2. 貨物船「ソルハリサリュージⅧ」
■ 18.2.1
「右舷GRG準備、完了。弾種センサープローブ。砲身内WZD展開準備、完了。WZDホールアウト座標設定、完了。ホールアウト速度設定、完了。ホールショット重力波ダンパー作動。ホール生成。WZDホールショット準備完了。発射。」
船橋内に兵装担当のニュクスの声が響く。
レジーナには底部の左右両舷に一門ずつGRGが設置してある。
搭載するホールドライヴデバイスがWZD対応になってから、ホールショットを使用するときのGRG弾体射出速度の設定は無意味になった。
弾体がホールインするときの速度が速かろうが遅かろうが、ホールアウトするときの速度をゼロから光速までの間で任意に選べるようになったからだ。
そして先般、ホールショットはもう一段ソフトウエア的にアップグレードした。
地球軍から制御システムや照準システムなどの、何か新しいものが供給されたわけではない。
ブラソンの特技というか、奴のウデの見せ所というか、制御用ソフトウエアを改造することで本来設定されていない動作を行わせたり、性能を向上させたりするのが奴の得意技だ。
従来ホールショットは、GRG射出口、即ち砲口の先、発射された弾体が飛んでいく進路上にホールを開き、言わばホールに向かって弾体を撃ち込むようにして弾体をホールジャンプさせていた。
勿論この方法がもっともシンプル且つ安全性も高い確実な方法ではある。
が、船体前方の空間にホールを開くことで、僅かではあるがホール生成時に空間を歪めることで発生する重力波や、ホールという空間の裂け目を維持するために発生する空間的な歪み、即ちこれも重力波が周囲に放射・伝播されていた。
僅かとは言え重力波が発生し放射されるということは、そこで何かが動いた、或いは動いているということを周囲に知らせることとなってしまう。
加えて、砲口の前方数十から数百メートルのところにホールを開くということは、例えばレジーナが着水あるいは着床していたり、地形の凹凸などがあって射線が遮られるときなどにはホールショットが使えないという事になる。
惑星の大気などの密度の低い物質が存在する空間でホールショットを行った場合には、真空であるホールに凄まじい勢いで流れ込む、周囲の空間を満たすガスの流れに弾体が流されてしまい射撃精度を低下させる原因にもなる。
そういう、周囲に物質が存在する空間ではホールショットの使用が著しく制限される、或いは無理に使用したとしても射撃精度が大きく低下するという欠点を持っていた。
ブラソン達はシステムを改造し、GRG砲身内に展開される加速用重力場の長さを半分にぶった切り、砲口近くの砲身内空間にホールを発生させることで、レジーナ船体周辺の物質の存在の有無に影響されることなくホールショットが発射可能であるようにしてしまった。
さらにはGRG砲身周辺に、空間の歪みを強制的に平滑に戻すための「逆歪み」を動的に発生する様な機能も追加してしまった。
つまりそれは、ホールを開き維持することで発生する重力波、GRGを発射するときに発生する重力波に対して、これを打ち消すような空間歪みを動的に発生させることで、それらの動きが周囲から探知されにくくするものだ。
重力波のリダクションシステム、或いは重力波ダンパーシステムと呼んで良い代物だった。
このブラソン達が行った改造のお陰で、ガスが充満する空間内で、さらには外部から注視されているような状況下でも、人知れずホールショットを撃てるようになった。
探知されたくない隠遁状態でレジーナがホールショットを使用するような場面はそれほど多くはない。
だからブラソン達が行った改造は一見地味なものに見える。
だが発生する頻度は少なくとも、「そういう場面」では探知されてしまうことが致命的であるので、出来なかった事が出来るようになったのはとても大きな意味がある。
すでに当たり前のように俺達皆が使っているが、この船に搭載された、操縦や火器制御、クルー間のコミュニケーションを俺達の感覚と直結する事で伝達効率を飛躍的に向上させてクルー間の連携を著しく向上させ、操縦や攻撃と云った操作の精度と速度を極限まで高めたブラソンお手製の管制システムも然り。
システムを改造して、本来ハードウエアが持っていなかった機能をソフトウエア的に付与したり向上させたりするのはブラソンの得意技だ。
これまでも様々なところでその魔改造に救われてきた実績がある。
ちなみに今回のこのGRGとWZDを組み合わせた改良型のホールショットのシステム一式は、当然アデールとニュクスの知るところとなり、結構な金額でのライセンス貸与を持ちかけられていた。
ブラソンは地球連邦軍と機械達からのその提案を受けていたようなので、相当な量の金が奴の口座に振り込まれたはずだ。
近い将来、さらに洗練された形でこのシステムは地球と機械達の艦船に搭載されることとなって、彼等の戦闘能力をより一層押し上げることとなるのだろう。
長々と説明してしまった。
今、同じ星系内に存在するジュシブンレドール社の鉱山星とその周辺のセンサー類は、彼等の仲間の船を助けに向かうと宣言したレジーナを間違いなく注視している。
そんな中でホールショットを使用したと気取られずに、救難対象周辺空間にセンサープローブを撃ち込むには、それは正にうってつけの機能だった。
もっとも隠し通せるのはホールイン側から発生する重力波のみであり、アウト側のホール生成で発生する重力波は消すことが出来ない。
問題無い。
イン側の証拠である重力波を捕まれなければ、知らぬ存ぜぬと幾らでも言い張れる。
「センサープローブAホールアウト。接続。全帯域パッシヴスキャンモード。
「ソルハリサリュージⅧ確認。加速ゼロ。海賊船を確認。全八隻。P1からP8にてマーキング。内二隻、P7、P8がソルハリサリュージⅧに接近中。接舷行動中。ソルハリサリュージ周辺空間に電磁擾乱を確認。ソルハリサリュージはEMP兵器により無力化されている模様。」
ホールショットで撃ち出したセンサープローブが目的の空間にホールアウトし、明らかになっていく状況をレジーナが読み上げるに従い、視野を埋める仮想空間の中に表示された星系全体のマップの横に、さらにソルハリサリュージ周辺空間のマップが3Dで表示された。
すでに俺達は全員が船橋に詰めて自席に着席しており、それぞれ管制システムに接続している。
マップには、ソルハリサリュージⅧと思しき船を中心に、二隻の海賊船がその両脇を固めるように存在しており、その三隻を囲むようにして残り六隻が数百から千kmほどの距離に存在する。
ソルハリサリュージⅧの近くの二隻はすでに目標のすぐ脇まで近付いており、乗り組んでいる海賊どもが今にも乗り移らんばかりに見える。
救難信号が飛んだのがつい先ほどである事を考えると、恐ろしく手際の良い連中だった。
距離のある六隻はともかく、接舷間際の二隻をホールショットで狙うには近すぎた。
誤射ではなく、弾体が命中した際に爆発飛散した破片がソルハリサリュージⅧを傷つけたり、或いは制御不能になった海賊船が運悪く衝突する可能性もある。
通常の貨物船の外殻など、薄紙とたいして変わりのない装甲でしかない。
ちょっとした破片でも簡単に大きく損傷し、乗組員乗客全員が減圧死しました、なんて事態に簡単に陥る。
二隻にEMP弾を叩き込むことも考えたが、ソルハリサリュージⅧも行動不能になっており回避行動が取れないことから、やはり衝突が怖くてそれも出来ない。
すでにほぼ接舷している二隻には簡単に手が出せない。
「ニュクス、P1からP6をホールショットで仕留められるか? P7とP8は貨物船に近すぎる。」
「朝飯前じゃ。儂を誰じゃと思うておる。」
「頼りにしている。やってくれ。派手に消し飛ばして構わん。P7とP8がビビって逃げ出すようなら好都合だ。」
八隻も居るとは言え、所詮相手は海賊船だ。
スクラップ寸前の貨物船か何かを無理矢理改造して武装を取り付けた様な船である場合が殆どだ。
その気になれば正規軍の艦隊を向こうに回してチクチクと狙撃戦をやってのけることができる今のレジーナに、ポンコツ海賊船の集団など敵ではない。
今レジーナはまだ星系内のジャンプ不可空間に居る。
向こうは此方を探知しているだろうが、遠すぎて有効な攻撃方法がない。
かと言ってジャンプして接近してくることも出来ない。
もっとも、希に海賊船団の中には、どこかの国の正規軍から横流しされた軽巡洋艦などが混ざっていたりするので、決めつけて舐めてかかるのは宜しくはないが、とりあえずこの距離であれば今すぐ反撃を受けることはない。
そしてEMP兵器で自由を奪われ停船中、即ち等速直線運動で星系内に向かって進んでいる貨物船と同航している海賊船どもは停止目標だ。
ニュクスが外すとは思えなかった。
「GRG両舷起動。弾種徹甲。砲弾径460mm。ホールアウト座標センサー情報に連動。ホールアウト速度0.2c。両舷斉射三連。発射。次弾装填。発射。次弾装填。発射。
「弾着、確認。P1、P3消滅。P2、P6消滅。P4、P5、消滅確認。目標撃破。」
停止目標だから狙いやすかったのだろう。
ニュクスは海賊船それぞれの艦首に砲弾をホールアウトさせ、艦尾に向けて貫通する軌道を設定したようだった。
ごく至近距離に光速の20%もの速度を持った実体弾が突然出現した海賊船は、勿論砲弾を避ける暇などあるはずもなく、モロに直撃弾を食らった。
質量2tの鉄の塊を0.2光速でぶち込まれた海賊船は、一瞬で蒸発し、爆散した。
あとには僅かな艦首周辺の部分が残るだけで、その破片も砲弾から受けた運動エネルギーで独楽のように高速で回転しながら、星系外に向けて飛び去っていく。
あとには蒸発した海賊船を構成していた金属蒸気が、冷えて固体の微粒子と化した白い雲が残り、それも徐々に虚空へと拡散していく。
仲間の船六隻が一瞬で吹き飛ばされたのを見て、残るP7とP8がビビって尻尾を巻いて逃げ出すことを期待していたのだが、そうはならなかった。
逆に二隻はさらに貨物船ソルハリサリュージⅧとの距離を詰め、略奪行為を働く為に貨物船に乗り移るつもりなのだろう、その横に接舷する動きを見せている。
ソルハリサリュージの安全を確保したまま、この距離からこの二隻の接舷を阻止する方法が無い。
どうするかな。
乗員乗客の安全を考えるなら、こちらも接舷して救助活動を行うべきだが、救難目標船が海賊船に接舷された状態では乗り込んだ海賊どもとの戦闘が避けられない。
流石にどこの組合の規約も、民間の輸送船にそこまでの救助活動は求めていないので、ソルハリサリュージが海賊船に接舷されているのを指をくわえて眺めていても非難されることはないのだが。
「各船の情報を得ました。
「貨物船ソルハリサリュージ。ブロンドフト船籍でジュシブンレドール社所有の800m級大型貨物船です。貨物船で登録されていますが、実際はカーゴエリアを居住区に改造して、同社社員の移動用に使用されることが多い様です。今回は同社の金属調達事業部の重役他十名ほどを乗せて、トラブルのあったデリト5dに向けて移動中でした。即ち、船内にはジュシブンレドール社の重役が複数名搭乗しているものと予想されます。
「接舷行動中のP7は、全長623m。IFFイネーブル。シルエット情報からアディスイル共和国軍ベファルイシル型フリゲート艦と推測。外部構造物にかなりの改造が見られますので、正規軍艦船ではなく横流しされた中古艦艇を使用する海賊船と推定。オリジナルの諸元はリストを参照願います。現在の武装状況は不明です。
「同じく接舷行動中のP8は、全長378m。IFFイネーブル。シルエット情報無し。民間の造船所で建造された貨物船を改造した武装貨物船と推測。こちらも状況から海賊船と推定。現在の武装状態不明。」
六隻の海賊船が虚空に消え、残る三隻の詳細情報をレジーナが報告する。
巨大な星間企業の重役が複数乗っている船か。
船に搭載されている燃料や資産もさることながら、その重役達を拉致誘拐して身代金を得るか、或いは重役達の頭の中にある情報を吸い取って売りさばくことが目的か。
いずれにしても海賊とは思えないほどの迅速で見事な襲撃は、ジュシブンレドール社内に情報を流して手引きした奴が居るのだろうな。
そうでなければジャンプアウトした直後の貨物船を待ち伏せておいて、短時間で無力化して接舷するなどという鮮やかな手口が可能とは思えない。
「レジーナ、ジュシブンレドールの警備艇は? 星系外からの応援は無いか?」
ソルハリサリュージが襲撃された場所が星系外縁のジャンプ可能領域であるので、下手に星系内から通常空間をのんびり接近していくよりも、遙か彼方の他星系からジャンプ航法で現場にいきなりジャンプアウトした方が早い。
ジュシブンレドールの自社警備部門か、或いは契約している警備会社もしくは民間軍事会社が、どこかの星系の外縁ジャンプ可能領域にそのような緊急対応用の基地を持っていてサポート態勢を敷いている可能性もある。
目標に一気に近付いて襲撃し、略奪行為の後は脱兎の如く逃げ出せるように、海賊行為はジャンプ可能領域で行われることが多い。
それに対抗するために金を持っている大企業は、そういった星系を股に掛けた警備態勢を持っていることも多いのだが。
「デリト5のジュシブンレドール社警備部門からの情報にはありません。」
困っている人を見かけたら助けずにはおれないような正義漢であるつもりはさらさら無い。
どちらかというと、他人が死のうが困窮していようが、そんなものは見捨てて得られる身内の幸福と安全の方が遙かに大切だと思っている。
だが同じ船乗りとして目の前で海賊船の餌食になりつつある船を見捨てるのはどうにも落ち着いていられないのと、そもそも俺達民間の船乗りの天敵とも言える海賊船が目の前で悠々と活動するのを放っておくのがどうにも癪に障って気に入らない。
「仕方ない。やるぞ。ジャンプ可能領域に到達したところで通常ジャンプ。ソルハリサリュージ近傍にジャンプアウトして強行接舷。海賊船からの攻撃はレーザー砲と分解フィールドで迎撃無効化する。」
「諒解。」
民間の貨物船の行動とは思えない過激な行動を決断した俺の指示に、簡潔且つ明瞭に返答したレジーナの声が妙に耳に残った。
いつも拙作にお付き合いくださりありがとうございます。
レジーナ強ええ。
所謂アウトレンジ攻撃とは云え、海賊船団を一瞬で壊滅です。
まあ、GRG+WZDホールショットを二門も持っている時点で、超遠距離狙撃能力に限って云えば、銀河種族の下手な駆逐艦よりも遙かに強いのですが。
100万km以下の近距離での殴り合いだと、流石に簡単に負けます。
トータルの武装の量が違うので。




