短期間の護衛
「初めまして。リンツ子爵家の第一子、ミランダ・リンツと申します」
そう言って王族にする礼をして、低く腰を落としたまま挨拶をした。
「私はソレイユ国の第六王子のエリアスだ。リンツ子爵令嬢、急に呼び出して悪いな」
手で礼を解く仕草をし、胸と頭に一度手を当てて、異国風の挨拶を私に簡単に返すと学園長にも頷いて、私にソファーに座るように促された。
「リンツ君。ソレイユ殿下は二ヵ月間我が国に滞在するのだが、その期間、わが学園に通う事を希望された。それで、君がその期間、殿下のサポートをして欲しいと思う」
「私がですか?」
何故に?生徒会長にでも頼めばいいのではないか。
私が不思議に思っていると顔に出ていたのだろう、学園長は「不思議に思うのは分かる」と言われてから、言葉を続けた。
「リンツ君。君の婚約者のパーラメント君を含む高位貴族の者の多くは生徒会に入っている。殿下はその者達の仕事の時間を奪う事もしたくはないと。ポレット君は君の友人だね?彼女の婚約者のセントバンク公爵令息が殿下のご友人でね。君の話はポレット君経由でお聞きになられ、君が勇者様の子孫と言う事で是非に、とのことなのだよ」
「そうですか。アイリーンの婚約者のご友人。ではアイリーンと私で殿下のサポートを?」
「いや、君だけだ。自分の身は自分で守れる者が好ましいとの事だ。ポレット君は無理だろう。王族のサポートには危険もあるとの事だ。君は勇者様の子孫であり、護身術に長けているのだろう?」
「まあ、自分の身ならば。護衛はした事がないですね」
私がそう答えると、殿下が頷いた。
「君は自分の身を守れればそれでいい。私の護衛はいるからな。君は伝説の英雄、勇者様の子孫で、君自身も現在、勇者と呼ばれているとも聞いた。『気』も扱え、サブロウ殿が唯一認めている後継者だとも。しかも、君の祖父はあのロナウド・エンド・リンツ殿なんだろう?」
ソレイユ殿下は私に期待半分疑い半分という目を向けた。おお、サブロウ先生だけではなく、爺様も有名。
「リンツ君。君が武芸に優れている事は聞いている」
私が頷くと、ソレイユ殿下はちょっと首をかしげて、私を見た。
「正直、こんなに小柄な令嬢だとは思わなかったが。まあ、サブロウ殿と、ロナウド・エンド・リンツ殿の弟子ならば問題あるまい。二人にもご挨拶がしたいがね」
「サブロウ先生も祖父も今ちょっとお会いするのは難しいです。先生は道場を少し空けて今は、王都の隣町にいます」
サブロウ先生は、双子の孫が生まれて嬉しくて張り切ってお世話をしに行き、そこでそのままぎっくり腰になったのだ。先生は泣きそうな顔をしながらも孫の世話をしたいと駄々をこね、いかに体を動かさずに孫の世話をするかに神経を使っているらしい。
まあ、先生であれば、ぎっくり腰だろうが骨が折れてようが、どんな相手でも短時間で仕留められるから、王子様との手合わせくらい簡単に出来るだろうが、貴重な孫との時間を盗られると、王子様をボコボコにして外交問題になってしまうかもしれない。
「なに?そうなのか?」
「うちの爺様も、先週から騎士団からの仕事で新人騎士団の方達と遠征に出掛けてしまいました」
私は爺様が「ミランダ!いいバイトが入ったぞ!魔物が出たら素材も好きなだけ盗って、いや、貰ってくるからな!わはは!がっぽがっぽ稼いでくるぞ!」とウキウキして、母様が「まあ!それなら解体用の新しいナイフが欲しいですわ!」とおねだりし、父様も「弓矢を新調したいなあ」とお願いしていた。
「はっはっは!任せろ!材料費から狩ってくれば、武器屋も安く作ってくれるだろう!魔物の囮は大量にいるからな!」
と、バイトという名の騎士団の新人達のお守りというなかなかに大変な遠征なのに、その子達を囮に使って荒稼ぎしようと、ルンルンと嬉しそうに出掛けたのを伝えた。
その中にはノアが預かった、冒険者の希望の子二人もいたのだ。二人のお守りもしつつ、騎士団の新人の世話をする。そして自分の小遣いもがっぽり稼いでくる…。爺様はなかなかに凄い人だと思う。
「なんと。それは残念だ…」
この第六王子様はよく見ると身体は引き締まっている。ふむ。武芸が好きというのは本当のようだ。
「短い期間であっても、サブロウ殿、ロナウド・エンド・リンツ殿に弟子入りを願いたかったのだが…」
学園長は落ち込んだ殿下を見ると、コホンと咳払いをした。
「リンツ君、殿下はソレイユ国で武芸を嗜んでおられてな。我が国の伝説の勇者様の事を尊敬されていらっしゃるのだ。サブロウ殿の道場では今、君が教えている事も多いと聞く、どうだろう?殿下をサブロウ殿の道場に連れて行って貰えないだろうか?」
学園長がそう言うと殿下は期待に満ちた目で私を見た。
「まあ、サブロウ先生との相手は無理でも、武芸の練習は出来ますし…。我が家の裏庭で、武器を使う事は出来ます。ナイフであれば母が相手出来ますし、弓であれば父が。双剣や体術ならば私が相手をします」
「勇者の子孫達は皆、武器が使えるのか?」
「勇者の子孫というか…。我が家はそうですね。爺様は槍が一番得意ですね。お婆様は鞭ですが。狩りもしないといけませんし、防衛も自分達でしないといけませんので、我が家は皆、自分に合った武器を幼少期から練習していました」
「凄いな!」
「では、リンツ君、明日から君のクラスに殿下は留学生として迎える。短い間だがくれぐれも気を付けてくれ」
まあ、もう決定事項なんだろう。私は頷いて、学園長室を出ようとドアの方に向かうと、後ろから気配を感じた。
「ふっ!」
息を吐いて、すぐに下にしゃがむと頭の上を何かが通過した。転がり側にある学園長の机の後ろに回り込み、ペーパーウェイトを掴むと、後方に投げつけ、飛び上がって棚に置いてある置物を斜め後方に投げつけた。
「ガキン!」
「バシ!」
それぞれ殿下の護衛に私の投げたペーパーウェイトと置物が当り、二人は上手く外してそれぞれ殿下の前で胸に手を置くと殿下の前に跪いた。
「…リンツ子爵令嬢、すまない。黒髪がナジム。赤毛の方がハリスだ」
二人は殿下から名前を呼ばれると私と初めて目を合わせて挨拶をした。
「ナジムです」
「ハリスです」
「ミランダ・リンツです」
お互いが挨拶をすると、二人はサッと、私に礼をした。
「失礼を」
「失礼致しました」
「いいえ。納得されたのなら良かったです」
二人は殿下にも頷き、私に頭の上に両手を見せて深く礼をすると、一歩後ろに下がった。
「二人がすまなかった。しかし、こうも二人が一度で認めるとは。私も先程の身のこなしは驚いたよ。流石、勇者の末裔と言われる事だけはある」
「では。短い間だが、宜しく頼む」
殿下は私をにっこりと微笑み、私の手を取った。




