9. ニーリング
■ 18.9.1
「前方、待ち伏せされています。曲がり角の手前の両脇に数人、曲がり角にも数人居ます。」
武器庫でフィールス用の武器を拾い、しばらく通路を歩いたところでルナが小声で、しかし鋭く警告を発する。
ちょうど前方50mくらいの所で通路は左側に曲がっており、その曲がり角辺りに敵が待ち伏せているという事だろう。
この輸送船「ソルハリサリュージVIII」は、船内の主通路であってもあちこちに曲がり角がある。
多分、コストを掛けずに数を作るタイプの船であり、機能ごとにモジュール化したブロックを組み合わせて一隻の船を組み上げる事で、短納期低価格大量生産に対応したものだろうと思われる。
その手の船は安価で工期も短いのだが、この船の主通路が曲がっているように、使い勝手の面で少々問題があることが多い。
勿論船が使えないほどに大きな障害や問題では無く、日常の使用の中でちょっと不便な思いをする程度、ここのところがこうだったらもっと便利なのに、と思わされる程度の使い勝手の悪さだ。
常識的には船の内部を船首から船尾までほぼ真っ直ぐに通る太い通路が主通路なのだが、この船の四本ある主通路はどれも途中で何回か曲がっている。そういったものだ。
先ほど言ったモジュールを組み合わせる際に、主通路を真っ直ぐにする使い勝手よりも、少ない資材で強度を上げつつ、積載量の割にはコンパクトな船にしようとした結果なのだろうと想像する。
個人所有の船で、所有者が船の設計にそれなりに口を出して建造したならそんな使い勝手の悪さは極力避けようとするが、使い勝手よりもコスト優先で作られた企業所有の輸送船や貨物船ならそんなもんなのだろうな、と思う。
「ここは任せてください。一度私の実力について評価して戴いておいた方が良いかと思いますので。」
と、後ろを付いてくるフィールスが言った。
「いや、そんな装備で前面に出すわけには行かないぞ。」
武器庫で武器を手に入れたフィールスだが、攻撃する為の銃やグレネードを手に入れただけで、身を守るものに関しては非常用のマスクなどごく少量の最低限のものしかピックアップしなかった。
武器庫の奥には多少なりともプロテクタの付いたLASがいくつか見えたのだが、それを着用するのに時間がかかるという理由と、ツルシのLASでは身体に合うかどうか分からず、身体に合わないLASは行動を阻害するので無い方がマシ、という理屈でフィールスはLASを着用しようとしなかった。
ではフィールスの身体に合わせて設えたLASはというとそんな物は無く、会社からは船外作業服くらいしか支給されておらず、それも例のコンテナルームに置いてあるらしい。
白兵戦を戦う可能性の高い警備担当者にLASさえも支給しない会社もどうかと思うが、今回の海賊への対応の悪さを考えると、もともとそういう事態を想定していなかったか、或いは地上やステーションでの護衛任務くらいにしか考えていなかったのだろう。
それにしても会社側から支給された装備が貧弱すぎる。
地球人とは違って銀河種族達の間では人の命は比較的軽めに扱われる事が多いとは言え、それでもこれはちょっと酷すぎる気がする。
こんなブラックな会社はとっとと辞める方がいいぞ、フィールス。
「ライフル弾や大口径のレーザーが当たればどのみちLASでは保ちません。あっても無くても大差ないならば、無い方がマシです。身軽になります。」
確かに理屈じゃそうだがな。
それでも少しでも身を守るものを身に着けている心理的効果というものもある。
恐怖で狙いがブレたりもする。
まあ、本人がやると言っているのだからやらせてみるか。
「分かった。やって貰おう。任せる。」
「はい。」
そう言って俺とルナが少し脇に寄って道を空けた真ん中を、フィールスがスタスタと無造作に歩いていく。
その余りに無防備にも見える歩き方はとても落ち着き払っていて、歴戦の強者の風格さえ感じるほどだ。
こんな風に距離を詰められたら、逆に怖いだろうな。
案の定、フィールスが俺達を追い越して数m歩くと前方で待ち伏せている海賊達の間に動きがあった。
AEXSSヘルメットに内蔵された索敵機能が、カメラからの前方の映像の中に目敏く動きを見つけてAARでマーキングしてくる。
「来るぞ。」
そう言って俺とルナは通路の端により、剥き出しの構造材を遮蔽物にして身を隠す。
まだフィールスは歩いている。
海賊が遮蔽物の影からライフルを突き出す。
前方の動きについたマーカは、曲がり角のこちら側通路の左右に二つずつ四つ。
曲がり角の壁のところに二つ。
敵が発砲する。
フィールスはゆっくりにも見える動作で身体を沈め、そのままニーリング姿勢になる。
手に持っていたライフルを前方に向けながら、その下に身体を沈み込ませる様な器用な動作を流れるように行った。
確かに。
コイツ、ライフルを使い慣れている。
フィールスが発砲すると、通路の向こう側で遮蔽物から突き出されていたライフルが二丁宙に舞う。
マジか。
すっと滑るようにフィールスの身体が動き、通路の右端に寄った。
その間も射撃は続いている。
左側奥の海賊の一人がヘルメットを撃ち抜かれ吹っ飛んだ。
フィールスの身体が今度は左に寄る。
まるで氷上を滑っているかの様な滑らかな動きで、動いた様に見えない。
というか、身体を横にスライドしている最中もニーリングの姿勢は崩れず、そして発砲を続けている。
右手前に居た海賊も銃を吹き飛ばされる・・・いや、あれは銃じゃ無い。
銃じゃ無くて、海賊の右腕が宙を舞っている。
曲がり角から半身を出して撃っていた海賊の身体が吹っ飛ばされて、奥の壁に叩き付けられる。
そこにさらに正確に何発も着弾し、海賊の身体は壁に貼り付けられたまま穴だらけになり、壁に沿って血の跡を残しながら床に落ちた。
通路の左手前と右奥に居た海賊が、吹っ飛ばされたライフルの代わりにSMGか何かを取り上げてこちらに向ける。
対人用のSMGは、LASなら弾ける可能性もあるが、今のフィールスには充分な脅威だ。
が、次の瞬間左手前の海賊のSMGは火を噴いて吹き飛び、右奥の海賊は腕ごとSMGを粉砕され、血飛沫が一面に飛び散る。
こいつ、連続射撃中に弾種と弾速を次々切り替えているのか。
角から頭だけを出していた奴のヘルメットに着弾し、後ろにのけ反る。
床に突こうとした海賊の左腕が血飛沫になって消え、床に打ち付けたヘルメットが撃ち抜かれて、駒の様に回転した海賊の身体が奥の壁際で横になっている先客の身体にぶつかって止まった。
呆気にとられている俺の眼の前でフィールスはニーリング姿勢を解いて立ち上がった。
そのまままたスタスタと、曲がり角に向かってゆっくりと無造作に歩いて行く。
さすがにライフルは腰だめに構えて、銃口は曲がり角を向いているが。
途中、左右の遮蔽物の向こう側に隠れていて、既に戦闘不能に陥っているか、或いは死体となっている海賊に数発ずつトドメをブチ込みながら、速度を落とさず歩き続ける。
曲がり角まであと5mほどになったところで、壁の向こう側から海賊が躍り出た。
海賊が乱射するライフルの弾が船の構造材をねじ切り貫通する嫌な金属音が辺りに響く。
フィールスは既に銃口がそちらを向いていたライフルの引き金を絞っただけだった。
何発もの弾を受けて海賊の身体は吹き飛ばされ壁に叩き付けられて、既に二名ほどいた先客達の仲間入りをした。
フィールスはそのまま歩いて行く。
曲がり角手前で立ち止まり、銃口を下げた彼女は、壁沿いに横たわる死体に数発ずつ止めを撃ち込んだ。
そこで銃口を上げて、こちらを振り向く。
「クリアです。」
と、戦闘後とは思えない静かで落ち着いた声がする。
・・・は?
「行きましょう。」
思わず呆気にとられて固まっていたが、ルナに促されて立ち上がる。
歩いて行く途中左右の壁から突き出た構造材の陰に海賊どもの死体が転がり、金属剥き出しのグレーチングの床が血に濡れていて滑りやすい。
曲がり角に立ち、角の向こう側を警戒するフィールスに追い付く。
フィールスは顔色一つ変えず、ライフルを腰だめに構えたまま通路の先に銃口を向けて警戒している。
「怪我は?」
撃たれたようには見えなかったが、一応確認する。
「髪の毛が少し焦げました。」
と、事も無げに言った。
見れば右肩の少し上辺りで、金髪が少し灼け縮れたようになっている所がある。
高速の弾が身体を掠めて熱で灼けたのだろう。
つまり、それだけ顔の近くを通った弾があった、ということだ。
「大丈夫か?」
高速の弾丸が頭の近くを通れば、身体が受ける超音速衝撃波は案外馬鹿にならない。
衝撃波で脳震盪を起こすこともあるほどだ。
「右耳が調子悪いです。しばらくすれば戻ります。」
と、顔だけこちらに向けて平然と言った。
その顔は先ほど俺達の後ろを歩いていた時のままの表情で、顔色一つ変わっていない。
汗ひとつかいていない。
コイツの身体の材質は何だ?
精神も身体も超高張力チタン合金か何かで出来ているのか?
「見事ですね。無駄弾が殆ど無い。船内で銃撃戦を行うに理想的な腕前かと。」
と、ルナが壁際に積み重なる死体を見ながら言った。
彼女が先ほど武器庫でライフルを手に入れた時に、急に落ち着いた性格に変わった時に思いっきり驚かされ、もうこれ以上驚くことは無いものと思っていたのだが、今度はそれ以上に思わずひっくり返るほど驚かされた。
確かにこの腕があれば警備主任も任されるだろう。
いやそれどころじゃない。
軍の特殊部隊の突撃兵をやらせた方が良いんじゃ無いか。
警備部社員にLASさえ支給しないような阿呆な会社には、とんでもない宝の持ち腐れだ。
いずれにしても、最初に見かけた時の意味不明に弱気でヒキコモリな性格からでは全く想像も付かない、とんでもない射撃の名手である事は良く分かった。
コイツにライフル持たせてHASでも着せていれば、俺達が救援に来るまでもなく移乗してきた海賊を一人で一掃できたんじゃないか?
「お前の射撃の腕は良く分かった。この後頼りにさせてもらう。」
と、驚きの実力と、銃を持たない時との余りのギャップに半ば呆れながら言った。
「はい。よろしくお願いします。」
と、視線を通路の向こうに向けたままフィールスが言った。
「これは私も負けていられませんね。まだまだ修行が足りないようです。」
とルナが小声で独り言を言ったのが聞こえた。
いや、お前の「修行」とは刀やナイフを持った格闘戦の事じゃないのか。
ライフルを持った銃撃戦もそこに含まれるのか?
そもそも俺はルナを船の管制AIとの間のI/Fとして、生義体端末を導入したつもりだったのだ。
その後色々あってルナはルナとして独立したAIの生義体となったわけだが、いずれにしても戦闘用の生義体を導入したつもりは無い。
ところがルナは、船内管理用の生義体の華奢な自分の身体を魔改造し、そして多分機械達からの手ほどきも受けて、暗殺者の様な特殊な闘い方をする押しも押されぬ戦闘用の生義体へと自らを変えていった。
荒くれ者の印象はあるが、実は本職の陸戦隊兵士などに比べると戦闘能力は低い海賊達を相手に無双するのはまあ、さもありなんという感じなのだが。
アデールに言わせるとルナの暗殺系の戦闘能力は、「特殊部隊ならともかく、一般の陸戦隊兵士であれば太刀打ち出来ない」レベルに達しているという。
そこに更に精密射撃の能力も追加しようというのか。
彼女がどこを目指して走り続けているのか、益々分からなくなってきた。
「その先、曲がり角を曲がった先にすぐ、待ち伏せをするのにちょうど良い場所がまたあります。」
とフィールスが相変わらず通路の先に視線を向けたまま言う。
今俺達が居るところで一旦左側に直角に曲がった通路は、僅か10mほど先で右に曲がり、再び船首方向に向けて伸びていく構造となっている。
さすが乗っていた船の構造は把握しているのか、これもまた心強い話だ。
「マサシ、次は私に。」
とルナ。
いや、何張り合ってんだお前。
いいんだよ別に。張り合わなくても。
酷い言い方をすれば、使い捨てにしても痛くない、腕の良い兵隊が手に入ったんだ。
そいつを使い倒せば良いだろうが。
身内に怪我が無ければそれで良い。
「いえ。救援に来た者として、力を見せておかねば示しが付きません。」
いや、だから張り合わなくていいんだっつの。
いつも拙作にお付き合い戴きありがとうございます。
また更新が遅く申し訳ない。
関係ない話ですが、この間久しぶりに東京で電車で移動しました。
東京周辺に住んでいる人達は「公共交通機関網が整備されていてとても便利」と言うのですが。
どこに行くにも延々駅まで歩かされ、電車に乗れば座ることも出来ずに足が棒になるまで立ち続け、混み合った駅では真っ直ぐ歩くことも出来ず常に人とぶつからないように気を配って歩かねばならない上に、混み合った回りの速度に合わせて歩行速度も下げなきゃいけない。遅い。
たかが10km、20km先の目的地に行くのに何時間もかかって、汗だくになってやっと辿り着く。
ついでにどこに行ってもエアコンがヌルい。
・・・ホントに便利かココ?
田舎なら、エアコンの効いた快適な車内に座って十五分で着くぞ?
自分で運転しなきゃならんけど、延々歩かされるよりは労力少ないだろ。




