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第27話 初等魔法



 部隊発足から数日、味方偵察部隊や国境基地と連絡を取るも一向に公国の来訪者の情報は集まらない。おそらく国の中枢にいるのだから仕方がないが、こちらでは打つ手がなくなっていた。

 今日も空軍基地の間借りした会議室で来訪者と思しき目撃情報について精査していると、ドアをノックする音がした。扉のきしむ音ともにエリスが顔をのぞかせる。


「お仕事中失礼します。今はお忙しいでしょうか?」


「いや、仕事が行き詰っていたところだ。はいってきていいぞ」


彼女はなにやら不安げな表情を浮かべながら部屋の中に入ってくる。普段から体を小さくし控えめな態度にさらに拍車がかかっていた。どうしたのかとたずねると少々の逡巡のあと静かに口を開いた。


「わたし、ここに配属されてから仕事らしいことを何一つできていません、ご迷惑になっていないか心配で」


「いや、そんなに気にするな。むしろ君らの活躍の場を見つけられない上司の俺が悪い」


「そんなことないですよ。それで魔法の研究解析などなにか私にやれることはありませんか。それくらいしかわたしにはできないのです……」


「是非お願いしたい、と言いたいところだがあいにく俺はこの世界の魔法に疎くてな。なにを頼めばいいのか、皆目見当がつかん」


「もしかして、これまでに魔法を本格的に学んだことがないのですか?」

彼女は不思議そうに首を傾けた。確かにこの世界で全く魔法に触れずに生活をする人のほうが少ないから仕方ないのかもしれない。


「ああ、魔法を学ぶどころか使い方すらわからない。この世界ではそういう人は珍しいみたいだな」


「レイさんはこれまで本当に魔法を使ったことがないんですか?来訪者の方ってみんな凄い魔法使いだと思っていたので……」


「いやあ、俺の世界には魔法がなかったんだ。魔法があるゲームから来た奴なら確かにこちらの世界とは比較にならない強力な魔力を持つ奴もいたのかもしれない」


「それじゃ、私と魔術を練習しませんか?」


「いいけど、またいきなりなんでだ」


「それは……こ、この世界の法則はほぼすべて魔法を根底にしたものです。それを勉強すれば今後の作戦や戦闘できっと役に立つはずです」


「確かにそうかもな。希代の魔法使いの末裔がなにしていないはもったいないしな。お言葉に甘えてご教授願おう」



二人連なり部屋を出る。どうせ来訪者の調査は行き詰っていたのだから魔法の勉強は気分転換にちょうどいい。それに彼女の言うことはもっともだ。この世界で物事を探るにはまずその基本法則を知っておくに越したことはない。心なしか横で歩くエリスの表情も明るくなった気がした。


 市街のバスを乗り継ぎ、町の中央図書館へと向かう。車内で横に座るエリスは手帳に几帳面な字でどんな項目をお教えるか熱心にメモしている。やはり研究、教育者としての血が騒いでいるみたいだ。さっき部屋に入ってきたときの不安感が嘘のようで少し安心した。図書館につくと膨大な本に圧倒される俺をよそに彼女はせわしなく動き回り両手いっぱいに分厚い本を持ってきた。席に座ると一番汚れた本の表紙を開いて最初のページの図を指し示す。そのページには裸の人間と宝石が対になって描かれている不思議な挿絵があった。


「この世界の魔法には大きく分けて生体魔法と無機魔法があります。生体魔法は生物、特に人間が身体に秘めた魔力をもとに発動する魔法です。すぐに発動させられますが人体のキャパシティ内の魔力しか使用できないのであまり大きな魔法は使えません。現在では生活を便利にする道具程度の役割ですね。もう一つの無機魔法は魔法石や魔力を持つ動物の遺体など生体外から魔力を得て発動する魔法です。空中戦艦の航行機関や魔道砲、広域魔力探知など現在の戦争の主力を担う魔法です」


「ってことは、無機魔法を知れば戦争や兵器を知る上では十分ってことだな」


「ええ。でも生体魔法も侮ってはいけませんよ」


そう彼女は言うと小さな紙片を取り出し六芒星をさらさらと描く。


「このうえに手を置いてください」


「こうか?」俺は描かれた魔法陣の上に右手を置いた。すると急に体の芯が厚くなるような感覚が湧いてくる。エリスが掌をやさしく重ねる。すると柔らかな手の感触とともに今まで感じたことのない衝動に襲われる。


「何か私を見ていて変な感じはしませんか?」彼女は俺の耳元で囁く。甘ったるい吐息が肌をなでると頭の中が真っ白になる。


「一体……なにをしたんだ……理性が蕩けそうな感じだ」


「ふふふ、これは誘惑の魔術、生体魔法の一種ですよ。なかなか魅力的な魔法でしょう」


怪しい笑みを浮かべると掌を離し魔法陣の描かれた紙を破いた。のぼせていた感情は一気に冷却され平常心に戻る。顔を上げるとエリスは目の前でクスクスと笑っている。生真面目な子だと思っていたが、上司に幻惑魔法をかけるとはなかなかお茶目な性格の持ち主だな、少々考えを改めなくてはならない。


「こんな風に生体魔法には精神をコントロールするものもあるんです。だから物理的な影響力は小さくても大きな力を持つものもあるんですよ」


「身をもって体感すると説得力が違うな、それじゃあ各魔法の基礎を教えてくれ」


「わかりました。まず生体魔法はその人の生まれ持った魔力量でほぼ能力が決まります。さっき計測した感じだとレイさんはだいたい標準ってところですね」


「触っただけで計測できるなんてまるで体温か血圧みたいだな。それでその魔力で具体的にどうやって魔法を使うんだ?」


「そんなに慌てないでください。魔力が動力源だとするとさっき描いた魔法陣は発動機の役割をします。魔法陣の構造によって魔力を物理エネルギーに変換するのか感情に作用するように変換するのか制御します。それじゃあ今日はその生体魔法で利用する魔法陣の基本構造式についてレクチャーしましょうか」


こうして結局、図書館が閉館するまで勉強は続いた。講義が終わると彼女はぱたんと本を閉じる。まるで大学の講義をマンツーマンで受けているような感じだ。だが時々楽しい実演を交えた彼女の教え方はとても魅力的で時がたつのを忘れるようだった。


「さすがレイさん。素晴らしい理解力ですね。この調子なら3週間で無機魔法の発動原理まで教えられそうです」


「3週間やるのか……結構な時間だな」


「せっかくの機会ですしそれくらい頑張りましょう。絶対役に立つはずです!」


こんな感じで異世界での勉強生活がスタートしたのだった。美少女講師と二人きりの魔法授業なんて最高じゃないか。そんなことを無邪気に考えながら帰途についた。


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