不穏は静かに忍び寄る
殿下がサブロウ先生の道場に借り入門し、私のファンクラブ会員にも特別会員として認められてから暫く経った。
最近は割と平和で、ノアとは話はなかなか出来ないけれど、手紙を貰い、私はそっと、飴玉を渡す事にした。
私は色々と書くのは苦手だから、一言だけ、『ノア、元気?』『ノア、宿題忘れた』『ノア、お菓子食べたい』そんな風に書いて、クルリと飴を包むと手紙を渡しに来てくれた子に渡す事にしたのだ。
何かノアに伝えたい。
飴玉を渡す様になって、ノアと目が合った時、ノアはゆっくりと私が渡した紙にキスをすると、私の方をみて口だけ動かして『愛してる』と言い微笑んでくれた。
こっちが恥ずかしくなるような、ゾクゾクするような目をして私を見るんだから、ノアは悪い男だ。まったく、ノアは。
そんな事を考え、もぞもぞしていると殿下が、「リンツ令嬢の婚約者殿は大変良い男らしいな?」と聞いて来た。
「ええ、ノア・パーラメント侯爵令息です」
「ああ、美しいだけではなく、成績も優秀と聞く。剣の扱いも出来るとか?」
「ノアは騎士科ではないですが、それなりに剣は使えますよ。爺様がノアに稽古をつけていましたから、そこらの奴には負けないと思います」
「凄いな。全く…羨ましい。ああ、そうか」
殿下はそう言って少し笑うと、「リンツ令嬢は今日はここまででいい」と言って、騎士科の訓練に向かわれた。
思わずゆっくり時間が取れたから、ノアに会いに行こうかな、と思ったが、運悪くノアは生徒会の用事でクラスには居なかった。
アイリーンとも最近会ってないが、アイリーンはお茶会等で忙しそうだ。
時間が出来ても困ったな。じゃあ、アルバイトにでも行くかとも思ったが、ノアのプレゼントを注文を確認しに行っておくか、と学園を早くで出て街に出る事にした。
ノア、喜んでくれるかな。奮発したからな。と思いながら街に出ると花屋のおかみさん、マダム・チュチュさんから呼び止められた。
「ミランダちゃん!あの偉い男前の婚約者とは上手くいってるかい?」
「うん。最近は忙しいけどね。ノアも領地の勉強を頑張ってるよ」
「それは何よりだよ。変な噂を聞いたけど、やっぱり前の通り噂だねえ。噂程いいかげんなものはないよ。今日はアルバイトじゃないんだろう?」
「うん、マリコさんの伝手でアクセサリーを注文したんだ。その確認に行こうと思ってね」
「おやおや、気を付けて行くんだよ」
「うん、またね」
そう言って進むとすぐに雑貨屋のユリアお婆からも呼び止められた。
「ミランダちゃん、久しぶりだねえ。ほら、揚げ菓子をお食べ」
「ありがとう」
「最近は婚約者とはどうなんだい?」
「うん、仲良くしてるよ」
「そうかいそうかい。良かったねえ」
心配しているお婆を安心させて別れ裏通りに入るとすぐにマリコさんの店に着いた。カランとドアベルを鳴らしながら店に入ると、まだ店は薄暗かった。
「マリコさーん」
奥の方に声を掛けると化粧中のマリコさんが奥から顔を出した。
「あら、ミランダちゃん。いらっしゃい。開店前でバタバタしているの。適当に座って頂戴」
「うん、ありがとう。この間お願いした、アクセサリーの事を聞きたくてね」
「婚約者様へのプレゼントでしょう?」
「うん。アクセサリーを作って貰う時にマリコさんの知り合い、良い、宝石が手に入りそうって言ってたじゃない?高価になってもいいならって言ってたけど、臨時収入が意外と入りそうでね。高価になっていいって伝えて欲しいな」
「あら。景気の良い話ね」
「うん、護衛のバイトがね」
「良い事だわ。でも、その護衛の話、ミランダちゃん困ってるんじゃない?」
「まあね。でも、殿下がこの国にいる間だけだから。もうすぐ国に戻るって聞いてるからあと少しの間だよ」
「そう?…。店に来るお客様、騎士や冒険者が多いのよね。そしたら、なんだか、ミランダちゃんの悪口というか、妬み?そう言うのを話している人もいてね。まあ、私の店でそんな話をしたら別の客に追い出されるんだけど。ファンクラブも出来たんでしょう?殿下の護衛もして、勇者と言われて、ファンクラブも出来て、ミランダちゃんの事、羨ましいって思ってる人もいるようよ?ミランダちゃん大丈夫?」
「ああ、そんな事もあったね。うん、大丈夫だよ」
「そう。なら良かったわ」
「あ、コレ、そのファンクラブに貰った、お菓子だよ。その子の家で販売してるらしい。沢山貰ったからマリコさんも良かったら食べて」
「まあ、ありがとう。あら、コレ、今話題のお店の物よ。人気で中々手に入らないのよ」
「え?そうなの。じゃあ、マリコさんが喜んでいたって伝えておくよ」
マリコさんが化粧している間にそんな話をし、私はお茶とお菓子を食べて店を出た。
裏通りに入ったから、ブロンにでもあってから帰るかな、とブロンの店を訪ねると、ブロンが慌てて私に話し掛けて来た。
「アネゴ!!」
「わあ、びっくり。ブロンどうしたの?」
「どうしたの?じゃないですよ!今、この間、道場に来た、王子様の警護の人がアネゴを探してますよ!」
「え?ナジムさん?ハリスさん?」
「ああ、どっちかは分からないですが。すぐに学園に戻ってきて欲しいと!」
「分かった。ブロン、あんたの情報は?」
「不確かで宜しいですか?」
「うん。何も知らないで戻るよりはいい」
私が頷くとブロンは私に顔を近づけて低い声で話した。
「王子が消えたらしいです」
「ソレイユ殿下が?」
「ええ。騎士の動きはありませんが…、今、学園の周りを固めてます。あと、アネゴの関しての噂もチラホラ」
「分かった。ありがとう。家への連絡は頼むよ。噂についてはまた聞く。ほら、お駄賃」
私はそう言ってブロンに銀貨を投げると、ブロンは受け取ってから「危険な事は止めて下さいよ」と言った。
ブロンの店を出て、急いで学園に戻ろうと大通りに出ると、「ミランダ!!」と声が掛かった。
振り向くとアイリーンとキャサリンさんが馬車から顔を出して手を振っていた。
「学園に戻るんでしょう?乗りなさい!」
「アイリーン、キャサリンさん、どうして?」
「今日は街に出るって、シンリン家の令嬢に帰る時に話したのでしょう?彼女が教えてくれたわ。ナジムさんが怪我を負ったわ。先程迄、街でナジムさんはミランダを探していたの。ハリスさんは学園よ。詳しい話は戻りながらね」
「分かった」
そして乗り込んだ馬車の中でアイリーンはゆっくりと息を吐くと「殿下が誘拐されたわ」と言ったのだ。




