第26話 悪役たちの斜陽
帝都セレニャール、皇太子執務室。
リュシアンは執務机の前で立ち尽くしている。
爪を噛みながら、部屋の中を行ったり来たりする。
カツカツと足音が響く。
焦りが、全身から滲み出ている。
「まだか……」
リュシアンが時計を見る。
何度目かの確認。
「報告は、まだか……」
爪を、また噛む。
窓の外には、帝都の夜景が広がっている。
キラキラと輝く街の光。
でも、リュシアンの目には入らない。
ただ――
報告を待ち続けている。
その時――
コンコンと、ノックの音。
「……!」
リュシアンが、はっとする。
「入れ!」
扉が開く。
皇太子付の参謀長が入ってくる。
「殿下……」
参謀長の声が――
震えている。
「ご報告が……」
「おぉ、やっとか!遂に反逆者セリナ一行を仕留めたんだな?!」
「あ……その」
「かなり強引な手続きでレイディアント・クラウン・アルマーダまで出撃させたんだ!
当然だな!」
「いえ、殿下……」
「しかも、名将と名高い戦略家のローニー提督を派遣したんだ!」
「殿下っ!」
「なんだ?早く報告しろ!」
「レイディアント・クラウン・アルマーダですが……全艦拿捕されました……」
「は?」
分かりやすいほど、目を丸くして呆けた。
「ローニー提督はじめ、全クルーは縛られた状態で
脱出ポッドに詰め込まれて漂っているところを
救出されました。幸い死傷者はおりません」
「はぁ?おい、何を言っている?」
「レイディアント・クラウン・アルマーダは……壊滅しました」
膝がガクガクと震える。
リュシアンは虚空を見つめたまま、ゆっくりと膝を落とす。
「ど、どういうことだ?」
「赤毛猫海賊団です……。奴らが主力の2船団を連れてきて……。
サクラモカ副団長の指揮に翻弄されて、全く抵抗するまでもなく……」
「オ……オ……。」
リュシアンの目の前が、暗くなる。
そのまま――
前のめりに倒れる。
ドサッ。
「で、殿下!?」
参謀長が、慌ててリュシアンに駆け寄る。
「殿下!しっかりしてください!」
でも――
リュシアンの返事はなかった。
参謀長が――
ため息をつく。
そして扉に向かって叫んだ。
「誰か!医者を呼べ!」
・ ・ ・
同じ頃――
帝都の一等区。
豪華な邸宅が立ち並ぶ一角に、ヴィオラの実家がある。
ベルナール公爵家。
ヴィオラの私室。
ピンクを基調とした、華やかな部屋で、
壁には大きな鏡、床には柔らかな絨毯、
まさに贅沢の極みだった。
でも――
その部屋の空気は、重苦しい。
ヴィオラがソファに座っているが、
いつもの優雅さはない。
視線が揺れて、落ち着きがない。
その隣には――
ヴィオラの父、ベルナール公爵が立っている。
太った体躯で、油ぎった顔。
「父上……まだですか……?
もう、とっくに報告が来る時間では……」
「……落ち着け、ヴィオラ」
冷淡、無慈悲でロボットのように例えられる
ベルナール公爵は、さすがに余裕の表情を浮かべている。
「皇太子殿下はお前のために
レイディアント・クラウン・アルマーダを出したのだ。
安心しろ。万に一つの失敗もありえん」
ベルナール公爵が空を見上げた。
「セリナさえ、いなくなれば……。
ヴィオラ、お前の幸せは訪れる。
そして我がベルナールの繁栄もな!」
ヴィオラが呟く。
「私は正式に皇太子妃になれる」
ヴィオラの目が、ギラギラと光る。
「そして、父上も……外戚としてもっと権力を」
ベルナール公爵が頷く。
二人の顔に、醜い笑みが浮かぶ。
でも――
その笑みは、すぐに消える。
時計を見る。
もう、報告が来るはずの時間をとっくに過ぎている。
「なぜ……来ないのですか……?」
ヴィオラが不安そうに聞く。
「まさか……失敗した、なんて……」
「馬鹿を言うな!」
ベルナール公爵が怒鳴る。
「レイディアント・クラウン・アルマーダだぞ!
たかが商船一隻に負けるわけがない!」
でも――
その声は、自分に言い聞かせているようだった。
その時――
コンコンと、ノックの音。
「……!」
二人が、同時に顔を上げる。
「入れ!」
ヴィオラが叫ぶ。
扉が開く。
使用人が恐る恐る入ってくる。
若い男性。
でも――
その顔は、青ざめている。
「お嬢様……公爵様……」
使用人の声が震えている。
「リュシアン殿下の参謀様から、使いが……」
「ついに!」
ヴィオラが立ち上がる。
「どうだった?
セリナは、仕留められたのね!?」
ヴィオラの目が輝く。
使用人が――
何も答えない。
ただ、俯いている。
「……おい」
ベルナール公爵が低い声で言う。
「早く、報告しろ」
使用人が――
覚悟を決めたように、顔を上げる。
「レイディアント・クラウン・アルマーダは……」
使用人が、震える声で言う。
「壊滅しました……敗北だそうです」
「……え?」
ヴィオラの笑顔が固まる。
「今……なんと……?」
「全艦……拿捕され……壊滅しました。
敗北だそ……」
使用人がもう一度言おうとしたところをヴィオラが悲痛な声で被せる。
「嘘よ!
そんなこと、あるわけない!
50隻もの艦隊が!?」
使用人に詰め寄った。
「嘘を言わないで!」
「申し訳ございません……」
使用人が深く頭を下げる。
「悪名高い赤毛猫海賊団が……
200隻の艦隊で……」
使用人が続ける。
「レイディアント・クラウン・アルマーダを、
完全に圧倒したとのことです……」
「……っ」
ヴィオラと公爵の顔から、見る見る血の気が引く。
膝が、がくがくと震える。
「そんな……
リュシアン殿下も……」
使用人が小さく付け加える。
「ショックで、倒れられたそうです……」
「なん……だと……?」
ベルナール公爵の声がかすれる。
太った体が、ぐらりと揺れた。
「リュシアン殿下が……倒れた……?」
「終わった……」
ベルナール侯爵の頭が、真っ白になる。
「全て……終わった……」
手が震える。
「父上……!」
ヴィオラが、父に縋りつく。
「どうしましょう……!
私たち……どうなるの……!?」
ヴィオラの目に涙が溢れる。
でも――
恐怖の涙。
「セリナが……生きている……」
ベルナール公爵が呟き、顔が青ざめた。
「あの女が……帝都に来る……
そして……証拠を……」
「いやぁっ!」
ヴィオラが叫ぶ。
「死刑になるの!?
私が!?」
ヴィオラが、床に崩れ落ちる。
「いや……いやよ……!」
ベルナール公爵も――
壁に手をついて、体を支える。
息が、荒い。
汗が、止まらない。
「グレイヴ公爵が……動く……」
ベルナール公爵が考える。
「あの男の艦隊が……」
拳を握る。
「私たちを……討つために……」
「父上……!」
ヴィオラが、泣きながら父を見上げる。
「助けて……!
私……死にたくない……!」
でも、ベルナール公爵には答えられない。
ただ、壁に寄りかかったまま、虚空を見つめている。
豪華な部屋に――
二人の悲鳴が響く。
これまでの栄華が――
全て、崩れ去っていく。
使用人は――
静かに部屋を出る。
扉を、閉める。
そして――
小さく、ため息をついた。
その時、ヴィオラの目に最後の炎が灯る。
「そうよ、父上!父上と殿下の力でグレイヴを朝敵に仕立て上げればいいのよ!
皇帝陛下に先に捏造の証拠をお渡しするの!!」
ベルナール公爵の瞳にも闇が落ちた。
「そっそうだな、諦めるのはまだ早い!」
ざまぁ達成回のエピソードです。
ユーリもセリナも一切出てきませんが、そういう仕様です。
すっきり??
ご感想やご意見、スタンプ、どんな些細なものでも大歓迎です。励みになります。
もしよろしければ、次の読者への道標に、評価やブクマをお願い致します。




