18 ゴルディオンの結び目と見えない愛
誰かの気持ちを理解したつもりになることは、案外、簡単だ。
けれどそれは、本当に「分かっている」ことなのだろうか。
見えているものだけで、人の関係を決めつけてしまうこともある。
――この夜、龍星はひとつの「答え」に辿り着く。
「ゴルディオンの結び目」を切った英雄にたとえられるのは、かなり恥ずかしい。
龍星は、パソコンに向き直り、赤くなった顔を隠した。
「どれにする? 折り紙にもたくさん種類があるから……」
話題の変え方がわざとらしい気もしたが、龍星の照れくささが伝わったのか、青たちもそれ以上その話はせずに、パソコンの画面を覗いた。
場所をリビングに移して、紙飛行機の試作をしている最中に、めずらしく母親が帰ってきた。
「あら、お友達?」
口調は柔らかだったが、床に散った試作の紙飛行機を見る目は冷ややかだった。
「ああ……うん」
龍星は言葉を濁す。母が、紙飛行機の趣味を馬鹿にしていることも、医学部以外の学生とつき合うことを快く思っていないことも、知っていたから。
「おじゃましています」
「すみません、お留守のところを……」
あいさつした春比古と三帆を、母親はぶしつけに見つめる。特に、三帆を……。
「平日から、紙飛行機なんかで遊んでるの?」
今度は、明らかに馬鹿にした口調でそれを言う。
「あ……いえ、遊んでるんじゃなくて……」
言いかけた三帆は、母親の強い視線にあって口ごもってしまう。
と、その時、青がひどくにこやかに話しかけた。
「はじめまして。教育学部三年の、城下青と言います。こっちは、同じ教育学部の……」
青に視線で示され、春比古と三帆があわてて名乗る。
「河野春比古です」
「藤崎三帆です」
「オレたち、今度教育実習で紙飛行機を子どもに教えることになりまして。柏木さんに紙飛行機のコツを教えてもろうてたんです。お忙しい医学部の学生さんに教わるんは、心苦しかったんですが、柏木さんは快く引き受けてくださって、ほんまにありがたいと思ってます。紙飛行機のことだけでなく、柏木さんといるといろいろ勉強になって。やっぱり、医学部の人は違うなーと、あらためて思いました」
さらっと出た褒め言葉と、いつもの青とは違う丁寧な口調(関西弁は相変わらずだったが……)に、龍星はどう反応していいかわからない。
だが、母の態度は軟化した。
「ああ、教育学部の学生さんなの。将来は先生ね」
「はい」
「そう、じゃあ、がんばってね」
母親はそう言うと自室に引き上げたが、最後まで三帆のことをじろじろと眺めていた。
そのあとも、しばらく飛行機の試作は続けたが、四人ともどこか気がそがれてしまった。結局、その日は終わりということにして、青たちは帰ることになった。
龍星は、三人と一緒に家を出た。
べつに見送る必要などなかったのだが、あのまま家にいて、母親に問いつめられるのが嫌だった。
おそらく、母親は三帆を龍星の「花嫁候補」として認識しただろう。龍星が二十歳をこえた頃から、母親は龍星の結婚相手のことでかなりピリピリしていた。できることなら、医学部の学生がいいとか、少なくとも、ユニバーシティーに進んでいる子でなくてはだめだ……とか。
最近では、口癖のように「二十五までには相手を見つけろ」と、言ってくる。
そんな母なのだから、二人の関係や、三帆の家族のことなど、根掘り葉掘り聞かれるに決まっている。今までなら、聞き流すこともできただろうが、今の精神状態で、それに耐えられるとは思えなかった。
だから……できれば、母が寝入ってしまうまでは、家に帰りたくなかった。それで「送るよ」と言って、彼らと一緒に家を出てきたのだ。
三帆と春比古は、最寄りの停留所からリニアバスに乗った。方向が同じだから、春比古が三帆を送るという。
青の家は、公園を挟んで反対側。歩いて帰った方が早い。
一緒に公園に向かった龍星に、青はなにも言わなかった。帰りたくない気持ちを、分かってくれているようだった。
「今日は星が綺麗やな~」
はじめて出会ったとき、踊っていた広場の真ん中で、青が空を見上げて言った。
「偽物の星だけどな」
条件反射のように龍星が返すと、青がケラケラと笑った。
「相変わらずやな」
そのまま、くるりと回って軽くステップを踏む。
今日はラジカセがなかったが、青の頭の中では音楽が鳴っているのだろう。
龍星は、ベンチに腰掛けて、見物の態勢を取る。……が、青はすぐにやめてしまった。
「練習……しないのか?」
「ダンスシューズはいてへんし、ジーンズじゃ、うまく足が上がらん」
「ああ……そうか」
青の舞踏を見られると期待していた龍星は、拍子抜けしてしまう。思っていた以上にがっかりしている自分に驚く。
「なあ……」
隣にどさっと座った青が、空を見上げながら尋ねる。
「オレ、なんか、龍星の気に障ることしたん?」
「え? そんなことないけど……どうして?」
「今日一日、どっかよそよそしかった」
「そ、そう?」
なるべくいつもと同じようにふるまっているつもりだったが……敏感な青にはばれてしまったらしい。
「よそよそしいんとちゃうな。なんか、気まずいっちゅーか、なるべく視線を合わさんようにしてる気ぃしたんやけど……ちゃうん?」
「……ごめん……」
こうなってしまえば、謝るしかない。
地面を見つめたまま頭を下げると、青は龍星の方を見た。
「謝ってほしいんとちゃう。理由が知りたいだけや」
「……それは……」
「昨日……図書館にいたときは普通やった。そのあとで、なにかあったん?」
そこまで分析されてしまっていれば、答えないわけにはいかない。
「DVD……返し忘れてただろ?」
「龍星祭の?」
「うん。それで、自分で返そうと思って引き返したんだ」
「え? でも……」
「あの部屋の前まで行った。映画見ていて、いいシーンだったら邪魔しちゃ悪いと思って覗いて……」
「ああ……」
みなまで言わずとも、青には龍星がなにを見たのかが分かったらしい。
「オレと一樹さんの関係が、ばれてしもうたわけか」
「……うん」
青は、もう一度空を見上げた。
「……偽物の星か……。けど、オレはそれでも綺麗だと思う」
「……うん」
そのまま、二人はしばらく黙って夜空を見上げていたが……。
「ごめんな」
唐突に、青が言った。
「え?」
「気色悪いもん見せてしもうて、悪かったな」
開き直っているわけでも、いやみでもなかった。心底、悪いと思っている様子に、龍星はあわてる。
「違うよ。そんなふうには思わない。びっくりしたのと……。ちょっと……」
ためらって……悩んで……考えて……それでも龍星は言うことを選んだ。
「うらやましい……とも、思った」
「……うらやましい……?」
「……うん」
「なんで?」
「……あんなふうに、真剣に……愛し合える相手がいるって……いいなって……」
言ってしまってから、これじゃまるで恋愛映画に憧れる文香と同じだ……と思った。
「男同士でも……? 同性愛は、禁止されてるで」
青は、驚いた顔のまま尋ねた。
「禁止はされてるけど……。人の気持ちは、止められないだろう?」
「……」
黙ってしまった青に、龍星は何故か話し続けなければいけないような強迫観念に駆られる。
「この世界では禁じられてるけど、本当はおかしいと思う。……人口を維持する大切さは……分かるけど。だから、結婚が必要なのも……。でも、そのために個人の幸せを犠牲にするのは……違うんじゃないかって、思うようになったんだ」
言葉は、次々に龍星の口から溢れ出る。それに驚いているのは、青よりもむしろ、龍星だったかもしれない。
自分は、こんなことを考えていたのか……と。
「だからって、僕には法律を変える力なんてないんだけど……」
青は、そんな龍星をじっと見つめている。
「この世界では、結婚しないと生きていけないじゃないか。だから、みんな結婚するけど、本当に愛し合っている夫婦って、すごく少ないと思う。みんな、適当なところで妥協して、結婚してしまう。でも……青と一樹さんは違うだろ? 禁じられているのに、それでも恋人同士になったのは、心から愛し合っているからで……。だから、それがうらやましいって言うか……」
夢中になって語る龍星の言葉を、ふいに青が遮った。
「ちゃうねん」
龍星が思わず息を飲んでしまうくらい、強い口調だった。
「そんなんや、ないねん。オレと一樹さんは、そんなふうに愛し合ってるってわけやない」
きれいなものほど、そうであってほしいと願ってしまう。
けれど、それが本当かどうかは、また別の話。
龍星の見たものは、果たして“真実”だったのでしょうか。
答えは、まだ先にあります。




