3. 脱出作戦
夕食はアルチュールとは別々で、部屋へ運ばれて来たものを一人で食べた。
本来のリディなら一緒に食べたいと言い張っただろうが、私にしてみればこれは幸いだった。
テーブルマナーなんて、学生の頃にかじった程度しか知らないから、ボロを出さずに済んだことに胸を撫で下ろす。
転生者であるリディ自身も、私とさほど変わらないと思うが、人には癖というものがあるのだ。勘の良いアルチュールは何かを悟るかもしれない。
気兼ねすることもなく、美味しい食事を済ませると、侍女に紙とペンを頼んだ。言い訳も考えてある。
もともと天真爛漫なリディ。それに、転生者の知識が加わって思うがままに行動していた。
アルチュールに魅了が効いている今なら、突拍子もないことをしても、少しくらい目をつぶってくれるだろう。
こそばゆくなりそうな、愛の言葉もちゃんと書いておけばいい。
寝る支度を整えてもらうと、しばらくベッドの中で耳を澄ませていた。
侍女たちの行き交う足音が聞こえなくなり、扉の前に護衛騎士だけになるのを待つ。
スルッとベッドから抜け出し、カーディガンを羽織る。
ドレスより、用意された寝間着の方がずっと動きやすそうだ。上さえ羽織れば、ゆるいワンピースみたいで気にならない。
誰にも会わなきゃ問題ないわ。
窓辺へ行くと、音を立てないようにそうっと窓を開けた。正攻法で出られないのなら、窓から逃げてしまえばいいのだ。
バルコニーに出ると、一番近くの木の枝に巻かれたツタに手を伸ばす。
そして、祈りを捧げる。
手からキラキラした光の粒子があふれ出し、ツタへ到達するとゆっくり葉が揺れ出した。
おおっ、本当に使えた!
リディの力は、魅了が本来の力ではない。あれは一種のおまけ的な作用。聖女と呼ばれる由縁は、光属性であり、祈ることで生物の細胞の活性化ができること。
あくまでも活性化であり、生命には関与できないのだが。
祈るといってもそれが発動条件なだけで、実際には身体をめぐっている魔力で魔法を使う。
魔力を流すには、血液のように心臓がポンプの役割をしている。使いすぎれば当然負荷は大きくなるし、下手をすれば心臓の動きが止まってしまうのだ。
だからこそ、自分に見合った魔力量の扱い方を学園で学ぶ。魔法を使える者、使えない者がいるのは、根本となる魔力と体質の問題。
確か……そんな設定にした気がするわ。
リディの魔力量は桁違い。正しく使えば、素晴らしい力なのだ。
けれど……。
彼女は地位や名誉を手に入れ、聖女となってイケメンハーレムで楽しく過ごしたい、自分至上主義者だった。
スクールカーストで歪んだ考え方を持ち、妙に冷めた目で他人を見ている。
だからこそ、彼女は自分をすり減らしてまで他人に尽くすことを望まず、思うがままに行動し――正しく力を使えず破滅した。
愚かよね。
光の粒子をまとったツタは、スルスルと太く大きく伸び、バルコニーの手すりに巻きつく。
そのまま、回転しながら下へと垂れ下がり、少し待つとピタッと動きが止まった。
ねじれたツタは程よく足掛けになってくれている。
よし! 行こう!
手すりによじ登り、しっかりと強度の増したツタのねじれ部分に足を掛け、慎重に一歩ずつ下ろす。
暗くてよく分からなかったが、結構な高さだ。下を見ると足が竦むので、一切見ないようにした。
時折、ひゅうっと風が吹きヒヤリとする。ツタを持つ手に力が入り、足が震えた。
もうそろそろ、着くかしら……?
一瞬の気の緩み。足が滑った。
「きゃあっ!!」
つい声を出してしまい、慌てて口を塞ごうと……今度は手を離してしまった。
落ちる、そう思っても気が動転して祈ることすらできなかった。
――とすんっ。
あれ? 痛くない?
尻もちを覚悟していたが、軽い衝撃を受けたのは背中と膝裏。しかも柔らかい。
ぎゅっと目を閉じていたが、片方だけそっと開いた。
「えっ!?」
私は、アルチュールの腕の中に抱えられていた。
全身から血の気が引く。
「やあ、リディ。こんな真夜中に何をしているのかな?」
ニコニコと、これでもかという笑みを浮かべるアルチュール。
「……えっと。散歩……です」
「一人で、その格好で?」
この状況に、赤くなったり青くなったり、完全にパニックになった。
「ちょっと眠れなくて……」
「そうだね、僕がちゃんと婚約を破棄出来なかったせいだね」
「えっ!? や、ち……違います!」
慌ててブンブンと首を左右に振った。すぐに婚約破棄されたら、時間稼ぎができなくなる。
「こ、婚約破棄は、まだしない方がっ」
「……どうして?」
「ジ、ジョセフィーヌ様がかわいそうで……」
「ふーん……リディは僕より彼女が心配なの?」
急に、アルチュールを取り巻く温度が下がった気がした。
「そんなこと、ないですっ! ただ、アルチュールさまの立場が悪くなってしまったらと。も、もっと、破棄ではなく違うやり方とかっ」
もう、自分で何を言っているのかよく分からなかった。
「そう、リディは優しいね。じゃあ、このまま少し散歩して部屋に送ろう」
「はい……」
夜の庭園をアルチュールに手を引かれ、しばらく歩いた。
ぐるりと回ったが……会話も、美しいはずの景色も、一向に頭に入ってこない。
手から伝わるアルチュールの体温。早鐘を打つ自分の鼓動だけがうるさかった。
これは、きっとイケメンに免疫がないからだ……気のせいよ。私は絶対、アルチュールを好きにならないから!
もといた部屋の前に着くと、赤髪の騎士はポカンとする。
「え、あれ? 殿下にリディ様?」
部屋の扉と私たちを交互に見る。
まあ、そうなるわよね。
「少し散歩に出ていただけだ」とアルチュールが言えば反論はしてこない。
「そうでしたか。お帰りなさいませ!」
騎士に扉を開けてもらい、アルチュールにお礼を言うと部屋の中に入る。
ベッドに倒れ込むと、ざわつく感情に気づかないフリをして色々な考えを巡らせた。
それにしても、アルチュールは何であんな場所にいたのかしら?
まるで、私が窓から逃げ出すのを知っているみたいだった。




