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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十八章 シェイクハンド・プロトコル
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4. メイドオブオールワーク (Maid of all work)


 

 

■ 18.4.1

 

 

 俺の視野には、配管溝の上に薄汚れたグレーチングを被せただけの何の化粧っ気も無い床と、隔壁や配管、構造物と云った様々な凹凸がそのまま剥き出しになっている壁で囲まれた薄暗い通路が前方に向かって伸びて行っているだけに見える。

 AEXSSのパッシヴセンサは当然働いているのだが、何らかのステルス機能を持つ装備を付けているのか、センサリダクションを掛けているのか、前方にいるはずの敵が捕らえられていないようだった。

 

 いつもなら、周囲のあらゆるセンサやネットワークへの接続情報を駆使して敵位置を特定してくれるメイエラと、領域全体の情報を統括監視しているレジーナからの支援情報のバックアップがあるのだが、電磁擾乱で通信障害を起こし、位置特定を防ぐために量子通信を封鎖している今現在、彼女達からの支援は全く望めない。

 大量の様々な種類の通信局が無防備に始終通信を行っている街中ならともかく、こんな誰も居ない船の中で通信なんぞ行おうものなら一瞬で居場所を特定されてしまう。

 情報が無く、敵位置を特定できない闘いはこれほど不便で不安なものかと、舌打ちしながら壁から出っ張っている構造材の陰に身体を隠す。

 

 この船の素晴らしいところは、船内の装飾に殆ど気を遣っておらず、普通なら配管や構造材を隠すために張られる化粧板のようなものが殆ど使われておらず壁や天井の至る所に凹凸があり、敵から攻撃されたときに身を隠す場所が手近にいくらでも見つかることだ。

 そして当然それは相手側も同じで、待ち伏せをするのに好都合な隠れる場所がそこら中にいくらでもあるという事になるわけだ。

 俺達はそのような構造の通路を、どこに敵が隠れているか探りながらおっかなびっくりにそろそろと進んでいかなければならない。

 前方に敵が隠れているのを見つけたからと喜び勇んで突撃していくと、実は途中に別の敵が隠れていて、通り過ぎた途端に後ろから撃たれる、などという間抜けなやられ方をしないとも限らない。

 

 という訳で、前方で海賊どもが待ち伏せしていると分かった今、俺はかなり慎重に前方を探りつつ遮蔽体から別の遮蔽体へと飛び移るようにして細かく移動して居るのだが・・・ルナはどこに行った?

 多分いつもの様に暗がりに身を隠して影から影を伝うように移動して相手に気付かれないように接近し、背後からいきなり急襲するという闘い方をしているのだろうが。

 まるでアクション映画やファンタジーの中で出てくる忍者か暗殺者(アサシン)の様な闘い方だ。

 普通のヒトには映画のようなアクションは出来ないが、彼女にはそれをするだけの身体能力がある。

 最近この手の荒事の際には必ず着用しているAEXSSを魔改造した黒メイド服も、敵に見つからないようにしたデザインなのだろう。

 

 それはわかる。

 だがそもそも、彼女は一体どこへ行こうとしているのか。

 俺達は時に旅客船のような仕事もする中型貨物船の乗員であって、白兵戦を生業とする傭兵団じゃない。

 おれがバシースなんて通り名で呼ばれて、船対船のみならず、ヒト対ヒトの荒事までも見越したような依頼を渋々ながらでも受けてしまっているので、それに順応していっているだけなのだろうか。

 俺がそうさせてしまっているのだろうか。

 俺のことを第一に考えて行動してくれる彼女ならばありそうなことだった。

 俺のせいか?

 

 などと多量の雑念を含みまくった思考を伴い、前方を覗いつつ通路の反対側に見えている次の遮蔽体の影に移ろうかと身構えていると、その目標としていた遮蔽体の陰に天井からルナが降り立った。

 

「前方で待ち伏せしていた海賊四名、無力化しました。次の曲がり角までクリア。四名全員LASを着用しており、銃器で武装していました。かなり古びて薄汚れたLASを着用していたので、ジュシブンレドール社員ではないと思います。」

 

 と言いながらルナは遮蔽体の影から無造作に歩み出てこちらに向かって歩いてくる。

 そうなのだ。

 俺達が救助のためにこの船に乗り移ったことを、多分ジュシブンレドール社員達は知らない。

 曲がり角で鉢合わせしたいきなりの遭遇戦で撃ち合いになって慌てて応戦し、撃ち殺してみたら実は全員救助対象でした、なんて間抜けなことも起こりうるのだ。

 伝えようにもソルハリサリュージのシステムが破壊されていてネットワーク経由の通信が使えない。

 電波通信で彼等全員にアナウンスしようにも、EMPの電磁擾乱でまともに電波通信が通らない。

 量子通信を使おうにも、ジュシブンレドール社員が着用しているであろう船外活動服やLASの量子通信用IDが分からない。

 つまり、俺達が助けに来たことを彼等に知らせる方法が無い。

 だから突発的に出会ってしまって、間違えて彼等を撃ち殺さないようにしなければならない。

 それもまた、船内を神経質に索敵しながら進まねばならない理由の一つだった。

 それはそうとして。

 

「全員片付けたのか? なにも音が聞こえなかったが。」

 

「海賊を生かしておいても面倒なだけです。音を立てては気付かれてしまいます。」

 

 海賊を生かしたまま捕らえてどこかの国の軍か警察に引き渡せば、国によって差はあるが基本的に海賊どもは死刑を言い渡されるか、犯罪奴隷に墜とされる。

 ただ、人身売買を目的としたシステムではないので、海賊が犯罪奴隷になったとて余程の賞金首でない限り謝礼金はたいした金額にならない。

 海賊を生かしたまま連れ回すコストと労力とで天秤に掛ければ、海賊はその場で殺した方が効率的だ。

 どうせ今まで何人もの人間を直接的間接的に殺してきた犯罪者だ。生かしておく必要も無いだろう。

 そもそも船ごと吹き飛ばせば、生かすも殺すもないしな。

 

 通路の次の曲がり角までは安全を確保してあるとルナが言うので、身を隠すこともなく普通に歩いて行くと、途中床に転がるLASを四体確認することが出来た。

 いずれのLASも、背後からバッサリやられていたり、ヘルメットに大穴が空いていたり、ヘルメットが胴体から離れたところに転がっていたりする。

 全て一撃で、やられた方は声を発することも出来なかっただろう。

 見事な腕前だった。

 いや普通に考えて、貨物船の船内管理を任されている少女型の生義体がやってのける芸当じゃないんだが。

 ルナは良かれと思ってやっていることだし、実際お陰でこっちは怪我ひとつ負うことなく、何ら危機に陥ることもなく制圧出来ているんだから、文句を言う筋合いもないのだが、どうにも、な。

 

「マサシ、止まってください。曲がり角の向こうに三人居ます。不用意に角を曲がると狙い撃ちにされます。ここで待っていてください。」

 

 と、通路の曲がり角まであと数mというところでルナが左手を押し止めるように俺の前に伸ばして言った。

 次の瞬間、金属のグレーチングの床を叩く音がして同時にルナの身体が勢いよく飛び上がり、通路の天井を這っている配管を支えるラックに手を突いて向きを変え、そのまま天井の暗がりの中に消えていった。

 いやいやいや、ツッコミたいところが山ほどあるぞ。

 

 呆けてルナを見送ったあと、何もすることが無く通路にそのままアホみたいに突っ立っていると、曲がり角を曲がってルナが戻ってきた。

 

「排除しました。海賊でした。予想通り、大口径のレーザーを持っていました。」

 

「あ、ああ。すまんな。助かる。」

 

 いかなAEXSSとは言え、大出力のレーザーを撃ち込まれたら無事では済まない。

 いや、そうじゃない。

 

「曲がり角の向こう側に敵がいるなんて、よく分かったな。」

 

 通信が出来ないのでレジーナからのバックアップは望めない。

 電磁擾乱が酷いので、移動に静電気力を用いるナノボットで偵察用のナノボットクラスタを作って飛ばす事も出来ない。

 当然、偵察用のプローブドローンなどという目立つものを船内に飛ばすわけにもいかない。

 ルナが曲がり角の向こうに潜む敵の存在を探知する方法など無いはずだった。

 

「気配がしました。」

 

 と、事も無げにルナが答えた。

 

 ・・・は?

 気配ってのはアレか? 武術の達人とかがその道を究めると、眼で見ることも耳で聞くこともせずとも敵の位置が分かる的な。

 或いは超能力的な何かとか?

 思わずまじまじとルナの顔を見る俺の視線を、ルナは真っ直ぐに見返してくる。

 ヘルメットのスモークの掛かったシールドバイザーの奥にうっすらと見えるルナの顔は、相も変わらず天下無敵の無表情なので、冗談を言っているのか本気なのかサッパリ分からない。

 

 やめた。

 冗談を言っているなら、コイツの性格だから状況も考えずにとことんボケ続けるだろうし、本気で言っているなら本気で言っているで、なんでその程度の事が分からないのだという風な単純明快且つ意味不明な答えが返ってくるに決まっている。

 

 極めて論理的な演算を積み上げて人格が構築されている人工知能である筈なのに、なんでいつの間にこんな意味不明な性格になっちまったのか。

 氏より育ちとは良く言ったものだ。

 友達が悪かったのだろう。

 朱に交われば赤くなる。

 

 ルナの先ほどの行動に突っ込みたいところは山ほどあったが、全て諦めて前を向く。

 

「行くか。」

 

「はい。曲がり角二つ先までクリアです。」

 

 そう、「なんで?」という疑問を持ちさえしなければ、こんなに頼もしい相方なのだ。

 そうは言っても完全に警戒を解くこと無く、アサルトライフルを腰だめに構えて通路を歩き始める。

 ルナが安全だと宣言した通り、何が出てくる訳でもない通路に俺達の足音だけが静かに響く。

 

 次の曲がり角に到達する直前に、俺の後ろを歩いていたルナがすっと前に出て、アサルトライフルを構える俺の右腕に左手を置いて制止する。

 

「曲がり角の向こう、HASが一機居ます。動作音から、海賊がよく使う整備の悪い中古のHASです。無力化します。」

 

 そう言って俺をその場に押し留めたルナは、自分だけは歩みを止めること無く進み続ける。

 そのまま何気ない振りで真っ直ぐ歩き、何も身構えることも無く曲がり角を曲がった。

 

 次の瞬間、ルナは姿勢を低くし、床を蹴って姿が消える。

 HASが撃ったと思われる実体弾が、ルナが立って居た辺りの空間を薙ぎ払い、壁に着弾して盛大な火花を撒き散らす。

 船内で撃つために弾速を落としていたのであろう実体弾の一つが、壁のゴツい構造材にぶち当たって甲高い音を立てて跳弾し、さらには俺のヘルメットに弾かれてどこかに飛んでいった。

 さすがにガツリという衝撃と音がヘルメットの中に抜けてくる。

 船の構造材程度で跳弾する様な速度と質量の実体弾なら、当たっても全く問題無いと分かっていても余り気分の良いものでは無い。

 

 何も知らない振りをして曲がり角を曲がったルナは、その先の通路脇にある無骨な形の構造材の柱の陰に、あちこち塗装の剥げた黒っぽいHASが動くのを認めた瞬間、低く身を屈めた。

 銀河種族と地球人との間には、反射速度の大きな隔たりがあるが、それが地球製の機械知性体ならば更に差は大きく開く。

 人工的に作られた眼球とその制御システムは一瞬でズームとフォーカスを合わせ、HASが持つ旧式のライフルがコイルガンであることを判別し、銃口の向きから予想される射線が自分の頭の遙か上である事を見抜く。

 

 低く身を屈めた彼女は両足の爪先と、更には両手の指まで使って、グレーチングに指先を引っかけて滑りやすい床で最大の加速力を得る。

 海賊のHASが引き金を引くよりも早く、彼女の身体はHASに向かって加速し、左右の壁の構造材を蹴り飛ばして更に加速する。

 彼女がHASの足元に到達したとき、HASはまだコイルガンを発射することさえ出来ていなかった。

 

 速度を落とさないままに、左手に持った刀でHASの右脚に切りつける。

 刃渡り50cm強しか無い真っ黒い刀身のそれは刀と言うより脇差しと呼ぶ方が正しい長さであるが、このような狭い場所で振り回すには最適であり、彼女の両手に一振りずつ握られた黒い刀身は肉眼では判別出来ないほどに超高速で振動しており、HASの重装甲でさえ柔らかなチーズの様に滑らかに切り裂く。

 50cmの刃渡りは、HASの片足を切り落とすに充分な長さだった。

 

 彼女がHASの後ろに抜けた頃になり、HASがコイルガンを発射する特徴的な摩擦音が後ろから聞こえてきた。

 低空で滑空しながら身を捻って身体の前後を入れ替え、HASが隠れていた次の構造材を蹴り飛ばして進行方向をほぼ反対向きに変える。

 

 再びHASに向かって進む彼女の眼の前に、完全に無防備なHASの背中が見える。

 片足を失ってゆっくりと倒れはじめているHASは、しかしまだ自分が左脚を失っていることにさえ気付かず、既に彼女の居ない空間に向けてコイルガンを乱射している。

 

 その両方の肩口に両手の刀を突き立て、更に両方を袈裟掛けにしてHASのごついバックパックを切り裂く。

 その勢いのまま右手の刃でずんぐりとした首を刈り飛ばすと、HAS自体が横倒しになると同時に、中から大量の血を溢れさせながらHASの頭部がごろりと床を転がった。

 

 付いてもいない血を払い、振動を止めてから指先で脇差しをクルリと回し、柄頭を先にして刃を腕に沿わせるように持つと、黒いメイド服に似せたAEXSSを背景に刃はピタリと腕に沿い、まるで何も持っていないかのように見える。

 

 HASを跨いで歩いて行くと、ちょうど曲がり角からマサシが現れるところだった。

 

「HASを無力化しました。その先に見えるハッチまでクリアです。」

 

 いつも通り感情の籠もらない声でルナは戦果を報告した。

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 最後、何の前触れも無く人称をいきなり変えているのですが、もし読みにくいようなら切り分けます。

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