5. 交渉
今日もまた、二人でティータイムを過ごしていた。
浄化とアルチュールとのお茶が毎日の日課になりつつある。
「あの、アルチュールさま」
「なんだい? リディ」
「私、ジョセフィーヌ様にお会いしたいのですが。ダメでしょうか?」
小首を傾げ胸元で手を組んで、本家リディが甘える時の仕草を真似てみた。
「……………」
目の前で、なにひとつ無駄のない動きで紅茶を飲んでいたアルチュール。
自分で書いた物語の人物なのに、品というものの違いを思い知らされていた矢先。
私の質問に、カチャリとティーカップが小さく音を立てた。
(動揺した……のかな?)
それから、しばしの沈黙。
あれから、どうにも名前の件が気になってしまった。
だから、折を見てあの騎士をお茶に誘ってみようと。
そうすれば、自然な流れで兄弟が何人いるのか尋ねられる。知っている情報なのにと思われたところで、忘れたフリをすれば良いのだから。名前と違って失礼にはならないだろうと。
なんとなく単純そうだし、もしかしたら名前もわかるかもしれない。
けれど、魅了にかかっているアルチュールは、自分抜きで騎士が室内に入ることは許さない気がした。
だったら、せめて庭園でのティータイムを許可してもらおうかと。それなら、自然と騎士がそばに立つから。
(でも、その前に……)
もっとハードルの高い、私の望みを言ってみた。ちょっとした駆け引きだ。
婚約破棄の現場で、僅かしか見えなかったジョセフィーヌが、今どんな状況なのか知りたかった。
私というか、リディのせいで心穏やかなわけはないのは重々承知している。
かといって泣き寝入りするタイプではない。聡明な彼女は、一度アルチュールの破棄を受け入れるだろう。
それから、リディの残したパズルのピースのようなヒントをたどり、本当の悪人を見つけていくのだ。
そんな、強いジョセフィーヌの姿を少しでも見たかった。
(じゃないと、私……)
魅了の力で優しいアルチュールに、どんどん惹かれて勘違いをしてしまいそうだから。
大好きな、私が描いた本物のヒロイン像。ジョセフィーヌの姿を見れば、私はちゃんと二人を応援できる。
それを確信したかった。
「どうして会いたいのかな?」
「私のせいで、ジョセフィーヌ様が……そう思うと。きちんとお話しして、私のアルチュールさまへの気持ちが本物だとお伝えしたくて」
(嘘だけど)
それでもアルチュールはジョセフィーヌに会わせてくれないとわかっていた。
「もう少しで……正式に婚約破棄の手続きが完了しそうなんだ。彼女は気性が激しいから、会ったらまたキツく当たられてしまうよ?」
「はい、覚悟しています。それでも、ご無理でしたら……。遠目でもいいので、せめてジョセフィーヌ様がお元気か、お姿だけでも見たいのです」
こっちが狙いだった。
実際会ったところで、話すことなど無いから。
困ったように小さく溜め息を吐いたアルチュール。
「そうか、ジョセフィーヌが心配なのだね。リディは、本当に優しいのだね。わかった……少し時間をくれないか?」
「本当ですか! 嬉しいです」
「その間、ここにはあまり会いに来れなくなってまうが」
「そうなのですか……一人でのティータイムは淋しいので、庭園でお茶をしても?」
「ああ、そうだね。侍女に言っておこう」
「ありがとうございます、アルチュールさま」
(やった!)
こうも上手く行くとは思わなかったが、全てが希望が通り。少しだけ、前進できた気がした。
◇◇◇◇◇
あれから――アルチュールは毎日顔を出さなくなった。
私が公爵家に出向くわけにいかないから、きっとジョセフィーヌを宮殿に呼ぶ準備に追われているのだろう。
破棄の件もあるのだ、簡単にはいかないのかもしれない。
(普通に考えたら……)
なんてワガママなこと頼んだのかと、自己嫌悪しそうになるが。これも全て私を軟禁しているからだと、余計な考えを振り払うようブンブンと頭を振った。
「リディ様、今日は暑いのでこちらのお衣装でいかがでしょうか?」
「涼しそうでいいわね!」
午前中に今日の分の魔石の浄化は終わらせた。
庭園でのティータイムのため、それ用のワンピースを着せてもらい外へ向かう。
そして、木陰に準備された可愛らしい丸いテーブルには、お菓子が綺麗に並べられていた。
美味しい紅茶を飲みながら、チラリと騎士に目を向けた。
私に背を向け、辺りを確認しながら立っている。
木漏れ日が当たった赤髪は、見事に赤が際立っていて思わず
「オラースの髪も、こんな色かしら……?」
ポソリと口に出していた。
「はい! リディ様なんでしょう?」
「えっ?」
「今、私の名を呼ばれませんでしたか? オラ……あっ! すみません、聞き間違いですっ」
明らかに慌てた騎士は、クルッとまた私に背を向ける。
パッと侍女を見れば、冷ややかな視線で騎士を見ていた。
(今の……この騎士は、もしかしてオラース?)
学生の体格ではないし聞き間違いだろうと思ったが。あまりにもギクシャクした騎士が、そうだと言っているような感じしかしない。
意味がわからず混乱し、そのまま上の空でティータイムを終えてしまった。
◇◇◇◇◇
部屋に戻り、一人になると気になる事を書き出した。
(彼が同級生のオラースだったとしたら?)
単純に考えて、あの眼鏡の魔術師はノエルなのではないかと思った。
そして、婚約破棄はやはり3月だったのではないか――と。
(私が転生した事で何か変化が? それよりも、今は卒業後なのではないか)
そんな考えが頭に浮かび、更に混乱は深まっていった。
――そして、次の日。
アルチュールにジョセフィーヌに会わせると言われた。