23 三年コロニーと不幸になる権利
「幸せになりたい」と思うことは、当たり前のことのはずでした。
けれども――
それが本当に「自分の望み」なのかと問われたとき、答えに詰まってしまうこともあります。
今回は、そんな揺らぎの話です。
「……犠牲……?」
芸術家が職業にならないこと、同性愛が許されないこと……それは、人に「犠牲」を強いていることになるのだろうか?
「なりたい職業を目指せない。好きな相手と一緒に暮らすこともできない……それは、犠牲だろ?」
「でも……」
龍星は、自分が、学校の授業で習ってきたことを思い出しながら言う。
「能力がなければ、どんなにその職業に就きたくても無理だろうし……。遺伝的なことを考えれば、結婚して子どもも作らないと……」
「その仕事が無理かどうかなんて、やってみなくちゃわからねー。無理だって諦めるのは、あんな紙ペラ一枚に決められることじゃないだろ? あがいて、がんばって、それでダメなら諦める……そういうモンじゃないのか?」
確かにそうだけど……みんながみんなあがいてしまったら、この世界はどうなるんだろう。
「その余裕がないから、適性検査があるんじゃないですか? 同じ諦めるなら、早い方が傷つかないし」
「傷つかないねー」
からかうような口調に、龍星はむっとした。
「結婚のこともそうです。同性にしか恋愛感情が抱けない人に無理強いするのはどうかと思うけど。そうじゃないなら、結婚して子どもを作らないと……人口が減ってしまうのは問題でしょう?」
「問題? どうして?」
答えは分かっているだろうに、一樹はわざわざ問い返す。からかっているような口調は変わらない。
龍星は少しだけムキになった。
「今の人口で、全員がきちんと働かないと、このコロニーは潤滑に運行できません。人口が減るということは、このコロニーが破滅することにつながります!」
「破滅ねぇ……」
一樹は、うつむいて、笑いを堪えている。
龍星は、ますます腹が立った。
今まで押さえ続けていたものが一気に吹き出した。
「なにがおかしいんですか!?」
龍星は声を荒げたが、一樹の態度は変わらなかった。
「母星はもう崩壊してるんだぜ? 個人を犠牲にしてまで、このコロニーを存続させる意味は……あるのか? ここに住む人間は、どこに向かおうとしているんだ?」
「どこに……?」
考えたこともなかったことを次々に言われて、龍星の頭はそろそろ許容範囲を超えようとしていた。
「だいたい、このコロニー自体、永久に続くものじゃないだろ? 中に住む人間が自由に暮らした結果、自然消滅してしまうんなら、それも運命だとおもわねーか?」
「運命?」
その言葉に、龍星は反発を覚えた。そして、考える前に、口から言葉が飛び出していた。
「一樹さんはそれを『運命』と受け入れられるかもしれないけど、受け入れられない人だっているでしょう。この世界しか、僕たちには生きる場所がないんだから、ここで、なんとか生きていくしかないじゃないですか。不満もたくさんあるかもしれないけど、たくさんの人が一緒に暮らしているんだから、少しは我慢だってしなくちゃいけないし、人のために譲るってことも必要でしょ? そうやって、協力し合って、みんなが幸せになれる世界を目指さなくて、どうするんです!?」
一気に言いきった龍星を、一樹は最初は驚いた目で見ていた。やがて、ふっと笑った。
さっきまでのからかうような笑みではなく、自然な、優しい微笑みだった。
「みんなが幸せ……か。それがおとぎ話じゃないって信じられるヤツは、幸せかもしれないな……」
おまえは子どもだ……と言われた気がした。
龍星が、一樹を睨む。
だが、龍星が睨んだくらいで、一樹はひるまない。
「人は誰でも幸せになる権利がある。そうだろ?」
まっすぐに見つめられ、問いかけられる。
まただ……と思う。さっきと同じ、ひどくまっとうな考え。だけど、そのまっとうさの裏にあるものはなんだろう?
少し考えたが、龍星には分からない。だから、龍星が出せる答えはひとつだけだった。
「そうです。そう思います」
「人は誰でも幸せになる権利がある。それと同時に……不幸になる権利もある……と思わないか?」
「え?」
意味が分からず問い返したが、それと同時に一樹は席を立ってしまった。
「どういう意味ですか?」
ドアに向かう、一樹の背中に問いかける。
一樹は答えなかった。
けれども、ドアを開けながら、ふいに振り返って龍星に尋ねた。
「おまえ……青に惚れてるのか?」
一樹が何故そんなことを尋ねたのか、感情のまるで見えない彼の表情からはうかがい知れない。
「……恋愛感情はありません」
龍星は、正直に答えるしかなかった。
「あるのは……」
「あるのは?」
一樹の表情はさっきのままだ。
「あるのは、友情と……憧れ……です」
「憧れ?」
わずかに、一樹の表情が揺れた。
「憧れは、一樹さんにも感じています。青に感じているのは友情。一樹さんに対する気持ちは、『ファン』だと思います。そして……憧れているのは、ふたりの関係に対して……です」
自分から、自分は子どもだと白状しているようで恥ずかしかったが、嘘はつきたくなかった。
一樹は、また微笑んだ。優しいほうの微笑みで。
「『不幸になる権利』ってのが、どういう意味なのか、考えてみるんだな。時間は……まだある」
それを、自分に言い聞かせるように言うと、一樹は外に出て、静かにドアを閉めた。
あれは、どういう意味だったんだろう……。と、龍星はくり返し考えた。
不幸になる権利
「幸せになる権利」なら分かる。
けれども、「不幸になる権利」は?
そもそも、不幸になりたい……などと望む人間はいるのだろうか? 人は誰でも、幸せになりたくて、生きているのではないのだろうか?
――少なくとも、自分はそうだ。
……本当に?
自分は、幸せになるために、必死に努力したことがあっただろうか?
小さい頃から、成績は良かった。いい成績を取ろうとがんばったわけではなく、普通に学校に通っていたら、そうなっただけだ。
両親が医者だったし、適性検査結果もOKだったから、医学部に進んだ。そこでも、いい成績を収めているが、なりふり構わず勉強しているわけではない。定められた過程をこなしているうちに、そうなったに過ぎない。
反抗したり、無茶をしたりして、両親を困らせたことはない。それも、そうしようと思ってそうしたわけではなく、単に反抗や無茶をする気がなかっただけだ。
恋愛も似たようなものだ。告白されてつきあっても、すぐに別れてしまう。そして、別れてしまっても、悲しいとか淋しいとか思ったことはない。
つまり、龍星は、成績がよいことを除けば、どこにでもいる人間だった。
唯一、人と少し変わっているのは、「趣味」。
紙飛行機に関しては、両親もあまりいい顔をしなかったし、「変わってるね」と言われることが多い。でも、紙飛行機を手放すことはできなかった。とはいっても、あくまでも「趣味」の範囲を超えるようなことはしなかったし、したいとも思わなかった。
青や一樹と知り合わなければ、龍星はなんの疑問も抱かず、このまま一生を終えただろう。
医学部を卒業して医者になり、三十歳前までには誰かと結婚して、子どもを作り……。休日には紙飛行機を飛ばして……。そうやって、一生を終えたはずだ。
その一生は……本当に「幸せ」なのだろうか?
少なくとも「不幸」ではないだろう。
けれども、「幸福だ」とも言いきれない。それが、自分が心から望んでいた生活なのかどうか……と問われれば、胸を張って「はい」とは言えない。
「幸福になる権利」と「不幸になる権利」……何度考えても、龍星に確かな答えは出せなかった。
だが「時間はまだある」と言っていたはずの一樹は、龍星が答えを出すのを待っていてはくれなかった。
大学が夏休みになってしばらくして……。
三帆から連絡が入った。
「青君と一樹兄さんが、まずいことになりそうなの」
「不幸になる権利」という言葉は、簡単には受け入れられないものだと思います。
けれども――
もしそれを否定してしまえば、「安全な正しさ」の中に閉じ込められることにもなるのかもしれません。
龍星はまだ、自分の答えを持っていません。
ただひとつ確かなのは、もう以前のようには戻れない、ということだけです。
そして、その迷いを置き去りにするように、現実は動き始めます。




