第06話 魔法と科学
この世界ではもともと魔法を利用した社会を構築していた。しかし、文明が発達し人口が増えるにしたがって、一人一人の魔力に依存する魔法を利用した生活は限界に達しつつあった。そこで魔法石や魔道術式をエネルギー発生源として単純効率化し、そのエネルギーで通信をしたり発動機を動かすような技術が進歩したそうだ。さしずめ魔法による産業革命といったところか。
今は大半の人々は、日常生活に役立つような初等魔法しか使わないようになったということだ。ただ防御魔法陣や召喚魔術などいまでも純粋な高等魔術もいくつかは残っているらしい。異世界では魔法を基礎とした科学技術と純粋な魔法が混在している。なんとも不思議な話だ。
しばらく街中を抜けると中心部にある市政庁舎についた。まったく未知の人物の国籍取得は困難を極めるかと思ったら、マリーのアドバイスの元1時間もかからずに終わった。身元保証人がいれば移民ということで通るらしい。その保証人が王族であるならばもはやフリーパスに等しいのだった。
次は軍の人事局へと向かった。どちらかというとこちらで揉めた。やはり架空の軍歴をでっちあげ軍籍を作るのはなかなかに困難な仕事らしい。仏頂面の職員はいくら話してもまともに取り合ってくれない。
「らちが明かないわ、ここの局長を呼んでちょうだい!」マリーはしびれを切らして責任者を呼んだ。
最終的に王家のコネといくつか不正な金銭のやり取りがあり新たな飛行隊が創設され、俺はその部隊のたった一人の所属隊員となったのだった。
新設された部隊はエルシオン王国軍第5艦隊所属第1試験飛行隊、俺はその部隊の隊長で階級は大尉ということでまとまったらしい。
「いきなり大尉で部隊長とはずいぶんいい待遇だな。ありがたいが厚遇しすぎじゃないのか」何か裏があるのかと少し不安になり彼女に尋ねてみた。
「あまり立場が低いと直接命令できないじゃない。私の直轄部隊よ、誇りに思いなさい」
「そういうことか…」
この艦隊の直轄部隊の隊長ってのは、マリーが俺に直接命令するために最適な立場ってことだ。
「とりあえず一通り手続きは終わったわ。本当はレイにこの街を案内してあげたいんだけど、さすがに忙しくってね。数日後にまた会いに来るわ。」
そう言い残して、彼女の乗るハイヤーは基地へと戻っていった。
とりあえずレインフォース滞在中は、王国所有の高官や貴族が利用する宿舎の一室が利用できることとなった。2,3日は宿舎にいてこの世界の常識や礼節をほかの宿泊者から学ぶとしよう。この世界にきてまだ日数は浅いがとりあえず上々な生活は送れている。きたる日の戦争のことは少々引っかかったが深く考える前に眠りについた。
数日後、宿舎で朝食をとっていると元気よくマリーがはいってきた。
「おはよう、この世界には慣れてきたかしら?」
彼女の横にいる側近達が大量の書類の束と階級章、認識票、軍の礼服を机の上にどさりと置いた。
「これでとりあえずあなたは立派なエルシオン国民、そして王国軍人よ。喜びなさい」
マリーが誇らしげに胸を張った。王家がらみの執務の合間に残りの手続きや雑務もしてくれたらしい。本当に頑張りやな子だなあ。
「わざわざここまでしてくれてすまない。この世界にきてから世話になりっぱなしだな」
事実、この世界での衣食住のすべては彼女のおかげで成り立っているといっても過言ではなかった。
「いいの、レイには守ってもらった恩があるもの。それに軍人になったからには、これから国のために存分に働いてもらうわ」
「この国は侵略攻撃を受けているもんな。どれほど役に立つかわからないが、尽力させていただく」軽く敬礼した。
「これからあなたと私の船でこの国を守り抜くのよ。分かったわね。もうレイはエルシオン軍人だから私の命令は上官命令よ!」彼女は急に自信満々の命令口調になった。
しまった、単なる姫様じゃなくて彼女が軍人だったことを忘れかけていた…
「まず最初の命令、一緒に市場で食料品の調達と買い物よ。ついてきなさい。」
市場では食料品だけでなく、衣料品や工芸品が所せましと並び、さながら観光地の土産商店のようだ。多くの人が行き来し、国が存続の危機にあるというのに町は嘘のように平和だった。
「本当に戦争状態なのか。平和そのものだぞ」
「それが問題なのよ。王国の辺境防衛をしている航空部隊の壊滅どころか第5艦隊敗走も一切本国では報道されていないの。王国軍の敗北は王政の崩壊につながるからね。でもこんなこと続けていたら、王政が倒れるまえに王国は公国の隷属国家になるわ」
「じゃあいっそ戦わずに和平交渉すればいいんじゃないか?領地が減っても戦争になるより穏便にすむぞ」
「あなたもいつか公国の属国の惨状を見たら二度とそんなこと言えなくなるわ」
周りが活気あふれる街中なだけに、悲惨な今後の話をしても何となく現実感に乏しかった。
「暗い話はおしまい。せっかくの市場なんだから、買い物を楽しみましょ!」
「そうだな、うまそうなものもいっぱいあるし」
「レイは本当に食事のことばかりね」
呆れる彼女を尻目に屋台へと向かう。
おそらく現実世界の食文化の影響があるのだろう。時おり見慣れない魚や野菜はあるものの出店で売っている料理はそんなに違和感のあるものはなかった。さっそくケバブのような焼いた肉と海老が入ったリゾットを食べた。肉に紫色のとげが生えていたり、海老が鮮やかな緑色であることを除けば実に美味。案外この世界での生活の質は高いかもしれない。




