第22話 父の愛
辺境。
グレイヴ公爵の公領首都星セルドニャ。
商船フェルナ号が、その首都港にゆっくりと降下する。
白い船体が着陸台に触れる。
エンジンが静かに停止した。
・ ・ ・
事前に連絡していたため、港は厳重な警備体制が敷かれていた。
公爵軍の兵士たちが、整然と並んでいる。
黒い制服にレーザーライフル、よく訓練されている。
ユーリ、セリナ、カイルの三人が船から降りる。
「……すごい警備だな」
カイルが小さく呟く。
「グレイヴ公は、本気だ」
ユーリが兵士たちを見る。
「革命の準備をすでに始めている」
兵士に案内され、三人は石造りの立派な建物の公爵邸へ向かう。
でも――
帝都の公爵邸に比べると、質素だった。
辺境らしい、実務的な建物。
大広間に通される。
そこには――
白髪の老人が立っていた。
アルフレド公爵の親友のグレイヴ公爵だ。
アルフレドとグレイヴは若い時から切磋琢磨して、
お互いを高め合い、一時期アルフレドが国務大臣、グレイヴが軍務大臣として
国政の中心で活躍したこともあった。
そのためグレイヴはセリナの邸宅をよく訪れており、
幼いセリナをとてもよく可愛がっていた。
セリナの優しい「おじ様」だった。
「セリナ……!」
グレイヴ公爵がセリナを見るなり、満面の笑みを浮かべた。
そして――
大きく腕を広げる。
「おじ様……!」
セリナが駆け寄る。
グレイヴ公爵がセリナを抱きしめる。
強く。
優しく。
「無事で……本当に、無事でよかった……!」
グレイヴ公爵の声が震える。
「グレイヴおじ様、ご無沙汰しておりました」
セリナもグレイヴ公爵を抱きしめ返す。
涙が溢れそうになる。
でも――
こらえる。
やがて、グレイヴ公爵がセリナを離す。
そして――
セリナの顔をじっと見つめる。
「セリナ……」
グレイヴ公爵が優しく微笑む。
「私の中ではまだまだ少女だったのに……
見違えるほど、美しくなったな」
グレイヴ公爵がセリナの頭を撫でる。
「お前の母の面影もある。
アルフレドの自慢の娘だけはある」
「おじ様……」
セリナの目に涙が溢れる。
父の名前を聞いて――
胸が、熱くなる。
「アルフレドのことは残念だった」
グレイヴ公爵の表情が悲しみに曇る。
「必ず、この私が仇を討ってやる」
グレイヴ公爵がセリナの肩を掴む。
「お前はこれ以上危険に首を突っ込む必要はない。
それこそが父アルフレドの望みでもあろう」
「ありがとうございます、おじ様」
セリナが頷く。
「遠い道のり、大変だっただろう」
グレイヴ公爵が三人を見る。
「ゆっくり休めと言いたいところだが……
そうも言っていられないようだな」
グレイヴ公爵がユーリを見る。
ユーリが前に進む。
そして――
深く礼をする。
「貴殿が、ユーリ殿か」
グレイヴ公爵がユーリを見る。
「噂はアルフレドより聞いている」
「それならば話が早い」
ユーリが顔を上げる。
「私とアルフレド公爵は
リュシアン皇太子とヴィオラの不正にかかわる
決定的な証拠を手に入れた」
ユーリが真剣な表情で言う。
「それを届けに来たのだ」
「そうか」
グレイヴ公爵が頷く。
「そのことはアルフレドから聞いている」
「そして、この中には二つのデータがある」
ユーリが説明する。
「皇太子の不正の証拠データと、
さらにそれを裏付ける暗号化されたデータだ」
ユーリが続ける。
「そして、その復号パスワードは、
グレイヴ公とセリナが知っている」
「分かった」
グレイヴ公爵が手を差し出す。
「見せてもらってもいいか?」
ユーリがメモリーを渡す。
小さな黒い記憶媒体。
グレイヴ公爵が、それを自分のパーソナル端末に差し込む。
画面が光る。
ファイルが表示される。
「さすが、アルフレドだ」
グレイヴ公爵が画面を見ながら呟く。
「ここまで、しっかりとした証拠であれば、
奴らの不正を暴けそうだ」
グレイヴ公爵が満足そうに頷く。
「グレイヴ公」
ユーリが言う。
「セリナはパスワードのことを忘れているらしい。
何かヒントはないか?」
でも――
グレイヴ公爵は、返事をしない。
ただ、もう一つの暗号化されたファイルに、アクセスを試みる。
「待て、グレイヴ公!」
ユーリが慌てる。
「下手にアクセスして認証に失敗すると
ファイルが失われる!」
でも――
グレイヴ公爵は、それを無視する。
パスワードを入力し始める。
「おい、聞いていないのか?」
ユーリが叫ぶ。
「それにはセリナのパスワードも必要なんだ!」
ピン。
澄んだ、電子音。
正常認証。
ファイルの暗号化が解かれる。
「な……!?」
ユーリが驚く。
セリナも目を見開く。
「このパスワードは、かねてより
私とアルフレドが取り決めていたものだ」
グレイヴ公爵が静かに言う。
「セリナは必要ない」
「どういうことだ?」
ユーリが困惑する。
「男というのは、時に何よりも大義を優先する場合がある」
グレイヴ公爵がユーリを見る。
「アルフレドは考えたのだろう」
グレイヴ公爵が続ける。
「娘セリナを犠牲にしてでも、
この証拠を優先する者が現れるリスクを」
グレイヴ公爵が微笑む。
「だから、セリナのパスワードを匂わせたのだろう」
「なんだと!?」
ユーリが驚く。
「え?父上……??」
セリナも声を震わせる。
「あいつらしい」
グレイヴ公爵が笑う。
「別に、君のことを疑っていたわけではない。
それが、父というものだ」
「父上……」
セリナの目に涙が溢れる。
父が――
自分を守るために――
そこまで考えていたなんて。
「……確かに、アルフレド公本人からも
そのようなことを言われた気がするな」
ユーリが小さく呟く。
「まぁ、それはいい。
解除できたのなら万事OKだ」
ユーリがグレイヴ公爵を見る。
「証拠データを見せてもらえないか?」
「これか?」
グレイヴ公爵が画面を操作する。
「見てもいいが、驚くぞ?」
グレイヴ公爵がホログラフを起動する。
空中に――
画像が浮かぶ。
それは――
写真だった。
中央にセリナ。
左にアルフレド公爵。
右にセリナの母ローラ。
三人で笑って立っている。
幸せそうな、家族の写真。
ユーリが固まった。
「まぁ、これはあいつにとって、大事なデータであることには
変わりない」
グレイヴ公爵が笑って答える。
「父上……?!」
セリナが写真を見つめる。
涙が止まらない。
「待て!?では、証拠というのは!?」
ユーリが困惑する。
「意味が分からない!」
「言っただろう」
グレイヴ公爵がユーリを見る。
「アルフレドは、セリナのことを心配している
父親だったのだ」
グレイヴ公爵が続ける。
「セリナを、私のもとに無事に届けるための
方便だったんだろうな」
「それじゃあ、証拠というのは……」
ユーリが呟く。
「この反撃はどうなる?」
「証拠はある」
グレイヴ公爵が答える。
「内から調べ上げた、アルフレドの証拠データ。
そして、外から調べ上げた私の証拠データ。
この二つが揃えば全てが整う」
グレイヴ公爵が画面を操作する。
「つまり、本当に必要だったのは、
暗号化されていない、このデータの方だったのだ」
「……アルフレド公も、人が悪い」
ユーリが苦笑する。
「この内外から調べ上げたデータがあれば、
間違いなくリュシアンの悪事は証明できる」
グレイヴ公爵が真剣な顔になる。
「そして、それをリュシアンが防ぐとしたら、
武力による揉み消しだ」
グレイヴ公爵が続ける。
「それは、我が私設艦隊をもってしたら、
そう簡単には揉み消せないだろう」
「ならば、これで反撃が行える……」
ユーリが呟く。
「いや、実は、もう一つ」
グレイヴ公爵がユーリを見る。
「この戦いに不可欠な要素がある」
「なんだと?まだ必要なのか!?」
ユーリが驚く。
「安心しろ、揃った」
グレイヴ公爵が微笑む。
「何?!どういうことだ?」
「もう一つ不可欠な要素」
グレイヴ公爵が、ユーリを見つめる。
「それは、貴殿だ。ユーリ殿」
グレイヴ公爵が続ける。
「皇帝直属の特務官である貴殿が、
この作戦には不可欠だったのだ」
理解できないと言った顔のユーリはゆっくりとグレイヴに問いかけた。
「説明してもらえるか?」
「私には、軍事力がある」
グレイヴ公爵が答える。
「だが、どうしても抗えないものもある」
グレイヴ公爵が真剣な顔で言う。
「つまり、決起した際に"朝敵"にされることだ」
「朝敵……」
ユーリが理解する。
「決起したところで、朝敵にされてしまえば、
勝ち目は一切なくなる」
グレイヴ公爵が頷く。
「だから、決起と同時に、
この証拠のコピーを陛下へ直々に
君が渡してほしいのだ」
「陛下を巻き込んだ上で、革命を起こすというのか!?」
ユーリが驚く。
「そうだ」
グレイヴ公爵が力強く答える。
「それが、この革命を起こすために必要な
三つの要素だったのだ」
グレイヴ公爵が続ける。
「証拠。軍事力。そして、皇帝への直接のアクセス」
グレイヴ公爵が微笑む。
「そして今、全て揃ったのだ」
「理解した」
ユーリが、頷く。
「全て、アルフレド公とグレイヴ公の
手のひらで踊らされていたということだな」
「まぁ、そう言うな」
グレイヴ公爵が笑う。
「これで、リュシアンを失脚させられる」
グレイヴ公爵がユーリを見る。
「ユーリ殿、行ってくれるな?」
「ああ、もちろんだ」
ユーリが頷く。
「それが、アルフレド公の仇討ちにもなる」
「セリナは私が責任を持って
この地で保護する」
グレイヴ公爵がセリナを見る。
「おじ様、待ってください!」
セリナが前に出る。
「私はユーリと共に陛下にお会いします!」
「は?待て、セリナ、何を言っている?!」
グレイヴが激しく驚くが、隣でユーリが冷静に微笑んだ。
「フフ、グレイヴ公、セリナはこう言い出すと聞かんぞ」
ユーリがセリナを見る。
「連れて行く。
そして、俺が必ず守る」
「ユーリ……!」
セリナがユーリを見る。
「グレイヴ公は、その間に革命の準備を整えてくれ」
ユーリがグレイヴ公爵に言う。
「アルフレドの人選は確かだったようだな」
グレイヴ公爵が微笑む。
「わかった。セリナ、ユーリ殿を支えるんだ」
「はい!」
セリナが力強く答える。
そして――
革命に向けての、一歩が踏み出された。
父の愛と反撃の手札がわかりました。いいですよね!
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