に山へ入り、地下を調べてきた。
ウンディーネがいなければ、水や魔力の流れを追うこともできなかった。
誰か一人だけで解決したことではない。
木の大精霊もそれを分かっているようで、俺たちを順番に見ながら改めて頭を下げた。
「みんなが動いてくれたから、こうしてここにいられるわ。本当にありがとう」
ベルは少し照れたように笑い、メイの尻尾もゆっくり揺れる。
それから木の大精霊は、俺へ目を戻した。
「ウンディーネから、あなたのことは色々聞いたわ」
「俺のことを?」
『話した』
「人と一緒に旅をしているって聞いた時から、どんな人なのか気になっていたの。でも昨日は、今回のこともたくさん聞かせてもらったわ」
異変を調べたこと。
地下の設備を見つけたこと。
アドヴァースの拠点まで辿り着き、魔力を奪う仕組みを止めたこと。
そして、魔神召喚の術式から生まれたキリコを、そのまま一人の相手として受け入れたこと。
その辺りまで聞いているらしい。
木の大精霊は俺を見ながら、穏やかに微笑んだ。
「だから、今回のお礼をさせてほしいの」
「いえ、無事だったならそれで十分です」
俺がそう答えると、木の大精霊は予想していたように笑った。
「そう言うと思ったわ」
「でも――」
「これは、わたしがあげたいの」
その声と同時に、木の大精霊が俺へ手を伸ばした。
すると横にいたウンディーネが、珍しく目を見開く。
『……え?』
何をしようとしているのか、俺より先に分かったらしい。
『ちょっと待って。それ、あげるの?』
「ええ」
『フトシと会ったばっかりだよ?』
「そうね」
『そうねじゃないよ。それ、一人にしかあげられないやつでしょう?』
普段のウンディーネからは考えにくいほど、はっきり驚いている。
俺もさすがに気になった。
「そんなに大事なものなんですか?」
木の大精霊は手を下ろさず、そのまま説明してくれた。
「大精霊はね、自分が特別に認めたただ一人へだけ、自分の本質の一部を託す固有の加護を与えることができるの」
「一人だけ?」
「ええ。その人に加護を託している間は、別の誰かへ同じものを与えることはできないわ」
街全体を常春に保っている広い範囲への加護とも違う。
普通の精霊から与えられる祝福とも違う。
一柱の大精霊が、自分で選んだ一人へ託すための特別な加護らしい。
「そんなものを俺に?」
「ええ」
木の大精霊は迷わなかった。
「会ってからどれだけ経ったかより、わたしはその人が何をして、どういうふうに誰かと向き合ったのかを大切にしたいの」
一度言葉を切り、俺たちを見回す。
「それに、わたし自身があなたへ渡したいと思ったの。だから受け取ってくれると嬉しいわ」
そこまで言われると、これ以上断る方が失礼だろう。
「……分かりました。ありがとうございます」
「ええ。じっとしていてね」
木の大精霊の指先から、淡い緑色の光が生まれた。
光はゆっくり俺の胸元へ近づき、そのまま身体の中へ吸い込まれていく。
熱くはない。
むしろ森の中で深く息を吸った時のような心地よさが、身体の内側へ広がった。
次の瞬間、身体の奥にある何かが広がる。
今までの魔力を入れていた器そのものが、一回りも二回りも大きくなったような感覚だった。
同時に身体の芯が軽くなる。
特に力を入れていないのに足元が安定し、呼吸も楽になった。
それだけではない。
周囲の木々。
足元の草。
目の前にある大聖樹。
今までよりも自然に、それぞれの中を巡っている魔力を感じ取れる。
「……すごいな」
思わず声が出た。
木の大精霊が手を離す。
「木や植物、それに自然との繋がりは、今までよりずっと強くなっているはずよ。魔力を受け止められる量も増えて、使ったあとの戻りも早くなっているわ」
「身体まで変わった感じがします」
「それも加護の一部よ。大精霊の力を宿すなら、受ける側の身体もそれに耐えられないと困るでしょう?」
筋力や俊敏性、反応、耐久といった身体能力も全体的に底上げされているらしい。
木の大精霊の加護の場合は、特に生命力や持久力、回復する力への影響が強いという。
それだけでも十分すぎるものだ。
だが木の大精霊は、少し興味深そうに俺を見ていた。
「それから、もう一つあるはずよ」
「もう一つ?」
「わたしの力と、加護を受けた人が元々持っている資質や力が結びついて、その人だけの力が生まれるの」
「どんなものになるかは決まってないんですか?」
「ええ。わたしにも、実際に与えてみるまでは分からないわ」
戦う者なら、戦いに使う力になるかもしれない。
植物を育てる者なら、それを助ける能力になるかもしれない。
受け取った本人が元から持っているものによって、発現する形が変わるらしい。
俺は自分の中に宿った新しい加護へ意識を向け、【鑑定】で確認してみた。
【大精霊の加護(翠樹の恩寵)】
詳細:木の大精霊が特別に認めた一人へ託す最高位の個人加護。木・植物・自然属性との親和性を大幅に高め、最大魔力量と魔力回復力を恒久的に増大させる。大精霊の力を受け入れられるよう肉体そのものも強化され、筋力、俊敏性、反応、耐久、持久力などが底上げされる。木の大精霊の性質により、特に生命力、持久力、回復力への恩恵が強い。また、受け手が持つ資質や技能と加護が結びつくことで、その者だけの固有能力が発現する。
やはり、かなり大きな加護だった。
さらに確認すると、【料理する者】の中に今までなかった能力が増えている。
【樹器創成】
詳細:木の大精霊の加護と【料理する者】が結びついて発現した固有能力。皿、椀、鉢、丼、カップ、盆、トレー、重箱、弁当箱、仕切り付き皿、箸、スプーンなど、飲食物を盛る、入れる、飲む、食べる、運ぶための木製器具を必要数生成できる。形、大きさ、深さ、厚み、仕切り、持ち手、色、木目は使用者の意思で調整可能。生成された樹器は耐熱、耐寒、防水、防油、防臭、匂い移り・味移り防止、高耐久の性質を持ち、用途に応じて保温、保冷、温度保持なしを選択できる。使用者の意思で消去できるほか、中身が空になり使用を終えてから一日程度で自然に魔力へ還る。飲食物が残っている間は自然消滅しない。武器、防具、家具、建材など、飲食用途以外の物品は生成できない。
「……食器?」
思わず声が出た。
木の大精霊が少し目を丸くする。
「あら。そういう力になったのね」
試してみることにした。
頭の中で、料理を盛るための丸い平皿を思い浮かべる。
すると手元へ淡い緑色の光が集まり、すぐに一枚の木皿へ変わった。
表面は滑らかで、縁の厚みもちょうどいい。
指で触ると、本物の木と変わらない感触だった。
次は深さのある器を考える。
すぐに木の深皿が現れる。
さらに小鉢。
細長い焼き魚用の皿。
いくつかの料理を分けて盛れる仕切り付きのプレート。
思い描き方を変えると、木目を明るくしたり、落ち着いた濃い色へ変えたりすることもできた。
「これは……かなり便利だな」
大量に料理を出す時、意外と困るのが器の数だ。
屋台なら特に、客が増えればその分だけ皿が必要になる。
洗って使い回すにしても手間はかかるし、最初から大量に持ち歩けば場所も取る。
この力なら、その場で必要な形を必要な数だけ作れる。
しかも保温や保冷まで選べるなら、仕上げた料理を食べてもらうまでの状態も保ちやすい。
料理そのものを美味しくする力ではないが、俺が一番いいと思った状態で出すための道具としては相当便利だ。
食べ終わった後に消せるのも助かる。
(……これ、屋台でかなり便利だな)
気づけば手元の皿をひっくり返し、裏側まで確認していた。
ウンディーネが俺を見て呟く。
『……フトシらしい』
木の大精霊も楽しそうに笑った。
「わたしもそう思うわ」
大精霊からもらった特別な加護で、真っ先に気になったのが食器なのは自分でもどうかと思う。
ただ、使い道が次々浮かんでくるのだから仕方ない。
試しに作った器へ意識を向けると、まとめて淡い緑の光へ戻り、そのまま消えた。
「ありがとうございます。大事に使います」
「ええ。たくさん使ってもらえた方が、わたしも嬉しいわ」
そこで、ウンディーネが少し複雑そうな顔で俺を見る。
『……先越された』
「先?」
『わたしも、そのうちフトシにあげようと思ってたのに』
「ウンディーネも?」
予想していなかった。
ウンディーネは少しだけ視線を逸らす。
『……いつかね』
木の大精霊が横でくすくす笑っている。
ウンディーネの固有加護がどんなものなのかは気になるが、今すぐ欲しいと言うようなものでもない。
本人がその時だと思った時でいいだろう。
ひとまず加護の話が落ち着いたところで、木の大精霊の視線が俺の横へ動いた。
キリコだ。
しばらく見つめていた木の大精霊が、少しだけ目を丸くした。
「……あら?」
キリコが首を傾げる。
木の大精霊はゆっくり近づいた。
「あなたがキリコちゃんね」
「うん」
「やっぱり不思議ね」
木の大精霊がキリコの前で足を止める。
「わたしの魔力が、あなたの中にたくさん残ってる」
キリコが自分の胸元へ手を当てた。
「あなたの?」
「ええ。あなたが生まれた時に使われたみたい」
地下でアドヴァースが大聖樹から奪っていた魔力。
それが召喚術式へ大量に投入され、その力のかなりの部分がキリコを形作るものになった。
木の大精霊本人なら、実際に会えばすぐに分かるのだろう。
キリコは少し考えたあと、真面目な顔で尋ねた。
「返した方がいい?」
木の大精霊はすぐに首を横へ振る。
「いいのよ」
「でも、あなたのだったんでしょう?」
「あなたが生まれる前はね。でも今は、もうあなたの力だもの」
木の大精霊は穏やかに言う。
「あなたが奪ったわけでもないし、あなたはその力を使って生まれたのでしょう?」
「うん」
「なら、もうあなたのものよ。返す必要なんてないわ」
キリコはしばらく木の大精霊を見ていた。
やがて、その表情が少しだけ緩む。
「……なんか、落ち着く」
「そう?」
「うん。よく分からないけど」
木の大精霊も嬉しそうに目を細めた。
「わたしも、あなたを見ていると不思議と他人じゃない気がするわ」
キリコの中にある魔力は、もともと長い間この大聖樹と木の大精霊に馴染んでいたものだ。
血が繋がっているわけでも、契約があるわけでもない。
それでも、互いに近いものを感じることはあるのかもしれない。
木の大精霊はキリコを眺めながら、少し考えるように頬へ手を当てる。
「自分で産んだわけでもないのに、不思議ね」
そして柔らかく笑った。
「娘ができたら、こんな気分なのかしら」
キリコが瞬きをする。
「わたしが、あなたの娘?」
「本当に産んだわけじゃないけどね」
木の大精霊はおっとり笑う。
「そう思ってしまうくらい、あなたに親しみを感じるみたい」
キリコはその言葉を少し考える。
「……わたしも、あなた好きかも」
「まあ。嬉しいわ」
木の大精霊の笑みが少し深くなった。
「キリコちゃんは、これからどうするの?」
その問いには、キリコは迷わなかった。
「フトシと一緒にいる」
「そうなの」
木の大精霊の視線が俺へ向く。
なぜか少し楽しそうだ。
「じゃあ、わたしがママなら、フトシが旦那ね」
「……はい?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「いや、どうしてそうなるんですか……」
「ふふ、冗談よ」
木の大精霊は楽しそうに笑う。
隣を見ると、ウンディーネも少しだけ口元を緩めていた。
おっとりした人だと思っていたが、意外とこういう冗談も言うらしい。
しばらくして、木の大精霊は改めて俺たち全員を見た。
「またオリエンスへ来た時には、顔を見せてね」
「はい。もちろんです」
木の大精霊はキリコへ視線を向ける。
「キリコちゃんもね」
「うん。また来る」
キリコが素直に答えると、木の大精霊は満足そうに微笑んだ。
その時、大聖樹の高い枝葉を風が通り抜けた。
ざわざわと葉が揺れ、木漏れ日が足元へ細かく落ちてくる。
数日前に山で感じた、季節外れの冷たい風ではない。
まだ完全な常春の暖かさには戻っていないものの、肌へ触れる空気は明らかに柔らかくなっていた。
見上げた大聖樹には、まだ黄ばんだ葉も残っている。
回復にはしばらく時間がかかるだろう。
それでも、もう一方的に力を奪われることはない。
木の大精霊も無事だった。
キリコには、自分を気にかけ、また会いたいと言ってくれる新しい相手ができた。
俺の中にも、木の大精霊から託された新しい加護が確かに宿っている。
柔らかな風が大聖樹の葉を揺らす音を聞きながら、俺はようやく今回の一件が終わったのだと実感した。




