6 つながる風と超限度
「好きなこと」は、どこまで許されるのだろうか。
この世界では、どんな人間も「役割」を持ち、それに従って生きていく。
けれど、その外側にあるもの――例えば、音楽や絵や踊りのようなものは、「趣味」としてしか許されていない。
それでも、人は好きなものに惹かれる。
時間を忘れて、境界を忘れて、つい踏み込みすぎてしまうほどに。
これは、そんな「好き」が、少しだけ大きくなりすぎた日の話。
「……分かってる」
途端に、三帆の表情が暗くなる。
「マスターもそのことは心配してる」
「だいじょうぶやろ。料金を取ってるわけやないし、コンサートは第二日曜にしかやってないねんから」
青はのんびりした口調で言ったが、三帆の顔は晴れない。
「……うん……」
「転売屋でも出てるン?」
「この前のコンサートの時に、いたらしいの。あ、でも、マスターが見つけて、事前に防げたのよ」
「防げたんならええやん。だいいち、転売屋は一樹さんのせいとちゃうやん」
「そうなんだけど……」
口を噤んでしまった三人に、どういう言葉をかけようか龍星が迷っていると、春比古がはっとしたように龍星の方を見た。
「すみません、龍星さん。話、見えませんよね」
「いや、だいたい分かる。たぶん……その一樹さんという人のギターに人気が出てしまって、第二日曜にやっているコンサート、会場に人が入り切らなくなったんだろう? それで、整理券を出すようになったけど、整理券を裏で売買する転売屋が出ている……。それが知られたら、一樹さんの趣味のギターは『超限度』だってことになってしまうかもしれない……そんなところだろう?」
三人の会話から類推したことを整理して言うと、青がにやっと笑った。
「さすが、頭ええな。その通りや」
その褒め言葉には、苦笑で返すしかない。
だが、青はすぐに真面目な顔になって言った。
「頭ええついでに、『超限度』にならないですむ方法、なにか考えつかん?」
「お願いします!」
三帆まで、頭を下げてくる。
「いや……でも、僕は法律が専門じゃないし……。ええと……転売屋の件は、一樹さんが関与していないなら、問題にはならないと思う。あとは……一樹さんが、ふだんは真面目に働いているのなら……」
「働いています! 平日は、毎日、ちゃんとウェイターの仕事をしてます!」
三帆が、まるで裁判官にでもいうように宣言した。
「そう。それなら、少なくとも、『禁止』にはならないと思う。コンサートの開催は、制限されちゃうかもしれないけど……」
「はあ? もともと第二日曜しか出来へんのに、その上『制限』なんて……そんなあほな」
青が不満そうに言う。だが――。
「……仕方ないよ」
と言うしかない。「趣味」で開くコンサートや個展は、第二日曜のみ、という「設定」なのだから。
三帆の表情もますます暗くなる。
「コンサート……続けられなくなったら、一樹兄さん、がっかりするだろうな……」
その言葉に、一樹という人は、「趣味」を生きがいにしている人なんだな、と気づく。
いろいろ制限があるからこそ、「趣味」に入れ込んでしまうということもあるのだろう。
芸術系を「趣味」にしている人は、その傾向が強いような気がする。
「芸術は、『職業』に出来ないからね」
言わずもがなのことを、思わず口にしてしまい、ちょっと慌てるが、三人は特に気にした様子もなく、頷くだけだ。
この世界では、職業は「適性検査結果」に従うのが前提だ。その中に、芸術を仕事にする道はない。
だから――芸術は「趣味」にとどめるしかない。
そして、それが度を越せば「超限度」と見なされる。
「『超限度』ギリギリまで楽しむのが趣味の醍醐味だ……なんて、粋がるヤツもおるけどな」
青の軽口に、思考が途切れる。と、同時に三帆が悲鳴めいた声を上げた。
「やめてよ、縁起でもない!」
三帆の剣幕に驚いた青が、珍しく素直に、
「……ごめん」
と、謝る。
気まずい空気が流れ、龍星が戸惑っていると、春比古が取りなした。
「そんな危ない橋、一樹さんには渡ってほしくないって、一樹さんのファンはみんな思ってるよ」
「せやな。一回目ぇつけられたら、厄介なことになるかもしれへんし、とにかく、みんなで気ぃつけんと」
青の言うことは、もっともだった。
「超限度」には、罰則がある。
一定期間の「停止」、あるいは一生の「禁止」。
禁止中に続ければ、実刑になることすらあるらしい。
「……『趣味』か……」
口の中でつぶやく。
龍星にとって「趣味」はあくまでも「趣味」。本業を侵すまで入れ込もうとは思わない。
それを生き甲斐にしている人がいることは知っているが、その気持ちが分かるとは言えない。
趣味で人間の価値を測ろうとする者もいる。
そういう意味では、自分の「紙飛行機」は、あまり評価される類いのものではないのだろう。むしろ、青の「舞踏」のほうが、よほど「良い趣味」として見られるはずだ。
もちろん、龍星はそんなことを気にしていない。青もそんなことを考えて踊っているわけではないだろうと思うが……。
そんなことを考えていたせいだろう。気づけば、
「芸術系が趣味の人は、大変そうだな」
などと口走っていた。
三帆達の心配を、完全に「他人事」と考えていると受け取れると気づいて、龍星は慌てた。だが、青達は特に違和感を感じなかったようだ。
「せやな。特に一樹さんみたいに評判になってしまうとな。観客があふれるのは、こっち側の責任やないってゆうても、なんとかせんと」
「うん。マスターとも、もう一度よく話し合ってみる」
そういった三帆は、少し落ち着いた様子だった、
その時、龍星は、公園で見た青の踊りを思い出していた。
「青は? ダンスを人に見せたりはしないのか?」
あの踊りなら、鑑賞に堪えられると思い、龍星が問う。
「オレ? オレはええん。楽しいから踊っとるだけで、他人に見せようとは思わへんて」
「上手なのに、もったいないよね~」
龍星が言おうとしていたことを、三帆が言う。
「三帆ちゃんの趣味と違うて、オレの踊りなんて、見て喜ぶヤツなんておらへんて」
その言葉に、そう言えば、三帆と春比古の趣味を知らなかったな……と思う。初対面のあいさつや、新入生の自己紹介には「趣味は○○です」というのが決まり事のようになっているのに。
「三帆ちゃんの趣味って?」
今さらのように龍星が尋ねると、三帆はちょっとはずかしそうに頬を染めて、スケッチブックを差し出した。
三帆が、いつも肌身離さず持っているスケッチブックだ。それほど大きいサイズのものではない。
「見ていいの?」
確認すると、三帆は頬を染めたままうなずいた。
三帆の趣味は「絵を描くこと」なんだろうと予測して、表紙を開ける。
そこに描かれていたのは、『くまのくーたんのいたずら』という絵本の表紙のようなもの。次のページから話が始まっている。いたずらっ子のくーたんが、いろいろないたずらを思いつき、大人を困らせるというストーリーだ。
龍星は、洗濯したばかりの洋服を全部着込んでしまい、もこもこになって動けなくなった話が気に入った。
「かわいい話だね。くまもかわいいし……」
正直な感想を口にすると、三帆はますます赤くなった。
「ありがとうございます」
「絵本を描くのが三帆ちゃんの趣味なんだ」
「ええ。私、初等学校の先生になって、小さい子に自分の絵本を読んであげるのが夢なんです」
「三帆ちゃんらしいね」
明るくて元気のいい三帆が、小さい子どもに囲まれている姿は容易に想像ができた。
絵本を描くことが趣味なら、学校の先生は適職だろう。この世界には「小説家」も「絵本作家」も、職業としては存在しないのだから。
「春比古は?」
一人だけ尋ねないのも不自然なので聞いてみる。すると、春比古はちょっと複雑な笑みを浮かべた。
好きなことを続けるのは、簡単なことじゃない。
むしろ、続けようとすればするほど、どこかで線を引かれてしまうものなのかもしれない。
それでも、人はやめない。
誰かに見せるためでも、評価されるためでもなく、ただ「好きだから」という理由だけで。
その小さな理由が、時に世界の決まりごととぶつかるとしても。
――さて、この先で選ばれるのは、どちらだろうか。




