22 封じられた歴史と三年コロニー
正しいことを言われたとき、それに反論できないことがあります。
でも、それでも――
どこかで引っかかる感覚が、消えないこともある。
今回の話は、そんな違和感の話です。
話は、遙か昔に遡るけど……と前置きして、満男は語り始めた。
「語り部」の名にふさわしく、淡々としつつも、壮大な叙事詩を語る吟遊詩人のように……。
「その頃、母星は人があふれていた。このままでは、やがて世界は破滅に向かう。そう考えた人々は、宇宙コロニーの開発をはじめた。開発は進み、やがて、充分に人が住めるコロニーが作られるようになる」
「そうやって出来たのが、この世界だってことですか?」
思わず聞き返してしまったが、それに対する答えはなかった。
見ると、満男の向こうで一樹が唇に人差し指を当てている。
――黙って聞け、ということか。
龍星が小さく頭を下げると、満男は語りを続けた。
「打ち上げられるコロニーは、そこに住む人間の滞在期間で、三種類に分けられた。すなわち……二十年コロニー。十年コロニー。そして……三年コロニー」
満男の言葉が途切れる。続きを待っていると、今度は問いかけられた。
「柏木君なら、何年コロニーに住みたいと思う?」
「え?」
問われたことに驚きつつも考える。もし、自分が、本物の空がある世界で暮らしていて、宇宙コロニーに移住しろと言われたら……。そもそも、住みたいと思うのだろうか? それとも、今、自分が本物の空に憧れるように、宇宙での暮らしに憧れるのだろうか?
どちらにしても――。
二十年住むとなると、そうとうの覚悟がいる。十年も長い。だが、三年くらいなら……。
「……三年コロニー……ですかね」
答えると、一樹がかすかに笑う声がした。
「そう。みんなそう考える。三年くらいなら、試してもいい……と。だから、上げられたコロニーの数は、三年が圧倒的に多かった。二十年は一基のみ。十年は二基。三年は、十二基」
「……十二基」
確かに一番多いが……それで人口対策になるのだろうか?
そんな疑問はわいたが、問われたわけではないので黙っていた。
満男の語りは続く。
「希望者が多かった三年コロニーは無駄なトラブルを避けるため、同じ人種や、同じ宗教の人間が集められたそうだ」
十二基もあれば、そんな配慮も出来るのか……と、龍星がぼんやり考えていたとき、満男の言葉が耳に飛び込んできた。
「僕たちのいるこの世界――このコロニーは、同じ人種で無宗教の人たちが集められたそうだよ」
その言葉に、龍星の心臓は、ドクンとひとつ、大きな音を立てる。
神話のように語られたことが、一気に今のこの世界につながった瞬間だった。
「だから、ここには宗教施設がねえんだよ」
口をはさんだのは一樹だった。
言われてみれば、映像や小説の中に出てくる「教会」「神社」「寺」は、この世界にはない。そのことを疑問に思ったことなど、一度もなかったのだが――。
満男に苦笑され、一樹は小さい声で「悪い」と言い、口を閉じた。
「コロニーでの生活は、順調に過ぎていったけれど、三年目に入ってすぐに、母星と連絡が取れなくなったんだ。科学者が調べた結果、母星は、何らかの理由で世界が崩壊してしまったらしい」
「何らかの理由って……」
思わず聞き返してしまったが、今度はちゃんと答えてもらえた。
「まあ、そう言われているっていうほうが正確かな? 詳しいことは分からない。なにしろ、三年コロニーだから、滞在する科学者の数は少ないし、詳しく調べられるような機材も積んではいなかったそうだよ」
「そんな……あまりに無責任じゃないですか」
何百年も昔のことに腹を立てても仕方がないと思いながらも、言わずにはいられなかった。
「そう思うのも無理はないけど、その時の人たちも、なんとかしようと必死だったんだと思うよ。だけど……結局何も分からなかったんだ。母星に飛ばした有人ロケットも、帰ってこなかったしね」
さらりと言われた言葉の残酷さに、龍星は震えた。
帰ってこなかった……つまり――。
そして、「何も分からない」という事実だけが残った。
母星の崩壊の原因も。
人類は生き残っているのかいないのかも。
他のコロニーはどうなっているのかも。
――すべてが不明のまま。
「幸い……」
と、満男は話を続けた。
「三年で交代するのは人間だけで、コロニー自体は永続的に使う予定で作られていたんだ。だから、完全に自給自足で生活できる『設定』だった。つまり……帰れないだけで、ここで生きていくことはできる」
その言葉は、龍星に重くのしかかった。
生きていくことはできる。
できるのは……「生きていく」ことだけ。
「政治家たちが母星との交信を諦め、自立して生活する道を選んだのが、新暦元年。そして、法律を変えたのも、同じ年。それまでは、母星と同じ法律を使っていたんだけどね」
職業に厳しい規制が敷かれたのも、結婚が強制的になったのも、新暦後だという。
「その時代の人は……それに不満を抱かなかったんですか?」
「母星に帰れなくなっちゃったからね……。一番の不安は、コロニーが潰れてしまうことだろ? そうならないためだ……と言われれば、従うしかなかったんだと思う。それに……」
少しだけ表情を曇らせながら、満男が続ける。
政府に逆らえば、容赦なく捕らえられる。狭いコロニーの中、どこにも逃げ場はない。新暦に変わったばかりの頃は、「母星送還」も頻繁に行われていたらしい。
「それって……母星は崩壊しているって分かっていて、送還してしまうんですか?」
「まあ、つまりは『死刑』って意味だよね」
生きていこうと思ったら、政府に従うしかない。
トラブルによって母星と切り離されてしまった事実を「もともとの予定」と塗り替え、自由のない窮屈な暮らしを「不自由」と感じさせない人間に育てる。……政府はそれを目的として動き……成功したのだろう……。たぶん。
龍星は、知らされてしまった真実の重さにしばらく呆然としていたらしい。
気がつけば、満男はカウンターにいて、一樹がふたたび龍星の前に座っていた。
「分かったか?」
と尋ねられて、なんと答えていいかわからなかった。
満男の話の内容は分かった。
けれども、それが、一樹がやろうとしていることと、どんな関連があるのかは分からない。
龍星が黙っているのを、一樹は肯定と受け取ったらしい。そのまま、話を続ける。
「つまり、俺たちの先祖は、ここで暮らすのは三年だけだと思っていたヤツらだってことだ。十年、二十年、コロニーで暮らすのは覚悟がいる。けど、三年だったら、どうだ? ちょっと暮らしてみようか……なんて、軽い観光気分のヤツらばっかりだったんじゃねーのか?」
必ずしも、そんな人たちばかりだとは言いきれないが、おそらく、大多数がそんな感じだろう。
「そいつらが、突然、母星に帰れなくなった。ここで暮らすしかない……と言われ、たぶん、ほんのわずかしかいなかった政府関係者あたりの言いなりになって、どんな無茶も受け入れた。……その結果が、この世界だ。……そうは思わねーか?」
「……そうかもしれないです」
そう答えはしたが、自分がちゃんと理解できているのか、全く自信がなかった。
それでも、ひとつだけ分かることはあった。狭いコロニーの中で、他の世界と隔絶しているのでは、今のように暮らすしかない。ちゃんと研究した人がそれを言っているのなら、そういう結論になるのかもしれない、とも思った。
「一樹さんは、法律を変えたい……。だから、法律に反する行為をしようとしてるんですか?」
一樹はそれには答えず、ただ、少しだけ声を上げて笑った。
「国家……このコロニーの中にあるのが、国家と言えるかどうかは別として……国家と人間の関係ってのは、どうあるべきだと思う?」
問われて、一瞬言葉につまる。
「どうあるべきって……」
そんなこと、考えたこともなかった。龍星の返事を待たずに、一樹が言った。
「俺は、国家ってのは、一人一人の人間が幸せになる場所だと思う」
あまりにもまっとうな考えに、なんだか拍子抜けしてしまう。
と同時に、そのまっとうさの中にある怖さ――も、感じる。
「ああ……そうでしょうね」
そんな自分でも言えそうな答えの意味を考えていたら、一樹が続けた。
「だから、国家を存続させるために、人が犠牲になるのは間違ってる……そうは思わねーか?」
一樹の言葉は、たぶん間違っていません。
「国家は人を幸せにするためにある」
――それは、とてもまっとうな考えです。
だからこそ、それに飲み込まれそうになる怖さも、あるのだと思います。
龍星はまだ、答えを持っていません。
でも、この「違和感」は、きっと無視できないものになります。
次回、その先へ進みます。




