第08話 鋼鉄の体
帰り際、マリーが無意識に手をつないできた。先ほどの光景を見て少しおびえているのか。調子に乗ってなければ、はかない美少女って感じなのにな。彼女の指は細くやわらかだった。人助けしたご褒美としては十分すぎる。そんなことを考えていると彼女と目が合った。手をつないでいることに気づくと顔を真っ赤にする。
手を振り払って、そっぽを向くといつもの強気な様子で話しかけて来た。
「あんたやられちゃったかと思ったじゃない。せっかく部下にしてあげたのに死んだら許さないんだからね。でもまさか不死身とは思わなかったわ。やっぱり来訪者って強いのね」
平常を装っているつもりだろうが声が少し上ずっている。たしかに動揺してもしかたない。拳銃で死なない人間なんてこの世界にもあまりいないのだろう。
「無謀な命令をしたのはどこのどいつなんだか…… しかし銃弾食らって無傷なのは変な感じだな」
撃たれた胸をさする。敗れたシャツは着替えたが、皮膚には傷一つなく痣すらなかった。
「本当に怪我はないの? 体がどれだけの傷を負ったかはさっき渡した認識票で見られるわ」
さっき宿舎でもらった認識票をとりだした。ぱっと見は普通のドックタグだが魔力で文字が刻まれており、持ち主の所属部隊や残りの生命力を自動表示してくれる優れものだ。
ライフポイント(残存生命力)に目を向けると49999/50000と表示されている。この数値は…直感的に理解した。俺のライフポイントは、戦闘機のライフとリンクしている。この50000の数値は今選択している戦闘機、ビゲンのライフポイントだった。
「なんなの……その数値は……ありえない値よ」マリーは驚きのあまり言葉が出ていない。
どうやら一般人が10屈強な兵士でも30程度らしいので俺のライフはざっと兵士1700倍のってことらしい。これはうれしい発見だった。不死身系の能力なんて持っていない以上生身で脆弱だと死亡リスクが格段に高い。戦闘機の防御力なら少なくとも対人兵器で死ぬことはないだろう。おもわぬアクシデントがあったが新たな発見もあり、実りある一日だった。
数日間平穏な日々が過ぎた。戦艦クラウソラスの修繕はずいぶん進んでいるようだ。単に損傷した装甲の修復だけでなく航行用の魔道機関に魔力を充填したり、船体に防御術式を張りなおしたりしているらしい。
マリーは王国の凱旋パレードや祝賀パーティといったプロパガンダイベントで忙しそうだ。礼服を着て手を振る姿を見ると、自国の上空で敵に襲われて死にかけていたとは口が裂けても言えない。
俺はというと、軍の書庫に篭って本を読むふけていた。この国の地理と歴史及び現在の国際、軍事情勢を知るためだ。書物にはヘブライ語に似た見たこともない文字が並んでいたが、WSの多言語間相互翻訳機能によって逐語訳が表示されるため不自由はなかった。この数日での変化といえばWSのシステム表示がヘルメットだけでなく、アバターの服装カスタムにあったスマートグラスでも行えることを発見したことだ。これのおかげで戦闘機の近くにいなくてもスマートグラスをかければメニュー画面を開いたり、文字の翻訳機能が使える。
『航空戦艦発達の系図』という本を読んでいると、この前助けたサイドテールの少女が入ってくるのが見えた。俺と目が合うと彼女は一瞬固まったが恐る恐る近づいてきた。
「あ、こ、この前はありがとうございます。お礼も言わずにごめんなさい。まさか銃弾を防ぐほどの魔道障壁を使う軍人さんだったとは思わなくて」
ぺこりと頭を下げる。短めのサイドテールがふわふわと跳ね可愛らしい。なにかよくわからないが、俺が銃で死なないことに関しては納得したらしい。
「ここは子供の来る図書館じゃないぞ」
少女は白いブラウスを着て手には食品が入ったかごを抱えている。パンの端や野菜の葉がはみ出している。夕飯の買い物でもしていたのか。書庫とはいっても軍事施設。一般人が気軽に立ち寄る場所ではない。
「失礼です。これでも私軍人なんですよ」
聞けば歳は17歳、この世界は16歳で成人するので立派な大人だ。とはいっても……その姿は家事に熱心な女子高生のようにしか見えない。
「航空戦艦の乗組員なんですよね」
「まあ一応な。艦載機のパイロットだ」
「お願いです。私も今基地に泊まっている戦艦の乗組員にしてくれないでしょうか」突拍子もないことを言ってきた。
「いいよ、と言いたいところだが一パイロットの私に権限がないことくらいわかるだろう。どうしてなんだ」
「実はこの基地……」深刻そうな顔になり小声で話し始めた。
要は現代でいうとパワハラ、セクハラの嵐でひどい有様。この前襲ってきたのも基地にいる上官たちだったらしい。軍の給与や福利厚生を求めてきた少女たちを食い物にしているそうだ。何とかこの基地から脱出したいとのことだった。思えば社畜時代にも似たような場面に遭遇したが何もできなかった。しかし今は違う。
「クラウソラスの艦長は知り合いなんでな、掛け合ってみる。そういえば名前をまだ聞いてなかったな。俺はレイヴン、階級は大尉だ。レイと呼んでくれ」
「ありがとうございます。私はシャーロット・マルシュと申します。階級は伍長です。よろしくお願いいたしますレイ大尉」
「よろしくな、シャーロット伍長」手を差し出す。
「いえ、シャーロと呼んでください」今度は微笑んで握手してくれた。守りたいこの笑顔。




