20 選ばれなかった恋と触れられるもの
恋人とは何か。
想いとは何か。
それが形を持たないものだとしたら、人は何に触れて、何を信じるのだろう。
青の言葉は、龍星の中に新しい問いを落とす。
「それで……なんて答えたの?」
龍星は、自分の声が震えていることに気づいた。
その震えに気づいていないはずはないのに、青はあまりにもあっさりと答えた――ステップを踏みながら……。
「それでもかめへん」
「……母星送還」
龍星は、その言葉を繰り返さずにはいられなかった。
あまりにも、非日常的な単語――。
この世界に、「死刑」はない。ただし……それと同等の罰はある。
それが、「母星送還」。
一人用の小型ロケットに乗せられ、母星に向かって飛ばされる。
母星と連絡が取れていた、はるか昔の名残なのだろうが……今では、「母星送還」は「死刑」と同義語になっている。
実際に「母星送還」という判決がおりたことは一度もないと聞いている。それなのに、言葉を聞いただけで震えが走るような、そんな怖ろしさを秘めている。
「同性愛は、そんなに重い罪なのか……」
思わず発せられたその言葉は、青への問いではなく、思わず出てしまった言葉だ。だが、青はそれに対しての答えを返してきた。
「男同士でつきおうてても……ばれたときに関係を解消して、ちゃんと結婚すれば、問題ないんやて。亜依さんがゆうてた。けど、一樹さんはばれても解消するつもりはないゆうてる」
「関係を続けたら……?」
「前例がないから……どうなるかは分からんけど……最悪……『母星送還』……もあり得るって」
青のダンスはだんだん激しくなり、しゃべる言葉も弾んだ息の合間に発せられ、とぎれとぎれになっている。
「亜依さんが言ったのか?」
「せや」
弁護士の亜依が言うのだから、単なる脅しではないのだろう。
それでもなお、一樹は「同性愛」を貫こうというのだろうか。愛に殉じると言えば聞こえがいいが、それは単なる無茶、無謀というものではないだろうか。
それに……。
青は言っていた。
青は一樹を好きだが、一樹の方はそうではない、一樹が本当に好きなのは、亜依だ……と。
一樹の主張も分かる。
望まないのに結婚させられたり、芸術家を職業と認めなかったり……この世界の法律は、間違っている。それには共鳴できる。
だが、その主張のためにだけ、青と恋人同士になるというのは、あまりにも青の気持ちをないがしろにしていると思う。
「青は、それでいいのか? 一樹さんが青のことを本当に好きならばともかく、そうじゃないんだろう?」
「オレは、それでええんや」
「なんでっ!?」
思わず叫んでしまったら、青はダンスをやめて振り返った。
「恋愛感情とは違うかもしれんけど、オレら、つながってる……そんな気ィがするねん」
ダンスをやめた青が、龍星の隣に座る。かすかに、汗のにおいがした。
「うまく言葉には表されへんけど……主張とか思想とか、そういったモンは、形がないやろ?」
「……うん」
「思想は、触れんけど、オレは、触れる……分かるやろか?」
青が、頼りなげに首を傾げた。
龍星には……分かった。
「つまり……。青が一樹さんの主張を具現する。一樹さんの考えの象徴が青だってことか?」
「それ! それや!」
青は嬉しそうに立ち上がると、その場で、ひとつステップを踏んだ。
「いつも龍星は、オレの言いたいこと、ちゃんと分かってくれるンやな」
そう言うと、もう一度隣に腰を下ろした。
「恋人同士って、すごく心躍る関係やん? そうなれたらって思ったこともあるよ、もちろん。けど、それは無理やて分かった。そう諦めたとき、別の考えがひらめいたんや。もしかしたら、オレの存在は、恋人よりも一樹さんにとっては大事かもしれん……て」
龍星は、青の顔を見つめた。無理をしている表情ではなかった。
「オレは、それが嬉しい。せやから……」
「一樹さんが主張を貫くためなら、罪に問われてもいい……ってことか……」
龍星はそれを疑問形ではなく、事実として口にした。
「そうやな」
そう答えると、青はまた立ち上がり、ステップを踏み始めた。
それを見ながら、龍星は考えた。
――青の言いたいことは分かる。
恋人でなくても、青が一樹にとって大切な、唯一無二の存在であることも分かる。
二人の関係そのものは、納得できないこともない。
けれども、自分たちの命を投げ出すようなことには賛成できない。
命がけで、法律を変える……一樹はそういうつもりなのかもしれないが、もっとほかに方法があるのではないだろうか。
龍星には、ただの無茶にしか思えない。それも、一人ならばともかく、青を巻き込もうとしている。
青にも一樹にも家族や友だちがいて、万が一のことがあったら、悲しむ人は大勢いるのだ。
「僕は、嫌だ」
「え?」
青が、ダンスをやめて龍星の方に振り返る。
「嫌だよ。青も一樹さんも失いたくない」
「龍星……」
だからといって、自分になにができるのか……。
今の龍星には分からない。
「考える……」
「なにを?」
青が、優しく笑みながら問い返した。
一樹を説得する方法を考えるのか、ばれないようにコンサートを続ける方法を考えるのか、あるいは、法律を変える方法を考えるのか……。
自分が何を考えたらいいのかも、今の龍星には分からない。
――分からないけど。
「……考える。僕も」
そう言った龍星に、青は静かに微笑みながら、うなずいた。
青には「考える」と言った龍星だったが、なにを考えていいのかさえわからない状態が続いていた。
一度は、医学部から法学部に転部も考えた。龍星の適性検査結果には、「法律家」もあったから可能なのだが……。
転部するとしたら来年の春、法学部の三年生からやり直すことになる。だが、それでは間に合わない。
三十歳になるまでにことを起こすだろうと、青は言っていた。一樹は現在二十七歳。タイムリミットはあと三年。……いや、もっと短いはずだ。
今すぐできることは、一樹を説得すること……。
説得できるかどうかはともかくとして、一樹の本心を聞きたいと、龍星は思った。
青が嘘を言っているとは思わない。だが、青が見ている一樹と、一樹本人が同じとは言い切れない。人は、自分の見たいものしか見ないから――。それが、無意識であっても。
連絡を取ると、一樹は意外にあっさり会うことを承諾してくれた。
仕事が終わる……つまり、閉店時間である夜七時頃に、喫茶・ブルーベリーに来てくれ、と言われた。
ブルーベリーに行くと、一樹はカウンターでウィスキーのグラスを傾けていた。
「いらっしゃい」
マスターの満男が、にこやかに迎え入れてくれる。
「こんばんは。おじゃまします」
マスターにあいさつをしてから、一樹に、
「わざわざ、すみません」
と頭を下げる。
一樹はグラスを持ってカウンター席から立ち、ボックス席に移動した。
龍星としても、満男の目の前のカウンターでしたい話ではなかったから、そのまま一樹の向かいに座った。
「柏木君、酒にする? それともコーヒー?」
満男が、カウンターの中から声をかけてくる。
「あ、お構いなく」
閉店時間過ぎに来たのだから、客ではない。そう思って言ったのだが……。
「俺と同じものでいい」
と、一樹が勝手に答えた。
「はいよ」
満男がグラスの用意を始めてしまってから、一樹は、
「ウィスキーでいいか?」
と龍星に確認した。
龍星は、黙ってうなずいた。
テーブルに置かれたのはオンザロックのウィスキーだった。
おそるおそるそれを口に運んでいると、マスターが笑いながら水を持ってきてくれた。
「すみません」
龍星が舐めるようにしていたオンザロックを、一樹の方は、まるで水を飲むようにして飲んでいる。グラスが空になると、ウィスキー瓶から、どぼどぼと注ぎ足す。
そんな様子を、ぼんやりと眺めていたら、ふいに一樹が口を開いた。
「話ってのは、青のことか?」
いきなり核心をつかれて、一瞬言葉を失う。
だが、そのために来たのだから、と、はっきりとうなずいてみせる。
「そうです」
「んで、俺にどうしろって? 青と別れろ……とでも言いに来たのか?」
分かりたいと思うことと、受け入れられることは、同じではない。
それでも龍星は、目をそらさずに考えることを選んだ。
次に向き合うのは――
思想を貫こうとする男、その人自身。




