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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十八章 シェイクハンド・プロトコル
100/102

10. ブリッジ前のホール


 

 

■ 18.10.1

 

 

 非常灯だけが点いた薄暗がりの中、闇の中からにじみ出したかのようにこちらに向かって歩いてくるルナの姿が現れる。

 ゆっくりと歩いているわけではないが、かといって急ぐでも無く、ごく普通の速度でこちらに歩いてくるルナの姿はしかし俺にも分かるほどに一分の隙も無く、万が一撃ち漏らしていた海賊が通路脇の遮蔽物から突然躍りかかってきたとしても、顔色一つ変えずあっさりと確実に瞬殺して始末するのだろうと云う一種の安心感を見ている者に与える。

 その姿は既にプロフェッショナルの風格を有していると言って良い。

 船の中では緩めのタンクトップとショートパンツ、素足に靴さえ履かないといった超ラフな格好で歩き回る事の多い彼女だが、戦闘中にその面影はどこにも無い。

 まさにプロフェッショナルだ。

 ・・・何の?

 

「排除完了です。次の曲がり角の先はブリッジまで残り直線100m弱です。多分これ以上の待ち伏せは無いものと思われます。」

 

 と、俺の眼の前まで歩いてきたルナが言う。

 

 銃を持たせたら突然人が変わり有能な戦士へと化けたフィールスに微妙な対抗意識を持ってしまったらしいルナが、彼女に自分の実力を見せる為に次の曲がり角付近で待ち伏せていた海賊どもを、お得意の闇に紛れる暗殺者の様な戦い方で全て始末してきたのだ。

 ・・・なんか、俺の出番全然ないんだが。

 

 音も立てず、相手に気付かれず、ともすると殺された本人にも殺された事さえ気付かさせず静かに敵を始末する技術に長けたルナと、銃撃戦の中でも決して冷静さを失わず最低限の最適な動きで確実に敵の急所を仕留める事が出来るフィールスと。

 実力者二人に挟まれちゃ、仕方ないか。

 安全確実に敵を仕留められているんだから、文句を言う筋合いでもないか。

 

「諒解だ。二人ともよくやってくれた。ブリッジに行った連中との合流も早まる。有難い。」

 

 真っ直ぐ行けばブリッジなのは分かっている。

 だが念のため、船内図を視野に呼び出して確認する。

 用心するに越したことは無い。

 

「このままブリッジまで直線が続きますが、ブリッジ前で突き当たります。左に曲がったところがブリッジハッチ前のスペースです。アデール達が苦戦しているであろう敵は、そこに陣取っているものと思われます。」

 

「それにしても遅いな。そうは言ってもアデールとニュクスなら、どうにかしそうなもんだが。」

 

「多分、ですが。ブリッジ前の空間に遮蔽物を置き、そこに立て籠もっているのではないでしょうか。遮蔽物の奥、ブリッジハッチ近くにHASが張り付くと、排除が難しいでしょう。HASを撃ち抜ける高速徹甲弾を使って流れ弾を出すと、ブリッジの機器に大きなダメージが出てしまいます。空間が狭すぎて、敵の後ろを取ることが出来ず、ニュクスにも手を出せないのかと。」

 

 成る程。

 アデールが得意とする突撃では、海賊の後ろのブリッジを傷付けてしまうのが怖くて手を出せず、ニュクスが闇に隠れようにも隠れる場所がない、と。

 俺は視野に表示した船内図を確認した。

 

 ブリッジ近くで四つの主通路がひとつにまとまる。

 左舷からA通路、右舷からC通路。

 そして上階からD通路と、下階からB通路が合流するリフトがある。

 これらの四通路が合流する奥行き10mほどのホールがブリッジ前にあり、ホールの奥にブリッジハッチが存在する。

 このホールにガラクタを積み上げて視線を遮る遮蔽物とし、最奥のブリッジハッチ前にHASが陣取っているのではないかと、ルナは言っている。

 

 遮蔽物があれば光学センサでは敵の位置が掴めず、敵が動かなければパッシブ音響センサも役に立たない。

 基本的にHASは完全シールドされている為、電磁波等の漏出もない。

 アクティブ音響センサを使おうとも、ステルス化されてしまえば効果はない。

 ドア前に陣取って動かないのならジェネレータを切ってしまえば、重力波のセンサにも引っかからない。

 HASのリアクタ放熱を捉えようにも赤外線は遮蔽物で遮られており、空気の温度を感知するのでは精度が出ず意味が無い。

 

 要は、誰かが突撃していって敵の配置を特定し、同時に無駄弾を撃たずにHASだけ撃ち抜くという芸当を行う必要がある、と。

 AEXSSの装甲は、HASと正面切って殴り合いのような撃ち合いをするには薄すぎる。

 まず確実にHASは複数配置されているだろうが、突っ込んで行ってレーザー併用射撃で一機めのHASを潰している間に、他のHASから集中的に狙われてやられるだろう。

 

 ・・・いるじゃないか。俺の後ろに。

 まさにその様な技術に長けた奴が。

 そう思って後ろを振り向くと、フィールスと眼が合う。

 フィールスが頷く。

 俺達の会話を聞いていたフィールスは、既に何をやるべきか察しているようだった。

 

「私がやります。そもそも、私が乗っていた船です。」

 

 声を掛けても一言も発せず、コンテナルームの中に震えて引き籠もっていた女とは思えない発言だ。

 本当に別人格だな。

 

「いいのか。お前はLASさえ着けてない。一発でも当たれば終わりだ。」

 

 それどころか、もし海賊どもが大口径弾最大弾速にセットしていた場合には、徹甲弾が近くを通るだけで腕が千切れても不思議じゃない。

 まあ多分、遮蔽物の山を吹っ飛ばしたくないだろうから、海賊側もそんな事はしないだろうが。

 

「LASを着けていても一発当たれば終わりですよ。」

 

 確かにそれはそうなんだが。

 他に選択肢が無さそうなのも確かだ。

 

 ブリッジ前の曲がり角に到達した。

 角から一瞬だけ頭を突き出してすぐに戻る。

 その一瞬で記録された光学映像を再生すると、ルナの予想通りブリッジ前のホールには何かの容器やどこからか剥ぎ取ってきた機械などの、様々なガラクタが山になっているのが分かった。

 

 図面によるとホールはブリッジ側に10m弱ほど凹んだ様に作られているのだが、このホールの両側に管制システムや航法システムなどの主要システムを格納した様々な電子機器を納めた部屋が存在する。

 ブリッジ近接にそのような重要システムを設置するという、よくある構造だ。

 勿論バックアップするサブシステムが船内の別の所に存在するのだろうが、この手の廉価版の船の場合、サブシステムは本当に最低限の機能だけで、メインシステムを破壊されると船を動かすことさえ出来なくなる事が多い。

 

 デリト5dの警備隊がこちらに向かっているという話だから、最悪システムを破壊してしまっても、長い漂流の末デリト主星に墜落して蒸発という事はないだろうが、システムを破壊するのはできる限り避けたいところだ。

 

 さて。

 ここまで来る間、ブリッジの前を選占拠している海賊どもに俺達の存在は探知されているだろう。

 HASはその用法上大量の様々なセンサを搭載している。

 俺達が通路を歩いてここまで来た足音など確実に拾われており、ある程度正確な距離も割り出されているはずだ。

 これを避けるには忍者のように足音を全く立てずに移動するしかないが、金属グレーチングの床の上でそんな芸当が出来る筈もない。

 ・・・いや、ルナなら出来るのかもしれないが。

 とりあえず俺には出来ない。

 

 ということで、今更隠す必要も無くなったので量子通信回線を開く。

 

「レジーナ。状況を。」

 

 今回もいつも通り、他方面から集まる戦術情報を統合的に管理しているのはレジーナだ。

 彼女はHASどころではないセンサの固まりであり、且つブラソンとニュクスに魔改造されて、軍の巡洋艦にも匹敵する圧倒的な処理能力を誇る。

 俺達が直面している事態だけでなく、その周辺や更に広い範囲でのあらゆる情報を集積して解析し、最善手を導き出すのにこれ以上の適材はいない。

 

 が、そのレジーナから応答がない。

 俺の方から話しかけたので、こちらの状況が量子通信可能になったことは察すると思うのだが。

 

「レジーナ? ルナ、レジーナからの応答が無いぞ?」

 

 と、ルナの方を振り返る。

 ルナのヘルメットがこちらを向く。

 

「どうしましたか?」

 

 聞こえていなかったのか。

 普通なら、レジーナを中継局とした量子通信のネットワークが瞬時に形成され、俺が話した内容はルナにも聞こえているはずだ。

 

 量子通信は本来一対一の通信しか出来ない。

 それでは色々不便なので、レジーナのような大きな処理能力を持つ中継局を中心にして幾つもの回線を結んで通信ネットワークを作ってやりとりする。

 そのレジーナが応答しないのだから、ネットワークが機能していないのも当然か。

 何があった?

 

「レジーナが応答しない。ネットワークも機能していない。」

 

 ルナが一瞬動きを止める。

 

「こちらにも応答ありません。船側の通信機の障害でしょうか?」

 

 ルナとレジーナは、同じレジーナAIから別れた姉妹のようなものだ。

 ルナ側の容量の問題もあるので全ての情報をという訳には行かないが、基本的な要件はルナとレジーナとの間で常に共有されている。

 そのルナがこんな事を言うのは奇妙だ。

 ルナの言うとおり、通信機に障害が出ているのだろうか。

 外で新手の海賊と小競り合いでもあったか?

 

 しかし普通なら通信機に障害が発生しても、ニュクスがもたらしレジーナやルナにある程度の支配権を渡しているナノボット群によって短時間の内に修理されてしまうはずだ。

 何か嫌な予感がする。

 

「ルナ、後方警戒を頼む。」

 

 ルナが頷く。

 主通路には幾つもの分岐が存在する。

 それを全て虱潰しにしてきた訳では無い。

 途中の脇道に隠れていた海賊を見落としていて、突然後ろから襲いかかられる可能性もある。

 

「ニュクス、聞こえるか?」

 

 量子通信のネットワークが使えないので、ニュクスを直接呼び出す。

 

「何じゃ、通信封鎖解除かや? 何も通信できぬとは、どうにも調子が狂うわ。肩が凝ったのう。何ぞあったんかや?」

 

「後方のカーゴルームは開放した。C通路を通ってブリッジ手前まで来た。そっちはどんな状態だ? レジーナが応答しないぞ。」

 

「ん・・・? 本当じゃのう。何事じゃ。昼寝でもしとるんかのう。こっちはA通路のブリッジ前で足止めじゃ。どうにも攻めあぐねておってのう。」

 

 と、ニュクスが鷹揚な口調で答えを返してくる。

 

「アデール。ブリッジ前の敵は何人だ?」

 

 と、アデールの回線に切り替える。

 面倒臭いな。

 

「HASが三体だ。他は排除した。」

 

「やはり流れ弾を気にして突っ込めないのか?」

 

「そうだ。突っ込むにしても一応お前に知らせてから、と思ってな。」

 

「そうか。なんでこいつらはこんなに武装度高いんだ。クソッタレが。」

 

 海賊というのは大概万年金欠としたものだ。

 この世の中の大体のものがコピー出来る今の世の中、船で運んでいる物資なんてのは物質転換器で作るよりもコスト的に有利だからと現物を運んでいる安い資材しかない。

 

 希にコピー出来ない超高級品や、身代金ががっぽり取れそうな重要人物がいたりもするが、そんなものを海賊達が手に入れられるのはごく稀な話だ。

 そんな重要なもの、海賊に襲われないようにガチガチに護衛されていて当然だからだ。

 そして万年金欠の海賊が軍よりも良い装備を揃えられる訳もなく、そんな重装備で護衛されている船団を海賊が襲うことはない。

 

 しかし俺達がこの船に入ってから、何体のHASを始末しただろう?

 そもそもこの船に何人の海賊達が乗り込んでいただろう?

 

 勿論海賊もHASを持っているし、偶々ちょっと腕の良いメカニックが仲間にいれば、HASの稼働率を上げ、海賊でさえ手に入れられるポンコツHASの状態を改善することも可能だろう。

 それにざっと思い返しただけでも、多分アデール達が相手をした分を含めて、この船には四十人かそれ以上の海賊が乗り移ってきていることとなる。

 かなり多い。

 が、600mを越える中古横流し品の正規軍フリゲート艦を接舷させたくらいだ、五~六十人居てもおかしくはない。

 フリゲートの中古を使っている所を見ても、それなりに金を持っている大きな海賊組織なのだろう。

 

 いずれもあり得ない話では無い。

 が、違和感が残る。

 ブリッジ前に頑張っている奴らが妙に落ち着いて見えるのも気になる。

 追い詰められて自暴自棄になってもおかしくないのだが。

 

「突っ込むのか? タイミング合わせるか?」

 

 と、アデールの声で我に返る。

 

「いや、待て。こっちに良い人材がいる。倉庫のコンテナハウスから拾ってきた。ブリッジ前のHASのだいたいの位置は分かるか?」

 

「ああ。今は扉右側に二体、左に一体だ。どっちもバリケードの陰に隠れている。それ以上は分からない。ブリッジの中は何体居るか分からない。居ないかも知れない。」

 

「いや、それだけ分かれば充分だ。」

 

 アデールとの通信を切った。

 

「フィールス。」

 

「はい。」

 

 海賊達に聞こえないように小声でフィールスを呼ぶと、彼女も小声で返事をして、通路の壁に背中を預けている俺に身を寄せてきた。

 

「ブリッジのハッチ前にHASが三体頑張っていやがる。ハッチの左に一、右に二だ。ブリッジ前のホールにガラクタを山積みにして遮蔽物にしている。突っ込んで行って精密に撃ち抜くしかない。的を外すと、奴らの後ろはブリッジとシステムルームだ。面倒なことになる。」

 

「分かりました。」

 

 そう言ってフィールスが立ち上がる。

 すぐにも突っ込んで行きそうだ。

 

「待て。A通路側の仲間とも連携してできる限り援護出来る様にする。」

 

 と、彼女を止める。

 

「アデール。三十秒後にこっちから一人突っ込む。注意して援護しろ。」

 

「諒解。時間合わせを。」

 

「オーケイ。5、4、3、2、1、マーク。」

 

「三十秒後。諒解。」

 

「フィールス。二十秒ほどで突っ込む。行けるか?」

 

「いつでもどうぞ。」

 

「よし。合図したら走れ。」

 

「はい。」

 

 そして俺は視野の下部で流れる数字を睨み付けた。

 残り十七秒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作にお付き合い戴きありがとうございます。


 前話で東京の不便さについて書いたら思わぬ反響が。

 本編に対する感想より多い。w

 色々な御意見ありがとうございます。楽しく読ませて戴きました。


 ちなみにですが。

 あの文章の趣旨は、京都、大阪や名古屋は車で移動しても余り苦痛を感じないのに対して、東京は車で移動すると苦痛を感じるという以前書いた話から引っ張っていて。(タクシーの話では無いです。自分の車です)

 東京近郊の人達が便利と信じている電車移動も、田舎暮らしの人間からすると全く便利ではなくて。

 総じて、仕事で行かなければならない時以外は東京には近付きたくない、という様な話でした。


 以前は贈答品とか用意するのに見栄張って日本橋のデパートとか行ってた(車で)ものですが、最近は滅多に行かなくなりました。

 都内に入るのは、実家に帰るのに羽田から飛行機に乗る時くらいになってしまいました。

 羽田も車です。デカい荷物複数持って電車移動とか絶対嫌なので。

 車なら少なくとも、荷物を持つ必要が無く、家族全員座って家から空港まで行けます。

 駐車料金はこれまたそれなりにするのですが、電車代+デカい荷物を持って電車で動く苦痛と不便さと面倒を考えると、複数人いれば充分バランス取れる範囲内かと。


 多分、日本人は本質的に車が好きではないのでしょうね。

 新車の95%以上がオートマ車だというところからも、そんな気がします。

 オートマ車。運転してても全然楽しく無い。ただペダル踏んでるだけ。

 ちな。前の車はマニュアル車でしたが、モデルチェンジでマニュアル設定無くなって、泣く泣くオートマに。

 遊園地の子供の乗り物のクマさんと変わらん。

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― 新着の感想 ―
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