王子、ファンクラブに入る
殿下の付き添いで図書館に行く途中、ノアとすれ違った。ノアは廊下の隅に避けて、顔を伏せたけど私が通り過ぎる時に口が「ミラ」と動いていた。
私は通り過ぎる時に指を一本作って、ぐっと握って、もう一度指を一本を作った。
昔、一緒にした遊び。秘密のサイン。『元気だよ』とか『異常なし』とかの合図。賢いノアはきっと覚えてくれているだろう。
下を向いているノアの手が、二本指を一瞬すると握って、もう一度二本を作った。
やっぱり覚えていた。『僕も』『了解』。そんな意味。話せないけど意思の疎通はできた。秘密の合言葉や合図。沢山作って遊んでいたけど、こうやって使う事が出来てよかった。
ノアと目が合う事は無かったけれど、ノアの方から優しい気配が伝わって来て、私は嬉しくなった。
図書館に着くと、丁度、司書さんと並んで図書委員が並んで挨拶をされたのだけれど、その委員の二人、双子のシンリン子爵のファーリエンちゃんとフーロンちゃんが丁寧に礼をして、私に手紙を渡してくれた。
『アメジストグロウズ』のメンバーのセリーナちゃんを中心に毎日私にノアからの手紙は届くのだ。
ノアからの手紙は毎日なのに便箋二枚以上いつも書いてある。今日何があったのか。私と何を食べようと思ったのか。デートで行きたい所、勉強の事、そして、遠回しにソレイユ王子に対して、早く帰れと書いてあった。
まあ、短期留学なので殿下ももうすぐに帰るだろう。
そう考えているとソレイユ殿下から離し掛けられた。
「リンツ伯爵令嬢、聴いたところ、君のファンクラブは女生徒ばかりなのかな?」
「ええ、先程の二人も私のファンクラブのメンバーですね。そうですね。メンバーに男子生徒はいませんね。先程の方はシンリン子爵の方ですが、シンリン子爵は勇者様の弟子だった方だそうです」
「なに?あの二人は僧侶シンリンの末裔か…。成程…。君の周りは非常に興味深いな…。道場にはファンクラブの者達は出入りを許されているとか。私も道場に行ってみたいのだが」
「ああ、以前から言われていましたね。今日ならいいですよ。じゃあ、放課後行きましょう」
「早速か。私の方は問題ないな?」
ソレイユ殿下はナジムさんとハリスさんを見ると二人共頷いた。
「では、放課後が楽しみだ」
今日はサブロウ先生の道場にソレイユ殿下を連れて行く事になった。
最近はバイトに行く暇もない程忙しいのだが、殿下の護衛というか、学園でのお手伝いは、とっても割の良いバイトではあった。
学園長からの食事無料、制服作り直し、その他諸々の勉強に掛かる費用は護衛中は全部無料。
そして王室からも、お小遣い?として一日二千ルーン(普段のバイトが放課後だけだが、二百ルーン位)貰えることになりウハウハしている。
まあ、学園にいる間は、ソレイユ殿下の側を極力離れない、とか、色々面倒な事はあるけれど、これはオイシイ。
ノアの誕生日が一ヵ月後にあるのだが、これで、ノアに素敵な装飾品を送ろう。指のサイズは分からないから指輪は無理だな。何が良いかな。時間は無いから、注文は無理だろうけど、良い物は買えそうだ。
「ノアの好きな色とか…。好きな石とか…何だろうな?」
ふむふむと思っているとあっという間に放課後になり、私はサブロウ先生の道場にソレイユ殿下と『アメジストグロウズ』のファンクラブのメンバーを連れて行く事になった。
道場に着くと、既に『アメジストグロウズ』の会長のセリーナちゃん、副会長のアリシアちゃん、メンバーのファーリエンちゃんとフーロンちゃんが道場の子達と掃除をして、準備をしてくれていた。
「ソレイユ殿下、道場の中では私が師範代理です。殿下は門下生ではありませんが、見学者という立場になる事をご理解ください」
「分かった」
「それは、ナジムさんもハリスさんも同じこと。ここはサブロウ先生の城。皆の大切な道場です」
ナジムさんとハリスさんも頷いてくれた。
私が礼をして道場に入ると、「師範代」「ミランダ先生!」「アネゴ!」とそれぞれ声が掛かった。
「皆、今日は隣国からソレイユ王子様が見学にきたよ。宜しくね。練習はいつも通りでいい。もう準備運動はした?」
「はい」「分かった」「うへえ、王子様か」
それぞれ返事を返したが、皆真面目に練習の準備をしていたようで、額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
「うん、じゃあ、ファンクラブのメンバーは、姿勢の美しさと護身術の練習だね。チェルシー。教えてあげてね」
「あーい、ミランダ先生」
チェルシーはサブロウ先生の知り合いの娘。まだ八歳だがとても筋がいい。唯一の女の子と言う事もあって、ファンクラブの先生になって貰っている。
人に教えると言うのは自分の勉強にもなるはずだ。
「じゃあ、あとで、また一人ずつ、練習もしようね」
私がファンクラブの皆にそう声掛けると皆が優雅に礼を返してくれた。
「では、ブロンとゲイリーはこの間の続きを」
「はい」
「うっす、アネゴ」
二人はそう言うと、離れて軽く打ち合いを始めると、蹴り、ジャンプと動き始めた。私はその様子を見ながら、奥に立てかけてある武器を手に取った。
「リンツ子爵令嬢?それは棒か?槍ではないな?練習用ということだろうか?」
色々な大きさ、長さの武器もタダの棒には見えるだろう。
「殿下、コレは全部武器ですよ。殺傷能力はワザと抑えてありますが。手に取ってみていいですよ。ナジムさんとハリスさんもどうぞ」
私がそういうとそれぞれ気になった武器を手に取った。
「これは杖か?」
「殿下が手に取ったのは仕込み杖ですね。中に刀が隠れています」
「これはただの棒では?」
「ナジムさんが手に取ったのは棍です。まあ、棒ですけど。殴打用の武器として扱われることが多く、武器としては最も基本的なものなんです」
「これは?」
「それは棒手裏剣です、投げて使う武器ですね。ここには最低限の物だけ置いていますが、他にも鎖鎌、苦無、吹き矢にまきびし…色々と武器はあります」
「成程、凄いな。実際に使って見せて貰えるか?」
「では…」
そう言って、私はナジムさんとハリスさんを相手に武器の使い方を見せると、殿下はキラキラとした目でそれを見つめていた。
「私もしたい」
「あー、では。そうだ。ブロン、殿下の相手を。ブロンは攻撃は最低限で。受けで。相手に致命傷を負わせないように。そして、負けるのも駄目」
私がブロンにそう言うと、ブロンは「うへえ、アネゴ。何か俺、使っていい?」と言いながら私が頷くと、棒手裏剣を手に取った。
「よし。では、いくぞ!」
殿下は上着を脱ぐと、ナジムさんとハリスさんに「助けるなよ」と念を押して、ブロンと戦った。
結果。
あっという間に殿下は負けてしまった。
「やっべ。アネゴ。俺、怒られる?」
「いや、大丈夫だよ。ブロンは上手だったね。棒手裏剣の使い方も上手になってる。相手の行く先を見るのが上手くなったね」
「へへへ。アネゴにはまだまだだけどな」
攻撃を仕掛けていた殿下だったが、逃げと守りに撤していると思わせたブロンに上手く誘導され、飛び出した瞬間に手裏剣を打ち込まれた。驚き、慌てて避けた先でも、読まれていて背中を取られ、喉元に手裏剣を突きつけられ、一瞬で戦闘不能になったのだ。
「まさか。こんなに早く負けてしまうとは…」
がっくりとした殿下だったが、今度は『アメジストグロウズ』の練習を見だした。
「彼女達は?令嬢達が武術の練習とは、どのようにするのだ?」
「護身術が主です。見ていてください。皆、扇を構えて」
私がそう言うと、セリーナちゃんはじめファンクラブの皆は一斉に扇を構えた。
「うん、いいね、力は今は抜いていてね。じゃあ、行くよ?」
私がそう言うと、少しゆっくりめに棒手裏剣をそれぞれに投げつけた。
キン、カン、ギン、カンと扇で手裏剣を弾き、そして、優雅に身をこなし、扇を開いて防御の姿勢を取ると、素早く弾いた棒手裏剣を回収し私に投げつけて来た。
シュ、シュ、シュ、シュ。
まだまだ私に当てる事は出来ないけど、皆、上手になっていた。
「うん、いいね。皆上手だよ。ちゃんと投げれるようになっている」
「「「「ミランダ先生、有難うございます」」」」
彼女達は優雅に礼をした。
「なんだ?扇で弾いたのか?」
「鉄扇です。立派な武器ですよ。あれで手のひらでも叩くと骨が砕けますね」
「骨が…」
「皆すごいよ。今度は紐の使い方を教えようか。リボンなんかで代用出来るようにね。おそろいのリボンなんかいいね。母様に作って貰おうかな」
「え?お揃い?」
「ミランダ様と?ま、さか?」
「いいのですか?」
「有難うございます!」
皆が嬉しそうに頷いていると殿下がパンと手を叩いた。
「よし、俺もリンツ子爵のファンクラブに入るぞ。そうすれば俺はミランダ先生と呼べるし、リンツ子爵は俺の事、エリアス君と呼ぶな?」
「は?いや、それは無理です」
「ファンクラブにはリンツ令嬢を尊敬する気持ちがあれば良いだろう?私は隣国からわざわざ勇者に会いにやって来たのだ。ファンクラブの立場は皆、対等なのだろう?ならば私も皆と同じようにエリアス君と呼ばれていいはずだ」
そう言って、本当にセリーナ様達にお願いをして「ファンクラブ特別会員」という立場を手に入れていた。




