19 見えない愛と選ばれなかった恋
※やや重い内容を含みます。
第19話は、一樹・青・亜依の関係と、その背景にある過去が明かされる回です。
これまで見えていなかった「選択」と「覚悟」に触れる内容になっています。
少し重めですが、ゆっくり読んでいただけると嬉しいです
青は、うつむいて地面を睨みつけるようにしている。
「え……でも……」
同性愛だと政府に知られれば、罪に問われる。それでも、あんなふうに抱き合っていたのは、愛し合っていたからじゃないのだろうか?
「オレは、男しか好きになれん……つまり、ゲイやけど、一樹さんはちゃうねん。オレは、一樹さんのこと、好きや。けど……一樹さんがほんまに好きなんは……好きなんは……」
何度かためらって、ようやく青はその名を口にした。
「亜依さんや」
意外な名前に、龍星は一瞬言葉が出なかった。
ようやく、発することの出来た言葉は――。
「……どうして……?」
青の気持ちはともかく……。亜依と一樹なら、結婚してもべつに問題はないだろう。亜依が一樹を嫌っているのならともかく、コンサートの夜の様子では、どちらかといえば好き……に見えた。
「一樹さんは、亜依さんのこと、好きやけど……絶対口には出さへん。亜依さんは、一樹さんのその気持ちを全部分かってて。今の状態を受け入れてる」
「それって、亜依さんも一樹さんを好きってことだよね?」
「せや」
「だったら……」
両想いのハッピー・エンドじゃないか。それなのに、どうして……?
口には出さなかった龍星の疑問を、青は察したらしい。
「一樹さんの……意地のせいや」
「意地?」
「思想……主義主張……って言った方がええかもしれん」
そう前置きして、青は一樹と一樹の家族のことを話してくれた。
一樹の父親・二ノ宮千之は、同性愛者だった。恋人の名前は藤崎夏樹――。
「二人は真剣に愛し合っていたんや。けど、この世界では許されることやない。けど、別れたくもない。そやから、政府の目ェ、誤魔化す方法を思いついたんや」
二人が最初にしたことは、女性の同性愛者のカップルを捜すこと。
「ゲイの方が多いんやけど、レズビアンだって、いないわけやない」
それは、龍星も知っていた。――そう教科書に書いてあった。
「そんで、見つけたんが、奈帆子さんと里美さん。千之さんは奈帆子さんと結婚して、夏樹さんが里美さんと結婚した。ああ、もちろん、書類の上だけのことやで? そんで、マンションの隣同士の部屋に住んだんや」
青の言わんとしていることは分かった。
表向きは男女の夫婦。だが、内実は違う――というわけなのだろう。
「近所の人には……バレなかったの?」
「まあまあ、うまいことやってたみたいや。もともと、千之さんたちは仕事上のパートナーやったから、一緒にいても、それほどおかしゅうなかったんや」
よく考えたな……と、龍星は思う。でも――。
「確かに、いい考えだと思うよ。でも……問題はあるだろ?」
青は悲しげに頷いた。
「……子ども……やろ?」
子どもができない夫婦は不妊治療をしなければならない。けれど、医者に行くわけにはいかないだろう。
「最低でも、それぞれの夫婦にひとりずつ、子どもが必要て、考えたんや。だから、千之さんと奈帆子さんは……」
青に続きの言葉は言わせたくなかった。だから、龍星が言った。
「……二人の間に、生まれたのが一樹さんなんだね」
「せや。けど……夏樹さんはあかんかった。だから……」
青は、ためらってためらって、そして、空の星を見上げながら言った。
「仕方なく、千之さんが代わったんや」
「!」
龍星は、しばらく言葉が出なかった。
この世界で生きていくためとは言え、この四人にとって、それはどれほど辛い選択だったのだろう。
「……それで、無事に……生まれたの?」
震える声で尋ねると、青は龍星の顔をじっと見た。
「龍星、気づかんかった? 夏樹さんの苗字……藤崎……やで?」
「藤崎……」
つぶやいて……気づいた途端、衝撃が龍星を襲った。
「……まさか……三帆ちゃん?」
青は、頷いた。
衝撃に、龍星は立っていることが出来なくなった。
そばにあったベンチに、崩れるように座り込む。
つまり……一樹と三帆は異母兄弟――。「一樹兄さん」という呼び方は、正しくふたりの関係を示していたことになる。
青は龍星の衝撃がおさまるまで、静かに待っていてくれた。
龍星が深く息を吐き、空を見上げたとき、青は龍星の隣に座っていた。
その顔を見ないまま、龍星は尋ねた。
「青は、一樹さんとどこで知り合ったの?」
「亜依さんが務めてる法律事務所や」
意外な答えに思わず振り返ったが、青は視線を落としたまま説明を続けた。
「千之さんたち、うまく隠しているつもりでも、それなりにぼろは出るやろ? 何度か政府に、目ェつけられたんや。そのたびに助けてくれたんが、亜依さんとこの所長さん」
「……亜依さんと一樹さんが知り合ったのも、その法律事務所?」
「せや。そんで、オレは……」
青は自嘲的な口調で、話を続けた。
「ユニバーシティに入ってすぐ、年上の男とつきあったんやけど……トラブルになってしもうてな。困ってたら、三帆が亜依さん紹介してくれたんや」
楽しそうに紙飛行機を作っていた三帆の笑顔を思い出す。
あの明るい三帆が、そんな事情を抱えていたとは……。
「一樹さんは、今の法律は間違ごうてる……て主張しとる。同性愛を禁じていること。それから、芸術が職業にならんこと」
「だから、ギターを?」
「せや。ギターのコンサートを開いて。今んとこ法律の範囲内でしとるけど、いずれは暴挙に出るかもしれん」
「そんなことしたら、罪に問われる……」
「だから、いっちゃん好きな亜依さんには告白しない。罪に問われたとき、奥さんや恋人がいたら迷惑がかかるから」
青なら迷惑をかけてもいいのか……と聞き返したかったけれど、青の言葉が続いたので、龍星は言えなかった。
「まあ、意地もあったんやと思う。普通に女性と恋愛なんかせえへんちゅう。同性愛を認めろって主張しといて、自分が女性と恋愛したり、結婚したりするのを潔し……としなかったんやろな」
だから青とつきあった? 恋してもいないのに?
龍星は、猛烈に腹が立ってきた。
「そんなの、『潔い』とは違うだろ? 僕には納得が出来ない」
思わず言ってしまったら、青はくすっと笑った。
「龍星らしいな。けど、俺はそれでええねん。いろいろ悩んだこともあったけど、今は、ちゃんと整理、出来てるんや」
青はそう言うけれど、やはり、一樹は、青の優しさに甘えすぎている気がする。そんな想いが表情に表れたのか、青は言い訳のように付け足した。
「全部分かってたけど……オレは一樹さんが好きになってしもうたから……恋人になった。だから、オレたちは両想いの恋人やない。龍星の夢を壊すようで悪いけど……。少なくとも、オレは一樹さんのことが好きだから、かんにんしたってな」
あっさりとした口調だったが、青の表情はどこか寂しそうだった。
それでも、今はまだいい。
仮初めの恋人だとしても、あんなふうに仲良く過ごせているのなら、他人が口出すことなど出来ないだろう。
けれど、もし、龍星が、青の言う「暴挙」に出るとしたら……?
「……一樹さんは、本当にそんなこと……法律に逆らうようなことをするつもりなのか?」
「たぶんな……」
青はベンチから立ち上がり、軽くステップを踏んだ。
「コンサートを法律の範囲外で開くようになるのが先か、オレとの関係を公にするのが先か……。たぶん、どっちも三十歳になるまでにはカタをつけるんとちゃうか?」
ステップを踏みながら、他人事のように言う。
「そんな……。そんなことしたら、青だって罪に問われるだろう?」
「覚悟はできとるから」
「え?」
「一樹さんに訊かれたんだ。恋人にしてほしいって、オレが一樹さんに頼んだとき」
「『母星送還』になってもいいと覚悟ができるのなら、恋人になってやる」
月明かりに浮かんだ青の表情が、龍星には何の色もない「無」に見えた。
第19話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、青の想いと、一樹の選択の理由を描きました。
誰かを守るための選択が、別の誰かを傷つけてしまう——
そんな関係をどう受け止めるかは、読者の皆さまに委ねたい部分でもあります。
そして、最後に出てきた「母星送還」という言葉。
この世界のルールが、今後どう物語に関わってくるのか——
引き続き見守っていただけると嬉しいです。




