履中天皇~反正天皇
仁徳天皇の喪が開け、太子の去来穂別王子の正式な即位までには少し間があった。その時の出来事。
去来穂別命が新嘗祭で酒を飲んで寝ているときに事件が起こった。何者かが太子の宮に火を掛け、焼き殺そうとしたのだ。家臣たちが駆け付けて太子は九死に一生を得る。そして近くでうろうろしていた人間を捕まえて首謀者が同母弟の住吉仲王子であるとわかった。去来穂別王子はそれで理由を察した。太子には黒媛という妃がいたが、住吉仲王子はその黒媛と不倫関係にあったのだ。太子は最近それに気づいたのだが黙っていた。男が女のもとに通う「通い婚」の時代、魔が差してそういうこともあるかもしれないが、太子が大王になれば不倫もおおごとになる。住吉仲王子は事があかるみに出ることを恐れ、太子を殺してしまおうとしたのだ。そしていっそのこと大王位を奪おうとしたのだろうと。
しばらくして去来穂別王子と住吉仲王子の同母弟である瑞歯別王子が騒ぎを聞いて太子の元に駆けつけてきた。しかし太子は疑心暗鬼になって瑞歯別王子と会おうとしなかった。もしも会いたいなら住吉仲王子を殺して来いと。瑞歯別王子はわかりましたと言って引き返し、住吉仲王子の部下と接触して、言うことを聞けば取り立ててやるぞと住吉仲王子の暗殺を命じた。部下は言われた通り住吉仲王子を殺してきたが、瑞歯別王子は謀反人を殺したのは立派だが、自分の主君を殺したのは悪だとして部下を殺してしまった。この辺には儒教の影響が感じられる。
去来穂別王子は大王(履中天皇)として即位したが、その事績はパッとしない。日本書紀を読んでも人徳が無かったのではないかと思われるような記述ばかりだ。そうこうしているうちに大王は病気になって亡くなってしまう。大王は黒媛との間に王子をもうけていたが、太子として指名したのは瑞歯別王子だった。彼に兄殺しという汚れ役をさせた詫びと礼だったのだろう。
瑞歯別王子が大王(反正天皇)になってからの事績はほとんど記述されていない。子は何人かいたが男子に恵まれず、身分の高い妃をを迎えることもなく太子を指名しないまま亡くなった。




