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歴代天皇即位の軌跡  作者: じゅう
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安閑天皇~宣化天皇

 勾王子(まがりのみこ)が大王(安閑天皇)として即位する際にあたって特に諍いが起こったという記録はない。大后の子である志帰嶋王子(しきしまのみこ)はまだ若く、勾王子は継体天皇の時代から政務に携わっていたので朝廷の安定を優先したのだろう。

 勾大王は子宝に恵まれないまま亡くなり、その後を同母弟の檜隈高田王子(ひのくまのたかだのみこ)が継いだ(宣化天皇)。継体天皇は長生きしたので、この二人の大王が即位したときは既に高齢で、その治世期間は短かった。その業績も基本的に継体天皇時代のツケを解消しようと奮戦したものになっている。

 大伴金村は継体天皇に対して義理を果たしたことになるが、彼自身はこの後没落していくことになる。任那の一部を百済に割譲したため、それを機とみた新羅が任那に戦を仕掛け領土を奪ったり、任那内部の不満分子、あるいは筑紫からも新羅と結ぶ勢力が現れたりしたため、朝廷はそれらとも戦を構えなければならなくなった。物部氏が朝廷軍の将軍となり任那回復のために戦にあたるも戦況はなかなか思わしくならない。度重なる戦のために逼迫する朝廷の財政を安定させるため、大王は蘇我氏と協力して地方各地に朝廷の直轄領である屯倉(みやけ)を設ける。こうして物部氏と蘇我氏の朝廷内での地位が高くなる一方、こうなる原因を作った大伴氏は居場所を失っていくのだった。

挿絵(By みてみん)



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